罪と罰と恋と愛


Scene.1


阿伏兎やほかの団員たちが仕事の話をしている中、不思議な気配を感じて神威は外に出ていた。ここはこのあたりでもかなり大きい家で、敷地の外に出るだけでもかなりの距離があるのだが、そんなことは神威にとってはあまり問題ではなく、高い塀もひょいと飛び越えて気配のすぐ近くに降り立った。


ぐるりと辺りを見回してみるが、人の姿は見当たらない。だがつい先ほどまで人がいたのは間違いない。逃げてしまったかと思ったが、すぐそこの曲がり角からかすかに殺気を感じる気がして、神威は持っている傘の銃口を角に向けた。


「そこにいるやつ、俺と遊んでよ。作戦会議とか言っててちっとも戦いにならないから暇してたんだ」


神威の言葉に、銃口の先で僅かに気配が動いた。先ほどまではうまく殺気も気配も殺していたが、もうその必要はないと判断したのだろう、鋭い殺気を感じて神威の口元が緩んだ。それはもちろん、殺しあえれば楽しいだろうと思ったからだ。


やがて、角からゆっくりと人が歩み出てきて、神威はわくわくするよりも、その人物に見覚えがあったことに驚いて目を見開いた。


「あれ、あんた確かシンスケの同郷の人だっけ?」


長い黒髪に編み笠を被った男。そこにいたのは、桂小太郎だった。神威と桂は直接の面識はないものの、戦いの中で互いの姿を見かけたことは何度かあった。


「貴様は春雨の…」


桂の方も驚いて目を見開いている。神威は桂に向けた傘を下ろさないままで、ニッコリと笑った。


「あんたも強いんだよね。殺り合ってよ俺と」
「ことと次第によっては自然とそうなる。だがその前に聞かせろ。貴様等がこんなところで何をしている」


桂も刀に手をかけたままでそう尋ねる。神威にとってはそんなことはどうでもいいのだが、その問いに答えないと桂は戦う気はないらしい。神威は表情を変えないままで答えた。


「今の政権を乗っ取るとか言ってたけど、詳しいことは俺は知らないよ。俺は戦えればそれでいいからね」
「やはりそうか。…近頃この家に不審な輩が出入りしていると聞いて調べてみたら…。つまり貴様等の武力を使って、現政権に仇なそうと考えているわけだな」
「さァ、そこまで考えてるかどうかは知らないよ。あいつらは金儲けが一番みたいだからね」


もう長いこと海賊をやっている神威には、その手の手合いは会話をしなくてもわかる。先ほどまであっていた「元春雨の幹部」なる男は、この地球でいかに金を儲けるかしか考えていないようだった。現政権を掌握しようとしているのも、その金儲けの一環に過ぎないのだろう。


「しかし、貴様等の力を借りねばならないとなると、元の戦力はたかが知れているのであろうな」
「そうなんだろうね。そもそも春雨から逃げ出した腰抜けだしね」


神威の言葉に、桂は刀にかけていた手を下ろして、神威に背中を向けた。どうやら桂に戦う意思はないらしい。


「ならば忠告しよう。今すぐ手を引け。リーダーの兄を手にかけたくはない」


桂の言葉を聞き終わらないうちに、神威は傘を振りかぶって桂に飛びかかった。後ろを向いていたはずの桂はそれに素早く反応して、腰の刀を抜いて神威の傘を受け止める。その斬撃の重さに桂は顔を歪めて神威を睨み付けた。桂が頭にかぶっていた編み笠が、軽くはじきとんで地面に落ちた。


「あいつは関係ないだろ。いいから殺り合えよ」
「命は大事にしろと言っているんだ。妹以外にも、貴様の死を悲しむやつがいるだろう」


そういうと、刀を振り抜いて神威を弾き飛ばす桂。弾き飛ばされた神威は、桂の言葉にふとの顔が思い浮かんできて、着地した体制のまま思わず足を止めた。


自分が死んだら、はどんな顔をするだろうか。きっと悲しむだろう、きっと泣くだろう、その顔を思い浮かべると、胸がちくりと痛む気がした。


これまで神威は、死ぬことに恐怖を感じたことはなかったし、死んだら誰かが悲しむと想像したこともなかった。だが、今はがいる。大切な人を亡くす気持ちは、神威は痛いほど知っている。その痛みをに味わわせてしまうと考えると、どうしようもなく胸がざわついた。


「…そっか、俺今彼女いるんだ」


その気持ちが結果そんな呟きになって、神威の口から漏れた。神威の殺気が薄れたことを確認した桂は、刀を鞘に戻して少し乱れた服を整える。


「その彼女とやらのためにも、命は大事にするんだな」


そう言って地面に落ちた編み笠を拾い上げ、軽くホコリをはたく。そのゆっくりした動きを見ていた神威は、すっかり戦意を喪失して傘を肩に担ぎ上げる。そのとき丁度塀の向こう側から、阿伏兎が神威を呼ぶ声が聞こえた。


「こっちこっちー」


呼びかけながら、体を塀の側に翻す。そのときちらりと視界に入れた桂は、神威の方をじっと見つめていた。その視線を振り切ろうと塀の上に飛び上がると、桂が静かに口を開く。


「…貴様、そのままではその彼女とやらも、自らの手で壊してしまうぞ」


桂のその言葉に、また神威の胸がちくりと痛む。それがなぜなのかは神威にはわからなかったが、これ以上桂の言葉を聞いているのは煩わしいと思った。


「余計なお世話だよ」


出来うる限りの殺気を乗せてそう言うと、敷地内に向かって飛び降りる。そのとき一瞬見えた桂の顔は、探るような目をしていた。


飛び降りたところに丁度阿伏兎がいて、神威の姿を認めるなり面倒くさそうな顔で近寄ってくる。神威は立ち上がって、やいのやいの言っている阿伏兎の言葉を適当に聞き流しながら、先ほどまでいた建物に向かって歩き出した。


を壊すことは、神威にとって造作もないことだ。人間は脆い。がいくら剣の腕に長けていても、一度捕まえてしまえばそこらの赤子と変わらないようにひねりつぶすことが出来るだろう。


と戦って、殺して、壊して。それを想像すると、絶対に楽しいだろうと思う。だがそれ以上に、壊れてしまったを想像すると、どうしようもなく胸がざわついて、どうしようもなく腹が立った。と戦ったあの時に感じた「後悔」が、実際に殺してもいないのに神威の胸を染め上げる。


感情の行き場がなくて、近くにあった飾り物らしき岩を力いっぱい殴りつけた。背後で神威を叱りつけているだろう阿伏兎の声は、自然と耳に入ってこなかった。


アトガキ ▼

2021.03.17 wednesday From aki mikami.