ずっと、ずっと、好きだった


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Scene.01


目が覚めて一番に感じたのは、私の頭を優しく撫でる温かい手と、銀時の優しく笑った顔だった。その目を見ていたら今まで抑え込んでいたものがすべて外れて、ただがむしゃらに銀時を求めた。首に絡み付いてキスをして、着物をはいで肌を重ねた。銀時も私に答えるように舌を絡め、二人で布団になだれ込んで、求め合った。


行為が終わって、布団の中で二人寄り添いあう。銀時はあやすように私を撫でて、静かに目を閉じている。


「…ねえ」


声をかけると、うっすらと目が開いて私を捉えた。


「なに?」
「……銀時は、さ。…さっき聞いたでしょ、幸せだったんじゃないのか、って」
「…ああ」
「あのね、…ちゃんと幸せだったよ。ずっと…」


お父さんと、圭輔と会えたこと。


「すごく幸せだったけど…どうしてだろうね、なんか間違っちゃったんだ」
「…」
「多分、…父上のことがあったからだと思う」
「…それって、さん…だよな?」
「うん。…私、父上の願うような子供になれなかったから…お父さんの願いは聞いてあげたいって、ずっと思ってた。それが、間違った方向に進んじゃったんだと思う」


肩揉みしてとか、買い物行ってきてとか、そんなことだけじゃない。…もっと大事なこと、自分で決めなきゃいけないことまで、お父さんの言うとおりにしようとした。


「お父さんがね、前に言ったんだ。…私と圭輔が結婚してくれればなーって。それは何気なく言った言葉だったのかもしれないけど…私は勝手にその言葉に縛られてた。圭輔と付き合わなきゃ、結婚しなきゃって…心のどこかで思ってたんだと思う」
「…なんだそれ」
「ほんと、なんだそれだよね。…でもそう思ってたの」
「やっぱお前馬鹿だわ」
「うん、わかってる」


銀時の唇が、優しく額に触れる。そこから体中に伝わるのは、私を気遣う気持ちと、銀時の愛情。…これが、本当の愛なんだと思える。


「…圭輔に初めて会ったとき…ビックリした。だって銀時と同じ声なんだもん」
「あー、俺もビビッた」
「ホントにそっくりでしょ?顔は全然似てないのに。…ちょっと気になったりもしたけど…すぐに、銀時と全然違うんだってわかった。当然好きになんてなれなくて…圭輔が告白してくれたとき、断ったんだ。でもそれでも良いからそばにいたい、なんていわれて…断れなかったなァ」
「…」
「付き合い始めたのは…お父さんのあの言葉を聞いたから。でも…私にとって圭輔は、恋人じゃなくて…兄弟、みたいな感じだった」
「兄弟?」
「うん。…わがままで、いつも甘えてくる、ほっとけない、…目が話せない人。…年上なのにね。全然頼りなくて…いつも世話焼いてた」
「へェ…以外」
「でしょ。見た目はしっかりしてて頭よさそうなのにね。まァ実際頭いいんだけど」
「頭よくないと情報屋なんて出来ねーだろうな」
「うん。…でも、それとは関係ないところで、あの人は子供だった。…人間的に、って言うのかな。だから放っておけなかった。…圭輔にとっても、私はお姉さんみたいな存在だったと思う。でもお父さんに言われた言葉のせいか…それとも年上の意地みたいなものもあったのかな。私より優位に立とうとしてた。…暴力、っていうのも、そこから来てたのかもしれない」
「…うん」
「…あと…ずっと銀時を、忘れられなかったから」
「え?」
「いつどこにいても…どこかで銀時を思ってた気がする。圭輔の声を、…銀時に置き換えてた。それが圭輔にもわかったから…あんなことになったんだと思う」
「…」
「私の人生…間違いだらけだね」


あのとき銀時と身体を重ねたこと。
圭輔と付き合ってしまったこと。
それでも銀時を忘れられなかったこと。


銀時の手に力がこもる。額にまたキスを落として、顔を上げた私に不意打ちのキスをして、額をこつんとぶつけた。


「…間違ったんなら、正せば良いだろ」
「…ッ」
「今からでも遅くねーよ。…お前の気持ちをちゃんと伝えれば、分かり合えるだろ」
「銀時…」
「…俺も一緒に…説得してやるからよ」


