罪と罰と恋と愛


Scene.1


お菊さんに着いて屋敷の中をしばらく走って、地下に続くエレベーターに乗った。家の中にエレベーターがあること自体が驚きだけれど、そのエレベーターが地下に続いていることもびっくりだった。お菊さんの話によると、地下には緊急脱出用の車が置いてあって、地下を通じて屋敷の外の空き地に出られるようになっているらしい。


それほど時間はかからずエレベーターが止まり、自動扉が開く。…と、視線の先、扉から少し歩いたところに、誰かが倒れているのが見えた。それを見て、お菊さんが軽い悲鳴を上げる。


「…お父さん!!」


扉が開き切るのを待たずに、お菊さんが倒れている人に向かって走り出す。どうやらあの倒れている人がお菊さんのお父さんのようだ。…その人が倒れているということは。


私はできるだけ素早く視線を巡らせながら、腰の刀を抜いてお菊さんに駆け寄った。けれど、私が駆け寄るより早く銃声が鳴り響いて、飛んできた銃弾を弾き落としながら後ろに退く。…さっき撃たれたときとは違って、よほどの不意打ちでなければ、弾き落とすくらいなら私にも出来る。


睨みあげた先にいた人物は、お菊さんの頭を掴みあげて、その頭に銃を突きつけた。…その顔に見覚えはなかったけれど、その容姿から明らかに地球人ではないことがわかる。おそらく、こいつが私たちの仕事相手になるはずだった「元春雨の幹部」なんだろう。


その人物は銃口をお菊さんに向けたまま、数歩後ろに下がった。その背中には脱出用の車がある。


「…第七師団の連中が裏切って娘の護衛についていると聞いていたのだが…お前も奴らの仲間か?」
「まあ、私も第七師団の一人だけど…護衛っていうか、成り行きっていうか」


言いながら、一瞬だけお菊さんのお父さんに視線を向ける。足を撃たれているようだけれど、意識はあるようだ。早く医者に見せたほうがいいには違いなけれど、ひとまず命は助かったと思っていいだろう。…ただ、この状況が長引けば、お菊さんのお父さんだけじゃない、お菊さんも、私自身も命が危ういのは間違いない。相手はどうやら一人のようだけれど、まずはお菊さんを解放させなければいけない。…さてどうしたものかと、思考を巡らせた。


「成り行きだと?表で暴れているのは第七師団団長の神威。それを成り行きとはどういう了見だ」
「あ、それはあなたが悪いと思います」


幸いなことに、相手は私と話してくれる気でいるらしい。この間に何とかする方法を考えなければ。相手は一人、銃は私に撃ってくる分にはどうにかできるとしても、お菊さんに撃ち込まれる前に斬り込むにはやや距離が足りない。お菊さんのお父さんにこれ以上弾が当たらないようにしなくちゃいけないし、そのためには死角を作らなきゃいけない。


「私が悪い…だと?」
「あなたの部下に、私たちの事始末しろとでも頼んだんですよね?私が殺されそうになったので、神威が怒っちゃったんですよ」
「…何をおかしなことを」
「おかしくないですよ。大切な人が殺されそうになったら、誰だって怒ると思いません?」


私の言葉に、相手は低く笑い始めたと思ったら、そのまま大きく笑い始めてしまった。…失礼な。私は何もおかしなことは言っていない。


「…大切な人だと?あの男は戦うだけの獣だ。そんな甘ったれた感情など持ってはおるまい」


その言葉に、ああなるほど、と思った。こいつは元春雨と言うだけあって、私の知らない昔の神威を知っているらしい。


けれど、今の神威は違う。戦闘狂だけど、優しくて、私の事を好きって言ってくれて、妹の事もとっても大切にしていて。


ただ戦って、大切なものから逃げていたころの神威じゃない。


その瞬間、上の方からものすごい破壊音が聞こえて、あっという間に天井に大穴が開いた。私以外の全員が何事かと上を見上げていたけれど、私はなんとなくわかってしまった。これは「奴」だと。


その穴から落ちてきた「何か」は相手の頭を直撃して、ものすごい砂埃を立てて地面にめり込んでいく。すぐ隣にあった車のサイドミラーが爆風できれいに外れて私の隣に飛んできた。


