罪と罰と恋と愛


Scene.1


その日の夜はお母さんの家に帰って、一泊した。それまでいろいろ話したかったことをたっくさん話して、正直時間が足りないくらいだった。


朝起きて少しのんびりしたあと、二人で植物園みたいなところにやってきた。お母さんが、私が来たら連れて行こうと目を付けていたところらしい。中にはお花だけじゃない珍しい植物がたくさんで、テンションが上がりまくってしまった。一緒に来てくれたお母さんに申し訳なくなるくらい、かなりうるさかったと思う。


そんなわけで、植物園を隅から隅まで堪能して、とても楽しい時間を過ごすことが出来た。今は出口の手前にあるお土産コーナーで、お花を選んでいるところだ。


神威が部屋にお花を飾ってもいいといっていたので、お言葉に甘えて何か買っていこうと思ったけれど、なかなか選ぶのが難しい。鉢植えは持って帰るのが大変だし、切り花はすぐに枯れてしまうし、そもそも宇宙って陽が当たらないからちゃんと植物が育つのかとか、考えることがいろいろあって、結構悩んでいる。あとは神威の部屋に可愛らしい花があっても変かなって思ったり、とにかくいろいろ考えてしまって、なかなか決まらない。


ちなみにお母さんはその間、文句も言わないでずっと付き合ってくれている。本当にいいお母さんだと思う。


もういっそのことお花じゃなくて食べ物でも買っていこうかな。そう思い始めた時に、お母さんがトントンと私の肩をたたいた。


「あっち、ちょっと見てみない?」


そう言って、向こうの方を指さすお母さん。指した先にあるのは…プリザーブドフラワー?


「なるほど!お母さん頭いい!」


そう言いながら、お母さんが指さした方向に歩き出した。プリザーブドフラワーならちゃんとお手入れすればかなり長持ちするし、見たところ種類もたくさんありそうだった。


どんなのにしようかな。かなりウキウキしながら、じっくりと商品を眺めた。


Scene.2


あれから、自分用のお菓子と小物、それからお土産と、例のプリザーブドフラワーを買って、夕方前くらいにお母さんと別れた。


そして、もうすぐ日が暮れるくらいの時間に船にたどり着いた。どうやら他のみんなは戻っているようだった。私は早く神威と話したくて、急いで部屋に戻って荷物を置いて、神威を捜した。


神威の部屋、食堂、いつもの展望室、操縦室、お風呂場。あちこち確認したけれど見つからない。一応すれ違った阿伏兎に聞いてみたら、間違いなく一緒に戻ってきたといっているので、船内にはいるはずなのに。


一体どこに行ってしまったんだろう。そう思いながら、仕方なく船の外に出た。そして何気なく、本当に偶然、ふっと船の上を見たとき、そこに人影が見える気がした。外はもうすっかり真っ暗だったから、その人影が誰なのか、本当に人影なのかもわからなかったけれど、私の勘はそれが神威だといっていた。


一度船の中に戻って、前に神威が案内してくれた道をたどって船の上に出る。そこにはやっぱり人影があった。


「…神威?」


声をかけてみるけれど、反応がない。影はじっと景色を見つめているようだった。


一歩近づいてみる。三つ編みが風にたなびいていて、影はやっぱり神威であることがわかる。もう一歩近づいてみる。やっぱり影は振り向かない。もう一歩、もう一歩近づいても、影はやっぱり私を見ることはなくて…なんだか、無性に寂しくなった。


神威はいつも、自分から私に近づいてきてくれる。だけど、神威がそうしなくなってしまったら…私は、こんなにも寂しい。


走って、その背中に抱き着いた。顔は見えないけれど、匂いでわかる。いつも私を包んでくれる、神威の匂い。


神威はやっぱり何も言わない。いつものように抱きしめてもくれない。ただ黙っていて、どんな顔をしているのかもわからない。わかりたい、知りたい、理解したい。神威の気持ち、感情、表情。


