罪と罰と恋と愛


Scene.1


星を出る前に、お母さんに連絡をして、これまであったことを話した。…星海坊主さんと二人で話した内容は、さすがに言えなかった。あれはどう考えても言わなくていいことだったから、きっとお母さんに怒られると思ったからだ。


というわけで、一部分というか大部分を端折って伝えた私の話に、お母さんは軽く笑って、「大変だったねェ」といった。多分あのドラゴンの事だろうと思う。


「まァでも、ある意味楽しかった、かな?死にかけたのは怖かったけど」
『神威くんがいてくれてよかったじゃないか。今度会ったらお礼言わないとねェ』


そう言うと、お母さんはなぜか少し難しい顔をして、居住まいを正した。こういう時、テレビ電話って便利だなァと思う。声だけじゃなくて顔や仕草なんかで様子が分かるし、こうして相手が大事な話をしようとしているのがわかるから。お母さんが急に改まるので、私もなんとなく緊張して、お母さんの言葉を待った。


、あんた、一度地球に顔出してくれないかい?神威くんと一緒に』
「え…?」


お母さんがそんなことを言うなんて思わなくて、ちょっと呆けた声を出してしまった。しかも神威も一緒にだなんて、予想外にもほどがある。私の反応に、お母さんは少しだけ笑って言葉を続けた。


『あんたと神威くんに、話したいことがあってね』
「話したいこと…?」
『ああ、急ぎじゃないから、近くを通ったときとかでいいんだ』
「それは、ちょっと聞いてみるけど…急にどうしたの?私だけじゃなく神威にまで…」
『詳しいことは、直接会って話したいんだ。すまないけど、聞いてみてもらえるかい?』


そう言ってお母さんはふんわりと笑った。こうしてみると優しそうに見えるけれど、こういう時のお母さんは結構頑固なので、事情は会うまで絶対に話してくれないんだろう。仕方ないので「わかった」と答えると、どこかほっとしたように「ありがとう」と返答がかえってきた。


そういう反応をされるとますます気になってしまう。大事な話、それも私と神威ふたりにしなければいけない話なんて、私の頭で考えても何も思いつかない。でも、どうせ聞いても教えてくれないだろうと思ったので、てきとうに別れの挨拶を済ませて通話を終了した。


考えてもわかるはずがないことはわかっているけれど、ついあれこれ想像してしまう。今日星海坊主さんに言われたみたいに、私の彼氏がどんな人か見ておきたいとか、そういう理由だろうか。でも、お母さんには神威とのことは逐一報告しているので、それはないと思うのだけど。


とにかくまずは、神威にも一緒に来てもらえるように頼んでみないと。そう思って、船の方に歩き出した。


Scene.2


神威の部屋のドアをコンコンとノックすると、中から「はーい」と間延びした声が聞こえてきた。入るね、と声をかけながらドアを開く。


神威はベッドに横になっていた。他に何かをしている様子もなく天井を見ているだけだったので、もしかして眠るところだったかな、と思ったけれど、目はぱっちりしている。ちょっとお話いいかな?と言いながら中に入ると、上半身を起こして私の方を見た。


「母親への連絡は終わったの?」
「うん。今終わったところ」
「そっか」


ベッドに腰掛けると、後ろから足の間に挟むように抱きしめられる。そういえばこの半年は何の変化もないと思っていたけれど、こうやって二人でいるときはいつもくっついているおかげであんまり恥ずかしくなくなってきたのは、結構な変化なのかもしれない。


「もしかして、寝るところだった?」
「うーん、やることなくてぼーっとしてた」


そう言って私の肩に顎を乗せてくる神威。神威がぼーっとしているなんて珍しい気がする。もしかして、私の電話が終わるのを待っていたのかもしれないな、と思ったけれど、あえて聞くことはしなかった。それよりも、今は先に聞いておきたいことがある。


「…ねェ、神威」
「ん?」
「あのね、実はお母さんが、近くまで来たら地球に寄ってくれないかって言ってるんだ」


ふぅん、と、さして興味もなさそうに答える神威。まあそりゃあ、そういう反応になりますよね。ただ、大事なのはこの後だ。


「お母さんがね、神威にも来てほしいって」
「俺?」


さすがの神威も少し驚いたのか、呆けたような声を出した。見ず知らずの人にいきなり名指しで呼び付けられればそういう反応にもなるだろう。拒否されるんじゃないかとドキドキするのを抑えて、話を続ける。


「理由はわからないんだけど、神威にも話したいことがあるんだと思う。嫌なら断ってもいいとは思うけど…どうしよう?」


神威は何も答えず、黙り込んでしまった。多分何かを考えているんだと思うけれど、神威がこんなふうに黙り込むなんて珍しくて、それがまた私のドキドキを加速させる。今日身をもって体験したことだからわかるけれど、相手の親と会うのはとてもとてもプレッシャーで、決して楽しいことじゃない。だから拒否されても仕方ないと思うし、拒否する権利が神威にはあると思う。だけど、せっかくなら会ってほしい気持ちもあって、なんだか落ち着かない気持ちで神威の腕を軽く掴んだ。


「…いいよ、会うよ」


やがて神威はそう答えると、私を離してベッドから立ち上がって、入口の方へと向かった。…その間、神威は一度も私の方を見てくれなくて、胸がざわついて、嫌な心地がした。部屋を出ていこうとする神威を、ちょっと待ってと引き止める。足は止めてくれたけれど、顔はやっぱり扉の方を向いていて、余計に胸がざわざわする。


「…あの…本当に、いいの?嫌なら断ってもいいんだよ」
「大丈夫だよ」
「でも、その…なんか、ごめんなさい…」


神威の顔は伺えないけれど、私のせいで嫌な気持ちにさせたかもしれないと思ったら、自然とそんな言葉が口をついていた。私の言葉に、神威は静かに振り返る。その表情は、笑うでも怒るでもなく…何かを決意したような表情に見えた。


「なんで謝るの?」
「だって…もしかしていやかな、って…」
「嫌だろうが何だろうが、が謝る必要ない。会うかどうかは、俺が自分で決めたことだよ」


神威の言葉に、ドキリと胸がなった。神威はずっと同じ表情のまま、私をじっと見つめている。


神威の言う通りだと思った。神威が自分で考えて、納得して出した結論なら、それに対して謝る必要はないし、むしろ失礼なのかもしれない。いたたまれなくなって、神威から目をそらした。


「…とりあえず、阿伏兎に話してくる」


そう言って、神威は部屋を出ていった。あとに一人残された私は、異様なほど胸が高鳴るのを感じて、強く心臓を抑えつける。


私も神威と同じ、自分の意志でここにきて、自分の意志で神威の隣にいる。それに対して、他人に…神威にすら、どうこう言われる筋合いはないと思っている。反省しなければ。神威の気持ちに、いらぬ横やりを入れてしまったこと。


誰もいなくなったベッドに寝転んで、膝を抱え込む。神威が戻ってきたらいつも通りの顔が出来るようにしなきゃ。そう思って、何度も何度も頭をシーツに擦りつけた。


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2021.02.23 tuesday From aki mikami.