罪と罰と恋と愛


Scene.1


「あ…」


ご飯を食べた帰り道。たまたま通りすがったお店屋さんに、神楽ちゃんが着ているのと似たような洋服を着たマネキンを見つけて、思わず立ち止まってしまった。隣を歩いていた神威も一緒に立ち止まって、私の視線の先を追う。


「どうしたの?」
「あれ…神楽ちゃんが着てるのと似てるなって」


値札には「チャイナドレス」と書かれてある。白地に金色の縁取り、淡いピンクと白でユリのような花の、青で牡丹のような花の刺繍が施されている。丈は足首より10センチほど上まであって、左右にスリットが入っている。


「チャイナ服だね。気になる?」
「気になるっていうか…」


あのユリの花のような刺繍が、なんとなく神威のお母さんの好きな花に似ているような気がして、とても惹かれてしまう。値札の隣には着用イメージのモデルさんの写真があって、凛としたたたずまいにますます惹かれてしまう。私が立ち止まったままじっと服を見つめていると、神威が私の手を引いて服の方まで歩き出した。


近くで見ると、刺繍がとても細かくてびっくりする。神威や神楽ちゃんが着ているのは無地のものしか見たことがないけれど、こんなに華やかな柄のものもあるんだと思ったら、さらにさらに惹かれてしまう。


…どうしよう、すごくほしい。


「ほしいの?」


私の心を読み取ったように神威が言って、心臓が飛び跳ねた。胸をぐっと抑えつけつつ神威の方を振り返ると、楽しそうにニッコリ笑顔を浮かべていて、その笑顔がなんだか子ども扱いされているような感じがして、ちょっと意地を張りたい気持ちになってしまった。


「…べ、べつに」


自分でも呆れてしまうくらい不自然な言い方になってしまった。神威はふーん、と言いながら私の顔を覗き込んでくる。


「…そういえば、今日俺も白い服なんだよね」
「ふ、ふーん」
もこれ着たら、おそろいだね」
「お、おそろい?!」


想像して、にやけた顔をしてしまってから、しまった、と思った。恐る恐る神威の方を見ると、さっきよりもさらに楽しそうに、ニッッッコリ笑って私を見つめている。だって、神威とおそろいの服なんて、ちょっとあこがれてしまう。そういう、ちょっと普通の恋人同士らしいことを神威とできるなんて、正直まったく思っていないから。


「この服、すごくに似合いそうだなァ」
「そそ、そうかな」
「うん」


改めて着用イメージの写真を見る。モデルさんがすらっとしているのもあると思うけれど、すごくすっきりとしていて、格好いいのに可愛くて、それでいて色気があって、とても素敵に写っている。俄然ほしくなってくるけれど、ちらりと値札を見たら…に、にまんごせんえん!?


「た、たた、た…!」


高い…!こんなにきれいな刺繍が入っていると考えたら普通なのかもしれないけれど、やっぱり高い!これでお菓子がいくつ買えるだろう。花束を作ってもらったらどれだけの大きさにできるだろう。そんなことを考えたら、軽くめまいがした。もう少し安かったら買っていたかもしれないけれど、自分の服のためにそこまでのお金はちょっとかけられない。普段着ている服なんて、お気に入りではあるけれど安い服ばかりだし、組から拝借してきたお金はもしものために貯金しておきたい。


…と、思うけれど、それでもやっぱり欲しい。だってこれを逃したら、こんな素敵な服もう見つけられないかもしれないし、そもそも地球に来る機会だってそうそうあるわけじゃない。でもやっぱり高い。ぐぬぬ。


どうにも踏ん切りがつかなくて、服を見つめたままあれこれ考えてしまう。お菓子を我慢すれば、とか、むしろたまには贅沢しても、とか、でもやっぱりお金の無駄じゃないのか、とか。そうしていると、神威が隣でははっと笑った。その声で、思わず神威の方を振り返る。


、顔」
「え?」
「すごいしかめ面してる」


そう言って、私の額にぱちんとデコピンしてくる神威。なんて言い方をすると可愛らしく聞こえるけれど、そのデコピン、めちゃくちゃ痛いです。血が出たんじゃないかと額を触ってみたけれど、一応血は出ていないみたいだった。でも触った感じ、こぶにはなるかもしれない。ううん、夜兎族のデコピン、半端ない。


「買ってあげるよ」
「えッ!」


ニッコリと笑ったままそう言って、「おーい」と離れたところにいる店員さんを呼び付けた。そんな気軽に、ちょっとしたお菓子でも買うように「買ってあげる」なんて言っているけれど、神威は値段をわかっているのだろうか。


「ちょっと、神威!値段わかってる?!」
「わかってるよ。でもほしいんだろ?」
「うッ…」


神威の言葉に、何も言い返せなかった。だってほしいものはほしい。こんな素敵な服、きっとそうそう出会えるものじゃない。しかも…神威とおそろいっていうのが、やっぱりどうしても気になってしまって。


近づいてきた店員さんが、営業スマイルで「はい、なんでしょう」と尋ねてくる。神威は相変わらずニッコリ笑顔のままで、「この服ちょうだい」といった。そして続けて「今着ていくよ」とも。…え、今なんて?