そういって、私を胸に押し付ける銀時。その温かさと静かな心音に、不安な気持ちがすっと消えていく。


「…俺も、な」


銀時が、静かにそういった。


「…俺も…お前と別れて、いろんな女と付き合ったりもしたけどよ…やっぱ、お前が一番だったな」
「…へー」
「なんだよその言い方。…まァつまりなんだ。…俺もよ、お前が一番好きだったよ」
「…ホントかなァ?」
「ホントだっつーの。…再会したときは心臓止まるかと思ったんだぞ」
「それはまァ、突然だったし…」
「しかもお前逃げるし…無我夢中で追いかけたっつーの」
「だって…会ったら抑えきれなくなると思ったから」
「その通りだったなァ」
「…うん」


初恋だったからとか、あんな別れ方をしたからとか、そんな理由じゃない。…私たちはもっと根源的な部分で、支えあって生きていた気がする。その気持ちのまま行動した結果がああなってしまったけれど、それは私たちが浅はかだったから。


遠く頭の奥から、蝉の鳴く声が聞こえてくる。それが私を過去へと引き戻していった。



Scene.02


「ふざけるな!」


父上の平手が私の頬を強く打った。床に倒れた私を、銀時が覆いかぶさるように庇う。


「勝手なことを抜かして…何故お前はいつもいつも私の言うことを聞かない!」
「やめてください、殴るなら俺を!」
「黙れッ!」
「ッ…!」


父上は銀時を押し飛ばして私の胸倉を掴んだ。着物が首の後ろに食い込んで息苦しくなる。思わず父上の手を掴むと、銀時が私たちを引き離そうと起き上がり、父上の手を下に振り払った。その衝撃で着物が解放され、情けなく床に座り込む。一気に入り込んできた空気に咽て、思い切り咳き込んだ。


「…余計なことをするな!」
「俺が悪いんです、だからは殴らないでください…!」
「銀、時!ッは、…い、いの。ッ、私が、悪いの」
「黙れ!」


屋敷中に響きそうなほどの大声の後、また胸倉を掴まれ、そのまま庭の方へと投げ飛ばされた。障子を突き破り床に叩きつけられた私は、痛みに視界が狭まっていくのを感じた。


!」


銀時の叫ぶ声が聞こえた。それと同時に、廊下の向こうからばたばたと人の走る音。ごく近くで刀を抜く音。それが何処から聞こえたのかを把握するより早く、鋭い切っ先が振り下ろされるのが見える。そしてそれよりも早く、その切っ先を弾き返す刀。


痛みを堪えて顔を傾けると、銀時が父上の刀を受け止めているのが見えた。


「貴様…邪魔をするか」
「やめろよ!アンタ今何してるかわかってんのか!」
「……あくまで私の邪魔をするのだな。ならば貴様も共に斬り捨ててくれよう」


銀時の刀を弾き返して距離をとった父上。その目は完全に、普通の目ではなかった。


…狂った目。


銀時は、戸惑っているように見えた。…当然だ。銀時にとって、父上は上司であり、これまで共に戦ってきた仲間なんだから。


そこにばたばたと足音が入り込んできた。足音はおそらく3人。私の傍らで止まると、この状況を見て…多分、絶句した。


「…!」


しばらくして聞こえてきたのは、辰馬の声だった。視界に映った顔は、心配やら戸惑いやら、負の感情で埋め尽くされている。辰馬の後ろに、ヅラと晋助の姿も見えた。


「銀時…これは一体何が…」


ヅラがそういいかけたのを、父上の低い笑い声が遮った。…ピンと張り詰めた空気に、狂った笑いだけが響く。


「…何が?…何てことはない。こいつらを殺してやるだけだ」
「なッ」
「なに言っちょるんですか!さん!」
「貴様等も邪魔立てするなら殺す。死にたくなければそこで大人しく見ているんだな」


その言葉と同時に、父上が銀時に斬りかかる。銀時はそれを受け止めるだけで、反撃することはない。


辰馬が私を抱き起こす。ヅラも晋助も傍らにしゃがんで、私と銀時を交互に見つめた。


…どういうことだこれは」


そうたずねたのはヅラだった。


「…私が、悪いの」


それしか出てこなかった。この状況を簡単に説明できる言葉なんて見つからなかったし、何より見つける気もなかった。浮かんでくるのは後悔の言葉ばかりで…どうしようもなく、涙が出た。刀のぶつかり合う音が、何度も、何度も響き渡る。


