Scene.01
毎日を、ただぼんやりと過ごしていた。いつもと同じ毎日をいつもと同じように生きていく。変わったことなんて何も無い。…ただ、圭輔のほうは少し思い悩んでいるようだった。それが何かを聞くようなことはしない。圭輔は詮索されるのが嫌いだし、言えることなら自分から言ってくるからだ。だから私は気づかないふりをして、普通にいつも通りの生活を送っていた。
銀時と会うことはなかった。会えるはずが無かった。あんな風に銀時を傷つけて…たとえ銀時が許してくれても、私自身が自分を許せなかった。
…結婚しようとは言ったものの、それから特別何をするわけでもなかった。越してきたばかりで仕事が安定していないせいもあるし、なかなか暇な時間が無いというせいもある。情報屋という職業をしていると早々休みなんて選んでられないのだ。
めぼしい情報があれば昼夜構わずそこへいくし、いつ誰が買いに来てもいいように24時間店を開けておかなきゃいけない。こんなところに買いに来る人間なんて大抵はヤクザか闇商人だから、彼らは夜に来ることの方が多い。店の存在が定着するまではスパイと間違われ命を狙われることもある。…そんなこんなで、暇な時間と言えば飯時と寝るときくらいのものだった。
そしてその貴重な空き時間。時間は夜中の2時を少し回った頃。私は遅すぎる夕食を作っていた。11時くらいに外から帰ってきてやっと休めると思ったら、それから30分もしないうちにお客が来たのだ。それから数時間話し込み、情報整理をしてこの時間。あまりにも疲れすぎてこったものをつくる気にもなれず、買いだめしてあるインスタントラーメンを食べることにした。
お湯の中を泳ぐ麺を菜ばしでかき混ぜる。そんなことしなくても別にいいといえばいいけど、何かしてないと眠ってしまいそうだった。
そうしていると、圭輔が、と声をかけてきた。振り返らないで何、というと、いつの間にか後ろに立って腰に腕を回してくる。くすぐったくて菜ばしを落しそうになった。
「ちょっと圭輔…くすぐったいよ。箸落すとこだった」
「ごめん。…でもさ、」
圭輔の手が腰から腹へと滑り、そのまま胸に触れる。…私は一つため息をついて、菜ばしを置いて火を消した。
「…なにさ」
「うん…」
「……圭輔もいい年なのに…元気だねェ」
「そうかな」
「そうだよ。…私、今日は結構疲れたよ」
「俺も疲れた」
「でもするの?」
「…うん」
「仕方ないなァ」
ゆるくなった腕の中で一回転して首に絡みつき、キスをする。するといつもより深く舌が入ってきて、そのまま強い力で布団まで誘導される。
…なんか、変。
そう思ったけれど、ただ黙って身を任せた。拒否する理由なんてない。ストレスが溜まってたらちょっと激しくなることだってあるだろうし…気にするほどのことじゃない。
唇が離れると、珍しく息を乱した圭輔が私を見つめていた。…その目がいつもと違う色を帯びている気がしたけど、私はそれを見ないふりをして、圭輔のメガネを取り横に置く。笑いかけると、首筋に噛み付くようなキスがふって来た。
圭輔の頭に手を添えて、何度も撫でる。このまま…何も考えないまま、私は圭輔を好きでいればいい。
そのとき、圭輔がゆっくりと顔を上げた。上体を起こし、私を見下ろす。
「……やっぱり違う」
突然そんなことを言った。
「え…圭輔?」
「やっぱり…違うんだよ。…俺達、だめだよ」
「は…何言って…」
「だって、は俺を見てない」
圭輔の声が、やけに冷たかった。
「…何言ってるの?そんなこと…」
「あるだろ。は俺じゃない…あの男を見てる」
「ッ」
「結婚して忘れようなんて、どうせ無理なんだろ。どうせ…どうせ俺のものにはならないんだろ?」
「圭輔、」
「気安く呼ぶなよ!」
言葉とともに振り上げられた平手が顔にピシリと当たった。あまりに突然すぎてどうしたらいいかわからない。
「…に、 なのに」
圭輔のかすれた声が、途切れ途切れな言葉を紡いだ。
「こんなに好きなのに」
「、圭輔ッ」
「何で他の男のところなんて行くんだよ!」
「ッ」
