不意の笑顔が好きだった


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Scene.01


窓拭き掃除と屋根瓦の取替えと言う重労働を終えてようやく万事屋へ帰還した俺は、帰り道で買ったジャンプを広げて早々にソファに寝転んだ。仕事の後のジャンプは格別だ。これで糖分でもありゃなおいい。それこそ至福とも呼べる瞬間だ。


どうやら俺のいない間にお登勢のババアが来ていたらしい。明らかに俺のものじゃない女物の着物がベランダに干してある。ついでに下着らしきものもあって、ご丁寧に俺のパンツでカムフラージュまでしてありやがる。ババアの下着なんざ誰も盗まねーっつーの。


そんなどうでもいいことを考えながらジャンプのページを一枚めくったとき、ふと思い出す。…そういや、今日は全員サービスのフィギュアセットが届く日じゃねーか。だが、部屋を見回してもそれらしきものはない。


めんどくせーとも思ったが、お登勢のところまで確認に行くことにした。俺がいない間に届いていたら多分下に届けられているだろうから。


というわけでジャンプを閉じ、ブーツを履いて玄関の扉を開ける。湿度の高い暑苦しい空気がまとわりついてくる。扉を閉めて、階段を下る。空はすでに半分ほど闇に覆われていて、この時間なら店も開けてるだろうから、夜の蝶だなんだとうるさく言われずにすむだろう。


んな余計なことを考えながら、スナックお登勢のドアを開けた。


「オーイバアさん、今日俺に荷物…」


その瞬間、俺の目に飛び込んできたのは。


  抱いて


  好き…好きだよ


  ごめんね


  さよなら


「おや銀時。なんか用かィ?」


バアさんの言葉は、右から左へと光の速さで過ぎ去っていった。


「…


目の前にいたのは、"あの"だった。


「ぎ…銀時」


見間違えるはずがない。あの目、鼻、唇、首筋、腕、胸、腰のライン、足。


銀時


…お前」
「ッ!」


俺が一歩近づくと、は俺の隣をすり抜けて一目散に逃げ出した。俺の本能が、咄嗟に腕をつかもうとするが、それを理性が食い止める。


店を飛び出したは、まよい橋のほうへと駆けていった。…その後姿を見た瞬間、また本能が顔を出し、追いかける。…追いかけながら、理性はこの行動を正当化させる理由を捜す。


俺達は終わったんだ 追いかけちゃいけないってことないだろ
逃げるってことは、会いたくないってことだ 俺は会いたいんだよ
会ってどうする 話がしたい
もう終わったのに? 友達ならいいだろ


友達なら。


「―――…オイッ!」


やっと追いついての肩をつかむと、さしたる抵抗もなく走るのをやめる。…だが、俯いたまま何もしゃべらない。俺はゆっくりと肩を離し、少し乱れた息を整えながら口火を切った。


「…だろ、お前。…久しぶり」


普通に。出来るだけ普通に。そう心がけたつもりだったが、思ったより声が震えた。


俺の言葉に、は小さく肩を揺らした。…だが、すぐに顔をあげ、俺の方を振り返り、笑顔を作る。


「…久しぶり、銀時」


その笑顔は、やけに大人びていた。…当然だ、あれからもう何年もたってるんだから。…俺も、も、同じだけ歳をとった。


だが、さっき見たはあの頃と変わらないように見えた。うるさくて口が悪くて明るくて泣き虫な、俺の記憶の中のに。


だがそれも、俺の都合のいい幻想。


「…いきなり逃げ出すからビックリしただろーが」
「ごめん、私もビックリしちゃってさ」


明るく、しかし落ち着いた様子でそう返事を返した。乱れた髪を軽く手櫛で直しながら更に口を開いた。


「ホント…久しぶりだね」
「来てたんだな…こっちに」
「うん。今日、こっちに越してきたんだ。これからはずっとこっちにいると思う」
「…そーか」
「……うん」


おかしな沈黙が降りてくる。…まよい橋の真ん中で、向かい合ってぼんやりと立っている姿は、傍から見ればひどく滑稽だろう。俺はこの沈黙を破る言葉を捜す。聞きたいことは山ほどあったが、どれもこの場にはそぐわなかった。


