罪と罰と恋と愛
Scene.1
初めて降り立った星、烙陽は、雨も降っていないのにじめじめしていて、どこか薄汚くて、私が住んでいたあの星と似ていると思った。
烙陽まで来たのは、私が「神威のお母さんのお墓参りがしたい」とわがままを言ったからだった。神威が阿伏兎にお願いしてくれて、阿伏兎にはぶちぶち文句を言われたけれど、なんだかんだで連れてきてくれた。近くの星で一仕事あるらしくて、短い時間なら、という条件付きだったけれど。
街は私がいた星よりは栄えていたけれど、どこを見ても人相の悪い奴らばかりで荒んでいるところは似ているなと思った。
今は街から少し外れた山の方へ向かっている。神威は少し前を歩いていて、その背中を見失わない程度に、辺りを見回しながら歩く。こんなに湿気がすごい割には、大地は植物が少なくて渇いている。とても豊かな土地とは言えそうになくて、そういうところもあの星と似ているな、と思った。
神威も、神楽ちゃんも、この星で生まれ育ってきた。きっとお母さんとの大切な思い出がたくさんある、大切な場所。私にとってのあの星のように。
お墓参りの前に寄っていくところがあると言っていたけれど、そこがどこかは聞かなかった。どんな用事だろうと黙って付き合うつもりだし、神威の生まれ育った星をあちこち見て回れるなら、それも悪くないと思ったから。
やがて神威の足は、少しだけ緑の多い場所に向かっていった。緑が多くなるにつれて、足場も悪くなってくる。遅れないようにと今までより足を速めたら、濡れた草に滑って転びそうになった。いつの間にか近くまで寄ってきていた神威が腕を捕まえてくれて、何とか転ばずに済んだ。
そのまま神威に手を引かれて歩き出す。足元だけ見てなよ、という神威の言葉通りに、前は神威に任せて足元だけに注意しながら歩いた。そうしていると、ふわりと吹く湿った風が、不思議な香りを連れてくる。甘いけれど、すっきりとしていて、嗅いでいるだけで心が安らぐような香り。
これはもしかして。そう思って顔を上げると、神威の背中の向こうにちらりと、ピンク色の花が数本咲いているのが見えた。
足を止めた神威にならって、私も足を止めて神威の隣に並ぶ。正面は少し開けた場所になっていて、ぱっと見る限りでも同じ花が何本も、群生と言えるほどではないけれど、結構な本数咲いていた。
「神威、これ…」
「…母さんが、好きだった花」
ササユリに似たピンク色の花。神楽ちゃんから聞かされてはいたけれど、こうして神威の口から聞くことが出来ると、なんだかより特別なことのように感じてうれしくなる。
「…神楽がまだ小さかったころ、あいつを背負って、よくここに来た。母さんにこの花を持っていくために」
言いながらしゃがみ込んで、花を一本だけむしり取る。私もそんな神威の隣に座り込んで、神威の手の中の花を見つめた。
「神威は、優しいね」
「…そうかな」
「そうだよ」
花を見つめたまま、目を細める神威。戦っているときの子供みたいな表情も好きだけれど、こういう穏やかな表情を見ていると、私も心が安らぐ。
「…優しいなんて、何にもいいことないだろ」
「そうかもしれないけど…でも、私は好きだよ。優しい人、優しいお母さん、…優しい神威」
神威の肩に凭れかかって、静かに目を閉じる。地球のユリと似ているようで少し違う、甘くて優しい香りに包まれるようで、とても心地いい。私の頭に、神威もこちんと自分の頭を乗せてきた。
「この花だけじゃなくて、花は結構好きみたいだったから…生きてたら、気が合ってたかもね」
「ふふ、そうかな」
「たぶんね」
「…そうだったら、うれしいな」
それは話を合わせたわけじゃなくて、心の底からそう思うし、出来ることなら一度でいいから話してみたかったな、と思う。そして、神威を産んでくれてありがとうと伝えたい。私がこうやって神威と一緒にいられるのは、神威のお母さんが命がけで、神威を産んでくれたおかげだから。それを神威に伝えるのは、さすがにちょっと照れてしまうけれど。
それから少しの間だけ、神威とそうやって寄り添っていた。
Scene.2
山肌を無理やり切り出して作った崖みたいな道の途中、少し開けたところに、ぽつんぽつんとお墓が点在している。その中でも一番張り出したところで、神威は足を止めた。どうやら目的の場所に着いたみたいだった。
神威が私の方を振り返って、手に持っていたお花を手渡す。それから少し脇によけてスペースを開けてくれた。
「神威は手合わせていかないの?」
「…俺はいいや」
そう言って、また一歩退いてしまう。素直じゃないなぁと思いながら、お墓の前にしゃがみ込んで、墓石の上に摘んできたお花を乗せた。それから手を合わせて、目を瞑る。
