罪と罰と恋と愛


Scene.1


あの日から、もうそろそろ二週間くらいたつだろうか。あれから神威に毎日追いかけまわされて、みんなにも散々からかわれた。ただ「無理強いはしない」といった言葉通り、無理に襲ってくることはない。…ないけれど、アピールだけは本当にものすごい。朝から晩まで暇さえあれば来る。


最初は恥ずかしくてやめてほしかったアピールだけれど、ここ数日は、少し慣れてきてしまった。くっついてくるのは恥ずかしさもあるけれど前から似たような感じだったし、言葉でアピールする以外は何か特別なことをしてくるわけでもなく、放っておいたら好きなことをやっているから、私も好きなことをしていてもいいかな、と思っている。ということで、今までとあまり変わらない生活を送っている。…多分、表面上は。


一応考えていないわけじゃない。神威とのこと、みんながいう「神威の女」ということ。


神威のことは、好きだ、と思う。たぶん、これが恋なのかな、とも思う。けど、私と神威の「好き」はちょっと違うもののようにも思える。


例えば私は、神威みたいに朝から晩までセックスしたいと思ったりはしない。そりゃあ、私だって年頃の女なので、神威が思わせぶりなことをしてきたら、ちょっとだけその気になったりはしなくもないけれど、それはただ乗せられているだけのように思える。…ただ、抱きしめられたり、甘やかしてくれたり、逆に甘やかしたりするのは、正直悪い気持ちはしない。


抱きしめられてドキドキしたり、イチャイチャしているだけであっという間に時間が過ぎてしまったりするのが「恋」だと思っていたけれど、神威みたいにストレートに行為を求めるのが「恋」だとしたら、私の今の気持ちはなんなんだろう。デートして手をつないだり、キスをしたり…そういう「思い描いていた恋」とは何もかも違いすぎて、どうしたらいいのかわからない。


神威が、私の思い描く「恋」みたいなことを求めてくるんなら、それは答えたいかなって思っているのに。


私の気持ちを神威に正直に話せばわかってくれるのかもしれないけれど、もし気持ちがすれ違っていたらどうしようと考えると、何も言えないでいる。…結局私は、本当に言いたいことは何一つちゃんと伝えられていない。この間だって、ちゃんと「私は神威に着いていきたいです」って伝えようと思ったのに、結局別の言葉になってしまった。


そんなことを考えながら、阿伏兎の正面の席にお盆を置いて座った。今はちょうど食事時。みんなそれぞれ自分の食事をとり分けて、好きな席で食べている。阿伏兎は私の顔を見て、汚物でも見るかのように心底嫌そうな顔をした。


「…そんな顔しなくてもよくない?」
「ガキどものくそ寒ィ恋愛ごっこ見てたら飯がまずくならァ」
「そこまで言わなくても…」


こっちはそのくそ寒い恋愛ごっこでこんなに悩んでいるっていうのに。というか、みんなが私たちのことをそういう風にはやし立てるのも原因の一つなのだから、それくらい我慢してほしいものだ。


は阿伏兎のこと好きだねー?阿伏兎殺さなきゃ」


そんなことを言いながら私の隣に座る神威。神威が持ってきたお皿には、どうしてちゃんと乗っているのか不思議に思うくらいうずたかく白米が積みあがっている。その向こう側には大量のおかずも並んでいるのだろうけれど、白米のインパクトが強すぎて目に入ってこない。


阿伏兎は神威の言葉に、これまた心底嫌そうな顔で、大げさに手を広げてみせた。


「オイオイ、冗談じゃねェ。こんなクソガキこっちから願い下げだぜ。俺ァもうちょっと色気のある女が好きなんだよ」
「ちょっとまって、スタイルはそんなに悪くないと思うんですけど。おっぱいだってそこそこ…」
「胸だけじゃねェんだよ、色気っつーのは。鏡見てこい、ちんちくりんのガキが映ってっから」
「そのちんちくりん俺の女なんだけど?喧嘩売ってる?」
「ちょっと神威、めんどくさくなるからやめて」


阿伏兎の物言いにも納得いかないけれど、神威が割り込んでくるともっと面倒くさいことになる。本気で怒っているとかではないと思うけれど、とりあえず諫めておいた。


「はァ、イチャつくのは結構だが、俺たちの見えないところでやってもらいてェもんだぜ」
「ねェ阿伏兎、が全然セックスさせてくれないんだ。俺のこと愛してくれるって言ってたのになんでだろうね?」
「俺に聞くな。そいつがわかるような奴なら、今頃こんなところにいねェで好きな女と子供こさえて穏やかに暮らしてるよ」