「…お前、何でお登勢んとこにいたんだよ?」
「え、ああ…仕事で…」
「仕事?」
「うん。…実は私、情報屋ってのやっててね」
「…情報屋?」


聞きなれない単語に思わず聞き返すと、はそれを嫌がる風もなく淡々と答えた。


「うん。読んで字の如く…情報を売ってるお店。町の噂から裏社会のことまで、いろんな情報を仕入れてきて、必要な人にそれを売るっていう仕事。…ここに来る前からやってて。…で、今回は色々事情があって、こっちに越してくることになったから、かぶき町四天王のお登勢さんにはぜひ挨拶しておこうと思って」
「なるほどな。確かにかぶき町のことならババアに聞きゃひと通りわかるぜ」
「他の人たちにももう挨拶に行ってきたところなんだ。…でも、銀時はなんであんなところに?」
「俺、あそこの二階に住んでんの。万事屋銀ちゃんってなんでも屋やってんだぜ」


懐から名刺を取り出して、に差し出した。はそれを不思議そうに眺め、手にとってまたまじまじと眺めて、くすっと笑みを漏らす。


「万事屋かァ。…銀時らしいなァ」


その笑顔が、記憶の中のにぴったりと重なった。


「…だろ?」


平静を装いながら、そう答える。


「うん、ホンット!」


明るい声。はじけるような笑顔。あの頃と寸分も変わらない、光のような雰囲気。




引き戻される。




「あー、協力してやるよ」
「え?」
「情報屋なんだろ?…なんかいい情報仕入れたら教えてやるよ。それに俺も知りたいことあったらお前んとこ行くわ」
「え…あ、うん、ありがとう。…じゃあ、これ…」


そういって、も名刺を差し出した。情報屋 という名前の横には、電話番号と住所が書かれている。


「何かあったら、連絡して。…じゃ、私そろそろ帰るから」
「おう。……気をつけろよ」
「ありがと。…じゃあね」


そういって、控えめに手を振る。…俺はそれに振り返しながら、駆け出しそうになるのを必死に抑えていた。


俺達は終わったんだ


終わってねーよ。…俺は終わらせた覚えはねェ。少なくとも、俺の気持ちは…


「―――…くそッ」


転がる小石を蹴っ飛ばしたら、橋の下まで飛んでいって川に波紋を作って沈んでいった。



Scene.02


焦った。まさかあんなところで、銀時にあってしまうなんて。いまだ落ち着かない心臓を必死に押さえつける。


銀時が江戸にいることはわかっていた。それに、多分ヅラも晋助も、みんな江戸にいるだろうことはわかっていた。…それでも、初日からいきなり会うなんてこと、かんがえてもみなかった。