…さすがにこの展開はちょっと予想外だったけれど、まあ結果オーライだ。砂埃が晴れて見えてきた元春雨の男、少し離れたところに無傷のお菊さんと、男の胸に足を乗せてニッコリ笑っている愛しの恋人、神威。


ばれないようにきたつもりだったのに、よく見つけたなァ。なんてちょっと場違いなことを思いながら、男の顔の横に刀を突きつけた。


「悪いけど私たち、ちょーラブラブなんで」


胸には神威の足、顔には私の刀。さっきまで盾にしていた人質も失って、持っていた銃は爆風と同時にどこかへ吹っ飛んでいった。


完全に形勢逆転、相手からすれば、「万事休す」と言ったところだろう。


「何?なんの話?」
「んーん、なんでもないよ」


戦いの場には似つかわしくない間延びした声で言いながら、神威は男の胸を踏みつける足に強く力を込めた。踏まれた男は体をばたつかせるように苦しんでいて、普段なら同情するところだけれど、今回は相手が相手なのでただの少しも可哀想という気持ちが湧いてこない。そもそも私、こいつのせいで殺されかけたしな。ただお菊さんの前で殺しをするのはちょっと…とも思ったので、神威の肩をぽんぽんと叩いて止めておいた。


「はー。は本当に甘いんだから。こんなクズ殺したって誰も悲しまないよ?」
「それに関しては同意するけど、殺すより一生牢獄に繋いでおいた方が苦しいこともあるよ」
「…ふぅん?」


私の言葉がいまいちピンときていないらしい神威は、にっこり顔のまま男から足をよけると、しゃがみこんでその髪をぐいと乱暴に掴み上げた。


「つまりね、神威が食べ物も食べられず戦うこともできないままずるずると生き長らえるのと、さっさと殺されるのと、どっちがいいかっていう話」
「ああ、なるほど。それならさっさと殺された方がいいね」


そう言いながら男の顔を一発、二発、三発と殴りつけて行く神威。どうやら私の静止のおかげで、殺すのはやめて半殺しくらいで留めておくことにしたらしい。これだけの乱戦の後だから、一人くらい顔の原型がない奴がいたとしてもまァそこまで違和感はないだろう。そしてそろそろ騒ぎを聞きつけた警察がやってくる頃だろうと思うので、私たちは早くずらかるに限る。


「とりあえず、面倒ごとになる前にさっさと帰ろう」
「もうちょっと暴れたかったけどまァ仕方ないかァ」


本当に仕方ないと思っているのかいまいちわからない言い方でそう言って、おまけに男の顔をもう一度殴りつけてその体をそのまま壁に向かって放り投げたあと、神威はのんびりと車の運転席のドアを開けた。いつの間に奪ったのだろう、車のキーが神威の手に握られていて、どうやらこいつを運転して逃げるつもりらしい。


「え、神威運転出来るの?」
「出来るよ。社会人だからね」
「…免許は?」
「持ってないよ」


それって出来るって言わないんじゃ…と思ったけれど、今は一刻も早くここから逃げたほうがいい。とりあえず助手席に乗り込もう…と、思ったけれど、その前にお菊さんに一声かけておこうと思って、お菊さんを振り返った。…その瞬間、お菊さんの肩が大きく震えた。


「…あ、っと…」
「…」


お菊さんの顔は恐怖に歪んでいた。その目は間違いなくまっすぐ私に向けられている。…お菊さんは、私のことを怖がっている。


「あの、そのうち警察が来ると思いますので…」
「…あ…ァ…」
「…お父さんと、仲直り出来るといいですね」


私はそれだけ言って、すぐにお菊さんに背を向けた。…仕方ない。お菊さんのような普通の人にとっては、私や神威のような戦って生きている奴が怖く見えるのは当然だ。私は決して優しくない。優しいふりをしているだけで、すぐにこうやってボロが出る。…私みたいなやつが、誰かを救った気になるなんて、おこがましい。


