罪と罰と恋と愛


Scene.1


神威と思いが通じ合ってから、そろそろ半年が経とうとしている。


あれからなにか変わったかというと特に変化はなく、そこそこに戦って、ほどよくいちゃついて、普通に日常生活を送っている。神威が幼児化したり老化したりする事件とかはあったりもしたけれど、私たちの関係を揺るがすような事態は発生していなくて、比較的穏やかな半年間だったと思う。


むしろ今目の前で起きていることが、ここ半年で一番の事件なんじゃないかと思う。


事の発端は、私と阿伏兎がご飯中、宇宙の珍しい生物について話していた事に遡る。


昔からずっと宇宙を渡り歩いている阿伏兎達は、今までいろんな危険生物、巨大生物なんかを見る機会があったのだという。それが興味深くていろいろ聞いていた流れで、過去に第八師団の報告に「巨大なドラゴンのような生物が生息していて、退治に失敗したから山ごと封印した」というRPGじみた記載があったことを教えてもらった。そうしたら、なんとそれに神威が興味を持ってしまって、どうしてもその生物と戦いたいというので、仕方なく阿伏兎の記憶を頼りにその星までやってきた。


この星は、寒い季節にはマイナス50℃を下回ることもあるという極寒の星で、あまり文明の発達していない星のようだった。今住んでいる住人たちは、以前の春雨に人身売買の末に連れてこられた人達。


この星には氷の下に大量の鉱山資源が眠っていて、第八師団はそれを目当てにここに人を集めて採掘作業をさせていたらしい。今は春雨がいなくなったことで自由になったけれど、様々な事情で星に帰っていない人たちが寄り添って暮らしているようだった。


そんなわけで、私たちが春雨だと知った瞬間、ものすごい敵意を向けられたけれど、色々事情を話した結果、その巨大生物がすむ場所を教えてもらうことが出来た。むしろその生物が暴れているせいで採掘作業が出来ず、地震や雪崩などの災害で日常生活すら脅かされているので、ぜひ退治してほしいと言われてしまった。そして、すでに退治屋を呼んであるからそちらが先に倒してしまうかもしれない、とも言われた。


そこまで話を聞いた時点で、ちょっと嫌な予感はしていたんだ。謎の巨大生物、しかも倒せないから封印していたレベルの強大な生物を倒すのに、普通の人が呼ばれるわけがない。…そういうものと戦うのを専門にしている、宇宙でたった一人の人物。つまり。


「…すいませーん!!協力して戦ってもらますかー?星海坊主さーん!!!!」


もちろん、考えていた通り。先に呼ばれていた退治屋とは、宇宙最強の掃除屋、エイリアンハンター星海坊主さん。つまり、神威のお父さんだった。


星海坊主さんは確かに強い。…強いんだけど、なぜか神威も星海坊主さんもお互いに全く仲良くしようとしなくて、それどころか、巨大な山ほどの大きさはあろうかというドラゴンを目の前に喧嘩を始めてしまう始末。お互い足を引っ張りあいまくっていて、多分さすがのドラゴンさんも「こいつら一体何しているんだろう」と思っているに違いない。


「無駄だよ、。このハゲはともかく、俺は協力する気なんてさらさらないからね」
「そんなことはわかってるからハゲの方に頼んでるんでしょー!」
「お嬢さん!?君みたところ神威の彼女みたいだけど、将来のお父さんに向かってハゲはないんじゃないかな!?」


そんなことを叫びながら、ドラゴンの鼻っ柱に一撃をお見舞いする星海坊主さん。そしてその星海坊主さんに一撃をくらわせようとする神威。こりゃダメだ。いつまでたっても二人仲良く共闘なんてしそうにない。


「オイ、他人の事なんざ気にしてねェでテメェの身を守れ!来るぞ!」


阿伏兎が切羽詰まった様子でそう言ったかと思うと、ドラゴンの口元から何かの塊みたいなものがたくさん飛んできた。急いで刀を抜いてそれらをはじき落としつつ、阿伏兎が広げた傘の後ろに入る。降ってきたのはどうやらつららのようだ。ドラゴンブレスつらら。うーん、ちょっと気持ち悪いかも。