嘘。


今のは嘘。


ホントは、どこかで会えるんじゃないかって期待してた。町の様子を見るフリをして、ふわふわの銀髪頭を捜してた。バカみたい、私達は…


私達は、終わったのに。


まだ愛してくれてるなんて幻想。昔のままの銀時でいるなんて、そんなことありえない。…私だって、あの頃から随分変わってしまったのに。


通りを抜けて、今日越してきたばかりのお店兼我が家を見上げる。…窓からぼんやりと光が漏れている。


階段を上って、玄関の扉を開ける。そこには靴が一組。その隣に自分の靴を脱いで、部屋の中へと進む。


「ただいま…圭輔」


部屋の真ん中に座って、テレビを眺める彼に声をかける。すると穏やかな笑顔で振り返り、大きな手を伸ばして私を引き寄せる。


「おかえり…


甘い声で囁いて、頬に唇が落ちる。それを黙って受け入れながら、私は銀時を思い出していた。


いっぱい愛してやるよ


俺もだよ


お前のせいじゃない


またな


目をつぶると、そこに厚い雲が垂れ込める。そして、その雲が大粒の雨を降らす。…静かな雨音が呼び起こすのは、優しい手、温もり、筋肉質な身体に、低い声。



Scene.03


「抱いて」


私の言葉に、銀時は目を見張った。


「…お、お前、何言って」
「私…」


銀時の言葉をさえぎった。…拒否の言葉なんて、聞きたくなかった。


「私もうすぐ…人のものになっちゃうの」
「は…、何言って…」
「お父様が…もう私を売るしかないってさ」


いつかこうなることはわかっていた。…娘に生まれた時点で、私はこうなる運命だった。


でも、私は好きになった。


銀時を。


「……


銀時の低くて優しい声が、耳元でそう囁いた。その唇が耳に、頬に触れて、唇へと滑ってくると、私も無我夢中でそれに答える。好きの気持ちを、私のありったけの思いを唇に込める。首に絡み付いて、二人で床になだれ込んで、乱れ合う。もっともっと、何も見えなくなるくらい夢中になりたい。私の中の汚い感情も全部、銀時で満たしつくてほしい。銀時、銀時。


唇を薄く離すと、虚ろな表情に目だけがギラリと輝いた、色っぽい銀時の顔がある。


「…先に言っとく」
「ん?」
「愛してる」
「……え?」
「俺、同情で抱くんじゃないからな。…ただ、好きな女抱くだけだから」
「銀時…」
「いっぱい…いっぱい愛してやるよ」


降り注ぐ唇、触れ合った体温、身体を滑る手、滑り落ちる衣、雨音。


その一つ一つを、頭に刻み付ける。いつまでも忘れないように。何があっても、銀時だけを覚えていられるように。この身体を支配する、快楽も、痛みも全て。残らず搾り取って、全部私の中に刻み付ける。


確かに感じる、銀時の愛も。



Scene.04


気がつくと、圭輔の腕の中にいた。どうやらあのまま眠ってしまったらしい。けだるい身体を起こして布団から抜け出すと、昨日買った、半分減っているミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出した。


いつの間にか完全に夜がふけている。時計はまだダンボールの中なので見る気にはなれないけど、たぶんそんなに遅い時間ではないだろう。九時過ぎと言ったところか。


眠っている圭輔の横顔は、少し疲れた顔をしている。私が出かけている間、一人で片付けててもらったんだから、疲れもするだろう。静かな寝息を聴きながら、窓の外を仰ぎ見る。


銀時と、みんなと別れた私は、京都へと流れ着いた。そして、そこで私を拾ってくれたのが圭輔のお父さんだった。…私は自然とそこで働くことになり、そして圭輔は、傷ついてボロボロだった私を好きだと言ってくれた。私には好きな人がいるからと言ったら、それすらも受け入れてやると言った。…優しかった。その頃の私には、圭輔のような存在は救いだった。だから、私は圭輔に縋った。


でも圭輔は、どうやっても銀時に重なることはなかった。…それでも、はじめは寂しさを埋めるためだったとしても、銀時とは似ても似つかなくても、私は確かに圭輔を愛せていた。だからもう銀時のことは忘れたと思ってたのに。





銀時。


   いつもふざけてばっかりの銀時。


   気がついたら居眠りばっかりしてる銀時。


   糖分糖分ってうるさい銀時。


   時々思い出したように、穏やかに笑う銀時。


…ダメだ。


ミネラルウォーターを一気に飲み干して、空になったペットボトルをゴミ箱に放り投げた。


…もう忘れよう、余計なことは。


   久しぶり


そういった銀時の声が震えてたからなんだっていうの。…その後は普通だったじゃない。昔みたいに…ただの友達だった頃みたいに、普通に話せてたじゃない。それでいい。私は、それで。


