罪と罰と恋と愛


Scene.1


ものすごい破壊音の後に、玄関から誰かが入ってくる物音がする。それも一人や二人じゃない、結構な人数だ。今まで神楽ちゃんとにらみ合いをしていた神威が、それはもう楽しそうに顔を玄関の方に向けた。私の方は、とりあえずお菊さんを守らなくちゃ、とか、太一くんは新八くんが持っててくれてるから大丈夫かな、とか、この先の事に必死に頭を巡らせる。


…けれど、壊れた玄関から入ってきたその姿はなんと、まさかの第七師団の仲間だった。向こうもこっちも驚いて、思わず目を見開いてしまう。


「お、お前ら…何やってんだ?!」
「ふ、副団長こそ、何してんですか…?」


あっちもこっちも慌てふためいて、みんな変な動きになっている。ちなみに玄関からは夜兎族の仲間じゃない、さっきお菊さんたちを追いかけまわしていたやつらと同じ連中がぞろぞろ入ってくる。そこでようやくピンと来た。先にお菊さんの実家に着いたみんなは、お菊さんと太一くんを捕まえてくるように頼まれたんだ。…と、言うわけで、そのあたりを説明できればその場が丸く収まりそうだと思ったけれど、そんな私の気持ちを無視して神威は、ふらりとみんなに近づいていって、殺意満点でニッコリと笑った。


「お前らが俺の相手してくれるの?ならさっさとやろうか」
「ちょ、ちょっと待った!!」


今にも戦い始めそうな神威の前に飛び出して、その拳をぐっと掴む。神威はすっかり戦う前のぎらぎらした顔になって、みんなの方を見つめている。


「邪魔するなよ。俺の邪魔をする奴はであろうと許さないよ」
「そうじゃなくて!戦う相手違うから!」


「みんなも!」と言いながら私が後ろを振り返ると、みんな戸惑いながらも傘を収めてくれる。それをみてやる気をなくしてくれたんだろうか、神威が拳を下ろして、面倒そうに私の方を見た。


「俺は別に誰でもいいんだけど」
「私がだめなの。とりあえずいったん落ち着いて…」


そう私が言いかけた瞬間、後ろから殺気を感じた。その直後に銃声も聞こえて、自分に向けて放たれたことを直感的に感じ取って、刀を抜いて後ろを振り返る。…けれど、正直聞こえてから振り返ってももう遅い。


多分間に合わない、と覚悟したけれど、振り返った私の顔の前に神威の手が割り込んできて、驚いたことに、当たる直前の小さい銃弾を手でつかみあげていた。…まさか、素手で銃弾を掴みあげるなんて。撃たれたことへの驚きよりも、神威の身体能力の高さの方に戸惑ってしまう。


やがて神威は、私の手から無理やり刀を奪い取ると、殺気を感じたほうに向かって軽々と放り投げた。刀は第七師団のみんなを通り過ぎて、その後ろ…お菊さんの実家からの追手と思われるやつの頭に突き刺さる。


ひやりと、嫌な予感がした。すぐ後ろからものすごい殺気を感じて、恐る恐る神威の方を振り返る。その顔はただの殺気じゃない、多分、怒りに満ちていて、あまりの恐怖に顔が引きつった。神威ともそれなりの時間を過ごしてきたつもりだけれど、そういえばこんな風に怒りをあらわにする神威は見たことがない。顔は見えないけれど、阿伏兎やほかの団員達も多分私と同じ顔をしているに違いない。あと神楽ちゃんも。


「…か、神威、さん?」
「確かにの言う通り、戦う相手が違ったみたいだ」


ゆっくりと、刀を放り投げた方に歩いていく。まるで海を割ったモーセのようにみんなが神威に道を譲るので、まっすぐに私の刀のところまでたどり着くと、おそらく絶命している相手の顔を踏みつけて私の刀を引っこ抜いて、私に向かって放り投げた。血みどろの刀を受け取った私は、その格好のまま呆然としてしまう。…この先神威のすることはなんとなくわかっているけれど、下手に手を出すと自分も殺されるかもしれない。…多分、この場で最後まで殺されないのは私なのだろうけれど、そう思ってしまうくらい、神威は怒りのオーラをまとっている。


「こんなことを指示した奴、ぶっ殺してくるね」


そういうと、咄嗟に制止しようとした私の声も無視して、敵に向かって突っ込んでいった。万事屋さんの玄関から、神威と敵数人が吹っ飛んでいくのがちらっと見える。万事屋さんのお家が大変なことになるから、出来れば家から出て戦ってほしかったのに。時すでに遅し、原型がないほど破壊された玄関は、すっかり風通しがよくなっていた。外からは人の悲鳴と逃げ惑う足音が聞こえる。