「お嬢さん、地球人にしてはなかなかやるな。なるほど神威が気に入るわけだ」


星海坊主さんが傘を広げてつららをよけながら私の隣に飛び降りてきた。そんなことはどうでもいいから、さっさとあいつを倒してほしい。正直私はあんなバカでかい生き物倒せる気がしない。この場であれを倒せるのは、多分二人だけだ。


「私の事はどうでもいいんですよ。それよりなんなんですかあのバカでかい生き物。本当にドラゴン?」
「さァな。元がどういう生き物かは知らねェが、ありゃおそらくアルタナの影響を受けた生物だろうよ」
「…アルタナ!?」


前にも聞いたことのある単語が出て来て、少し驚いてしまった。アルタナといえば確か、神威のお母さんの体に影響を与えていた、星のエネルギーみたいなものだったはず。つまりこの生物もアルタナの影響で、その体に何らかの影響が出てしまった、という事なんだろうか。


「でも、あんな大きい生き物なんで今更になって出てきたんでしょう?」


私が星海坊主さんの方を見ると、星海坊主さんはなぜか、私の事を探るような目で見ていた。…なんだろう、何かおかしなことを言っただろうか。ちなみに私の疑問には、星海坊主さんじゃなく隣にいる阿伏兎が答えた。


「そりゃ、春雨がこの星から撤退して、封印とやらが解けたからだろう。ここに来る途中でバカでかい落石の痕跡があったろう。あれがおそらく物理的にアイツを抑えつけていたんだろうぜ」
「…今まで春雨がいたから維持できていたその封印が、春雨が撤退したことで解けてしまったってこと?」
「おそらくな」


そんな会話をしながら、巨大な鞭のように襲ってくる尻尾を飛びのいてかわす私と阿伏兎。大体の攻撃は神威と星海坊主さんが引き受けてくれているとはいえ、私たちもこのままここにいたら危ない。あっちこっち足場が崩れていて、夜兎族のみんなはともかく、私が落ちたらひとたまりもない。


そんな中、相変わらずドラゴン相手の片手間に殺り合っている親子。あの二人が共闘してくれたら、きっと勝てるような気がするんだけどな。そう思うけれど、私がいくら言っても望めないみたいなので、何かほかの方法はないかと思案する。


「阿伏兎、あいつ倒すにはどうしたらいいの?」
「アイツがアルタナから生まれた生物だってんなら、この星を滅ぼさない限り倒すのは不可能だろうよ」
「…そんな」
「まァ待ちな」


そんな声が上から聞こえたと思ったら、ものすごい勢いで星海坊主さんが降ってくる。着地の勢いで足元の氷にピシッとひびが入った。


「アイツはただ怒ってるのさ。テメェのシマを荒らした俺たちにな」
「テメェのシマって、やくざじゃないんですから…」
「とにかく。アルタナの影響を受けている以上殺すことは難しい。だが一度大人しくさせて頭が冷えれば、襲ってくることもなくなるだろう」
「…は、はァ、なるほど?」


正直よくわからなかったけれど、つまり殺さなくても立ち上がれなくすればいいってこと、なんだろうか。それをやるのはきっと私じゃないので、どちらにしても私の出る幕はないんだろうけれど。


「オイ、聞こえたか神威。やるぞ」


いやに迫力のある低音ボイスでそう言った星海坊主さんの視線の先には、ニッコリ笑みをたたえた神威。神威は星海坊主さんの言葉に何も答えなかったけれど、特に拒否を示す様子もない。拒否しないということは、承知したということでいいんだろう。…きっと、これがこの親子なりのコミュニケーションなんだろうなと思った。


そのとき、またドラゴンの口元からつらら状の氷が放たれた。みんな一斉に回避行動をとるのにならって、私も転がって回避しつつ氷をはじき落とす。…と、足元が急に、ガラッと崩れる音がした。


その瞬間に思い出した。さっき星海坊主さんが着地したときに、足元にひびが入っていたこと。そこにつららの攻撃が飛んできて、衝撃で足元が崩れたんだ。悪あがきにせめて飛び上がろうとした足も空を切った。不思議なことに、その瞬間はものすごく冷静で、頭の中が静かになった。


