Scene.01
どうでもいいことだった。
当時の俺にとって、がどんな家柄だろうが、の親がどんな人間だろうが、そんなことはどうでもいいことだった。それは、それだけ俺がを好きだったと言うこともあるし、それだけ俺が浅はかだったと言うこともある。
今、こうして歳をとった俺は、家柄とか親とか、その他の事情すべて、どうでもいいことだとは言えなくなった。それは俺が臆病になったということでもあるし、それだけ知恵がついたということでもある。
大江戸マートでいちご牛乳とチョコレートケーキを買い、万事屋へとバイクを走らせていたときだった。俺の視界に飛び込んできたのは、仲睦まじく寄り添って歩く、一組の男女。
知らない男と、だった。
男は真面目で穏やかそうだった。黒縁のメガネからのぞく目は柔らかにを見つめていて、はそんな視線に穏やかな笑みを返す。まさしく美男美女、絵に描いたようなパーフェクトなカップルに見えた。
だからだろうか。俺の中に絶望が生まれることはなかった。…もしかしたら、薄々勘付いていたのかもしれない。の大人びた顔を見たとき、男がいる、と。それとも俺達はもう終わった、友達だと言う、自己暗示の結果か。いずれにせよ、これはいい兆候だ。これなら俺のくだらない未練だのでを戸惑わせることもない。
あれから、ずっと考えている。俺とは、どんな風に見えていたんだろうかと。俺はあんな風にを笑わせることが出来ていたのだろうかと。過去のことなんか考えたところで、時間が戻るわけではないと知っていながら、そうせずにはいられなかった。
恋人と呼べる時間は、ほんの数週間だった。あの夜から、が旅立つまでの数週間。その間俺達は一度も身体を重ねることはなかったが、随分と長い時間をともに過ごした。食事や厠、風呂以外の時間は絶えず一緒にいた。誰がなんとからかおうが、なんとも思わなかった。それはもうすぐ離れてしまうと言う余裕のなさから出た行動だったんだろうと、今になって思う。
なんて愚かだったんだろう。
一緒にいることで精一杯だった。これからやってくる空白を埋めるので手一杯で、ほかのことにまで頭が回らなかった。…そう、俺達の突然の動向を、あの人が見逃してくれるはずはなかった。
『ッ…!!!』
息を詰まらせ涙をこらえるの顔が、まぶたの裏にちらついた。
あんな結果を招いたのは俺だ。俺の浅はかさのせいだ。それがを傷つけた。だから、俺にはを愛する権利なんてない。
ようやくたどり着いた万事屋の前でバイクを降り、いつものように階段の裏手に停車する。買い物袋を持ち、二階へ続く階段をのぼる。いつも通りの帰還、いつも通りの一日、いつも通りの町並み。…そんないつも通りのかぶき町のどこかに、"友達の"がいる。
今は非日常と感じることも、いつかは日常と感じるときがやってくる。そう思った瞬間、苛立ちのようなものが頭によぎったが、見て見ぬフリを決め込んだ。
Scene.02
ポストの中には、チラシと一通の封書が入っていた。
チラシは全部ゴミ箱へ捨て、封書を裏返すと、そこには見慣れた差出人。
坂本辰馬。
宇宙で何をやってるのかは知らないが、辰馬だけは時々手紙をよこしてくる。…まァ、未だに攘夷だなんだといって幕府に追われているヅラや高杉が俺に手紙を書く余裕があるとは思えないが。それにしてもアイツは意外とまめで、結構な頻度で近況や宇宙情勢などを書いてよこしてくる。宇宙を飛び回ってるだけあって俺が返事を書くことは出来ないが、アイツはそんなことを気にするような男じゃないだろう。
今回の手紙の内容は、最近の取引のことと、近日中に一度地球に帰ってくるということだった。帰ってきたら飲もうという一言も添えられていたが、アイツといるとろくな事がないから出来れば遠慮願いたい。
しかし、といい辰馬といい、最近はやたらと昔馴染みが帰ってくるな。
そんなことをぼんやりと思いながら、窓の外を仰ぎ見る。