そう言いながら、残った食事を急いで口に放り込む阿伏兎。それから逃げるように食器を持って、そそくさとその場から立ち去ろうとしたので、慌てて呼び止める。


「ちょっと待って阿伏兎。ちょっと相談があって」
「あん?なんだよ」
「この間言ってた、地球に行くときのことなんだけど」


それは数日前。次は地球で一仕事あると聞かされた。


仕事の内容は「交渉」、らしい。相手は元春雨の幹部をやっていて、例の烙陽での戦いに乗じて組織の金を持ち出して、腕利きの部下を連れて江戸に逃げ込んだそうだ。今回は神威たちを中心に春雨が復活したと知って、自分もまた春雨の幹部に返り咲こうとコンタクトを取ってきているらしいけれど、阿伏兎が言うには、自分たちを引きずりおろして春雨を丸ごと乗っ取ろうという魂胆だから、場合によっては交戦があるかもしれないとのことだった。


「なんだ?どっか行きてェとこでもあんのか」
「実はお母さんがね、もう地球に出発してて」


先日補給に寄った星でお母さんに連絡してみたら、なんとびっくり、明日地球に向けて旅立つ日だと言っていて、着いたらまず江戸で住むところを探してみるといっていた。


「つまり母親に会いに行きてェと?」
「うん。空いた時間でいいから、行っちゃダメかなァ」
「いいよ、行ってきなよ」


そう答えたのは、阿伏兎じゃなくて神威だった。あんなにあった白米がいつの間にか半分になっている。頬が焼きもちみたいに膨らんで、皿や箸まで食べてしまいそうな勢いで白米がが口の中に放り込まれている。その状態でしゃべる余裕があったことにびっくりしてしまう。


やがてごくんと飲み込む音が聞こえて、パンパンだった顔がいつものシュッとした顔に戻った。


「別に、がいなくたって余裕で終わるだろ」
「まァそうなんだが、他の連中の手前それを許すのもなァ…」
「なら、これは団長命令。は休んで母親にあってくること。これでいいだろ?」


そう言って、神威はまた食事を食べ始めたので、思わず凝視してしまった。それは、一口があまりに大きくて食べ方が豪快なせいもあったけれど、まさか神威がそんな風に私をフォローしてくれるとは思わなかったからだ。


最近ようやく気付いたことだけれど、神威は前に自分が言っていた通り、私に対してだけは特別に優しいようだ。私以外の人には冷たいというわけではないけれど、かといって特別優しさを見せることはないように思う。もしかして、神威にとって私は最初から「特別」な存在ではあったのかな、なんて、少しだけうぬぼれてしまったりして。


「おーおー、お優しいこって。ッけ」


阿伏兎は軽く悪態をついて、頭をぼりぼりと掻いた。それから、「買い付けくらいお前さんも手伝えよ」なんて言いながら、食器を持って流しの方へと去っていた。


「…ありがとう、神威」


言いながら神威を見ると、さっきまで半分残っていた食事はすっかりひとかけらもなくなっていた。口をもごもごさせながら、「どういたしまして」と返事をしたようだ。また頬がパンパンに膨らんでいて、話の流れがなかったら何を言っているのかわからないくらいだ。


こういう仕草は、子供っぽいのにな。そんな風に思ったら少しだけ悔しくて、膨らんだ頬を軽く指でつつく。ごくんとご飯を飲み下した音が聞こえた後、少し不思議そうにこちらを振り返る神威。


「どしたの?」
「…別に、なんでもなーい」


そっぽを向いて、食事を再開する。私は神威みたいにたくさん食べるわけでも早く食べれるわけでもないから、自分のペースでゆっくり静かに食事させてもらわないと。


「ふーん」と興味なさそうに答えて、お代わりを取りに立ち上がる。そんな神威を尻目に、お米を一口ほおばった。


Scene.2


食事が終わると、当たり前のように神威の部屋に連れていかれた。神威にちゃんと許可を取って部屋を片付けたので、脱ぎっぱなしの服が転がっていることもないし、テーブルやドレッサーにはホコリ一つない。…けど、圧倒的にものが少なくて、なんだか落ち着かない。部屋はきれいなんだけど、それはそもそもものが少ないから、汚くなる要素がないっていうだけの話だ。


私の部屋は、今の自分の部屋もそうだしお母さんと住んでいた家は特にそうだけれど、小物や生活用品で溢れかえっていたから、きれいにはしているけれど雑然としている。かなり曖昧だけれど、地球にいた時の家もここまでものがないことはなかったと思う。だから、ものがなさ過ぎて落ち着かないなんて、ちょっと初めての経験だった。


