罪と罰と恋と愛


Scene.1


私がすべて話し終えると、お母さんはそれはもう盛大に、大きな声で笑った。


「そんなに笑わないでよ…」
「だって、…そんなに乙女チックなタイプだったのかい?」
「うぅっ…」
「いや、でも確かに。こんな風に笑うのは失礼だったね、悪かったよ」


そう言って、目じりにたまった涙をぬぐうお母さん。私はなんだか納得がいかなくて、あからさまにむくれた顔をしてしまった。


あの後、結局二人とも眠ってしまって、目が覚めたらもうすぐ地球に着くというタイミングだった。神威はまだ寝ていたいといっていたけれど、お母さんに会う前にちゃんと身支度をしておきたかったので、神威の誘惑を振り切って出発準備をした。眠気覚ましにすっかり冷めてしまっていたコーヒーを一気飲みして、シャワーを浴びたり荷物を整理したりして、何とか到着前に準備を完了した。地球に着いたらすぐお母さんに連絡を取って、こうして合流して今に至るというわけだ。


お母さんの家はまさかのかぶき町にあった。どうせ一人だからあまりいいところは借りなかったといっていたけれど、私たちが二人で住んでいた家よりははるかにきれいだし、大きさも同じくらいある。そう考えると、地球はかなり豊かなところなのだなァと思う。


「それで、はどうしたいんだい」


お母さんが、今度は随分真剣な顔でそう言った。胸がドキリとなる。


「どう、しよう…どうしたらいいのかな」
、違うよ。『どうしたらいい』じゃない。あんたが『どうしたいのか』だ」


お母さんは変わらず真剣な顔で、私の返答を待っている。


「どうしたいかって…どういうこと?」
「神威くんとどうなりたいかってことさ。向こうの意志はいったん関係なく、がどうなりたいのか、どうしたいのか。それを考えるのも大切なことだと思うよ」


そう言いながら、お母さんはマグカップを手に取って、コーヒーを一口すすった。私はそのゆっくりした仕草を見ながら、思考を巡らせる。


私が、神威とどうなりたいか。正直、よくわからない。一つだけ確実に言えるのは、この先もできる限りずっと一緒にいたいという事。それから、今みたいにくっついたり甘えたり、時々バカなことをやったり、そうやって、心も体も、近い距離でいられたら。


そんな風に思うのは、きっと。


「…多分、『恋人』になりたい…かな」


私は、神威に『恋』をしている。…と、思う。今まで恋なんてしたことないけれど、なんとなくそう思う。むしろ、そうであってほしいと思う。


「なら、それを神威くんに言えないのはどうしてだい?」
「それは…」


想像する。私が神威に思いを告げるところを。それを聞いた神威の反応を。笑って受け入れる?それとも拒否する?あんなに熱烈にアピールしてくれるけれど、それは私と『恋人になりたいから』じゃなくて、ただ身体を求めているだけだとしたら?


もしも、拒否…されてしまったら。


「怖いから、かな」
「怖いって、何が?」
「…もし神威に、拒否されたら…怖い」
「そうかい」


お母さんは、もう一口コーヒーをすすった。私もそれにつられて、マグカップを口に運ぶ。こうやって神威の事を話しているだけで、胸が締め付けられる気持ちだったけれど、そこまで正直に話すのはなんとなく恥ずかしい気がした。


「なら、今度は神威くんのことだ。神威くんがを強引に襲ってこないのは、どうしてだろうね」
「それは、無理強いはしない主義だからって…」
「本当に、そう思うかい?」


お母さんは、諭すような口調で言った。…けれど、私には何を言いたいのかわからなくて、首をかしげてしまう。薄々思っていたけれど、私ってもしかして、すごく鈍感なのかもしれない。


「…自分に置き換えて考えてごらん。が神威くんの立場だったら、どうだい?」


私が、神威の立場だったら。…そういうことを、したい人がいて、でもその人があまりその気じゃなかったら。それでもその人に、求めることが出来る?…多分、出来ない。今と同じように、怖くて何も言えなくなってしまうと思う。


そこまで考えて、ふと思う。もしかしたら神威も、私と同じなんじゃないかと。


「…神威も、怖いのかな。私にはっきりと拒否されるのが」
「かもしれないし、そうじゃないかもしれない。…そこは、本人と話してみるしかないね」
「…そっか、そう、だよね」