「こっち、向いてよ」


声がすぼんで掠れそうになった。やがてゆっくりと影がこちらを振り向いて、…神威の大きな手が、私の頭に触れた。


「どしたの、
「どしたのって…神威こそ」
「俺はどうもしないよ」
「うそ…だって、呼んだのに…」


振り向いてくれなかった。とは、口に出せなかった。神威は小さく息を吐いて、首を横に傾けて、遠く景色を眺める。


の事考えてた」
「…私の、こと?」
「うん。いつ帰ってくるかなーって」


今度は私の方を向いてそう言った。その顔は、別に不機嫌でも楽しそうでも寂しそうでもない、感情がない冷たい表情。


「…、こんな風に俺に抱き着いたりしていいの?」
「え…?」


突然何を言っているのかわからなくて、じっと神威の顔を見る。その表情は相変わらず、感情が読み取れなかった。


にはその気、ないんだろう。俺、我慢強い方じゃないから、これ以上は待てないと思う」
「神威…」
を壊してしまうかもしれないよ。…だから、俺から逃げるなら今のうちだよ」


やっとわかった。神威のこの冷たい顔は、感情を押し殺した顔。自分自身を、押し込めて、苦しめているときの顔。


いやだ、その顔は嫌いだ。だって私は、神威に笑っていてほしい。いつでも笑って、みんなの、私の前を笑って歩いている神威が、私は、大好きだから。


「…いやだ、逃げない」


神威にしっかり抱き着いて、声を絞り出した。心臓がバクバクする。喉がひりつく。目頭が熱くなって、頭がボーッとする。でも、言うんだ。言わなきゃいけないんだ。今度こそ、素直な気持ち。神威の胸に額を押し付ける。


「ずっと、…恥ずかしかった、だけ、だから。抱きしめてくれるのだって、すっごくうれしかったし、エッチなことだって、ちょっと怖いけど、神威とだったらって、思ってたけど、…恥ずかしくて、言えなくて」


この期に及んで、恥ずかしさが顔を出す。だけど、殺さなきゃ。今度こそ勝たなきゃ。ちゃんと言葉にして伝えなきゃ。


「私、神威の事…好き、…みたい」


みたいってなんだ!と自分に突っ込みを入れたくなった。一世一代の告白で、「みたい」って。本当はもっとちゃんと、顔を見て、まっすぐに伝えたかったけれど、今の私には、これが限界みたいだ。


だけど、神威が何も言ってくれなくて、急に不安になった。もしかして、拒否されてしまうんだろうか…そんな風に思いながら、恐る恐る顔を上げると…なぜか、手で口元を隠している神威。かろうじて見えている目元は、なんだか見たことがない感情を帯びているように思えた。


「…そっか、好き、か」


ゆるく目を瞑ったと思ったら、私の頭を自分の胸に強く引き寄せてきた。おかげで軽くぐえっとなってしまった。苦しくて顔を上げようとするけれど、軽く抑えつけられていてあげられそうにない。


「考えてたんだ。俺はのすべてを手に入れたくて、好きなことをさせてあげたくて、でもどこにも行かせたくなくて、壊したくなくて、でも壊したくなる気持ちもあって、…その感情は矛盾しているんじゃないかって」


聞こえてくる神威の声は、どこか上擦っているように思えた。


「でも、のおかげでわかった。全部、の事が好きだから、何も矛盾していない」


抑えていた手が離れて、今度は私の頬に触れる。羽根を持ち上げるみたいに優しい仕草で神威の方を向かされて、ようやく見えた神威の表情でわかった。…神威も、少し照れている。


「初めてだ。セックスより、…キスがしたい」


熱いまなざし。優しくて温かい手。冷たい風。視界の端に広がる美しい夜景。これがきっと『恋』だ。私は今、神威と恋している。


「…キスなら、いいよ」


そう言った瞬間、神威の唇が私の唇に重なった。


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2021.02.18 thursday From aki mikami.