神威はベッドの上でごろごろしている。私は、なんとなく隣に寝転ぶのは気が引けたので、ベッドに座ってクローゼットを眺めていた。前から思っていたけれど、夜兎族はみんなちょっと変わった服を着ている。動きやすそうだしみんな似合ってるから全然いいと思うけれども。


「何見てるの?」


そう言いながら神威が起き上がって、私に抱きついてきた。神威の足の間に挟まれるような格好になって、こうなるとやっぱり、いまだにドキドキしてしまう。目線はクローゼットに向けたまま言った。


「神威の部屋って、何にもないなって思って」
「必要ないからなァ。なんか置きたいなら勝手に置いてもいいよ」
「自分の部屋じゃないしな…」
の部屋みたいなものじゃないか。ほら、花とか置けばいいだろ」


花かァ、と思いながら、ぐるりと部屋を見回す。確かに花があれば少し部屋が華やかになるかもしれないけれど、それ以外のものが圧倒的にない。この間部屋を片付けた時も、着替え以外本当にものがなくて、ドレッサーの棚は空っぽだった。こんなんでも男は困らないんだからすごい。昔からこんな感じだったんだろうかと少し気になってしまう。


「神威の家族で住んでたお家って、どんな感じだった?」
「うん?どんなって?」
「四人で住んでたんだよね」
「親父はほとんど帰ってこなかったけどね」
「みんなで住んでたんなら、当然みんなのものが置いてあったんだよね。遊び道具とかあった?」


私の言葉に、神威は「んー」と言いながら私の肩に顎を乗せる。前髪がふんわりと顔にかかったので、くすぐったくて少し身をよじった。


「烙陽って星はさ、年中雨ばっかりでじめじめしてて、住んでる連中もゴロツキ以下の、掃き溜めみたいな星だったんだ。だから、あんまりそういう娯楽品とかはなかったかな」
「…もしかして、私が住んでた星とちょっと似てる?」
「うん、似てると思う」


そう言いながら、軽く左右に揺れる神威。もちろん抱きしめられている私も一緒に揺れるので、なんだかゆりかごに乗っているみたいな気持ちになった。


「俺、これでもいじめられてたんだよ」
「えっ、うそ!」


衝撃の事実すぎて神威の方を振り返ろうとして、神威の胸板に頭をぶつけた。私は少し痛かったけれど、神威は別に気にした風もなく、相変わらずゆらゆらしている。


「本当だよ」
「…どうして、いじめられてたの?」
「母さんが病気だったから、病原体だって言われてたんだ。住んでるやつもゴミ以下だろ?」


そう言っている神威の声は、いつもと何も変わらない。…なんてことないように言っているけれど、きっとその時の神威には、つらい気持ちとか悲しい気持ちもあったんじゃないだろうか。ただ、それを本人に聞くのは、なんだか失礼なような気がした。


「神楽が生まれてからはあいつの世話してる時間も多かったし、母さんの代わりに買い物行ったりもしてたから、あんまり遊んだ記憶ないな。家の前で地面に絵描いたりしたくらいかな」
「そっか…」
「…ああ、そういえば」


神威がぴたりと揺れるのをやめた。なんだろうと思って振り向こうとしたけれど、また頭をぶつけるかもしれないので、大人しく口で「なに?」と尋ねることにする。


「花、飾ってたよ」


今度は前後にゆらゆら揺れだした神威。私の体も同じようにゆらゆら揺れる。


「花?」
「うん。母さんの好きな花。ベッドの足元に棚があって、そこにいつも飾ってた」


神威のお母さんが好きな花と言えば、ササユリに似た花だと神楽ちゃんが言っていた。…そして、神楽ちゃんが言っていたことを思い出す。お母さんが好きな花をいつも持ち帰っていたと。


神威がお母さんのために採ってきて、お母さんに見えるように飾っていたんだ。


「…素敵だね」
「そう?」
「うん。…とっても素敵」


やっぱり、神威は優しい。神楽ちゃんが言っていた通りだ。優しいなんて言ったら、神威はもしかしたら怒ったりするのかな。わからないけれど、私はそのことを、とてもうれしく感じる。


神威と神楽ちゃんに似ているきれいなお母さん、小さな妹と、綺麗なお花。もちろんいいことばかりではなかったと思うけれど、その時間が少しでも、ささやかでも、幸せなひと時の思い出として、神威の記憶に残っていたらいいなと思った。


アトガキ ▼

2021.02.15 monday From aki mikami.