「…ははは」


笑うしかなかった。ああなった神威は、私にも止められる気がしない。多分阿伏兎にもほかの団員にも無理だろう。万事屋さんたちも固まったまま動かないから、きっと万事屋さんたちにも難しいのかもしれない。


破壊音と悲鳴は、だんだんと遠ざかっていく。多分、いったん引こうとしている敵を踏ん捕まえてぶっ倒していっているんだろう。と言うことは、このままだとお菊さんの実家まで一直線で、きっとお菊さんのお父さんなり、元春雨の幹部なりを殺すまで神威は止まらない。このままぼーっとしていたら、お菊さんのお父さんの身が危ない。


私は急いでお菊さんに歩み寄って、怪我していない方の腕をぐいと引いた。


「お菊さん、行きましょう」
「…え!?」
「ああなったら、神威を止めるのは難しいです。だから、神威より先にお父さんを見つけて、ちゃんと話し合いましょう」
「え…っと…」
「神威に先に見つかったら、お父さん殺されてしまうかもしれないんですよ!」
「えェ!?」


お菊さんは心底驚いた顔をして、両手で口を覆った。自分の親が殺されそうだと知ったら普通はそうなる。それに、お父さんの事を話しているときのお菊さんは、とても悲しい顔をしていた。…きっと、和解できるならそうしたいはず。


「父は、確かに金に汚い人ですけど…それは、私を守るためなんです。早くに母を亡くした私を育てるために…!」
「ですから、話に行きましょう!とにかく神威より先にお父さんと会わないと!」


今度こそ、お菊さんの腕を強く引く。お菊さんはもう戸惑ったりしていない、素直に私に従ってくれている。多分神威は目に見えるやつ全員ぶっ飛ばしながら向かっていると思うから、急げば間に合うはず。


「阿伏兎!一緒に来て!」
「あァ!?何で俺が」
「団長の不始末は副団長が尻拭いするでしょ!とにかく早く!」
「ちッ…クソ面倒くせェ」


そんな悪態をつきながらも、歩き出してくれる阿伏兎。本当、そういうところが阿伏兎のいいところだと思う。ほっとした私は、改めて万事屋さんに向き直った。


「すみません、太一くんをお願いします」
「は、はい、わかりました!」
「私も一緒に行くアルヨ、!」


私の言葉に新八くんが答えてくれたと思ったら、神楽ちゃんがソファを飛び越えて私の前に降り立った。正直万事屋さんに着いてきてもらおうとは思っていなかったので少し驚いたけれど、よく考えたら神楽ちゃんも神威の事は気にかかるのかもしれない。


「バカ兄貴止めんのが妹の役目アルからな!」
「…ん、じゃあ頼むよ」


戦力なら、今は断然多い方がいいに決まっているし、そうじゃなくても夜兎族の力はとても心強い。


「とにかく、急ごう!」


私の言葉と同時に、みんなで走り出す。とにかく今は、早くお菊さんのお父さんに会わなきゃいけない。取り返しのつかないことになる前に。


Scene.2


お菊さんの実家についたとき、敷地内はすでに大混乱だった。神威は思ったよりも早くここにたどり着いていたみたいで、だだっ広い庭の真ん中で多勢を相手に大立ち回りを繰り広げていた。


ざっと辺りを見回してみるけれど、お菊さんのお父さんらしき人は見当たらない。お菊さんも見つけたようではなかったので、きっとこの場にはいないんだろう。なら神威にはここで戦っててもらって、私たちはその間にお菊さんのお父さんを捜すのが一番いい。そう思って、神威に見つからないように隠れながら屋敷の方に向かう。


隠れつつ様子を伺ってみるけれど、神威がこちらに気づいた様子はない。今の神威に見つかったら絶対面倒くさいことになるし、神威はあれで頭が働く方だから、きっと私がここに来た理由にもすぐに気が付く。そうしたら私に着いてきて、そしてお菊さんのお父さんが見つかったら、その場ですぐに殺してしまうに違いない。


今のうちに…!息をひそめつつ足を速めると、急に私の目の前に何かが降ってきた。それはものすごい音と衝撃で砂埃を巻き上げて、咄嗟の事で息を止められなくて少し吸い込んでしまう。…咳こみながら、ひやりとした視線を感じた。