…と辰馬といえば、ろくなことがないコンビだ。俺がせっかく買ってきた団子を二人で全部平らげたり、夜中にいきなり部屋にやってきて怖い話を始めたり、相手構わずおかしな罠を仕掛けたり。俺やヅラにならまだしも、あいつらは高杉にも平気でつっこんでいくからすごい。高杉を真顔でおちょくれるのは、おそらく世界中捜してもあいつらだけだろう。何度キレられてもへこたれず、寧ろ笑わせようと奮起する。
そんな奴だった、は。
本当は頭がいいくせに、平然とバカをやってのける奴だった。そして、どこまでならば許されるのかをよくわかっていた。…辰馬とは、そういうところで気があったのかもしれない。
俺の足はテーブルへと向かい、引き出しに入れておいたの名刺を取り出した。…住所も電話番号も書いてある。俺は受話器をとり、その番号を回す。…が、最後の一桁の途中で、手を止めた。
ちらつくの顔。幸せそうに笑う、の。
何を戸惑う?友人が友人に会いたいと思うのは、至極当然のことだ。数年ぶりの、滅多に会えない友人が帰ってくるというならなおのこと。やましい気持ちは、ない。
「ッ…あーッ、クソッ」
イライラする。俺は名刺とバイクのキーを引っつかんで、ポケットに突っ込んだ。
もう一度、あの幸せそうな二人を見たら、俺も思い知るだろう。俺の入る隙などまったくないということを。俺なんかが都合よくホイホイ出て行っていいわけがないと。
ブーツを履いて、万事屋を後にする。意味のわからないイライラはおさまることなく、俺の頭にしつこくこびりついていた。
Scene.03
後悔はない。
あのときの行動全てに。自分の気持ちに素直に従ったあの行動に、後悔はなかった。悔しいのは、自分の浅はかさ。自分の幼さ、そのもの。
私の考えが至らなかったから、あんなことになってしまった。そして銀時の中に、消えない罪を残してしまった。それは私のせい、全て私の頭の悪さが招いた結果だ。
それをどうやったら償えるのか、考えていた。そして私は、自分を育ててくれたもう一人の父に、圭輔のお父さんに出来る限りを尽くすことで、償おうとしていた。…出来たかどうか、今となっては聞くことも出来ない。
うっすらと目を開け、立ち昇る線香の匂いに小さく息を吐いた。
突然だった。ある朝いつも通り起こしに行ったら、お父さんは冷たくなっていた。人間の死と言うものは、本来こうして穏やかに、そして突然訪れるんだと、思い知らされた。
悲しみはもちろんあった。でも、泣き叫ぶことはなかった。それは、もっとヒドイ死を見てしまったからなのか、死に対して慣れっこになってしまったからなのか、なぜなのかは未だにわからない。…唯一ついえることは、圭輔は私以上に深く傷ついたということ。
リビングで書類を整理する圭輔。一見普通に見えても、あの日から彼の中で、何かが変わってしまったのは確かだ。
圭輔とお父さんの関係について、実は詳しく知っているわけではない。ただ本当の親子ではないことと、圭輔も私と同じように拾われたのだと言うこと、そして、本当の親子以上に仲がよかったことだけは知っている。それ以上のことは私が首を突っ込む話ではなかったし、つっこんだところで気まずくなるだけだ。
手を合わせるふりをしながら、着物がずり下がった自分の腕を眺めていた。
そこにくっきりと残る青い痣。
客商売と言うことを考えれば、隠したほうがいいのかもしれない。でも下手に隠すと、それはそれで圭輔の怒りを買うような気がした。
カラン、と扉につけた鈴の音がした。お客の応対は私の仕事で圭輔は出てくれないので、仕方なく立ち上がり、カーテンで仕切った店内へ出て行く。
「いらっしゃいませ。何かお探し…」
カーテンの向こうにいたのは、銀時だった。
「…銀時」
「よォ、…来ちゃった」
そういってニィッと笑う銀時は、まるでいたずらっ子のようだ。