ああ、落ちる。


阿伏兎が私に手を伸ばしているけれど、多分間に合わない。何かに掴まらなくちゃ。落ちたら痛いかな。天国に行けるかな。たった一瞬のはずなのに、のんきにそんなことを考えていた。そして身体が重力に負け始める。掴むものを求めて手を伸ばすと、私が何かを掴むよりも早く私の手を掴むものがあった。


重力に従って、身体がぶらりとぶら下がる。上を見上げるとそこには、神威の顔があった。


軽々と引き上げられる。身体を横抱きにされて、その状態で高く飛び上がる神威。今までいた場所からかなり離れたところまで連れていかれると、静かに下ろされる。それから私の頭に優しく手を添えると、再び前線へと戻っていった。


この一連の流れ中、神威はずっと、同じ顔をしていた。…前にも見たことがある、泣きそうな顔。今ならわかる。あれは多分、悲しい顔。


心臓が強く脈打つ。自分がたった今死にそうになった恐怖ももちろんあったけれど、それよりも、神威にあんな顔をさせてしまったという事実が、どうしようもないくらい苦しくて、辛い。


かなり離れてしまったから会話は聞こえないけれど、神威と星海坊主さんは二人で巨大なドラゴンに向かっていく。阿伏兎とほかの夜兎族のみんなも戦っている。…私だけが、ここにいる。


なんだか言いようのない感情があふれてきて、手に持った刀を強く握りしめた。


Scene.2


あの後、星海坊主さんと神威が無事にドラゴンを大人しくさせたので、みんなで集落まで報告しに行った。そうしたら、星海坊主さんだけじゃなく私たちまで英雄扱いされてしまって、お礼の金と物資、それに酒宴まで開いてくれるという話になったけれど、阿伏兎が「俺たちは慈善事業をやりに来たんじゃないし、なれあいするつもりもない」といって酒宴は断った。お金と物資はちゃんと受け取るところが阿伏兎らしいところだけど。


今はいただいた物資の搬入作業中だった。この星は寒すぎるから、正直やることが終わったらさっさと退散したい。聞いたところによると今の時期はかなり温かいということだけれど、氷点下は全然温かくない。むしろ十分に寒い。身にまとったコートの上から自分の体を擦り上げて温めた。


ちなみに神威は、お礼にも酒宴にも興味はないし、星海坊主さんとも話すことはないといって、さっさと船に戻ってしまった。素直じゃないなァと思ったけれど、それを本人に言ったらさすがに怒るだろうと思ったので、何も言わずに見送ることにした。そして私は、どうしても星海坊主さんと話がしたくて、現地の人に囲まれていたところを呼び出して時間を作ってもらった。


万が一にも神威や他のみんなに聞かれるのがいやで、出来るだけ人のいなさそうな、山と山の間の、少し開けた雪原に二人でやってくる。


星海坊主さんの顔は初めて見たけれど、神威とも神楽ちゃんとも、あまり似ていないな、と思った。ハゲかどうかは置いておいて、顔の作りはきっとお母さん似なんだろう。


「さて、この辺りでいいか」


前を歩いていた星海坊主さんが、私の方を振り返ってそう言った。私は周りに人の気配がないことを念のため確認してから、星海坊主さんに向き直る。


「…えっと、まずその、お話の前に」


とりあえず自己紹介しなければ。そう思って、居住まいをただす。さっきあんなに舐めた口を聞いていたけれど、彼氏のお父さんだ、あいさつしないわけにはいかない。


「改めて、私、と言います。…神威の、その、彼女です」
「あァ、これは丁寧にどうも。…改めて言われると照れるな」


お互いに頭を下げあって、なんだかちょっと変な感じがする。こういう反応を見ると、宇宙最強の掃除屋なんていってもお父さんとしては案外普通の人なのかもしれないと少しだけ思った。