よく考えなくても、私の前にピンポイントにものが落ちてくるなんておかしい。完全に私が屋敷に入るのを妨害している。…と、言うことは。


も来てたんだ」


得も言われぬ恐怖が湧き上がってきて、心臓が脈打つ。そんな私とは対照的にどこか間延びした声が私を呼ぶ。…ああ、最悪だ。


「でもおかしいな。どこにいくの?」


見つかった、最悪だ。砂埃が晴れて、神威のニッコリ顔が私のすぐ目の前に立っているのが分かった。


「…あ、はは、どこ、だろうね」
「やだなァ、とぼけちゃって。黒幕のところだろ?俺も連れてってよ」


そう言って、しゃがみ込んでいる私の前にかがんで顔を覗き込んでくる。ニッコリ顔にたっぷりの殺気をまとっていて、その殺気が自分に向けられたものじゃないとわかっていても怖い。今がチャンスと言わんばかりに襲い掛かってくる刺客たちを腕一本で吹き飛ばしながら、私にずいと顔を近づけてきた。


「まさか、話し合いで解決しようなんて思ってないよね?は殺されかけたもんね?」


やっぱり、全部ばれてますよね。と思うだけで、口に出すことはできなかった。余計なことを言って神威の怒りをかってしまったら、私もどうなるかわからない。


と言っても、このまま何も言わないわけにもいかないし、どうしたものか。必死で思考を巡らせていると、後ろで「オイ」と声がした。


「いい加減にしろヨ。お前の相手は私が務めるネ」


振り返ると、仁王立ちで神威を睨み付けている神楽ちゃん。つまり囮になってくれるということだ。神威は相変わらず殺意むき出しで、ゆっくり神楽ちゃんを振り返る。


「お兄ちゃんは今忙しいんだ。あとにしろよ」
「未来のお姉ちゃんが困ってるなら力になるのが妹の務めアル。いいからお前は頭冷やせよバカ兄貴」
「その未来のお姉ちゃんが殺されかけたからお礼参りに行くところなんだ。いいからどいてろよ」


そんな軽口をたたきながらもにらみ合う二人に、思わず足がすくんでしまう。私の横にいるお菊さんなんかは、多分怖くて身体が震えている。前に阿伏兎が、神楽ちゃんの事を「血は一級品だけど優しすぎてダメだ」なんて表現していたけれど、とんでもない。優しいかどうかはともかく、その身から放たれるプレッシャーは神威のそれと大差なくて、まじめに戦ったらきっと私に勝ち目なんてないだろう。


夜兎族同士の戦いは今まで見たことがないけれど、この兄弟の戦いはきっと私が今まで見たどんな戦いよりも凄まじいものになるに違いない。想像するだけで、嫌な汗が体中から吹き出る。


「…めんどくせェが、まァしゃーねェか」


動けないでいた私の肩に、ポンと手を置いて立ち上がる阿伏兎。どうしたのかと見上げたその顔は、けだるげではあるけれど、いつもと少し違う表情のように感じた。


「兄妹喧嘩仲裁する役も必要だろ。あのバカ兄妹放っておいたら家どころか星ごと破壊されかねねェからな」


言いながら、腰に収めてた傘を抜いて、肩に担ぎ上げる。その姿はなんだかいつもよりたくましく見えて、ほんの少しだけどうるっとしてしまった。


「…阿伏兎。いいの?」
「もうこうなっちまったら、ビジネスもクソもねェからな。お前はさっさと行って、さっさと終わらせて来い」
「ありがとう、阿伏兎!」


一言お礼を言って、返事を聞かないで走り出す。あれこれ余計なことを言うよりも、とにかく早くお菊さんのお父さんを見つけて、早く二人を仲直りさせるのが、一番阿伏兎のためになるはずだから。


屋敷に向かって走る。きっとこれだけの騒ぎになっているから、どこかに逃げるか隠れるかしているはず。ここに向かってくるまでにそれらしい人は見かけなかったので、逃げた可能性は低い。だとしたら、きっと家のどこかに隠れているはず。そんな風にあたりをつける。家の中の事は分からないけれど、その辺はお菊さんに教えてもらいながらなんとか探すしかない。


そんな風に考えていると、後ろで「あの!」と大きな声がした。


「あの!父はもしかしたら、脱出用の車のところにいるかもしれません」
「え?」


お菊さんの言葉に、思わず足を止めて後ろを振り返る。お菊さんの目は真剣で、さっきまでの怯えた様子はもうない。きっとお菊さんなりに色々考えてくれたんだろう。


「怪しい人たちが出入りするようになってから、命を狙われるかもしれないって、秘密で作らせた場所があるんです。もしかしたらそこに向かったかもしれません」
「案内してもらえますか?」
「はい!」


「こっちです」そういって走り出すお菊さん。正直どこか頼りなさげだなと思っていたけれど、そんなことはなかったのかもしれない。とてもたくましい背中を追いかけてながら、そんなことを思った。


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2021.03.25 thursday From aki mikami.