「あ…えと、なんか用?それとも買いに来てくれたの?」
「ああ、今日は客じゃなくて…これ」
「え?」
銀時が差し出したのは、一通の手紙。宛名は坂田金(なんで金?)時様で、差出人は…
「お、辰馬?」
「オゥ。…まァ読んでみろよ」
言われて中身を取り出す。辰馬は昔からまめなところがあったけど、それは今でも変わらないらしい。
手紙の内容は、最近の取引についてと、もうすぐ地球に帰ってくるらしいということだった。
「アイツ今宇宙で商売やっててよ。…で、帰ってくるって言うだろ。丁度いいからアイツ帰って来たら3人で飲もうや」
そういって、銀時が頭をかいた。…照れているのだろうか。昔と変わらないその仕草に、思わず笑いが漏れる。
「…うん、いいね。飲もっか」
そう答えると、元気よくオー!と返事をする銀時。
「じゃあよ、場所とかはこっちで決めていいだろ?お前ら二人ともこっちのことは詳しくねーだろーから」
「うん、じゃあ任せる。…あー、でも徒歩圏内でよろしく」
「ここは天下のかぶき町だぞ?飲み屋なんてそこらに溢れてんだから、それくらい楽勝だっつーの」
「そりゃそっか」
「おう」
二人で顔を見合わせて笑う。…楽しい。自分でも驚くほど、心の底から笑えている気がする。
「……?」
その声に、どきりとした。
声は、私の後ろ、カーテンの向こうから聞こえた。…銀時じゃない、圭輔の声だ。
「…お友達?」
そういって、カーテンの間から顔を出した圭輔。
「う…うん」
「へェ、もう友達が出来たの?」
「ううん、昔馴染みで…あの、坂田銀時さん」
平然を装いながらも、心臓は破裂しそうなほど高鳴っていた。…変な風に勘ぐられていないか、と。
「銀時、この人は藍澤圭輔。ここの経営者」
「と、の恋人もやってます。よろしく」
「……ども、よろしくっす」
銀時の答え方があんまり軽くて、ちょっと驚いた。…もっとビックリするかと思ったけど、全然気にしてなさそうに見える。
「さんの友達です、よろしく」
銀時はそういって、愛想良く笑った。…その顔が少し怖く見えたのは、私にやましいところがあるからだろうか。
Scene.04
情報屋を出た俺は、止めてあったバイクに跨りメットで顔を隠した。
…なんだよアレ。
突然会話に割り込んできたのは、俺とまったく同じ声を持つ男だった。俺の心を、真っ黒い感情が満たしていく。
銀時の声、好きだよ
がアイツと付き合っているのは、あの声だからじゃないのか。
はアイツに、俺の面影を見てるんじゃないのか。
は、まだ俺のことを好きなんじゃないのか。
くだらない幻想だとわかっている。たとえ声が同じでも、あの穏やかなしゃべり方、優しそうな目は、俺のものとは違う。
それでも。
好きだよ
の声が、俺の頭を捕らえて離さない。
Scene.05
「銀時の声ってさー、変わってるよね」
腕の中で、俺の髪をいじくりながら言う。俺はそんな細い指を絡めながら答える。
「そうかァ?」
「そうだよ。…低いのか高いのかよくわかんない」
「男だから低いだろ」
「でも高い声も出るよね」
「じゃー声の幅が広いんだよ」
「そうかも。…いいなー」
「いいかよ」
「いいよ。…私、銀時の声好きだよ」
そういって笑ったが泣きそうに見えて、絡めた指に何度も口付ける。所々に歯を立てると、微かに顔を歪め、潤んだ目で俺を見つめる。
「痛いよ…」
「俺、Sだから」
「私は痛いの嫌いだよ」
「そんなに痛くないだろ」
「そりゃそうだけどさ。…歯形とかついたらどーすんの」
「いーじゃん。…俺のものって言うシルシ」
「バカッ」
笑いながら唇を重ねてくる。俺もそれに負けじと、何度も角度を変えて口付ける。男の俺とは違う柔らかな身体、滑るような肌に、心地よさと、頼りなさを感じた。…護ってやりたい、そう思わされる。
薄く唇を離し、長い睫毛に覆われた澄んだ瞳に魅入られる。普段はわからない、の女の一面。それに、俺はあっという間に溺れていく。
