罪と罰と恋と愛


Scene.1


結局阿伏兎に無理を言って、地球に連れてきてもらうことが出来た。あの日から数日、神威はいつも通りだし、私もいつも通りにできていたと思う。ただ、さすがにこうして地球に降り立つと、私も神威もいつも通りとはいかなくて、あまりしゃべらないまま二人でお母さんの家を目指した。地球の季節はちょうど冬で、空気がとても冷たいし、ところどころ雪が積もっている。途中でお土産のお茶菓子を買ったけれど、珍しく神威は自分の分を買おうとは言わなかった。


お母さんの家に着いて、中に通されると…意外なことに、そこにはなぜか銀さんがいた。新八くんと神楽ちゃんはいないみたいだった。どうして銀さんが?と尋ねるより前に、座るように促されるので、神威と二人で銀さんの向かいに座る。お母さんは銀さんの隣に座ると、用意してあったお茶セットで人数分のお茶を入れてくれた。


「…あの、何で銀さんがいるんです?」


お母さんにお茶菓子を手渡しながら聞いてみる。そうすると、なぜか銀さんがお母さんに差し出したはずのお茶菓子を受け取って、「まあ、色々とな」なんて言いながら袋を破り始めた。今食べるんだから別にいいのだけれど、自分がもらったものじゃないのはお行儀としていかがなものか。そう言えば甘いものが好きだって言ってたな、と思うけれど、お母さんの方は特に気にした風もなく笑ってそれを見ている。


「それは、私から話すよ」


私たちみんなの前にお茶を置いた後、姿勢を正して座りなおしたお母さん。それを合図にするかのように、お菓子を食べていた銀さんが懐から何かを取り出す。


「実はね、万事屋さんには仕事をお願いしていたんだよ」


差し出されたのは、写真だった。古びた写真、そこには一組の男女と、その子供らしき女の子が寄り添って写っている。その女の子の顔を見て、私の心臓が跳ね上がった。


「…これ、私…?」


自分で自分の顔を見間違えるはずがない。それは間違いなく、小さいころの私だった。そしてその小さい私の両サイドには、地球人の男の人と女の人が並んでいて、とても幸せそうな顔で笑っている。つまり、これは。


「…私の、お父さんと、お母さん」


正直記憶の中ではうすぼんやりとしていた顔だけれど、こうして写真で見ると、それで間違いないと思った。小さいころ生き別れになったお父さんとお母さんが、この写真に写っている。幸せそうな顔で、愛情深い目で、私を囲んでいる。


「万事屋さんにね、調べてもらったのさ。あんたが本当はどこのだれで、本当の両親はどんな人なのか」
「え…?」
「前に万事屋さんを紹介してもらったのは、まあこういうわけだったんだよ」


お母さんの声が、妙に静かに聞こえた。外から聞こえる鳥のさえずりさえも、声を潜めているように感じるくらいに。


万事屋さんを紹介したとき、特に理由は聞かなかったし、言われなかった。話の流れで面白そうだから会ってみたかったのかな、くらいにしか思っていなかった。…そういえばあの時、私は神楽ちゃんと話していて、銀さんと新八くん、それにお母さんは、三人だけで話す機会があった事を思い出す。もしかして、あの時にはもうその話をしていたんだろうか。


なんだか心がもやっとするのをこらえて、お母さんの顔を見上げる。目が合うと、お母さんはうっすらと微笑んだ。


「あんたの本当のお父さんとお母さん、二人ともご存命だよ」
「ッ、会いに行ったの!?」
「万事屋さんに付き添ってもらって、会いに行ってきたんだ。あんたにすごく会いたがっていたよ」


お母さんはとても穏やかな顔をしているけれど、私の心はとても穏やかとは程遠かった。もやもやが溢れだして、顔が引きつってうまく表情を作れない。


どうして、突然そんなことをいうの?どうして、お母さんはそんなことをしようと思ったの?理由がわからなかった。確かに、地球に来れば本当のお父さんとお母さんに会えるかもしれないと思った。けれど、別に私がそれをしてほしいって望んでいたわけじゃない。なのに、どうして?


何か言いたいけれど、喉が渇いて、うまく声が出せそうにない。なんといっていいかもわからなくて、ただ拳を強く握る。お母さんも、隣の銀さんも何も言わない。何か言わなきゃいけない、その思いだけがぐるぐると頭の中を巡っていて、ちっとも言葉が浮かばない。こんなとき、私はどうしたらいいんだろう。握りしめた手をじっと見つめることしかできない。