圭輔を裏切るなんて出来ない。


もう一度冷蔵庫を開ける。夜ご飯にと買ってあったざるそばを二つ取り出して、テーブルの上に置いた。


「圭輔、起きて」
「…ん」


小さく呻いて目を開けた圭輔は、やっぱり少し疲れていた。背中に手を添えながら起こすと、ありがとう、と低く柔らかい声が返ってくる。


「…どういたしまして」


たとえ圭輔がどんな人でも。


優しくしてくれたのは、慰めてくれたのは、そばにいてくれたのは、他でもない圭輔。


「調子どう?」
「ああ、今日はだいぶいいよ」
「そっか。…でも疲れたでしょ」
が外回りしてる間、頑張ったからね」
「ありがと」
「どういたしまして」


柔らかい笑み。…この人はよくこうやって笑う。銀時にはなかなか出来ない、穏やかな顔。


「…ホラ、そば食べよ」
「うん」


包装を破って、ついてきた割り箸を割る。小気味のいいその音を聞きながら、私は軽く目をつぶる。


…もうやめよう。たった一つの思い出を、磨き続けるのは。もうやめよう、たった一人だけを、美しく仕立て上げるのは。



Scene.05


スナックお登勢まで帰り着き、ババアから荷物を受け取った。それからすぐ二階に上がり、荷物をあけることもせず、ソファになだれ込んだ。


今朝食ったあんぱんの包装が、そのままテーブルに乗っている。それをぼんやりと見ながら、頭の中はのことでいっぱいだった。


気まぐれに身体を起こし背中を凭れる。首を後ろに折ると、そこには見慣れた和室の扉がある。…さっきより暗くなった室内に広がるのは、俺の匂いと、静寂だけ。


頭の中まで静かになっていく。その静寂の向こうから、雨の音が走ってくる。


銀時


震えた声。泣いてるときの声。…無性に護ってやりたくなる声。


雨の音は、あっという間に俺の脳を支配していった。



Scene.06


ある雨の日。


俺を呼び出したの顔は、どこか真剣だった。


俺とが真剣な話をすることは、殆んどなかった。それは俺達がほぼ同性のように付き合ってきたせいもあるし、が他人に弱みを見せないせいもある。は自分の境遇があまり幸福ではないことを知っているから、いつ壊れるかも知れない今の幸福を精一杯楽しもうとしている節がある。…はっきりしたことは、直接聞いていないのでわからない。


通されたのは、の部屋だった。一つ屋根の下に暮らしているが、実はほとんど入ったことがない。普段はのほうが俺の部屋にやってくることが多いからだ。…部屋にはの匂いが満ちていて、柄にもなく緊張する。


俺がそんな風に思っているのも知らずに、は俺の手を引いて床に座らせた。俺は促されるままに正面に落ち着き、が口を開くのを待っている。


「抱いて」


俺の心臓が、信じられないくらいに跳ね上がる。


「…お、お前、何言って」
「私…」


俺の言葉を容赦なくさえぎった。まるで、問答無用だとでも言うように。


「私もうすぐ…人のものになっちゃうの」
「は…、何言って…」
「お父様が…もう私を売るしかないってさ」


それだけ聞いても、詳しい事情はわからなかった。


売春なのか、それとも俗に言う政略結婚なのか。…後者である可能性が濃厚だが、直接話を聞いたわけじゃない俺には確かなことは言えない。だがどちらにしても、が別の男のものになるのは、…が俺以外に抱かれるのは、確かだ。


俺達は恋人じゃない。だが、は売られる前に、俺を選んでくれた。…だったら。


「……


耳に唇を寄せて、出来るだけ低く名前を呼んだ。一瞬くすぐったそうに身をよじる。…そのまま耳を、頬を滑り、唇へと侵入する。拙くも必死で答えるにどうしようもない愛しさがこみ上げてきて、俺はその気持ちをありったけ、唇に込めた。の腕が俺の首を絡め、そのまま二人で床になだれ込む。絡み合い、乱れあって、俺の頭の中全てがで満たされていく。


