罪と罰と恋と愛


Scene.1


冬なので外の庭園は当然花が咲いていなかったけれど、温室の方はバラでいっぱいだった。しかも中は結構広くて、同じ大きさの温室が5棟も立っていた。中に足を踏み入れる前のバラのアーチの時点で、興奮しすぎて変な声が出そうになった。


色んな品種があって、それぞれに名前の札がついていた。その一つ一つを立ち止まってじっくり眺めてしまう私に、神威はただ黙ってついてきてくれた。きっとつまらないだろう私の話にも、嫌な顔一つしないで頷いてくれて、本当に充実した時間になった。


園内を隅々まで見尽くして、いい加減疲れてきたところで、お土産コーナーの横にあるカフェに入ることにした。神威がまた大量注文しそうになったのを慌てて止めて、とりあえず神威用にオレンジジュースの一番大きいサイズとショートケーキを一つ注文した。ショートケーキにはバラの形にカットされたイチゴが乗っていて、とてもかわいい。カメラがあれば写真を撮って帰りたいくらい。


ちなみに私は自分用に、ローズティーとチーズケーキを注文した。ローズティは綺麗なバラの柄のカップに入っていて、チーズケーキは割とベーシックなベイクドチーズケーキだ。


私にとっては大満足な量だけれど、きっと神威なら一口で食べちゃうんだろうな。そう思ってちらと神威をみると、なぜかニッコリ笑って私の方を見ていた。


「な、なに…?」
「べつに?」


そう答えて、また一層ニッコリと笑う。…なんだろう、何か言いたげな感じがするんだけど、何も言ってくれない。じっと見つめあっていてもらちが明かないので、とりあえず手元のチーズケーキに集中することにした。


フォークで切れ目を入れて、そのまますくい上げて、口に含む。程よい甘さに、クリームチーズのうまみ、タルト生地のしっとりさくさく感。ううん、とてもおいしい。


今度はティーカップを手に取って、まずは香りを楽しむ。華やかなバラの香りに混ざって、ほんのり甘い香りがする。多分アプリコットかな、と思いながら一口すすると、口の中に香りがいっぱい広がって、幸せな気持ちになる。少し酸味があってさわやかな飲み口で、後味もすっきりしている。


最高だなァ、なんて思っていると、隣でははっと笑う声が聞こえて顔を上げた。


、顔」
「え?」


もしかして何かついてるかな。そう思って自分の口元を触ってみるけれど、特に何もついていない。神威はさっきまでと同じニッコリ顔で、テーブルに頬杖を突きながら言った。


「幸せそうな顔してる」
「ッ…」
「ははっ、今度は照れたー」


楽しそうに笑ってそういった神威。笑われているのがとても悔しいけれど、事実なので何も言い返せない。少し熱くなった頬を両手で包んで隠した。


はさ、見てて飽きないんだよ」
「…そ、そうなの?」
「うん。なんにでもいちいち反応するからね」


そう言ってフォークを手に取ると、ショートケーキを少しだけすくって口に運ぶ神威。


の百面相見てるのが、最近の俺の楽しみなんだ」
「なにそれ、なんかひどくない?」
「そう?楽しいよ」
「楽しいのは神威だけでしょ!」


むっとして神威を睨み付けると、ははっと声を出して笑う。私が怒ったり拗ねたりしているのでさえ、神威にとっては楽しいことでしかないみたいだった。それは確かに、戦いばかりを求めて殺伐としているよりはいいのかもしれないけれど、私としては少し複雑な気持ちだ。


「まあまあ。はい、あーん」


そういうと自分のショートケーキをひとすくいして、私に差し出してくる。その上にはバラの形のイチゴも乗っかっていて、私はイチゴと神威の顔を交互に見た。


「…え、いいの?イチゴ」
「別にいいよ。食べたかっただろ?」
「そうだけど、でも…」
のチーズケーキも半分ちょーだい」
「うん、…ん?半分、…うん?」


イチゴ貰うなら半分でトントン…なのかな?まあ量にはあまりこだわりはないし、別にいいのかな、とも思うけれど。神威は変わらずニッコリしていて、私が少し戸惑っていたら、今度はフォークを私の口元に近づけて、「はい、あーん」と繰り返した。…ここまで来たら食べない訳にもいかなくて、おずおずと口を開く。そうしたらすぐに、口の中にケーキが入ってきて、もぐもぐと咀嚼する。