「いや、しかしちょうどよかった。俺も話したいと思ってたところだったんだ」
「え?」
「あのバカ息子が惚れた女がどんな女なのか…知っておきたくてな」


そう言って星海坊主さんは少しだけ眉尻を下げた。私の事なんて、私じゃなくて直接神威に聞けばいいのに。でもきっと、なんとなくそれを聞きづらい微妙な関係なんだろう。和解したといっても、直ちに仲良し親子になるわけじゃない。私たちみたいに実の親子じゃなくても仲良しな親子もいれば、血のつながりはあるのにいろいろな事情でうまく付き合えない親子だっている。これまでの神威の生きてきた道を考えると、それは仕方のないことだ。


「…それで…あんたは、どこまで知ってるんだ」


星海坊主さんの声は真剣そのもので、きっと本気で息子のことを案じているんだろうとわかる。緊張で、ドキリと胸がなった。


私なんかで、星海坊主さんの眼鏡にかなうかどうかは分からない。けど、どちらにしても私にできることは一つ。答えられることを、ありのまま答えること。それ以外にない。


「それは、神威のお母さんのこと、ですよね」


私の問いに、星海坊主さんは答えなかったけれど、きっと肯定なのだろう。また心臓がうるさく鳴るのを押さえつけて、なんとか口を開く。


「多分、客観的な出来事としては、大体は知っていると思います。…その、二人の間にあった事も。本人に聞いたわけじゃないので、主観的なことは全然わからないですけど」
「…本人じゃないなら、誰から聞いた?」
「阿伏兎です。あ、阿伏兎っていうのはあの、後ろ髪が長くて、無精ひげの…。それと、地球に行ったときに神楽ちゃんからも少し聞きました」


私の説明に、星海坊主さんは「あいつか」とつぶやいた。阿伏兎の顔を思い出していたんだろう。少し考えるような顔をした後、私から視線を外して、雪原の向こうの森の方を見やった。


「…あいつなら、全部知っててもおかしくねェ。神威を烙陽から連れ出したのは、アイツと当時の第七師団長だからな」


星海坊主さんの言葉に、少しだけ驚いた。確かに当時から神威の事を知っている口ぶりだったけれど、まさか連れ出した本人だったなんて思わなかったから。


「いや、しかし…それを聞いて安心したよ」


その声は、安心したという言葉の割には、どこか寂し気な声に聞こえた。静かに目を瞑って、何かを思い出しているような顔をしている。


「アイツの過去をすべて知って、そのうえでアイツがいいと思ってくれたんなら、俺からいうことは何もねェ。…神威の事、よろしく頼む」


星海坊主さんの言葉に、ドキッとした。少し照れたような気持ちもあり、プレッシャーみたいなものもあり、でもうれしさもあり…もしかして、結婚の挨拶に行く気持ちってこんな感じなのだろうかと少し思う。


「はい」


まっすぐ星海坊主さんの目を見て答えた。よろしくされるのはきっと私の方かもしれないけれど、ずっとずっとそばにいて、あの人のこれからを、一緒に生きていきたいから。だから、絶対に離れません。心の中でそう誓いを立てる。


私の返答に、星海坊主さんは満足そうな顔をした。


「…で、アンタの話ってのはなんだ」
「あ、はい」


突然話題が変わったので、ちょっとまごついてしまった。それに、いざこうして二人きりになってみると、私の話したかったことは、別に尋ねるべきことではない気がしてきてしまう。…だけど、多分ここを逃したら、もう二度と聞く機会はない。心臓が早鐘を打つのをぐっとこらえて、口を開いた。


「神威のお母さんを…星に帰さなかったのは、どうしてですか?」


ずっと聞いてみたいと思っていた。神威はお母さんの命を助けたくて、星に帰そうとしていた。それを止めてまで、お母さんを星に帰さなかった理由は何だったのか。


星海坊主さんはしばしの沈黙の後、静かに、ゆっくりと口を開いた。


「…アイツの母親…江華は、ずっとひとりぼっちだった。…それを、俺が放っておけなかった」
「ひとり、ぼっち…」
「徨安にいれば江華は永遠に生きられた。だが、俺たち家族は徨安には住めない。…江華は、自分の命より俺たち家族を選んだ」
「…だから、星に帰さなかったんですか?」
「そうだ」


