罪と罰と恋と愛
Scene.1
神威に思いを告げることが出来てから、なんと一週間ほどたった。今日ようやく地球から旅立ったところだ。次の目的地は一応決まっているらしいけれど、詳しい話はまだ聞かされていない。
あの日から、春雨の仕事の方でいろいろあったり、積み込み作業があったり、神威がやらかしたり、とにかく色々あって、かなり長く地球に滞在することになってしまった。そのおかげで、神威と二人でのんびりする時間もあまりなくて、今日は久しぶりの二人きりの時間だった。
あの日以来神威が積極的にアピールしてくることはなくなって、恥ずかしくないのでありがたい反面、少し寂しくもある。今度お誘いがあれば勇気を出して乗ってみようとは思っているけれど、さすがに自分から誘えるような勇気はまだない。
というわけで、結局は今までとあまり変わらないままだ。…といっても、ちゃんと二人きりになるのは久しぶりなので、ちょっとドキドキしているのだけれど。
食事をとったあと、普段なら引きずられるように神威の部屋に行くことになるのだけれど、今日はやりたいことがあったので、一度自分の部屋に戻らせてもらった。先日地球で買ったプリザーブドフラワーとお土産のお菓子を渡したかったのだ。
必要なものを持って神威の部屋に入ると、ベッドには今朝辺り着替えたと思われる着替えが乗っていた。それ以外はいつも通りで、しばらく私が手を付けていない割には結構きれいに保てているようだった。そういえば、神威はお母さんの代わりに神楽ちゃんのお世話をしていたくらいだから、面倒だからやらないだけである程度家事もできるのかもしれない。
神威が私の代わりに持ってくれたコーヒーの入ったステンレスポットをテーブルに置いて、そのままソファにごろんと横になった。別に疲れてもいないだろうにと思ったらなんだかおかしくて、ちょっと笑ってしまう。お菓子をポットの横に置いて、袋からプリザーブドフラワーを出した。
「こんなのにしてみましたー」
結局悩みに悩んで、ピンクの胡蝶蘭のリースを選んだ。色がピンクだからちょっとかわいすぎるかとも思ったけれど、神威のお母さんの好きな花も似た色だったみたいだし、花だけじゃなく緑もあしらわれているのでそこまで可愛すぎないデザインだと思ったからだ。
「ふーん、なんて花?」
「これはねー、胡蝶蘭っていうお花だよ」
答えながら、植物園で一緒に買った飾り台を組み立てる。飾り方について園の人に相談したら、最近は壁にかけるだけじゃなくて、つるしたり、額に入れたり、台を付けて棚に置いたりもするらしい。結果、棚に置くのが一番簡単かということになって、こうして飾り台を買ってきたわけだ。
「それに乗せるの?」
「そうそう。…よし、でーきた!」
飾り台も、組み立てが簡単でデザインがおしゃれ且つシンプルなものを選んでもらった。出来上がった台とリースを持って、全く使われている気配がないドレッサーまで歩いていく。そこに台を置いて、その上にリースを乗せて…
「…ほら!なかなかかわいい!」
すごくいい感じ!と思って神威を振り返ると、神威はリースじゃなくて私の方を見て笑っていた。その笑いがなんだか馬鹿にされている感じがして、少しむっとしてしまう。
「もう、私じゃなくてリースの方見てよ」
「見てるよ。でもついに目が行っちゃうんだ」
「…な、なにそれッ」
「いいだろ。地球にいる間は我慢したんだから」
そういうと、音もなく私の隣に飛んできて、勢いよく抱きつかれる。もちろん悪い気はしないけれど、ちょっとだけ痛い…。
「…まあ、いいですけど」