「え、今…?」
「だって、今着ないとおそろいにならないだろ」
「…た、確かに」


考えてみれば、神威の言う通りだった。それに、こうして二人で外に出られる機会なんてなかなかないから、こういう時にこそせっかくのおしゃれ着を着るべきなのかもしれない、とも思う。


店員さんは私たちのやりとりを見て軽くふふっと笑ったあと、「裏に在庫があるので持ってきますね」といった。それから私に向かって「こちらにどうぞ」と言って歩き出す。多分試着室に案内してくれるんだろう。笑われてしまったのが少し恥ずかしかったけれど、とりあえず黙って店員さんに着いていくことにした。


Scene.2


鏡の中の自分を見て、ものすごくいたたまれない気持ちになった。


サイズはぴったりで、着心地も悪くない。…けど、着てみてわかった。この服は、なんというか、防御力が低い。ぴったりめなので体のラインがばっちりわかるし、横のスリットは太もものかなり上の方まで入っていてショーツが見えてしまわないか心配だし、写真では気づかなかったけれど、胸元にも丸いくり抜きがあって、そこから谷間がちらっと見える。なんというか、ものすごく…エロい、と思う。


もうとっくの前に着替え終わっているけれど、恥ずかしくて試着室の外に出られなくて、じっと鏡の中の自分を見つめていた。


正直、似合ってないわけじゃないと思うけれど、こんなにきれいで、しかもセクシーな服は正直着たことがなくて、足元がスースーする感じとか、首元がしまっているのに胸元だけひんやりする感じとか、いつも着ている服とは違いすぎて、困惑してしまう。神楽ちゃんが着ているのはそんなにエロく感じなかったのに、いざ自分で着てみるとこんなに違う印象になるものなんだろうか。


ー、着替え終わったー?」


試着室の外から神威の声が聞こえて、心臓が飛び跳ねた。もうかなりの時間待たせてしまっているはずだから、焦れててもおかしくない。はいともいいえとも答えられなくて、「う、うーん」とものすごく曖昧な返事をしてしまった。


その瞬間、シャッとカーテンが開かれて、また心臓が飛び跳ねた。開いたカーテンの向こうにはニッコリ笑った神威が立っていて、私の姿を捉えるなり「おー」と小さく声を漏らす。恥ずかしさで頭が沸騰して、かあっと顔が熱くなった。


「思った通り、似合ってるよ」
「あ、あの、でもその、…すごくその、スース―するというか…」
「ははっ、だろうね」


神威が楽しそうにそう言ったので、思わず神威の顔を凝視してしまった。そういう風に言うってことは、知っていたってことだ。であれば、どうして先に言ってくれなかったんだろう。ちょっと騙された気持ちになってしまう。


「…なんか、騙された気分」
「人聞きが悪いなァ。俺は嘘なんてついてないよ。気づいてたけど言わなかっただけ」


神威の言葉に、ぐっと押し黙るしかなかった。悔しいけれど正論だ。けれど正論だからこそ腹が立つ。


神威の後ろにいた店員さんが、「すごくお似合いですよ」と言いながら私にビニール袋を差し出してくれた。それに元着ていた服を突っ込みながら、わざとらしく唇を尖らせる。「怒ってますよ」アピールくらいしておかないと、私の気持ちが収まらない。


私の反応を見た神威が、着替えを入れた袋を私から取り上げながら口を開いた。


「そんなに怒らないでよ。似合ってるのは本当だよ」
「…そうかもしれないけど」
「それに、せっかくのおそろいなんだから、もっと楽しそうな顔してよ」


そう言いながら、羽織っていたマントのような服を脱ぎ去って、私から取り上げた袋の中にぎゅっと詰め込んだ。前にも何度も見たことがある白い服。けれど、こうして私も同じような服を着て隣に並ぶと、なんだか特別な格好をしているような気持ちになってくる。店員さんがふふっと笑って、「素敵な彼氏さんですね」といった。その言葉にますます照れてしまって、顔がどんどん熱くなっていくのが分かった。ちなみに神威は当たり前のように「まあね」と返事をしている。


「謙遜って言葉知ってる?」
「何言ってるんだよ、謙遜のし過ぎは時に失礼だよ」


それもまた正論だった。時々思うけれど、神威は多分、私より頭がいい気がする。学があるとかないとかっていう話じゃなくて、頭の回転が速いというか、世渡りが上手というか。やっぱり若くして春雨の師団長になるくらいだから、それなりの処世術は身についているのかもしれない。一方私は勉強こそお母さんに教えてもらってある程度出来るけれど、頭も回らないし語彙力はないし、人付き合いもあまり得意な方じゃない。


そう考えると私と神威は、お互いのないところを補い合える、持ちつ持たれつのいい関係なのかな、なんて思ったりして。


「ほら、早く行くよ。せっかくのデートの時間がなくなっちゃう」


そう言って、神威は私の手を取って歩き出した。指がきゅっと絡まるいわゆる「恋人繋ぎ」ってやつだ。それ自体にもときめいてしまったけれど、神威の発言にも驚いてしまう。


「今、デートって…」
「ん?しないの?せっかくおしゃれしてるのに」


そう言って、私の方を振り返る神威。そのとき、道のわきに立ててあった鏡に映る自分たちが目に入った。


おそろいの服、つないだ手。神威に出会う前、思い描いていた理想の恋人に限りなく近い姿が、今鏡に映し出されている。


「…行く!」


私の返事に、神威は満足そうにニッコリと笑うと、再び私の手を引いて歩き出す。口元がこれでもかというくらい緩むのを、前の神威に気づかれないように願いながら、二人で店を後にした。


アトガキ ▼

2021.03.09 tuesday From aki mikami.