神威が本当のところどう考えているのかはわからない。けれど、もし私と同じような気持ちにさせてしまっているのだとしたら、それはいやだ。…ちゃんと、神威と話さないとだめだ。私のせいで、神威を傷つけたり、嫌な気持ちにさせたりはしたくない。


「帰ったら、ちゃんと…話してみる」
「うん、がんばりな」


お母さんは満足そうに笑った。やっぱり、お母さんはすごい。私の気持ち、何でも分かってくれて、ほしい言葉をくれる。勇気をくれる。


血はつながってないけれど、お母さんの子供で、本当に良かった。心からそう思った。


「さて、じゃあそろそろ出かけようかね」


そう言って立ち上がるお母さん。実はこの後、お母さんからの頼みで万事屋さんに連れていくことになっている。万事屋さんのことは、前に地球に来たあとに話してあった。何でも屋さんだと話したらぜひ紹介してほしいといっていて、今日ここに来てすぐに、改めて紹介してほしいといわれたので、少し休憩したら一緒に会いに行こうと言っていた。


「うん、いこっか!」


言いながら立ち上がって、自分の前にあったマグカップと、お母さんのマグカップを持って流しに向かう。ありがとね、というお母さんの言葉を背中で聞きながら、流しにマグカップを置いた。


Scene.2


「アイツほんとダメ兄貴アルな!」


私の話を一通り聞き終えた神楽ちゃんは、ものすごい顔で悪態をついた。


万事屋さんに着いて一通り自己紹介を終えたところで、神楽ちゃんから「最近神威とどんな感じアルか?」と聞かれたので、こっそり耳打ちで「好きになっちゃいました」と告白したら、ちぎれそうな勢いで腕を引っ張られて隣の部屋に連れていかれて、根掘り葉掘りいろいろ聞かれて、結果これまでの経緯とか私の気持ち、神威の反応なんかをすべて話すことになってしまった。それを聞き終えての反応が、さっきの神楽ちゃんの言葉というわけだ。ちなみにお母さんは、まだ向こうの部屋で銀さんたちと話をしているようだ。


「あの、神楽ちゃん…ごめんね、神楽ちゃんの過去を勝手に詮索するような真似して…」


神楽ちゃんはまったく気にしていなさそうだったけれど、謝らないと私の気持ちが収まらない。私の言葉に、神楽ちゃんは首を横に振った。


「構わないヨ。好きな人の事、気になって当然。神威のこと、もっといっぱい知ってほしいネ」


そう言って、えへへ、と笑う神楽ちゃん。そんな風に返されると、ありがたいけれど少し照れてしまう。かなりあいまいに笑ってごまかした。


「私、本当にうれしいヨ。神威と一緒にいてくれる人がいて」
「私でいいのかなって、ちょっと思うけどね」
じゃなきゃだめネ!むしろバカ兄貴にはもったいないくらいアル!」


そう言ってふんぞり返る神楽ちゃん。何で神楽ちゃんがふんぞり返るのかわからないけれど、やっぱりちょっと照れてしまう。なんて返したらいいかわからなくて、やっぱり今度もあいまいに笑ってごまかした。


「神威、優しかったでしょ!」
「うん、優しいよ。神楽ちゃんが小さいころは、いろいろ面倒見てもらったんでしょ?」
「マミー、私が生まれてから病気になっちゃって、ずっとベッドに寝てたから…神威がいろいろしてくれたネ。私がいじめられた時も、神威が助けてくれたアル。ずっと、ずっと…」


神楽ちゃんが、私の手を握る。その手は神威とは違う、年頃の女の子らしいきれいな手だ。同じ夜兎族でもこんなに違う。夜兎族だから分かり合えないとか、優しくないとか、そんなことは絶対にない。…絶対に。


「神威、一番大切な事はいっつも素直に言えない。けど、きっとのこと、大切に思ってるネ。だから、…、神威と一緒にいてあげてヨ」


神楽ちゃんの顔を見ればわかる。神楽ちゃんが神威をどれくらい大切に思っているか。そしてそれは、神威が神楽ちゃんを大切にしてきたからこそであること。私は神威と家族じゃないけれど、同じように大切に思っているし、思われたい。


私はきっと神威に『恋』をしていて、同じくらい神威を『愛』しているんだ。


「うん。…ずっと、一緒にいるよ」


実際には、神威の心次第ではあるのだけれど、許される限りは、ずっと一緒にいたい。


神楽ちゃんと手を握り合って、神威の事を思った。


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2021.02.17 wednesday From aki mikami.