罪と罰と恋と愛


Scene.2


目が覚めて最初に目に入ったのは、見たことがないくらい優しい目で私を見つめる神威の顔だった。


「おはよ、


神威の手が私の背中に回ってきて気が付いた。自分が何も身に着けていないことに。そして思い出す、眠る前に何をしていたのか。恥ずかしさで全身が熱くなって、布団の中にもぐりこんだ。


「むり。はずかしい。穴があったら入りたい」
は入れられる方だと思うけど」
「そういう冗談やめて!ほんとに恥ずかしいから!」


神威の胸に額をぐりぐり押し付ける。神威は楽しそうにははっと笑って、私の背中を軽くポンポンと叩いた。というか、神威だけさっさと服を着ていて、私は全裸で、この状態がもうすでに恥ずかしい。


「恥ずかしがることないだろ。大人の階段を登ったんだよ」
「そういう言い方もやめて!いたたまれなくなってくる…!」


私の反応を楽しんでいるのか、相変わらず楽しそうに笑っている神威。私ばっかり余裕がなくて、なんだか切なくなってくる。きゅっと体を縮こまらせていると、神威が「そうだ」と言ってベッドから立ち上がった。そうして向こうのテーブルまで歩いていくと、何かを持ってこちらに歩いてくる。その手に持っていたのは…


「あーーーーー!」
「じゃーん。の部屋から持ってきたんだ」


それは私のお気に入りの図鑑だった。すぐにピンと来た、私が買ってきたピンクの胡蝶蘭の花言葉を調べるのに持ってきたのだと。


、俺の事愛してるんだなァ」


ニッコリと、笑ってそう言った。…そう、ピンクの胡蝶蘭の花言葉は「あなたを愛しています」。告白なんかにも使われたりする花だ。恥ずかしすぎるから、隠していたのに。顔から火が吹き出しそうな気持ちになって、横にあった枕を神威に向かってぶん投げた。


「もう!何で調べちゃうの!」
「むしろ何で隠すの?恥ずかしいの?」
「そうだよ!ああ、もう…!」
「恥ずかしがりやだなァ、は」


そう言いながらベッドに腰を下ろす神威。ものすごーく楽しそうにしているのがとても悔しくて、ぷいとそっぽを向いて、布団で体を隠しながら起き上がった。着替えはさっきベッドの下に放り投げたはず、そう思ってベッドから下を覗く。けど、そこには何も転がっていない。


「はい、着替え」


意外なことに、神威が私に着替えを差し出してきた。しかも、きれいに畳まれている。もしかして集めて畳んでおいてくれたのだろうか。それを想像したら、少し不思議な気持ちになった。


「…ありがとう」


そう言いながら着替えを受け取って、ショーツを広げたら、ふと気が付いた。…これ、さっきまではいてたやつじゃない…?


「神威、この着替え」
「さっきの部屋に本取りに行ったとき、一緒に持ってきたんだよ。古い着替えはあっち」


そう言いながら、膝に乗せた本をぱらぱらめくる神威。もう片方の手で指さす方向には、私が置いた洗濯物用の脱衣かごがあった。


「それとも、あのぐちゃぐちゃになった下着をまたはきたいっていうなら、俺は止めないけど?」


そう言って、今度もニッコリと笑う。なんていじわるなんだろう、そんなこと思うはずないのに。頭がカァっとなって、神威に背中を向けた。


「うぅ…!神威のバカ!」
「ははっ、って案外語彙力ないよねェ」


そんな腹の立つことを言いながら、パラパラと本をめくっている音がする。この隙に下着だけでも着替えてしまおうと、パンツとブラジャーを取り上げて、布団を頭からかぶって、素早く身に着けた。神威の様子を確認しようと布団から顔を出すと、神威はまだ本を眺めているので、上の服とスカートも着てしまうことにする。どちらも布団をかぶった状態で着るのは少し大変だったけれど、身をよじったり伸ばしたりして、何とか着ることが出来た。…ちらと神威の方を見ると、やっぱりまだ本をめくっている。もしかして、気を使ってくれたりしたんだろうか。


「…着替えた」
「そっか」


ぱたん、と本を閉じる神威。立ち上がって、本をテーブルに置いた後、テーブルの足元から何かを拾い上げた。ちょいちょい、と手招きするので、ベッドから立ち上がって、神威の方に歩み寄る。


「俺も買ってきたんだ、花」


そう言って神威が差し出したのは、フラワーショップのロゴが印字された袋だった。地球に行ったときに買ってきたんだろうけれど、一体いつの間に買ったんだろう。袋を受け取って、中に入っているものを取り出す。


「…これ、ドライフラワー?」
「そう、それそれ」


入っていたのは、ビンに入ったバラのドライフラワーだった。色は多分、赤。三本の赤いバラが、美しい配置で瓶の中に詰められている。


『赤いバラ』の花言葉は「あなたを愛してます」。『三本のバラ』の花言葉も「愛しています」。バラも胡蝶蘭と同じで、愛の告白によく使われるお花だ。


「これ、神威が選んだの?」
「お店の人に、『彼女にあげるんだけど』って言って選んでもらった」


ああ、なるほど。と思ったけれど、それ以上に「彼女」という言葉にドキッとしてしまった。神威からその言葉が出てくるのは、初めてだったから。


「彼女…」
「ん?彼女だろ?お互い好きなんだから」
「…そっか、彼女、か」


その響きがなんだか特別なものに思えてしまって、顔がにやけてしまう。神威は相変わらずなんてことはないような顔で私の方を見ている。こういう時、やっぱり余裕がないのは私の方なんだよな、と思うけれど、今はそれもどうでもよく感じてしまう。


気持ちが抑えきれなくなって、神威の胸に飛び込んで抱きついた。軽々と受け止めた神威の手が、私の背中に回る。


だって、あの神威が、わざわざ何かを買ってきてくれたっていうだけでもびっくりなのに、店員さんと話して、あれこれ考えて、私のために買ってきてくれて…こんなのもう、うれしくないわけがない。うれしい以外の表現方法があるなら教えてほしいくらい、最上級にうれしくて仕方ない。


「ありがとう、神威」


その言葉は、恥ずかしがらないで素直に言うことが出来た。むしろもっともっと伝えたかった。私がどれだけうれしいか、喜んでいるか。


私の言葉に、神威は楽しそうにははっと笑って、「どういたしまして」と言った。


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2021.02.19 friday From aki mikami.