「…どういうことでもいい」


そう言い放ったのは晋助だった。


「…ただ一つ言えることは、あの人がもうダメだってことだ」


辰馬とヅラが振り返る。…晋助はそれを見ないようにしながら、更に言葉を続けた。


「…前々から気づいてただろ。…もうどうしようもねェ。あれは本当に俺達を殺そうとしてる目だ」
「…」
「オイ銀時」


晋助の言葉に銀時は振り返らなかった。…正確に言えば、多分、振りかえる余裕がなかった。それでも晋助は聞いていると判断したのか、勝手に言葉を続けた。


「殺せ」


その言葉は、鈍った私の頭にもはっきりと聞こえた。


「な…高杉、何を!」
「言っただろう、あの人は本気で俺達を殺そうとしてる。…手加減して勝てる相手じゃねェなら、殺すしかねェだろ」
「高杉!おんしゃあ…!」
「そう、だね」


のどの奥から声を絞り出して、辰馬の言葉を遮った。ヅラも辰馬も晋助も驚いたように振り返り、銀時も一瞬動きを止めた。


「…もう、いい」
…」
「ずっと前から…この世界を…私を、憎んでたの」
「…」
「解放、してあげて」


私から、世界から、すべてから。


「殺して、あげて」


そして私も一緒に死のう。それが私が最後に出来る、唯一の親孝行。


私はゆっくりと目を閉じた。辰馬が私の顔を覆い隠すように抱きしめるのがわかる。せめて見せないようにとしてくれる、その優しさが心地よかった。


やがて、父上の大きな叫び声と、血の吹き出る音がした。



Scene.03


「…おーい、大丈夫かー?」


銀時が私の顔を覗き込んできた。私は大丈夫だよと答えてつながれた手に力を込める。


あのあと、私は死ねなかった。怖気づいたのだ。…殺してあげてといったあの瞬間、確かに死のうと思っていたのに。…いざそのときになったら、死ぬことが…みんなと、銀時と、別れてしまうのが怖くなった。だけど一緒にはいられなくて、私はみんなの元を去ることに決めた。…反対する人は、誰もいなかった。そして、私と銀時を責める人も、誰もいなかった。


あんなことがあったのに。
それでも惹かれあう私たちは、どうかしているんだろうか。それともあの出来事が、私たちをより強く結びつけたのだろうか。…その答えはわからない。多分、一生。


私たちは、圭輔の元へと向かっていた。時間は早朝5時。町は静まり返っていて、まだ冷たい風がすり抜けていく。…空気はどこか湿っていた。


これから私たちがやろうとしていることは、あの時と同じことだ。自分達の気持ちを押し付けること。…またああなるかもしれない。そんな恐怖が頭を掠めていく。


「…怖いか」


銀時が、前を向いたままそうたずねてきた。


「…うん」
「大丈夫だ、俺がついてる」
「……」
「あのときみたいにはならねえさ。…お前がお前の気持ちをちゃんと伝えられればな」
「うん…」


ありがとうという余裕はなかった。銀時の言葉を聞いても不安になるくらいに、私は緊張していた。…それでも、ちゃんと圭輔に伝えなきゃいけない…私の気持ちを。あのときみたいに諦めちゃいけない。


近づいてくるたびに、歩くのが怖くなった。…銀時が、それにあわせて歩調を落としてくれる。それでも歩くのはやめずに、着実に、一歩ずつ近づいていく。


すると、銀時があ、と小さく呟いた。俯けていた顔をあげ、銀時の視線の先を見る。


そこにいたのは、圭輔だった。私と銀時二人で足を止める。すると向こうもすぐこちらに気づき、ゆっくりと立ち上がる。


「ッ…!」


そのおなかが、真っ赤に染まっていた。


「圭輔ッ」
「…おかえり、


少し掠れた圭輔の声。強張って震える手を、銀時が強く握り替えした。一瞬父上の顔が頭をよぎる。


「…


怪我のことなど関係ないかのように、淡々としゃべり始める圭輔。


がいなくなってから…色々考えた」
「え…」
「何で愛してくれないんだって、イライラして、家中のもの壊して…で、ふと思ったんだ。…死ねば、この苦しみから解放されるんじゃないかって」
「ッ」
「でも出来なかった。…怖かったんだ。だからに殺してもらおうと思って、待ってた」
「…!」