圭輔の手が私の首を強く締め上げる。息が苦しい。抵抗しても、抑えつけられて逃げることが出来ない。涙がじわりと浮かんでくる。
痛い。苦しい。怖い。
苦しさに支配される身体を必死に動かした。でも男の力には叶わなくて、ぎりぎりと音が聞こえそうなほど強く締め上げられる。
死。そんな言葉が頭をよぎったとき、窓の外から大きな音が聞こえた。…車のクラクションの音だ。瞬間力が少しだけ緩んだので、その隙を狙って肩を蹴って突き飛ばし、壁に背中をついて距離をとる。
圭輔の顔が、ぐにゃりと歪んだ気がした。
「…ホラ」
ゆっくりと紡ぎだした言葉に、体が小さく震えた。
「そうやって俺を突き放す。…楽しい?人の気持ち弄んで…」
「ッ、」
声が、かすれて出てこなかった。
「あんなやつに取られるくらいなら…今ここで殺してやるよ」
ふらりと立ち上がり、台所へ向かう圭輔。棚を探り、そこから…包丁を一本、取り出した。
「ッ、ゃ、め」
しゃべろうとしたら、喉に突っかかって咳が出た。圭輔が包丁を振り上げるのが視界の端に移る。それを何とかギリギリで避けると、ふらつく足を動かして靴も履かずに家を飛び出した。
…怖い。怖いよ、死にたくない。助けて、助けて…銀時。銀時、銀時。
いつの間にか、頭は銀時でいっぱいになっていた。冷たい雨が、乱れた着物を打ち付けて濡らしていく。途中すれ違った人が驚いた目で私を振り返った。
銀時に会いたい。
寝静まって静かになったかぶき町に、雨の音と、自分の息遣いだけが響いていた。振りかえることもせず、脳内で必死に銀時を呼び続けた。
銀時。
Scene.02
突然、目が覚めた。
気だるい身体を起こして時計を見ると、まだ夜中の3時半。俺は布団から抜け出して、居間に続く襖を開け放った。
起きる瞬間、の声を聞いた気がした。…だが、まさかが俺を呼ぶはずがない。いい加減自分の未練たらしさに嫌気がさす。
冷蔵庫からいちご牛乳を取り出して、そのままパックに口をつけて飲み込んだ。やっぱりイライラしたときは糖分に限る。飲むだけで幸せな気分にしてくれる。
さっきより幾分かすっきりした気分で布団に戻ろうとした、が。
銀時
「……」
泣きそうな声だ。何かにおびえている声。助けを求める声。
おびえている?何にだ。今のアイツを脅かすものなんて何もないはずだ。助けを求めなきゃいけないことなんて、ないはずだ。だからこれは、俺の思い違い。否、思いすぎか。
頭を振って、和室の襖に手をかけて閉めようとした。
銀時
消えない、の声が。それどころか顔まで浮かんでくる。今まさに、助けを求めている…そんな気がして。
「…くそッ」
イライラしながらも、居間を通り抜ける。玄関までくると、サンダルをひっかけてドアを開け放つ。外はいつの間にかひどい雨になっていて、こんな中が来るはずないと思った。
少し背伸びをして階下を見下ろしてみるが、そこにはいなかった。…どころか、人っ子一人いない。当然だ、こんな雨の日、それも夜中に出かけようなんて奴は相当な物好きだ。
中に戻ろうとしたが、そのときふと階段に影が見えて、なんとなくそっちを振りかえる。するとそこには人間が、顔を隠すように丸くなっていた。
顔が見えなくても、すぐにわかる。
「…?」
その声に、ゆっくりと顔を上げる。
「…銀時」
「!」
階段を駆け下りて傍らにしゃがみ、肩を掴む。は虚ろな表情で俺を見て、弱々しく口を開いた。
「…助け、て」
「は…?なんだそれ、どういうこった。大体お前、何でこんな所に」
「……銀時」
ゆるゆると伸ばされた腕が、俺の首に回った。やけに冷たくて、今にも壊れてしまいそうだった。
「…好き」
耳元で、確かに囁いた。…いや、囁くというには、その声は掠れすぎていた。
俺はの膝裏と背中に手を入れて持ち上げた。とにかくこのままじゃ落ち着いて話も出来ない。を抱えたまま階段をのぼり、あけたままの玄関をくぐって足でドアを閉めた。その間もは俺に強くしがみついて離れない。…体が小さく震えている。
何があったのかは知らないが、相当怯えているのはわかる。