そう答えるなり、ずるずるとベッドの方に引きずられる。…できれば、お菓子食べたりコーヒー飲んだりも、少しは楽しみたいんだけどな。そう思ったけれど、確かにあれからずっと我慢していたわけだから、私もこれくらいは我慢することにする。
ベッドに着くなりポンと寝かされて、驚く間もなく神威が覆いかぶさってきた。痛いと抗議する暇もなく唇を塞がれる。
すごい。なんかわからないけれどとにかくすごい。あの時はとても優しいキスだったけれど、今はなんというか獣のようだ。唇全部がしゃぶりつくされてしまいそう、そんなことを思っていたら、何かザラリとしたものが口に入ってきて身体が震えた。これは舌だ、と認識するより早く、息が吸えなくなるくらい深く舌が入り込んでくる。口の中から私を食べつくしてしまうんじゃないかと思うくらい、深く。
ついさっき私をベッドに放り投げたはずの手が、ものすごく優しく頭を撫でてくれる。ベッドに片肘をついて、結構しんどい体勢のはずなのに、それを感じさせないくらい、動きにも唇にも余裕がある。私はこんなに、余裕がないのに。ドキドキしすぎて心臓が締め付けられたみたいに苦しい。神威の気持ちに答えたいのに、どうやって答えたら正解なのかわからない。それを考える余裕もない。頭がぼんやりしてきて、もしかしてこれが気持ちいいってことなのかと頭の片隅で思う。
やっと唇が離れた時、目の前の神威はなんだかギラギラした顔をしていた。ちょっと、戦うときの顔にも似ている気がした。
「…、すごくとろけた顔してる」
「へ…」
「その顔も、結構好き」
覆いかぶさって、耳に唇を寄せてくる。かぶさっているはずなのに重さをほとんど感じないのは、きっと身体を浮かせてくれているからなんだろうな。そんなちょっと場違いなことを思う。耳に熱い息がかかって、全身に電気でも流れたみたいに身体が震える。心臓が脈を打つごとに、私の大事なところも、少しずつ熱くなっていっている気がする。
いよいよ、その時が来たのかな。ドキドキしながら目をつむっていると、突然神威が「あ」と声を上げた。恐る恐る目を開けると、少し身体を起こして馬乗り状態になったまま、ドレッサーの方を見つめている神威。
「…ど、どしたの?」
「うん、忘れてたなァって思って」
何を、と聞くより早く、神威がまた私に覆いかぶさってきた。前髪をめくり上げるような動作で私の頭を撫でながら、ニッコリ笑う。
「いつものやつ」
「いつも、の?」
「花言葉」
「…」
まずいことを聞かれたな。そう思ってしまってから、しまった、と思った。このタイミングで聞かれるなんて思っていなかったから、完全に油断していて、しっかり顔に出してしまった。
「…どしたの、何かまずいことでもあるの?」
「そ、そんなことないよ!え、っと…胡蝶蘭の花言葉は、『幸福が飛んでくる』『純粋な愛』」
「…ふぅん?」
な、なんで疑問形なんだろう…。神威の笑顔がいつにもましてニッコリとしていて、そう、ちょっと殺気があるときの笑顔に近いような、妙な迫力がある感じだ。でも、一応うそは言っていない。
「…な、なんでしょ」
「別に?」
そう言ったかと思うと、耳にふーっと息を吹きかけられる。全身がぞくぞくと粟立って、口から変な声が漏れた。
「な、なに…ッ」
「そういえばさァ、色によって花言葉が違う花もあるって言ってたよね」
また、ふー、と息を吹きかけられて、否応なしに全身が反応してしまう。身をよじって逃げようとするけれど、頭を押さえつけられているうえに身体に力が入らない。私の反応を楽しむように、神威はまたふーっと息を吹きかけた。
「ねえ、ピンクの胡蝶蘭の花言葉は?」
「ッ… それは」
「教えてくれないと、もっと色々するけど、いい?」