「…銀時」
「ん?」
「好き」
「……そんなこというと、また襲うぞ」
「いいよ。…このまま2ラウンド目いっても」
「…後悔すんなよ?」
「しないよ」
転がりながらを組み敷くと、キレイな髪が肌の上をするりと滑る。それに色気のようなものを感じてたまらず細い首に噛み付くと、小さな声を上げる。腕を目一杯伸ばして首に絡みつき、俺の耳に、熱い唇を寄せる。
「好き…好きだよ」
「俺もだよ」
そう答えると、頼りなげに笑って見せた。…俺はその顔を見るのが辛くて、キスをするふりをして硬く目をつぶった。
Scene.06
万事屋に帰り着くと、すぐに布団を引っ張り出した。…頭がのことしか考えようとしない。こういうときは、寝て忘れるのが一番だ。
人間というのは何でも都合のいいように解釈したがるが、俺もまた然り。だが冷静になって考えてみると、そんなことはあるはずがない。
声が似ているからなんだ。声だけ似ていても、性格はおそらく真逆、見た目も似ても似つかない。しゃべり方も、雰囲気も全てが違う。そんな男を俺と重ねるわけがない。
甚平に着替えて布団にもぐりこむ。さっきまで来ていた服は、床に放り出されたままだ。着物はたたまないとしわになるとお登勢にうるさく言われていたが、今はそんなことをしている余裕がなかった。ただイラついていて、頭を叩き割りたい衝動を押さえ込んでいた。
俺は何がしたい。アイツを手に入れたいのか?…アイツの幸せを壊してまで?そんなのおかしいだろ。アイツを泣かせてまで手に入れて、それでなんになる。俺が願うのはアイツの幸せ。…それでいいだろ。あいつは今、あの男とともにいて、それで幸せなんだから。
嘘だ。
よくなんてない。
本当は俺の手で幸せにしたかった。俺の傍で、あの明るい顔で笑っていてほしかった。俺のそばにいてほしかった。手放したくなんかなかった。…だがもう取り戻せない。それは、幼かった俺の浅はかさのせい、俺自身のせいだ。
俺が壊した、の幸せ。
それをまた壊すようなことは、俺には出来ない。
言い聞かせ、それでもちらつくのは、の昔の顔と、今の顔。…俺の知ってると、今のの顔。
俺の記憶の中の笑顔。
さっき、俺と話したときの笑顔。
藍澤圭輔と歩いていたときの笑顔。
どれも、は心から笑っていたはずなのに。…アイツは幸せで、作り笑いなんてする必要はないはずなのに。
藍澤圭輔に向けた笑顔だけが偽物に見えるのは、なぜだろうか。
俺は布団を頭から被り、きつく目を閉じた。眠気はなかなか降りてこないが、それでも目を瞑り続ける。眠ることだけに集中する。
そうしなければ、叫びだしそうだったから。
Scene.07
ようやくやってきた平穏な時間。荒れ果てた室内をどうにかする気にもなれず、私はずっと空を見上げていた。
今この空を、銀時は見ているだろうか。
圭輔を怒らせるのはいつも私だ。だから、これは罰。自業自得だ。それでもあの心地よさの後には、…銀時の月明かりのような優しさの後には、何もかもがギスギスした、居心地の悪いものに感じられる。銀時がいないもの、全て。
圭輔のいない室内には、不気味なほどの静寂が降りていた。…私はこの瞬間が嫌いで、いつも銀時のことを考える。銀時は何をしているだろうか、銀時はどこにいるだろうか、銀時は、幸せだろうか。
圭輔の声をはじめて聞いたときは、驚いた。私の大好きな銀時の声とまったく同じだったから。…でもたとえ声が同じでも、やっぱり圭輔は圭輔だった。銀時とは殆んど真逆な、真面目で人当たりもよくて、どこか儚げな雰囲気を持つ人。だから圭輔と銀時を重ねたことはなかった。
それでも時々。…圭輔の優しい囁きに、銀時を重ねてしまうときがある。どうしようもなく銀時を思い出させるときがある。
あの声を聞くだけで、安心できた。
俺もだよ
滅多にない囁き声も、笑い声も、全部。