洗面所まで行って肘で電気をつけ床に下ろすと、棚からタオルを引っ張り出しての頭に被せた。もう1枚タオルを取り出して冷えた肩を包むように拭いてやる。は渡されたタオルを握り締めると、ゆらゆらと不安定な目で俺を射抜いた。
その目から一筋、涙が溢れた。
「…銀時」
そのときはじめて気がついた。の首にくっきりと、絞められた跡が残っているのに。
「…お前、それ」
首に触れると、怯えたように目を伏せる。
「…なんだよこれ」
「……」
「まさか…アイツにやられたんじゃねーだろうな」
「……」
「お前…幸せだったんじゃ、ねーのかよ」
は黙ったまま、タオルで顔を覆い隠した。…言いたくないとでも言うように。俺は仕方なく立ち上がり、風呂場に向かう。浴槽に栓をして、お湯の蛇口を捻る。
「…とにかく今風呂沸かすから、ちゃんと身体拭け。そのままだと風邪引くぞ。…あと着替えも貸してやっから。な」
「…うん」
力なく頷いたの横をすり抜け、居間を通り過ぎて和室に入る。引きっぱなしの布団を踏ん付けてタンスを開け、一番上にあった甚平を引っ張り出した。それを持って風呂場に戻ると、は浴槽の前に座り込んでいた。…身体を拭いた様子はない。
「お前…なにやってんだ」
「…あったかい」
「たりめーだろ。んなことより身体拭けっつったろ」
「めんどくさい」
「バカかお前。それで風邪ひいたらもっとめんどくせーだろーが」
「…それもそっか」
「そーだよ。わかったら黙って言うこと聞け」
「…うん」
頷くと、頭を拭き始める。俺はその様子をただだまって見ていた。…だが、その動きすら弱々しく思えて…いてもたってもいられなくなって、に歩み寄ってタオルを奪い取った。
「わ、…銀時、何?」
「お前、そんなんで拭けるわけねーだろーが!そっち向け!」
「…はい」
大人しく浴槽側に顔を向けたの頭にタオルを被せ、少し強めにガジガジ拭いてやる。痛いよ、といわれたが無視した。散々困らされてんだから、少し痛いくらい我慢させてやる。
タオルがほとんど濡れきるほど拭いてから、頭を解放してやった。ぐちゃぐちゃになった髪を手櫛で梳かしながらありがとう、と言って、半分ほど溜まった浴槽の湯に腕をつける。
「ねえ…もう入っていいかな」
「入っていいかなって…まだ半分しか入ってねーぞ」
「いいよ。溜めながら入るから」
「……ま、お前が入りたいならいいけどよ」
「うん、入りたい。…だから入るね」
「ハイハイ。じゃーバスタオル用意しとくからよ。あと着替えはあれな」
「ありがとう」
そういって笑うの頭を撫でて、風呂場を後にする。ドアを閉めて居間に戻り、ソファに落ち着くと、頭の中をものすごい感情が駆け抜けていった。
…好き
確かにはそういった。…俺を、好きだと。
それにどう答えたらいいのかわからなかった。が今までそれを言わなかったのは、合澤圭輔を思ってのことだ。今はただ動揺していて、言葉が出てきただけなんじゃないのか。
とちゃんと話したい。そう思ったとき、入浴剤を入れてないことをふと思い出した。丁度いいと思って立ち上がり、廊下を通って洗面所に続くドアの前に立った。…中は静まり返っている。俺は少しドアを開け、その隙間から顔だけを出して声をかけた。
「、入浴剤入れ忘れたんだけどー」
だが、俺の言葉には返事をしなかった。…不審に思ってもう一度呼びかけるが、やはり応答がない。…まさか。ひやりといやな予感が頭をよぎり、俺は夢中でドアを開け放った。それから風呂場の扉に体当たりするように開いて中に入る。
「ッ…て、え?」
は眠っていた。湯はちろちろと溢れ出していたが、それにも気づかないほど爆睡しているようだ。…心配していた自分が急に恥ずかしくなった。
「。おい」
一先ず湯を止めて、起こそうと思って呼びかけるが、返事はない。…どんだけ爆睡してんだよ、お前は。仕方なしに肩を掴んでゆする。…透明な湯が、の身体をゆらゆら映している。
「、!」
「…ん」
「ん、じゃねーよ!溺れんぞ!」
「…銀時、」
「起きろ!それじゃなかったら風呂から出ろよ!死んでも知らねーぞ」
「……起きる」