助手席に乗り込むと、すぐに神威が運転席に乗り込んできた。慣れた様子でエンジンをかけて、ハンドルを握る。


「…そんなに泣くんなら、さっさと殺しちゃえばいいのになァ」


そう言って、神威は私の頭を撫でた。両目からはボロボロと涙が溢れてきて、神威のじんわりした温かさになおのこと涙が止まらなくなっていく。だって、短い時間だったけど、普通に話して、仲良くなれたんじゃないかって、そう思ったから。私は普通じゃないって忘れるくらい、普通に話が出来たから。


ゆっくりと車が発進する。神威は運転しながらも、片手で私の頭を撫でてくれる。器用だな、なんてことを心の片隅で思いながら、神威の優しさにひたすら甘えていたくて、ゆるく目を閉じた。


お菊さんのことは悲しけれど、私の隣には神威がいてくれて、第七師団のみんなもいてくれる。だから悲観ぶることなんてないし、寂しく思ったりすこともないんだ。ただ、お菊さんとはうまく分かり合えなかっただけなんだから。


Scene.2


あれからまたなんやかんやあって、数日経った今日、ようやく出発の目処が経った。私自身の準備としても、お菓子はたっぷり買い込んだし、いつもの展望室みたいなところに置く椅子とテーブルも買えた。大満足で、あとは積荷が終わるのを待つだけになっていたとき。


外でのんびりと木陰に座ってお菓子を食べていたら、やることがないからと私の隣で昼寝をしていたはずの神威が険しい顔で起き上がって、遠くの方を見つめ始めた。その視線の先は街へと続く道の方。…よく見ると、道の向こうから誰かが近づいてくるようだった。


神威が反応するということは、もしかして知り合いなんだろうか。そう思って目を凝らしていると、少しずつはっきり見えて来るその人影に、神威の反応はそういうことかと大いに納得した。


二人乗りの原付バイクに、大きな白い犬。犬の上には人が乗っていて、その人は当然見慣れた人物。


「…万事屋さん」
「よっ、悪徳海賊ども」


そういってひらりと手を振る銀さんの後ろに乗っている人物に、私は思わず目を見開いた。遠目で見ていた時は当然新八くんだろうと思っていたけれど、新八くんは少し遅れてやってきた神楽ちゃんと一緒に定春の後ろに乗っている。…その腕には、見慣れた赤ん坊を抱えて。


「…お菊さん」


銀さんの後ろから降りたのは、お菊さんだった。新八くんが抱いていたのは太一くん。腕を怪我しているお菊さんのかわりに抱いているんだろう。


どうしてこんなところに。そう声をかけるより前に、お菊さんは深く私たちに向かって頭を下げた。


「あの、本当にすみませんでした!助けていただいたのに、失礼な態度をとってしまって!」
「…」


そんなことを言うためにわざわざ来てくれたの?驚きで声が出ない私に、銀さんが笑いながらいった。


「俺たちは依頼を受けたんだよ。命の恩人に直接お礼が言いたいから連れて行けってな」
「…命の、恩人」


呟きながらお菊さんの方を見ると、少し頭を上げて、泣きそうになりながらこちらを見つめている。


「あなた達のおかげで、父とも仲直りすることが出来ました」
「…そうなんですか?」
「あの後、父と話したんです。あいつが私たちを殺そうと仄めかしていたので、家から絶対に出さないことを条件に殺さないことを約束させていたって。だから監禁状態にしていたと…」
「それを、お菊さんが逃げ出してしまったから、約束を反故にされたと思って命を狙われた、ってことですか?」
「…はい」


つまり、お菊さんが言っていた「私たちを守るために」って言うのは本当だったと言うことだ。きっとお菊さんのお父さんがしたことはいいことでは決してなかったんだろうけれど、それでも親子が仲のいいままでいられるなら、それが一番だと思う。


「助けていただいて、本当にありがとうございました!」


そう言って、お菊さんはもう一度深く頭を下げた。…その手が小さく震えていることには気づいてしまったけれど、でも、そんなことはもう問題じゃない。


こんな私でも、誰かを救うことができた。誰かのためになることができた。そう思えるだけで、充分だ。


「…幸せになってください」


私の言葉に、お菊さんは一瞬驚いたように顔をあげたけれど、すぐに満面の笑みで微笑み返してくれた。


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2021.04.19 monday From aki mikami.