本当は、「私が神威を守ります」とか「ずっと一緒にいます」とか、格好良く誓いを立てられれば良かったのかもしれないけれど、今の私にはそれはできそうにない。もちろんそうしたい気持ちはあるけれど、そのためには何をしたらいいのかはよくわからなくて、漠然と「守りたい」「一緒にいたい」という気持ちがあるだけだから。
だから、今の私にできるのは、こうやって「今」の私たちを見てもらう事だけ。ゆるく目を開けて、目の前の花を見つめる。
きっとこの花は、神威にとって辛い思い出と隣り合わせで、嫌なことを思い出させてしまうのかもしれない。けれどこれからは、そのつらい思い出の上に、私と過ごす新しい思い出をたくさん積みあげていけたなら。過去がなくなることはないけれど、それを乗り越えていけるくらい「今」を積み重ねて行けたなら。
「…ねえ、神威」
「ん?」
立ち上がって、神威を振り返る。神威は右手に持った傘を一度くるっと回して、ゆるく微笑み返してくれる。
「…また、来ようね」
この場所を、ただ辛いだけの場所にはしたくない。神威が私と出会うためには、きっとここでの思い出は必要で、今まであった楽しいことも、つらいことも、罪も、罰も、これまで神威が気づきあげてきた全部が、私にとっては尊いものだと思えるから。
だから、何度でもここに来て、「今」の私たちを見てほしい。
「…うん、いいよ」
そう言って、神威は優しく微笑んだ。そのとき、ぽつりと顔に冷たいものが当たって、それからすぐに、手にも、足にも、地面にも、ぽたりぽたりと落ちてきて、あっという間に大粒の雨が空から降り注いでくる。神威が私の腕を軽く引いて、自分の傘の中に入れてくれた。
こうやって傘の中にいると、雨の音がやたらと大きく聞こえて来る。その音がなんだか心地よくて、神威の胸板に背中を預けて、空を眺めた。
「…初めてに会ったとき」
神威が、ゆっくりと話し始める。その声は、とても穏やかだった。
「あれは昔の俺だと思った。抵抗もしないでやられっぱなしで、弱いだけの、何も守れない、守り方もわからないちっぽけな存在だって」
昔の神威、というのは、前に言っていた「いじめられていた時」だろうか。それとももっと別のときだろうか。わからないけれど、なんとなく今は口をはさむべきじゃないと思った。
「親父に言われてたんだ。力を無駄に使うなって。でも、強くなれともいわれた。家族を守るために。…昔の俺には意味が分からなかったし、…今でも、よくわからない」
首を傾けて、神威を見上げる。その瞳は空を見上げているように見える。
「でもは、俺とは全然違ったんだね」
視線の先にあるものはわからなかったけれど、その青い瞳には曇天が映し出されていた。私はまた空を見上げて、神威の左手を軽く握る。
「そんなことないよ。私も神威がいなかったら、どうすればいいかわからなかった」
それは本当のことだ。守りたい、どうにかしたい気持ちは確かにあったけれど、だからどうしたらいいのかはわからなくて、身動きが取れなくて、ただ「どうにかなる明日」を祈り続けていた。
そこに、神威が来てくれたんだ。
神威が、軽く息を吐く。それから、すぅっと音が聞こえるくらい、大きく息を吸い込んだ。
「俺なりにやってみるよ。守るってやつを」
どこか遠くを見つめたまま、少し大きい声でそう言った神威。その言葉は、誰かに宣言するみたいに聞こえた。見上げたその顔はなんだかすっきりした表情をしていて、思わず口元がほころんでしまった。
「ま、戦うのはやめないけどね。強い奴と戦うのは楽しいし」
今度は私の方を向いて、ニッコリ笑ってそう宣言する。その表情は初めて会った時と同じ顔で、今度はおかしくなってきてしまって、ふふっと声を出して笑った。
「神威らしいなァ」
神威が、私の手を引いて歩き出す。雨はまだ変わらぬ勢いで降り続いていて、足元から少しずつ冷えていく。けれど、つないだ手だけはしっかりと温かかった。
「飯食っていこうよ。うまいところ知ってるんだ」
「えー?阿伏兎に怒られるよ」
「ちょっとくらい大丈夫だよ」
気楽にそう話す神威がなんだかうれしくて、また声を出して笑ってしまった。
アトガキ ▼
- 終わりです。めっちゃ蛇足だしめっちゃ尻切れですみません。
何せ私の中ではこの先も話が続いていまして(え
でもまァ、ずるずる書き続けるのもなんか嫌なので、
とりあえずこの辺で締めとくかーって感じなのです。
ちなみにchapter.3以降から短編で書きたい話が少なくとも5つくらいは溜まっていまして、
その辺もいつか書くかァと思いつつ、中々筆が進んでいません。
でもこのお話&ヒロインはそこそこ気に入っているので、またそのうち拍手とか短編とか書くと思います。
そのときは、どうぞ読んでやってください。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
2021.02.26 friday From aki mikami.