そんな情けない私の手に、神威の手が強く重なった。思わず顔を上げて神威を見ると、…少し、怒ったような顔をしている神威が、まっすぐお母さんを見つめている。


、ちょっと二人にしてくれないかな」


そう言った神威の声は、やっぱり少し怒っていて、なんだか少し怖くて、唇が震えた。


「で…でも…」
、私は大丈夫。神威くんの言う通り、二人にしておくれ」
「ッ…」


お母さんは相変わらず穏やかな顔で、神威を見つめ返している。その視線の先の神威は、やっぱり少し怒っているように見えて、もしかして喧嘩してしまうんじゃないか、神威がお母さんをどうにかしてしまうんじゃないかと不安になった。二人にするのはよくない、そう思うのに、立ち上がった銀さんが私の肩をポンと叩いて、「行くぞ」と声をかける。


「でも、その…」
「大丈夫だろ。そいつは、お前が悲しむようなことはしねェ」


そういうと、神威の方をじろりと見やる銀さん。視線の先の神威は何も答えず、何も反応せず、やっぱりただじっと、お母さんの方を見つめている。


銀さんはきっと、神威にくぎを刺してくれたんだろう。腕を引かれるまま立ち上がった私は、静かに見つめあっている二人を交互に見た。


二人が何を考えているのかはわからない。けれど、私のことで何かを話そうとしているのは間違いなくて、どうしてもそれを聞いていたいと思ってしまう。だけど、二人とも私がここにいる間は絶対に話し始めることはないだろう。


銀さんに引きずられるようにその場を後にする。どうか、何事もなく終わりますように。そう祈るしか私にできることはなかった。


Scene.2


外に出て、どこへともなく適当に歩き出した銀さんの隣を、とぼとぼ歩く。昼間の歌舞伎町はどことなく静かで、人通りもまばらだ。昼からやってるキャバクラの店がどうだとか、一本一万円だとかの話を銀さんがしているのを、なんとなく聞き流す。普段ならともかく、今はその話に笑って相槌を打てるような精神状態じゃなかった。


そうしてしばらくすると、銀さんがふと足を止めた。そこは、小さな公園だった。少し離れたところで、小さな子供たちが集まって楽しそうに遊んでいる。


吐く息が白くなって、砂場にうっすら雪が残っているくらいには寒いはずなのに、子供たちは夢中になって、鬼ごっこかなにかをして遊んでいる。そういえば私も地球にいたころは、あんなふうに遊んでいたこともあったな、と思ったら、ほんの少しだけ元気が出るような気がした。


「…ねェ、銀さん」


思うことは色々あるけれど、このまましょぼくれていて一人で考えていても仕方ない。まずは少しでも冷静にならなければ。そのためにはまず、銀さんが知っていることだけでも教えてもらわなければと思った。


「お母さんは…どうして、急にあんなこと言い出したのかな」
「…急に、じゃねェんだろうよ」


その言葉に思わず銀さんを見上げると、銀さんも子供たちを眺めていた。その横顔は、いつものけだるげな表情とは少し違うように見える。


急にじゃない、というのは、つまり、ずっと前から考えていたという事なんだろうか。でも私にはそんなこと一度も言ったことがなかった。…言わなかっただけで、考えていた?何のために?


そもそもお母さんがそれを考えていたことすら見抜けない私には、わかるはずもなかった。


「お母さんは、どうして…本当の親を捜そうと思ったのかな」


そこが、一番気になるところだった。だって、私には本当の親を探したい理由なんてない。会いたいなんてことも、記憶している限り一度も言ったことがなかったはず。それなのに、どうして。


「さァな。ただ、こうは言ってたよ。『私には子供も、夫と呼べる人もできなかったけど、今秋を失うと思うと、それだけで死んでしまいそうなくらい苦しい』ってな」


銀さんの言葉に、はっとして顔をあげた。銀さんはまだ子供たちの方を見つめていて、視線の先の子供たちは相変わらず楽しそうに遊んでいる。


「お前の母ちゃん、本当の親を目の前にして、なんて言ったと思う?『私の娘をこの世に生み出してくれてありがとう』だせ。大した図太さだよ」
「ッ…」
「お前の母ちゃんが、何を思って本当の親を探そうと思ったのかは知らねェ。だが、少なくともお前が心配するようなことはないから安心しろ。もしそうなら依頼なんて受けねェよ」


私の心を言い当てられてしまった気がして、ドキリとした。ほんの少しでも、お母さんが私を捨てたらどうしようと考えてしまっていたから。けれど銀さんは、そんな私の心配なんて笑い飛ばすみたいに、笑顔で私の方を振り返った。その笑顔に、かあっと目頭が熱くなって、唇が震えだす。そして、一瞬でもお母さんを疑ってしまった自分を恥じる。


お母さんはちゃんと私の事を、大切に思ってくれている。娘だと思ってくれている。それがうれしくて、誇らしくて、心強くて、ちょっぴり照れくさくて。今すぐ会いに行って、私の方こそありがとうって伝えたい。大好きだよと伝えたくてたまらない。


そしてふと思い出した。神威が、怒りの表情でお母さんを見ていたこと。もしかして、私の気持ちを案じてお母さんを責めたりしているのではないか。もしも大好きな二人が、私のせいで言い争って、うまく分かり合えないまますれ違ってしまったら…。