吐息交じりの声が、耳元で囁く。さっきまでと違う種類のぞくぞくが全身を駆け抜けて、また身体の中心が熱くなった。
「はず、かしい…」
「恥ずかしい、かァ。のそれは『もっとして』ってことかな」
「ち、違うもん…!」
楽しそうにははっと笑う神威。その反応が悔しいけれど、何かを言い返す心の余裕なんて全くなくて、ただ神威をにらみあげることしかできない。押さえつけていた手が優しく頭を撫でてきて、額に唇が降ってくる。
「いやならやめるけど、どうする?」
微笑みをたたえたまま、じっと見つめてくる神威。…そんな目で見るのは、卑怯だ。拒否させる気なんて最初からないくせに。その青い瞳に吸い込まれそうな気がしてしまって、目を固く瞑って、首を軽く横に振った。神威がまた楽しそうな声で笑う。
神威の手が、私の頭を優しくなでる。逆の手がふわりと頬を包んで、息のかかる距離に神威の顔が近づいてくる。
「」
神威の声が、私の名前を呼ぶ、それがとても心地よい。
そんな心地よさに包まれるように、私たちの時間は静かに更けていった。
Scene.2
目が覚めて最初に目に入ったのは、見たことがないくらい優しい目で私を見つめる神威の顔だった。
「おはよ、」
神威の手が私の背中に回ってきて気が付いた。自分が何も身に着けていないことに。そして思い出す、眠る前に何をしていたのか。恥ずかしさで全身が熱くなって、布団の中にもぐりこんだ。
「むり。はずかしい。穴があったら入りたい」
「は入れられる方だと思うけど」
「そういう冗談やめて!ほんとに恥ずかしいから!」
神威の胸に額をぐりぐり押し付ける。神威は楽しそうにははっと笑って、私の背中を軽くポンポンと叩いた。というか、神威だけさっさと服を着ていて、私は全裸で、この状態がもうすでに恥ずかしい。
「恥ずかしがることないだろ。大人の階段を登ったんだよ」
「そういう言い方もやめて!いたたまれなくなってくる…!」
私の反応を楽しんでいるのか、相変わらず楽しそうに笑っている神威。私ばっかり余裕がなくて、なんだか切なくなってくる。きゅっと体を縮こまらせていると、神威が「そうだ」と言ってベッドから立ち上がった。そうして向こうのテーブルまで歩いていくと、何かを持ってこちらに歩いてくる。その手に持っていたのは…
「あーーーーー!」
「じゃーん。の部屋から持ってきたんだ」
それは私のお気に入りの図鑑だった。すぐにピンと来た、私が買ってきたピンクの胡蝶蘭の花言葉を調べるのに持ってきたのだと。
「、俺の事愛してるんだなァ」
ニッコリと、笑ってそう言った。…そう、ピンクの胡蝶蘭の花言葉は「あなたを愛しています」。告白なんかにも使われたりする花だ。恥ずかしすぎるから、隠していたのに。顔から火が吹き出しそうな気持ちになって、横にあった枕を神威に向かってぶん投げた。
「もう!何で調べちゃうの!」
「むしろ何で隠すの?恥ずかしいの?」
「そうだよ!ああ、もう…!」
「恥ずかしがりやだなァ、は」
そう言いながらベッドに腰を下ろす神威。ものすごーく楽しそうにしているのがとても悔しくて、ぷいとそっぽを向いて、布団で体を隠しながら起き上がった。着替えはさっきベッドの下に放り投げたはず、そう思ってベッドから下を覗く。けど、そこには何も転がっていない。
「はい、着替え」
意外なことに、神威が私に着替えを差し出してきた。しかも、きれいに畳まれている。もしかして集めて畳んでおいてくれたのだろうか。それを想像したら、少し不思議な気持ちになった。
「…ありがとう」
そう言いながら着替えを受け取って、ショーツを広げたら、ふと気が付いた。…これ、さっきまではいてたやつじゃない…?