唇を薄く離すと、少し息を乱して俺を見つめる、色っぽいの顔がある。


「…先に言っとく」
「ん?」
「愛してる」
「……え?」
「俺、同情で抱くんじゃないからな。…ただ、好きな女抱くだけだから」
「銀時…」
「いっぱい…いっぱい愛してやるよ」


奪い合う唇、触れ合う体温、身体を滑る手、滑り落ちる衣、雨音。


その一つ一つを、頭に刻み付ける。いつまでも忘れないように。何があっても、だけを覚えていられるように。この心を支配する、快楽も、痛みも全て。根こそぎ俺の中に刻み付ける。確かに感じる、の愛も。


その一瞬、頭をよぎる。


今俺がここでを抱くことは、正しいことなんだろうか。…俺は心からを、は心から俺を、思い合うことは、俺達の未来にとって正しいことなんだろうか。


服の中から現れた白い肌は、そんなことを全て俺の頭から奪い去った。ずっとほしかった女が、愛した女が、今俺の下にいて俺を求めている。その事実が俺の頭から冷静な判断力を奪い去っていく。


細い首筋に舌を這わせると、小さく身体を震わせた。が身体を動かすたび、その動作一つ一つに愛しさが広がっていく。…気持ちよくしてやりたい、そんな思いが一層強くなる。


首筋を舐めるのはやめずに、二つあるふくらみの一つに手をかけた。想像していたよりもずっと柔らかい感触に、俺の中心が昂っていく。その感触を楽しみながら真ん中の一点に軽く触れると、短く小さな声が漏れた。真っ赤になってあわてて口を塞ぐ動作が可愛くて、その手を絡めとり頬に唇を落す。


「声…聞かせて」
「ッ、でも」
「いいから。…その方が俺、興奮する」
「バカッ」


肩を軽く叩いたの手からすっと力が抜け、俺の腕に添えられる。


「…優しくしてね」
「俺はいつでも優しいだろ」
「……そうかな」
「そうだろ」


言いながら胸に手を添えて、立ち上がった蕾を口に含む。軽く舌で転がすとピクリと反応し、それでも声を抑えようとする。俺はそれが気に食わなくて、左手で太ももから腰までをゆっくりと撫で上げた。舌を早く動かすと、湿った吐息に微かな喘ぎが混じる。


「…気持ちい?」
「聞かないでッ…」
「何でだよ。正直に言えばいーじゃん」
「…だって」
「恥ずかしいってか?ここまで来てウブだねー、ちゃんは」
「そんな、ことッ、 ああッ」


蕾に息を吹きかけてやると、それまでで一番の嬌声が漏れた。この勢いを逃すまいと、開いている右手も使って胸を攻め上げる。微かだった喘ぎは確かに俺の耳に届き、それがまた俺の中から余裕を喪失させていく。俺が手を、舌を動かすたびに、震えるように反応する


気持ちが逸る。今すぐにでも埋め込んで、達してしまいたい。だが、それ以上にを愛したい。俺の手で乱れていくをもっと見ていたい。


胸をしゃぶりながら、横のラインに手を這わせる。くびれを通り過ぎ、足の付け根に沿って秘部へと近づくと、の顔からわずかにあった余裕が消えていく。俺の中からも消えようとしているそれを、理性で必死に繋ぎ止めていた。


「銀時ッ」
「…ん、どした?」
「……は、恥ずかし…い」
「バーカ、今さら何言ってんの」


恥ずかしいのは俺だって同じだよ。でもここまで来たら止まらないだろ。…そういったら、は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。自分で抱いてっていったくせに、コイツは抱かれることの意味をわかってるんだろうかと一瞬思ったが、わかってるからこその反応だと思い直した。