星海坊主さんの目は、少しだけ冷たかった。それは神威が感情を押し殺しているときのあの顔と似ていて、この人もきっと、何かの感情を自分の中に押し殺しているんだろうと思った。


だけど、その話だけではどうしても納得がいかなかった。この先はきっと、家族の事情に首を突っ込むことになる、そうわかっていても、どうしても口を出したくて止まらなかった。


「でも、星海坊主さんはお母さんを生かすために、アルタナの結晶石を捜していたんですよね。…江華さんを、死なせないために」
「…ああ」
「なら、どうしてすれ違ってしまったんですか。神威はお母さんを死なせたくなった。星海坊主さんは江華さんを死なせたくなかった。二人の気持ちは、同じだったはずなのに…理解しあえたはずなのに…」


だんだん目の奥が熱くなってくるのが分かる。今更こんなことを言ったって、何も始まらないし、何も終わらない。誰も得しないし、損もしない。ただの私の自己満足だ。なのにどうしても、言葉をせき止めておくことが出来ない。


「お母さんの気持ち、少しわかります。私も…たとえ自分の命が危険になったって、神威のそばにいたい。今日、改めてそう思いました」


今日、私は死にかけた。この先も神威と一緒に旅をしていたら、また危ない目に合うかもしれない。死にかけるだけじゃすまないかもしれない。本当に死ぬかもしれない。


…それでも、私は神威から離れたくない。ずっと一緒にいたい。けれど。


「でも、神威の気持ちもわかります。大切な人に、お母さんに、死んでほしくない。生きていてほしい。どんなことをしたって、自分が汚れたって、自分が死んだって、生きていてほしい、って」


汚い組織の言いなりになっても、ゴミ同然の扱いを受けても、たとえ、お母さんがもう目覚めなかったとしても、死んでしまうよりずっと良かった。生きていてくれるなら、それでよかった。


…たとえ、その隣に私がいなくても。


「神威はきっと、お母さんを助けるためなら、喜んであなたの手伝いをしていたと思うし、きっと、もっともっと強くなりたいって、言って、お母さんも、神楽ちゃんも、お父さんも守りたいって、きっと思って、だから…!」


ごめんなさい。心の中で何度も謝る。星海坊主さんを責めるようなことを言ってしまう、そんなことをきっと、神威は望んでいないから。これは私のエゴだから。だから、ごめんなさい。


「…星海坊主さんが神威に…歩み寄ってくれていたら、きっと…」


涙が出た。嗚咽でそれ以上声が出なくて、両手で顔を隠した。立っているのもおっくうになって、雪の上にだらしなく膝をつく。


わかっている。神威の「罪」は、神威だけのもの。私のせいでも、星海坊主さんのせいでも、お母さんのせいでもない。けれど、もし…もし違う道があったのなら。神威が「罪」を背負わないで…自分に「罰」を与えないで済む道が、あったのなら。


それを思うと、どうしようもなく切なくて、涙が出た。


「…あんたの言う通りだ」


星海坊主さんの静かな声が、やけに大きく聞こえた。


「俺が、ちゃんとアイツと向き合っていれば…アイツにも違う道があったはずだ。俺は家族を守っている気になって、アイツにも、神楽にも、テメェの業を押し付けちまった」


さくさくと雪を踏み分けて、こちらに歩いてくる音がする。ゆっくり顔を上げてみた星海坊主さんの顔は…さっき私を助けてくれた神威と、同じ顔をしていた。


星海坊主さんは、私の前にしゃがみ込んで、片手を伸ばした。その指先が私の涙をぬぐい取ってくれる。


「…だが、外れちまった道の先で…あんたは、アイツと出会ってくれた」
「ッ…」
「そいつが、俺にとっての救いだ。…ありがとう」


そういって、少しだけ微笑む星海坊主さんの顔は、全然似ていないはずなのに、神威に似ている気がした。それだけでまた涙が止まらなくなって、漏れ出てくる嗚咽も止まらなくて、馬鹿みたいに大声で泣いてしまった。


アトガキ ▼

2021.02.22 monday From aki mikami.