罪と罰と恋と愛


Scene.1


「あれ」


いつも通り展望室みたいなところでくつろいでいたら、入ってくるなりそんな声を発する神威。私が振り返ると、その目線は私のお尻の下に注がれていた。


「それ、変えたんだ」


神威の言う「それ」とは、レジャーシートのことだ。


「実は変えたんですよー。この間の積み込み中にね」


先日大きな星に行ったときに、食料もろもろの積み込み中時間があったので、前に買おうと思っていた折り畳みイスと机を見に行ったんだけど、思ったよりいいのがなくて、仕方なく大きめのレジャーシートを買うことにした。…前のレジャーシートは小さすぎて、飲み物や本を置いて自分が座ったら、神威が座るスペースがなくて、めちゃくちゃ距離が近くなるから。これだけ大きいのを買えば、神威も狭いところに無理やり座ってくることもないだろう。


「ふーん、足伸ばして座れるね」


なんてことを言いながら、神威は当たり前のようにレジャーシートに乗ってきて、しかも私の右肩に背中をもたれるようにして座った。足を伸ばすのは全然いいんだけど、別に私にもたれかかってくる必要ないのでは?これじゃあせっかく大きいのを買った意味がない…。


「今日はお菓子ないの?」


私の肩に頭を乗せて、ごろんと首を傾けてこちらを見てくる。…だから、何でそうくっつくかな。アホ毛が顔に当たってくすぐったいので、軽く手で払いのけた。


「…あるけど」


神威に見せちゃったら全部食べられるから、本当はあまり見せたくないんだけど。でも、持っているのにあげないのも意地悪な気がして、結局いつも差し出してしまう。今日のお菓子はちょっと変わった味の焼き菓子だ。箱を開けて神威の前に差し出す。


「なにこれ?」
「焼き菓子。なんか名産のフルーツを使ってるらしいよ、ちょっと変わった味だけどおいしいよ」
「ふーん」


興味なさそうに言いながら、一つ取り上げる。何の情緒もなく個包装の袋を破り、あっという間に口の中に放り込んだ。口をもぐもぐさせつつ「まあまあだね」なんて言って、さっそく二つ目に手を伸ばす。なるほど、神威にとって味と食べる量はあまり関係ないらしい。全部食べられてはたまらないので、三、四個箱から取り出して神威から届かないところに置いた。最近学んだんだけど、この人と一緒に何かを食べるときは、自分の食べたい分は先に確保しておかないと全部食べられてしまう。


コーヒーを飲もうとマグカップに手を伸ばしたら、中身が空になっていた。…これも最近学んだことなんだけど、神威は私の飲み物を自分のもののように勝手に飲んでしまうので、おかわりを用意しておかないと自分の分がなくなってしまう。というわけで、マグカップとは別に持ってきたステンレスポットからコーヒーをマグカップに注いで、マグカップを自分の口に運んだ。


神威が来たからといって特に一緒に何かするわけでもないので、さっきまで読んでいた本の続きを読むことにする。…今日読んでいるのは、レジャーシートを買った時に一緒に買った、植物の写真集みたいな本だ。図鑑とは違ってあまり言葉は載っていない。代わりに、図鑑よりも数倍美しく撮られた花の写真がたくさん載っていて、これはこれで見ていて楽しい。


ページを開いていると、神威が私にもたれかかったまま本を覗いている。そんな体制で苦しくないのかなと少し思うけれど、本人はいたって平気そうだ。そうしているとふと気になったことがあったので、本は開いたままで神威に聞いてみることにした。


「神威ってさ」
「ん?」
「趣味ってないの?」
「趣味?」


神威の首がぐいっと傾いて、半ば無理やり私の顔の方を見た。さっき払いのけたアホ毛が首筋にあたってくすぐったい。


「私はお花が好きだったりするけど、そういう好きなものってないの?」
「戦うこと?」
「…は、置いといて。他には何かないの?」
「食い物は好きだよ」
「それは趣味とはちょっと違うような…」


神威の場合は美食を楽しむっていうよりたくさん食べられればいいって感じだし、それはどちらかというと趣味というより、生きるための栄養補給だ。


「じゃあさ、食べてないときって何してるの?」
「戦ってる」
「…は、置いといて。他は?」
「寝てるかな」
「寝てる…」


やばい。本当に食う寝る戦うしかやってないのか。…もしかして、趣味って概念がないんだろうか。心配になる。神威はどうやら少し考えていたようだけれど、やがて「あ」とつぶやいて、体を起き上がらせた。


「あんたとお菓子食べてる」
「…え?」
「だから、戦ってなくて食い物もなくて起きてるとき、あんたとこうやってお菓子食べてるよ」


あぐらをかいて、自分の足に頬杖をついている。その手の上に乗せられた顔は、反応を試すようにじっとこちらを見ている。…ああこれ、またいつものやつだ。私の反応を見て楽しんでるやつだ。私はぷいっとそっぽを向いた。思い通りの反応なんてしてやらないんだから。


「それは趣味とは違います」
「えー。そうかなァ」


そんな風に言いながら、神威はさっきまでの私にもたれかかるような体制に戻っていく。焼き菓子を箱から一つ取り上げて、ぴりっと袋を破ってすぐに口に放り込んだ。


私とお菓子を食べることが、趣味になるわけがない。大体趣味っていうのは、やってて楽しいこととか、好きでやってること…


もしかして、私と一緒にいるのが、楽しくて、好きってこと?


だから神威は、私の反応を見てたのか。顔が赤くなってくる。どうして神威は私を試すようなことばかりするんだろう。面白がってからかってるだけならやめてほしい。まったく。


神威が「顔赤いよー」なんて言ってくるので、「うるさい」と返しながら急いで焼き菓子をほおばった。


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2021.02.08 monday From aki mikami.