恐る恐る、の中心へ指を伸ばす。今にも手が震えだしそうなのが情けない。


「……濡れてる」


そこはしっとりと湿り気を帯びていた。…俺の行為に、がちゃんと感じているってことだ。俺は急に嬉しくなって、さっきより激しくの胸にしゃぶりついた。


「銀時ッ、あッ…んァッ、ちょ…」
「何?」
「…触っ、ちゃ…ァ、ダメッ…!」
「なんでよ」
「だって、汚ッ、い…」
「触らないと何も出来ないからね。それに汚くなんかねーって」
「でも」
「だーいじょうぶ。…ね、俺も感じてんの、わかる?」


いいながら俺は、自分の昂ぶりをの太ももに軽く押し当てた。


「ちょ、何ッ!」
「何って…俺のムスコ。硬くなってんの、わかる?」
「わ、わかるけど…その…」
「はい、お話終了ー」
「え、あ、 ひぁッ」
「恥ずかしいとかは聞き飽きたからな」


指を一本、半分だけ中に埋めてみると、それだけでもわかる締め付けと熱い温度に理性が吹っ飛びそうになる。が一際大きな声を上げ、ぎりりと唇をかみ締めた。


「…噛むのやめろ。…切れるぞ」
「うゥ…でも」
「あと力抜かないと入らないから」
「そ、そんなこと…言われても…」
「…ったく仕方ねー。口開けてみ?」


指を引き抜いて逆の手で頭を撫でてやると、戸惑いながらも軽く口をあける。…その唇に舌を伸ばし一周舐めると、その奥にある赤い舌に絡みつく。も戸惑いながら舌を伸ばし、激しく絡み合う。するとの身体から、すうっと力が抜けていった。


今でこんなんなら、挿れるときどーすんだろーな。頭の隅でそう思いながら、再び指を、今度は隠れるまで入れてみる。…一瞬、中がピクリと動く。逆の手でを撫でながら、ゆっくりと指を動かしてみると、の舌の動きが鈍っていき、喉の奥から漏れる喘ぎが身体に直接入り込んでくる。身体を支える腕のしびれも気にならないほど、身体中にを感じる。


密はどんどん溢れ、布団に染みを作った。そのこぼれる密さえも惜しく思いながら、指を三本に増やし、バラバラに中を掻き回す。親指で、ぷくりと主張する蕾に触れたら、の喘ぎがますます激しく俺を駆り立てた。少し戸惑いが混じるその声が不満で、何も考えられなくしてやりたくて、中と蕾を同時に責め続ける。唇を離し、いつの間にか流れ落ちる涙をなめとってやった。もっとを感じさせたい。の一番感じるところはどこか。ほんの小さな反応も見逃さないように、の顔をまぶたに焼き付ける。もっと、もっとを、もっと…


「ああァッ」


ビクンと身体が大きく揺れた。俺はようやく見つけたその一点を、しつこく、集中的に攻める。


「…ここ、感じる?」
「んあァッ、は、う…ん、ッ、ああッ」
「イきそうならイってもいいぞ」


俺の言葉に、がぶんぶんと首を振った。その目が何か言いたそうに俺を見据えて、手を止める。


「…は、ッ、い、っしょに…」
「…一緒にイきたいって?」
「うん…」
「…でもなー。…、初めてだろ?」
「……うん」
「初めてってイけないことも多いらしいからよ。…俺、そっちのほうがいやだな」
「え?」
を気持ちよくして上げられないのが一番イヤ」
「…銀時」
「だから、一回イっとけ」
「え、あッ、んああッ、んァッ!」


動きを再開すると、内壁が俺の指を締め上げる。長い爪がわずかに腕に食い込んだが、その痛みさえも俺を駆り立て、どんどん動きを早くする。強く突き上げると、一際高い声を上げて反り返った。


「あああッ!」


強く俺の腕を掴み、指をきつく締め付ける。苦しそうな目から涙が流れ落ちて、畳の上に落ちてはじけた。


「…イった?」
「ッ、う、ん…」
「今さらだけど…痛くなかったか?」
「ん…平気だよ…」
「そっか。…じゃ、今度は一緒に…な」
「え…もうちょっと、休ん、」
「ダメ。俺もう我慢できねーから」
「えッ!?そん…」