普通のショートケーキかと思ったら、間に挟まっているホイップクリームにほんのりバラの香りがついていて、それがふんわりと口の中に広がる。スポンジはふわふわで、イチゴの酸味が程よいアクセントになっている。これも幸せの味だな、と思った。


「おいしい?」


神威の声ではっと我に返った。おいしいものを食べているとついそちらに集中してしまうのは悪い癖かもしれない。神威の方を振り返ると、相変わらず楽しそうに笑っていて、そんな神威の向こう側で店員さんがくすっと笑っているのが目に入ってしまった。


もしかしなくても、今のを見られていたんだ。そう思うと急激に恥ずかしくなってきて、意識しなくても肩がきゅうと縮こまる。


「ん?どしたの?」
「…だって、恥ずかしい」
「気にしなきゃいいのに」


そう言いながら、私のチーズケーキを半分に切って、その半分をそのまま口に放り込む神威。もう少し味わって食べたらいいのにな、と思いつつ、照れ隠しにローズティーを一口すすった。


「神威が気にしなさすぎなの。人目とか気にならないの?」
「そんなもの気にす必要がわからないし、文句があるやつは片っ端から殺せばいいだろ」


さりげなくとんでもないことを言いながら、オレンジジュースをごくごくと飲み込んだ神威。一番大きいサイズを頼んだはずなのに、一口で半分くらいの量がなくなってしまう。…やっぱり、この程度の量なら一瞬で食べ終わってしまうんだな、と、呆れを通り越して感心すら覚える。


それにしても、神威のこういうものの考え方というか、捉え方というか、豪快さというか、私にはそういう考え方はできないので、いつもうらやましいなと思ってしまう。きっとこういうところが、神威が人を引き付ける一つの理由なんだろうな、とも思う。


第七師団のみんなも、ただ暴れたいから集まっているだけじゃなくて、神威のこういう人柄に惹かれているところもきっとあるんだろうな、と思う。


ものすごい速さでケーキとオレンジジュースを消化する神威を横目で見ながら、ローズティーを一口すする。神威は私を見てて飽きないといったけれど、神威だってよっぽど見てて飽きないんだからね。そう心の中でつぶやいて、もう一口ローズティを口に含んだ。


Scene.2


あれからお土産コーナーでお菓子をたくさん買った。かなり荷物が多くなってしまって、神威は全部持つといってくれたけれど、さすがに申し訳ないので二人で半分に分けた。私は左手に荷物を、神威は右手に荷物と傘を持って、あいている方の手を繋いで船への道をたどる。沈みかけの夕陽が私たちの足元に長い影を作っていて、それを視界の端で追いかけながら歩いた。


夕暮れ時というのはどうして、少し寂しい気持ちになるんだろう。繋いだ手をきゅっと握ると、神威が私の方を振り返った。


「どうしたの?」
「…ううん、なんでもない」
「そう?」
「うん」


そういうと、どちらからともなく黙り込む。あまり人気のない道で、夕暮れのオレンジと、付き始めた街灯の光が背中から私たちを照らす。さくさくと地面を踏みしめる音、カラスの泣き声、少し冷たくなった風が足元を通り抜けていく。


ここでもし、私が素直な気持ちを言ったら、神威はなんていうだろう。少し寂しいな、なんて言ったら…なんて言ってくれるだろう。そわそわした気持ちになって、神威の顔を見上げた。


「ん?」


神威も私の方を見ていて、目が合うと微笑んでくれた。その笑顔はとても優しくて、もっと甘えたい気持ちになってしまう。


神威とこうやって二人で過ごすようになってしばらく経つけれど、神威はあまり私のお願いを断ることがない。それは前に神威が言っていた「好きなことをさせてあげたい」という気持ちからなのかな、と思うけれど、…私ばかりこんなに幸せでいいんだろうかと、時々心配になる。私ばかりがわがままを言っているんじゃないかと不安になる。


そんなことを考えていると、神威がふと足を止めた。私が顔を上げるより先に私の顔を覗き込んできて、もともと大きい目をさらに大きくして私を見つめる。


「なんで落ち込んでるの?」
「あ、いや…落ち込んではいないんだけど…!」


慌てて神威の言葉を否定する。本当に落ち込んでいるわけではないし、私が一人で考え事をして少し不安になっていただけなので、神威のせいとかではまったくない。けれど、神威は納得いかなそうに唇を尖らせた。