そういってうっすらと目を開け、座りなおす。湯が揺れて溢れ出し、俺の足にかかった。
なんとなくいたたまれなくてそそくさと風呂場を後にすると、銀時、との声が追いかけてくる。
「なんだよ」
「…話し相手になってよ」
「は?」
「寝ちゃうから」
「…お前ね、恥ずかしいとかはないわけ?」
「一緒に入ろうなんていってないでしょ!お風呂の外で話だけしてくれればいいから」
「……生殺しかよ」
「は、なんか言った?」
「別に何もー」
仕方なしに風呂場の扉を閉め、扉に背を向けて座る。まったく…アイツは俺が今どれだけ我慢してるのかわかってないらしい。まァ女にわかるわけがないといえばそうだけど…。
しかし話し相手といったわりには、は何の話もふってこなかった。やけに静かな沈黙だけが降りてきて、なんとなく気まずい。だがさっきの話をふろうにもどうふったらいいかわからず、結局黙り込むしかない。…もしかしたらも、そんな気持ちなのかもしれない。
とにかくもっと自然な話からふっていこう。そう思って俺は口を開いた。
「…で、何でこんなことになってんだよ」
「……」
「いいたくないってか?でも俺には知る権利あるんじゃねーの」
「……いいたくないわけじゃないけど」
扉越しでくぐもったの声が、幾分か落ち込んでいるように聞こえた。
「…言葉にするのが…こわいって言うか」
「……」
「でも、いわなきゃ…ダメだよね」
それに対して、俺は答えなかった。…何があったか聞きたい、その気持ちはあったが、反対にが苦しいなら言わないで欲しいという気持ちもあったからだ。そのどちらも本当で、イエス、ノーどちらとも答えられなかった。
「…私…暴力、されてたんだ」
震えるようなの声が、始めてその言葉を紡いだ。
暴力。
それはにとって、震えるほどにこわい言葉のはずだ。
「…お父さんが亡くなって…少しして、私が圭輔を怒らせちゃってね、…それがきっかけ」
「…うん」
「でも、今まではずっと叩かれるだけで…その後どこかに出て行って、帰ってきたら元通りで…だけど今日は…」
パシャリと水面が跳ねる音がした。
「殺されるかと思った。あのとき丁度クラクションがなって…あれがなかったら、多分死んでた」
「…」
「蹴っ飛ばして逃げたらね、ホラ、って…言われて」
「…」
「あんなやつに取られるくらいなら殺してやるってッ」
「…オイ、」
「包丁…向けられて…!」
「オイッ」
「人の気持ち、弄んで楽しいかって、私ッ…!」
「落ち着けッ」
強めに言うと、の声がぴたりとやんだ。…落ち着いてくれたんだろうか、扉越しだといまいちわからない。…俺にわかるのは、が傷ついているということ、…そしてたぶん、今だけでなく、昔におびえているということ。
…昔、夜中にがたずねてくるのはしょっちゅうだった。そのときはいつも、腕を押さえていたり足を引きずっていたり…必ず身体のどこかに傷をこさえていた。それがどうしてなのか俺は聞かなかったが、俺も、そして他のみんなも、薄々勘付いていた。はじめのうちは俺も戸惑っていたが、次第に守ってやりたい想いが強くなって…そうして俺はを好きになっていった。
そんなころの、昔の痛い気持ちを、思い出しているんだろう。
「…銀時」
水が揺れる音がした。上がったのかと思って腰を上げようとすると、それより早く扉が開かれる。そして水に濡れたの腕が、俺の首にきつく絡みついた。背中に温かい体温と湯がしみこんでくる。
「…圭輔の言う通りなの」
「」
「……私、ずっと圭輔を弄んでた」
濡れた顔が、俺の肩に乗っかって震えている。…俺は首にあるの手を、出来るだけ強く握った。
「…ずっと…銀時が好きだった」
「…」
「忘れ…られないよ…」
小さく掠れた声が、精一杯の言葉を紡いだ。
「好き…」
「」
「好きだよ銀時」
「…ッ」
の手を解いて振り返り、その身体を引いて腕の中に収める。は俺にしがみついて、胸に頭を何度も擦り付けた。
「…ったく、とんだ甘えん坊だ。…服びしょぬれなんですけど?」
「あはは、ごめん…」
「裸で男に抱きつくなんざ…襲ってくださいっていってるようなもんだぞ」