が言葉の途中で息を詰まらせた。…たぶん、俺のを見て驚いたんだろう。


「…あの…銀時」
「ん?」
「あの…そ、それ…入れるん、だよね?」
「そうだよ」
「…あの…は、入る、の?」
「入る入る。慣らしたし」
「……でも」
「あ、怖いか?」
「……うん」


頷いて俺から目をそらす。…つっこむだけの俺には、怖いとか、痛いとか…そういう気持ちはわからない。だが、それでもコレだけは思う。


が嫌がることはしたくない。


「……じゃあ、やめとくか?」
「えっ…」
「怖いんなら無理することねーぞ」
「でも…銀時が…」
「俺なら…ほら、が手伝ってくれたらさ、…自分で抜くし」
「なっ」


困惑したように顔を持ち上げ、目を見開く。…そりゃ恥ずかしいのかもしれないが、言ってる俺だって恥ずかしいんだ。


「…っつーわけで、どうする?」


俺の問いかけに、はすっと目をそらした。触れている小さな手が微かに震えている。俺はその手を解いて、強く握った。…俺はただ、に気持ちよくなって欲しいだけだ。もちろん俺も一緒に気持ちよくなれるなら、それが一番いい。だが、それでがいやな思いをするのは、絶対に嫌だ。


が、薄く口を開いた。


「…だい、じょうぶ」


俺の手を強く握り返し、怖いのを必死に隠して声を絞り出す


「…怖いけど…銀時がいい」
…」
「怖いことも…銀時となら大丈夫な気がする」
「……そうだな」


他の男に乱暴に抱かれるくらいなら…俺が今、出来るだけ優しく抱いてやるほうがいい。コイツの痛み、全部をわかってやれるように。


の手が俺の頬に触れ、そのまま首の後ろへと滑る。何かを訴えるようなその目に軽くキスをして、広がる髪をそっと梳いた。


「…出来るだけ…優しくするから」


言いながら、自身を軽く入り口へ宛がう。…小さく震えて、の身体にわずかに力が入る。頭を撫でてやったら、無理だとわかる笑顔で不器用に笑った。


「なんか銀時…優しすぎ」
「俺はいつも優しいだろーが」
「はは。…あんまり優しいと、離れられなくなっちゃうよ」
「……バーカ。だったら離れなきゃいいだろ」


その言葉にが口を開きかけたが、俺は聞きたくなくて、の腰を掴み自身を押し進めた。その瞬間、の顔が苦痛に歪む。食いしばった歯の間から息が漏れ出て、首にあった腕が肩を強く掴む。爪が食い込んで痛みが走ったが、の痛みを考えれば余裕で耐えられた。


「…ッ…力抜けッ」
「そんな、…無理ッ」
「このままじゃ入んねえからッ」


薄れ、吹っ飛びそうになる理性を必死で繋ぎとめ、薄く開いた唇に舌を差し入れる。不器用だが必死に絡めてくる舌に答えながら内腿を軽く撫でてやると、微かだが内壁が緩んだ。その瞬間を狙って深くつっこむ。きつく締め上げられ、快楽が湧き上がってくる。それを押さえ込みながらキスをし続け、何度も頭を撫でてやる。


やっと奥まで埋め込むと、軽く音を立てて唇を離した。


「…入ったぞ」
「ッ、うん…わかる」


ゆるく瞬きながら笑みを浮かべる。その目の端から涙が垂れ落ちていく。


「…幸せ」
「え?」
「痛いけど…今銀時と一つになれてるんだって思ったら…スゴイ幸せ」
「…俺もだよ」


深いキスを交わす。の手がしなやかに俺の背中をすべる。


ゆるく腰を動かし始める。の手にわずかに力が入り、舌の動きが鈍くなる。…どうやら爪をたてないようにしているようだが、俺はそれがいまいち気に食わなくて一度強く突き上げる。…考える余裕なんてないくらい感じさせてやりたい。唇を離した瞬間、痛みからかそうじゃないのか、よくわからない涙がの目から零れた。俺はそれをなめとって、深く腰を打ち付ける。