「銀さん、あの、神威は…」
「そっちも心配ねェよ」


心配で胸が苦しくなる私をよそに、銀さんは変わらず笑顔のままで、私の肩をポンと叩いていった。そのままゆっくりと歩き出して、公園の中に入っていく。


「さっきも言ったろ。お前が悲しむようなことにはならねェさ。…信じて待っててやんのも、出来る嫁の甲斐性ってやつだ」
「嫁って…気早いです」


言いながら、銀さんの背中を追いかける。正直、これから先の事なんて想像つかなくて、本当に嫁になるかなんてわからないけれど、銀さんのいう「信じて待つ」というのも、必要なことのような気がした。


信じて待つ。神威とお母さんが、ちゃんと話し合って、分かり合ってくれると信じる。それは簡単なようでいて、結構難しいことだなと思う。けれど、今この瞬間にこそ必要なことかもしれないとも思う。


歩いて行った先には、神楽ちゃんと定春がいた。遊んでいる途中だったのだろうか、楽しそうに走り回っていたけれど、私の姿を見つけて手をふりながら駆け寄ってきてくれる。


少し違うことを考えて、心を休めるのも大切なのかもしれない。そんな風に考えて、私も神楽ちゃんに向けて大きく手を振って応えた。


Scene.3


あの後、公園でしばらく神楽ちゃんと話し込んでからお母さんの家に戻った。お母さんは相変わらず穏やかな顔をしていて、神威はもう怒っていなかった。…その代わり、楽しそうな顔もしていなかったけれど。


どんなことを話したのかは、聞けなかった。なんだか聞いてはいけないことのような気がしてしまったのと、なんとなく神威が何も話したくなさそうに見えたから。


今日は私も神威も一泊させてもらうことになったので、久しぶりにお母さんと二人でご飯を作った。…台所で二人になった時に、一度だけお母さんにさっき何を話したのかと聞いてみたけれど、『神威くんに話してあるから』と流されてしまって、それ以上は何も聞けなかった。


そうして夜になって、私と神威は布団を並べて横になっていた。寝ている場所はいつもお母さんが寝ている寝室、布団も二人分用意してくれた。お母さんはリビングの方に布団を敷いて寝ている。真っ暗な部屋の中で、私と神威の規則的な息遣いだけが響く。


神威は、ずっと考え込むような顔をしている。今も顔は見えないけれど、寝たふりをして何か考えているかもしれない。…銀さんの「信じて待て」という言葉がなかったら、きっと何があったのか問いただしていると思うけれど、とりあえず神威の方から何か言ってきてくれるのを待とうと思って、私も静かに寝たふりを決め込んでいた。


「…


闇の中で、神威の声が控えめに聞こえてきた。少しドキリとしたけれど、出来るだけ平静を装って、「なあに」と答える。


はさ、…本当の親に、会いたい?」


神威の問いかけに、思わず息が止まった。その言葉を、お母さんからでなく神威から聞かれるとは思わなかったから。


正直、会いたいかどうかは微妙だった。本当の親といってももう十年以上会っていないし、私にはお母さんがいる。もちろん会いたくないとは言わないけれど、会って何を話せばいいんだろうとか、どんな反応をされるだろうとかを考えると、ちょっと面倒くさい気持ちすらある。


「…わかんない」


結果、そんな曖昧な返事をすることになってしまった。それに対して神威は、短く「ふぅん」とだけ返事をする。


もしかして気に食わない返事だっただろうかと心配していると、神威が体を起こしたのが気配でわかった。そのまま布団の上を這うようにして私の方に寄ってきて、私の布団の中に入ってくる。触れ合った足が、少しひんやりとしていた。


「どうしたの?」


聞きながら、神威の方に向き直る。二人で横向きに向かい合う形になると、上になった方の手を私の腰にまわしてくる。手もやっぱり、足と同じでひんやりとしていた。


「…わからない、俺も」


腰に回された手が、強く私を抱きしめる。…神威がそんな風に答えるなんて、珍しいな、と思った。


神威はいつも、好きも嫌いもいいも悪いも、はっきりと答えを出す方で、私みたいな曖昧な返事はあまりしなくて、迷いなんてほとんどないと思っていたから。


…でも、冷静に考えたら、迷いがないなんてことあるはずがないんだ。私の知らない迷いや悩み、心のもやもやがあって、それは隠れているだけで、顔を出す時だってある。


そんな時、私が神威の支えに、少しでもなれたら。


神威の頭を両手で包み込んで、出来るだけ優しく撫でる。抱きしめてくる神威の手が、少しだけぴくりと震えた。


「大丈夫。…大丈夫、だよ」


私の声に神威は答えなかったけれど、腕の中から穏やかな呼吸が聞こえて来て、…それに少しだけ安心して、静かに目を閉じた。


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2021.02.24 wednesday From aki mikami.