「銀時ならいいよ」
「バッ、オマッ、俺がどんだけ我慢…」
「しなくていいよ」
「…あのなァ」
の肩を掴んで少し引き離し、顔を覗き込む。はきょとんとした顔で俺を見つめている。
「お前さ、ここで襲っちゃったら俺の立場ないだろ」
「…そう?」
「そうだろ。傷ついた女寝落としたみたいな?」
「ぷッ」
「笑いごとじゃねーよ。それにお前眠いんじゃなかったの?」
「あー…安心したから」
「だったら先に寝て、体力回復して、それからの方がいいだろ」
「……うん」
「わかったら服来てください。前にも言ったけど、俺は襲ったり同情で抱いたり、そういうのはいやなの。お互いに気持ちがないと気持ちよくなれないだろ。だから今はお預け」
「…はーい」
「いー返事」
言いながらタオルを押し付けると、は素直にそれを受け取って身体を拭き始めた。俺はから離れて洗面所を出ると、扉を閉めて、一つ大きくため息をつく。
正直自分を落ち着かせるのに精一杯だった。いきなり抱きつかれたときはそのまま押し倒してしまいそうになったが、何とか理性で食い止めた。
だって真っ裸だぞ!?普通襲いたくなるだろ!
だけどここで襲ったら俺の面子が立たない。そりゃあそんなもん元々無いようなもんだが、やっぱりここだけは譲れない。
そんな葛藤をしていたら背中のドアが少し開いてよろめいた。中からがなぜか恥ずかしそうに顔を出してきて、俯いたまま俺を見ようとしない。
「なに、なんかあった?」
「…あの、下着」
「は?」
「替えがないから…どうしよう」
「どうしようって言われても…」
「上はなくてもいいかもしれないけど…下は…」
「何、俺の貸せってか?ヤダよそんなん。脱がせたとき自分のパンツはいてたら萎えるだろ」
「な!そんな言い方!」
「ハイハイ。前のそのままはいたら?パンツまで濡れちゃってんの?」
「……結構」
「そっか。じゃあノーパンでいいんじゃね?どうせ後で脱ぐんだし」
「なァッ…だからさっきから言い方が!」
「あーはいはい。でも他にどうしようもないだろ。女物のパンツなんてないし…」
「…」
「あ、なんならズボンもはかないで上だけってのはどう?それはそれで萌え」
「死ね!」
バン!と大きな音をたてて扉を閉めた。その後少ししてからぽたぽたと水の落ちる音が聞こえてきたので、搾ってはくことにでもしたんだろうか。なんにせよ、ああいう切り替えしができるってことは俺が思ってるよりも元気はあるらしい。
やがてドアを開けて出てきたは、俺の背中を強く叩いて居間の方へと歩いていった。俺はそれについて歩き、勝手に布団に入り込もうとしているの隣に腰を下ろす。布団を膝までかけて俺を振り返ったは、思い出したように借ります、といった。言うの遅いんだよ、と返すとすねたようにごめんという。
「…」
「ん?」
「…キス、していい?」
そういって顔を覗き込むと、驚いたように目を見開く。キスなんて何度もしてきたはずなのに、恥ずかしそうな反応をするのが可愛くて仕方ない。
「…聞くなっつーの」
「いきなりしたら怒りそうだからよ」
「怒るけど」
「だろ?だから聞いたの」
「……答えなんて決まってるじゃん」
「わかんねーだろ」
「…どうせいやっていってもするくせに」
「そうかもな。…で、答えはイエス?ノー?」
俺の言葉に、の唇が横長に開かれた。そこから答えが紡がれる前に口付けて、ゆっくりと布団に押し倒す。キスは昔よりずっとうまくなっていても、俺の首にしがみついてくるその強さは昔と何も変わらなかった。
唇を離すと、あの頃より少し髪の伸びたが、泣きそうな顔で笑っていた。
「私…こんなことしてていいのかな」
「いいんだよ…俺が許す」
「銀時が許したってダメだよ」
「いいの。…もうなんも気にしなくていいから。とにかく今は寝ろよ」
「…うん」
頷いて、ゆっくりと目を瞑る。俺はその頭を優しく撫でながら、もう一度軽く口付けた。
そのまま俺はが眠るまで、隣で頭を撫で続けていた。
2008.09.16 tuesday From aki mikami.