Scene.08
「銀時の声ってさー、変わってるよね」
銀時の腕の中でふわふわの髪を触っていたら、ふとそんなことを思った。銀時は私の指を絡めとりながら、不思議そうな顔で私を見る。
「そうかァ?」
「そうだよ。…低いのか高いのかよくわかんない」
「男だから低いだろ」
「でも高い声も出るよね」
「じゃー声の幅が広いんだよ」
「そうかも。…いいなー」
「いいかよ」
「いいよ。…私、銀時の声好きだよ」
…でも、それももうすぐお別れ。余計なことまで頭をよぎって泣きそうになった私の指に、銀時がくわえるような口付けを落とした。何度も何度も吸い付き、所々に歯を立てる。その微かな痛みに悲しみが吹っ飛ぶ。
「痛いよ…」
「俺、Sだから」
「私は痛いの嫌いだよ」
「そんなに痛くないだろ」
「そりゃそうだけどさ。…歯形とかついたらどーすんの」
「いーじゃん。…俺のものって言うシルシ」
「バカッ」
銀時はいつもそうだ。笑いながら、私の一番ほしい言葉をくれる。私が少し伸びて銀時に口付けると、銀時もそれに答えてくれる。…何度も角度を変えて口付けられ、肌の上をごつごつした手が滑る。服の上からじゃわからない力強さ、改めて、この人は男なんだと思う。
薄く唇が離れ、宝石のような赤い瞳に魅入られる。普段はいまいちくすんで見えないその輝きに、私はあっという間に溺れていく。
「…銀時」
「ん?」
「好き」
「……そんなこというと、また襲うぞ」
「いいよ。…このまま2ラウンド目いっても」
「…後悔すんなよ?」
「しないよ」
転がりながら私の上にのしかかって、首に噛み付いてくる銀時。突然の痛みに声を上げ、愛しさに目一杯腕を伸ばす。首に絡み付いて耳に唇を寄せ、感じたままの言葉をのせる。
「好き…好きだよ」
「俺もだよ」
銀時の優しい声。…そこにはちゃんと愛がこもっていて…でもそれが切なくて、与えられるキスに答えるふりをして、硬く目をつぶった。
Scene.09
重い身体を持ち上げると、散らばった服を洗濯籠へ、置物なんかを元の位置へ戻した。幸い越してきたばかりで物が少ないので、片付けは簡単で済みそうだ。
どうやって圭輔のご機嫌をとろうか…そればかりが頭をめぐっていた。せっかく銀時が誘ってくれたのに。せっかく辰馬が帰ってくるのに。…3人で会えば、恋人になる前の"友達"の感覚を、取り戻せるかもしれないのに。その機会をふいにしてしまうのは、もったいない。でも二人で暮らしている以上、圭輔に黙って出かけるのは不可能だ。
…ホントに、私は都合がいい。
圭輔を傷つけておいて、許されようなんて。そんな風に考えが甘いから、銀時を傷つけてしまったくせに。どうしようもなく情けなくなって、頭を壁に打ち付ける。
生ぬるい滴が、頬を伝い落ちていった。
私はどうしたいの?銀時とよりを戻したい?…圭輔を、裏切ってまで?そんなのおかしい。圭輔を…ずっとそばにい続けてくれた人を裏切ってまで銀時とよりを戻して、それがなんになる?私はこれ以上圭輔が傷つくところなんて見たくない。…それに、銀時だって今も私を好きでいてくれてるかなんて、わからないのに。
嘘だ。
わからなくなんてない。
本当は、会った瞬間わかった。驚いた銀時の顔、追いかけてきたときの震えた声、圭輔に向けた、作り物の笑顔。でも私は、銀時の元にはいけない。いっちゃいけない。
そう思っても、…それでもちらつくのは、銀時の顔。
ちょっと意地悪な笑顔。
楽しそうな笑顔。
どことなく儚げな笑顔。
どれもこれも同じように…お前が好きだといってくれてるように見えて。
私は自分の着物に顔をうずめた。熱くなった目頭は、一向にさめる気配がない。それでも、涙をこらえることに集中する。
圭輔が帰って来たときに、心配させないように。
2008.08.21 thursday From aki mikami.