「神威、この着替え」
「さっきの部屋に本取りに行ったとき、一緒に持ってきたんだよ。古い着替えはあっち」
そう言いながら、膝に乗せた本をぱらぱらめくる神威。もう片方の手で指さす方向には、私が置いた洗濯物用の脱衣かごがあった。
「それとも、あのぐちゃぐちゃになった下着をまたはきたいっていうなら、俺は止めないけど?」
そう言って、今度もニッコリと笑う。なんていじわるなんだろう、そんなこと思うはずないのに。頭がカァっとなって、神威に背中を向けた。
「うぅ…!神威のバカ!」
「ははっ、って案外語彙力ないよねェ」
そんな腹の立つことを言いながら、パラパラと本をめくっている音がする。この隙に下着だけでも着替えてしまおうと、パンツとブラジャーを取り上げて、布団を頭からかぶって、素早く身に着けた。神威の様子を確認しようと布団から顔を出すと、神威はまだ本を眺めているので、上の服とスカートも着てしまうことにする。どちらも布団をかぶった状態で着るのは少し大変だったけれど、身をよじったり伸ばしたりして、何とか着ることが出来た。…ちらと神威の方を見ると、やっぱりまだ本をめくっている。もしかして、気を使ってくれたりしたんだろうか。
「…着替えた」
「そっか」
ぱたん、と本を閉じる神威。立ち上がって、本をテーブルに置いた後、テーブルの足元から何かを拾い上げた。ちょいちょい、と手招きするので、ベッドから立ち上がって、神威の方に歩み寄る。
「俺も買ってきたんだ、花」
そう言って神威が差し出したのは、フラワーショップのロゴが印字された袋だった。地球に行ったときに買ってきたんだろうけれど、一体いつの間に買ったんだろう。袋を受け取って、中に入っているものを取り出す。
「…これ、ドライフラワー?」
「そう、それそれ」
入っていたのは、ビンに入ったバラのドライフラワーだった。色は多分、赤。三本の赤いバラが、美しい配置で瓶の中に詰められている。
『赤いバラ』の花言葉は「あなたを愛してます」。『三本のバラ』の花言葉も「愛しています」。バラも胡蝶蘭と同じで、愛の告白によく使われるお花だ。
「これ、神威が選んだの?」
「お店の人に、『彼女にあげるんだけど』って言って選んでもらった」
ああ、なるほど。と思ったけれど、それ以上に「彼女」という言葉にドキッとしてしまった。神威からその言葉が出てくるのは、初めてだったから。
「彼女…」
「ん?彼女だろ?お互い好きなんだから」
「…そっか、彼女、か」
その響きがなんだか特別なものに思えてしまって、顔がにやけてしまう。神威は相変わらずなんてことはないような顔で私の方を見ている。こういう時、やっぱり余裕がないのは私の方なんだよな、と思うけれど、今はそれもどうでもよく感じてしまう。
気持ちが抑えきれなくなって、神威の胸に飛び込んで抱きついた。軽々と受け止めた神威の手が、私の背中に回る。
だって、あの神威が、わざわざ何かを買ってきてくれたっていうだけでもびっくりなのに、店員さんと話して、あれこれ考えて、私のために買ってきてくれて…こんなのもう、うれしくないわけがない。うれしい以外の表現方法があるなら教えてほしいくらい、最上級にうれしくて仕方ない。
「ありがとう、神威」
その言葉は、恥ずかしがらないで素直に言うことが出来た。むしろもっともっと伝えたかった。私がどれだけうれしいか、喜んでいるか。
私の言葉に、神威は楽しそうにははっと笑って、「どういたしまして」と言った。
アトガキ ▼
- ちょっと表現過剰ですみません。
私も書いてて顔から火が出そうなほど恥ずかしかったです。
さて、ようやく思いが通じた二人ですが、話はもう少し続きます。
といってもこの先は、消化試合みたいなものですけどね…。
あと5話ほどお付き合いください。
2021.02.19 friday From aki mikami.