目の奥が急速に熱くなった。銀時が私の半歩前に出てかばおうとしてくれる。…けれど圭輔は、その場を動くことはなかった。


「…でも、待ってる間にまた考えたんだ。…俺は、に何をしてほしいんだろうって」
「…え?」
「俺は、に殺してほしかったんだっけ、って。…違う、愛してほしかったんだって、そう思ったら、…本当はそうじゃなかったんじゃないかって、思って」
「…」
「俺は…はじめどう思ってたかって、思い出したんだ。…そうしたら…」


圭輔の目が、はっきりと私を捉えた。


の、お兄さんになりたかった」


「…え」
に、妹になってほしかったんだ。…俺は元々孤児で…家族なんてずっといなくて、親父だけが家族で…だから、新しい"家族"が出来るのが、複雑だったけど…すごく嬉しかった」
「圭輔…」
「でも…親父は俺に言ったんだ。はお前のパートナーにふさわしいって。は頭もキレるし気遣いがうまいし…だから、跡取りたる俺の妻にふさわしいって。…親父は、を俺の妹とは見てなかった」
「…」
「でも俺は…親父の言うことを聞かなきゃって思った。そうしなきゃ嫌われる、また捨てられるって…だから好きだって言い聞かせてた」


銀時の手からゆっくりと力が抜けた。私はその手をするりと離し、一歩だけ圭輔に歩み寄る。


「…本当は…好きじゃ、なかったのかもしれない」
「…」
「でも、そばにいてほしかったのは本当なんだ。がいないと寂しくて…どこにも行かせたくなかった」
「圭輔」
「でも…もういいよ。もう解放しなきゃ。…気づいたんだ。すべて親父の言うとおりにする必要はない。俺は俺の好きな人を見つければいい。…も、の好きな人と…そうしなきゃいけなかったんだ。今までがおかしかったんだよ」
「ッ、圭輔!」


走り出して、圭輔に抱きついた。いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ぜ合わさって、言葉が出てこない。この気持ちをなんと表していいのかわからない。…でも自然と、涙が溢れ出た。


「圭輔…私ッ」
「いいよ…何も言わなくて。ちゃんとわかってるから」


圭輔の手が、優しく私を撫でる。今まで私を傷つけてきた手が、大丈夫だよといってくれる。…私はその優しさにすがりつくように、涙を流した。圭輔が、何度も何度もごめんと謝ってくれる。


やっと、分かり合えたような気がした。


やがて圭輔は、ゆっくりと私を離した。顔を上げると、その目はまっすぐに銀時を見つめている。


「…坂田、銀時さん……だよね」
「…ああ」
「俺は…京都に帰ります。帰って…またあの場所で、一人でやってみようと思う。…だから」


圭輔が、腰を折って深く頭を下げた。


を、よろしくお願いします」


その言葉に、思わず銀時を振り返った。…驚いているのか、目が軽く見開かれている。それでも、その顔はすぐ笑顔に変わり…軽く私を見据えた後、確かに言った。


「…任せとけ」


涙が止まらなかった。
銀時の、圭輔の優しさに。…今、こんなにも自分が幸せなことに。


やがて圭輔が、ゆっくりと顔を上げた。…その顔は、随分と久しぶりに見た、圭輔の心から笑った顔だった。


「…圭輔…ごめんなさい」


今までの弱さに。至らなさに。寂しい思いをさせたことに。それらに、もっと早く気づけなかったことに。


私は圭輔の手に手を伸ばした。圭輔もそれに答えて、ゆっくりと手を伸ばしてくれる。


…だけど。


その手が触れ合うことはなかった。その前に圭輔の身体はぐらりと揺れて、…やけにゆっくりとした動きで、地面に倒れこんだ。


朝日が、やけにまぶしくそれを照らしだしていた。


2008.09.23 tuesday From aki mikami.