「あッ、あッ」


リズムを刻むような喘ぎ。その声に気持ちが昂ぶっていくのを感じながら、角度を変えて突き上げる。


「あああッ」


ある一点に当たったとき、今までで一番の反応を示した。そこを執拗に突くと、快感に歪んだ顔が仰け反り、白い喉が剥き出しになる。俺はそこに噛み付きながら、更に動きを早くした。


「あッ、ああッ、ぎ、んッ、あああッ」
「ッ、どした、」
「ぁ、す、きィ…ひああッ!」
「おまッ…可愛すぎッ」


首筋、鎖骨、胸、所々に赤い痕を残していく。コイツは俺のものだって言うシルシだ。…今の俺にはこれくらいしか出来ないから。


ギリギリまで引き抜いて最奥を突き上げると、高い声を上げてきつく締め上げる。俺は引き抜いて、の腹の上に白濁を吐き出した。


「ッ、あッ、は…」
「…ッ」


強い疲労感が襲う。だが、俺は自分を奮い立たせてに優しく口付けた。気持ちよさそうに目を閉じるの目から、また涙が零れ落ちる。


出したものを拭いてやろうと思って、拭くものを捜す。部屋の中を見回すがいいものが見当たらないので、仕方なく自分の着物でを拭ってやった。


「それ、着物…」
「後で洗えばいいだろ。…それよりどーだ、処女喪失の気分は?」
「ッ、なんでそういうこと…!」
「なんだよ。別にいいだろ?感想聞いたって」
「………知らない。感想なんてない」
「あ?なんだよ、お前俺がどれだけ気ィ使って…」
「わかってる。…でも、今は何も言わないで」


そういって上体を起こし、俺の首に絡みつく。…柔らかい体が、微かに震えていた。


「…黙って…甘えさせて」


掠れそうな、やっと搾り出した声だった。


俺は、強くを抱きしめた。そのままゆっくりと倒れこみ、片手で布団を被る。視界が闇に奪われて、の息遣いと体温が脳を支配する。


「…愛してる」


呟いてキスを落すと、腕に微かに力がこもった。…一瞬、すすり泣くの顔が見えた気がしたが、打ち消して、強く口付ける。


遠くで雨の音が響いていた。



Scene.07


気がつくと、時計は夜の九時を回っていた。下半身に感じる違和感に、どうしようもない虚脱感を覚える。


いい歳こいて何やってんだ、俺。


とにかく風呂に入ろうとソファから起き上がり、床に放り出してあったタオルを引っつかんで洗面所に向かう。タオルを適当に引っ掛け服を脱ぎ捨てると、蛇口をひねって湯を頭からぶっかけた。


以外の女を愛せないとか、そんなキレイゴトをいう気はない。俺だって今まで何人も女を抱いてきたし、恋愛と呼べるものをしたこともある。…だが、それでもだけが頭から消えないのはなぜか。


   いちいち俺につっこんでくる


   気づいたら俺の隣で寝ている


   大した好きでもねー団子をいつも買ってきた


   時々思い出したように、儚げに笑う


…ダメだ。


シャワーを水に切り替えて、それを後頭部にあてる。頭の芯がキィンと冷えていくのがわかる。


…頭冷やせよ、俺。


   …久しぶり、銀時


そういったは、昔とは違っただろ。俺が見えてるのは昔のだ。俺が勝手に磨き上げた、俺の記憶の中の


もうヤメだ。これからは友達として生きていこう。昔のように、いい友達として。


何度も、何度もそう思い続ける。


俺の身体を滑る水は、心の曇りまで流してはくれなかった。



2008.08.19 tuesday From aki mikami.