「楽しくなかった?」
「そんなことない!すっごく楽しかったよ!」


デートの最中に暗い顔をするなんて、失態だ。顔の前でぶんぶんと手を振って否定するけれど、それでも神威は納得がいかなそうだった。こうなると、ちゃんと私の気持ちを話すのが一番いいんだろうけれど、それを言ってしまって神威がどんな顔をするのかと考えると、やっぱり不安になってしまう。


何も言えずに口をパクパクさせていると、神威は私の手を離してその場に座り込んだ。それからちょっと拗ねたような顔で、「デートって難しいなァ」と呟く。


このままだと、神威は何も悪くないのに神威が悪いことになってしまう。不安な気持ちで心臓が飛び出そうなほど脈打ったけれど、それを強く抑えつけて、震える唇を開いた。


「違うの、神威が悪いとかじゃなくて…」


神威がゆっくりとこちらを振り向く。その視線にまた心臓が強く脈打ったけれど、さらにぐっと抑えつけてそれを我慢する。


「今日、すっごく楽しくて…帰るのが寂しいなって思うくらい、本当に楽しくて、なんか私ばっかり楽しくていいのかなって思って…神威がすごく優しいから、私ばっかり甘えてしまってて…でも、私は神威に何もしてあげられてなくてそれがすごく不安になって…」


だから、神威は悪くないの。


そこまで声を絞り出したところで、神威が私の手をグイと引っ張った。引かれるまま神威の隣にしゃがみ込むと、顔をグイと引き寄せられて、神威の唇が私の唇に重なる。突然の事に驚いて息が詰まりそうになった。


すぐに唇が離れると、神威はニッコリ笑って、私の頭をぽんと叩いた。


「俺の欲しいものは勝手にもらっていくから、は気にしなくていいよ」


そう言って私の手を引きながら立ち上がると、また船への道を歩き出す。夕陽を背にした神威は髪がキラキラ光っていて、なんだかとてもまぶしく見える。


「むしろ、は気にしすぎだよ。好きなものを求めるのに我慢する必要はないし、あれこれ理屈捏ねる必要もないだろ」
「そう…かな」
「そうだろ。…でも、そうだなァ。それでも何か理屈がほしいっていうんなら…のいろんな顔を見ることが、俺の趣味ってことで」


神威の言葉に、思わず足を止める。同時に足を止めた神威は、ゆっくりと私を振り返って、…ふんわりと、優しく笑った。


「俺の趣味、前にが聞いただろ。その答え」
「趣味…」
「そ、趣味。だからこうやってにいろんなことするのも、俺の趣味の一つ。はそれに付き合ってるだけ」


「だから、は黙って俺に着いて来ればいいんだよ」そう言って神威は再び歩き始める。手を引かれた私も、一緒に歩き出す。神威の少し後ろを、同じペースで。


こういう格好いいことをさらっと言えてしまうところが、もう本当にたまらなく好きで、甘えて甘えて甘えつくしたくなってしまう。でもそれ以上に、与えてくれた優しさ以上の愛を返したいと思う。


あれこれ悩むより、がむしゃらにでも自分なりにでも、全力で神威の事を愛そう。そう思って、少し足を速めて神威の隣に並んだ。


「帰ったら、何かご飯作ってあげる」
「お、やったー。じゃあハンバーグとオムライスと唐揚げとカレーと」
「多すぎだよ、ちょっと絞って」
「えー」


ぶーたれた顔をする神威に思わず笑ってしまうと、神威も声を上げてははっと笑った。




オマケ
本編に入れられなかったアホ会話。


「あ、そうだ。その服着てセックスするからね」
「は?ヤダ」
「あれー、断られちゃったー」
「だって服汚れたら嫌だし、万が一破れたら泣くもん」
「大丈夫、破れないようにするから。汚れたら俺が洗ってあげるよ」
「それでも嫌!」
「その服は俺が買ってあげた服だよね」
「うっ」
に拒否権なんてないよ。嫌がってもするから」
「帰ったらすぐ脱ぐ!」
「なら帰ったらすぐしよう」
「ダメったらダメ!」
「はははー」
「笑ってもダメ!」


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2021.03.10 wednesday From aki mikami.