summer vacation



夏休みに入ると、毎日バイト三昧だった。妙ちゃんに誘われて海に行ったり、総悟(というか風紀委員)に誘われてキャンプに行ったり、バイト帰りにヅラとエリーに会って呼び込み手伝わされたりしたけど、他は基本毎日バイト、夏期講習も受けてない私は、銀八と会う機会なんてまったくなかった。なのにあるとき、いきなり新八くんからメールがあったと思ったら、今週の日曜にみんなで銀八の家に押しかけないか、だって。願ったり叶ったりで即OKの返事を返し、…そして当日。


私、新八くん、妙ちゃん、神楽ちゃんが、銀八の家の前に立っていた。


「…ここ?」
「うん」
「小さい家ねェ」
「ホントアル。家からまでびんぼっちさがにじみ出てるネ」
「あはは…あんまり言うとかわいそうだよ」
「でもホントのことよねェ?」
「そうヨ!招待するならもっとドーンとキレイに豪華な家にするヨロシ」
「でも別に汚くないと思うよ?中はどうか知らないけど」
「ちょっとみんな!コレ本人に聞かれたら怒られるよ!」
「バッチリ聞こえてるっつーの」


アンニュイな声が頭上から響いたのでみんなで上を振り返る。…と、そこには学校とは違う、私服姿の銀八がいた。


その姿に不覚にもときめいたなんて、死んでも言わない。


「おー、上がって来いや。悪いが中は外ほど汚くねーぞ」







中は確かに外よりキレイだった。床にゴミが落ちてたりもしないし、スーツもハンガーにきちんとかけてある。…意外だなと感心する反面、ちょっと寂しかったりして。


「へー、先生にしてはキレイにしてますねー」
「オイ新八、俺がいつ汚くした?」
「イメージですよイメージ。部屋汚そうな顔してますもん」
「うるせー!見たことかこの美しい部屋!」
「私を招待するんならこれくらい当然ヨ」
「んだとォォォ!」
「まァまァ。でもホント、かなり意外だわ。先生ならもっと自堕落な生活してると思ったのに」
「へっへーん!なァ見直した?俺のこと見直した?」
「「「「別に」」」」
「……あっそ」


ションボリする銀八を尻目に、ソファに座る私たち。…って言うか経済力なさそうに見えてもやっぱり先生だ。ソファは結構大きいものが2つ、テーブルを挟んで置いてある。それにテーブルも大きめだし、なによりこの部屋、結構広いし。


「まァほどほどにゆっくりしろや」
「メチャメチャゆっくりするアルー」


と言いながら神楽ちゃんが私の膝に頭を乗せて来る。すると銀八が何を思ったのか、神楽ちゃんの頭を掴んでぐっと引き離してしまった。


「ダメー!先生の家でイチャイチャするなんて許しません~!」
「何するネ銀ちゃん!」
「オイ!先生って呼べ先生って!」
「今学校じゃないから別にいいだろーよー」


と返す神楽ちゃん。…そっか、普段は銀ちゃんって呼ばれてるのか。


「それより先生、この間の一万円返してくださいよ」


唐突に新八くんが言った。…い、一万円って…生徒からお金借りてたのかこのダメ教師はァァァ!


銀八はうんざりした顔でお尻のポケットから財布を出すと、そこからお札を一枚出して差し出した。新八くんがそれを受け取って財布にしまうのをぼんやりと見ている。…っていうか、なんのために借りたんだろう…パチンコ?なんにしても、ろくな理由じゃないだろう。…とか考えていると、神楽ちゃんが突然勢いよく立ち上がった。


「銀ちゃん!あっちにはなにがあるアルか?」


と言って指差したのは襖。…実は私も気になってたりして。多分寝室なんだろうけど…


「え!いや、和室だよ和室!布団敷いてあるだけだから!なーんもねェぞ!」
「……なんでそんなに慌ててるアルか」


確かに。かなり焦った様子でブンブン首を振っている。っつーかこのわかりやすさどうよ。


「見せて」
「そうね。せっかくの家庭訪問ですもの、隅々までみたいわ」
「見なくていいわ!あ、いや…見なくていいです…」
「……なんで?」


4人でじとーっと視線を向けると、更に焦って和室の前に駆け出す銀八。…どうやら相当に見せたくないものがあるらしい。


「先生?どうしたんですかそんなに慌てて?」
「いやいやいやいや!なんでもない!なんでもないよ!」
「なんでもないならなんでそんな慌てるんですか」
「だってホラ!自分の寝起きしてる空間見られるのって恥ずかしいだろォ?」
「別に」
「変なものがあったりしなきゃ平気ですよ」
「そうよねェ。…もしかして先生、向こうの部屋はすっごくきたな…」
「うるせェェェ!何にもないったらないんだよォォォ!」
「何にもないなら見せられるはずアル!」


と言うと、ニヤリと笑みを浮かべて視線を交わす神楽ちゃんと妙ちゃん。…おっと、スイッチ入りましたよ。もう誰にも止められないよコレ。最強コンビだからね。……ドンマイ銀八。


「姉御ォォォ!」
「ええ、行くわよ神楽ちゃん!」
「ウォリャアアアア!!!」


二人は天井スレスレまで飛び上がると、そのまま真っ直ぐ伸ばした片足を銀八目掛けてたたき落とした。直撃を受けた銀八は床に沈み、その不意をついて妙ちゃんが襖を開け放つ。


「ウォリャアア!!」


パシンッ!!


「………………………」


そこには、腐海の森が広がっていた。


全員が言葉を失って、その場に立ち尽くしていた。


…要するに、リビングがキレイだったのはただ単にゴミを和室に押し込んだだけだったのだ。


「…は、はは……」


銀八の渇いた笑いでみんな我に返り、一様に銀八を睨んだ。


「……なんだよその目は~」


引きつった笑みを浮かべる銀八。


「仕方なかったんだよ。だってよォ、来るの新八だけだと思ってよォ、新八なら別にいいやと思って片付けないでいたらたらお妙に神楽に、まで来るって言うじゃねーか…。だから必死にきれいにしたのによォ」
「…普段からちゃんとしてればこうはならないと思います」
「確かに」
「ホンット、だらしない人ね」
「ダメダメアルな」
「テメーら無理やり見といてよくそんなこと言えるな!」


銀八が忌々しげに私たちを睨み、神楽ちゃんの頭を叩いた。完全なる八つ当たりだ。まったく、神楽ちゃんの言うとおりホントにダメダメだ。


「…仕方ないですね」


新八くんがそういって深くため息をついた。その言葉に銀八が振りかえる。…ウン、多分考えてることは同じだよ。


「僕達手伝いますから。片付けましょう」
「私も手伝うから」
「え、マジ!?片付けてくれんの!?」
「勝手に見ちゃいましたしね。それに一人じゃ片付けられないでしょ」
「そうなんだよー、俺片付けって苦手でさァ」
「知ってるよ。国語準備室もぐっちゃぐちゃだったもんね」
おまッ、それをいうなよ!」
「だって本当のことでしょー」


とか言いながら、新八くんと二人で和室に踏み込んだ。…っつーか、歩けそうなところが布団の上しかないんだけど…。どんな生活してんのこの人は。


「あ、待て待て!」


銀八がなぜか私の前に立ちはだかった。見上げて睨みつけると、ちょっと引きつった顔であのさ、と言われる。


「こっちはそのー、新八に任せて…お前にはあっちをお願いしたいんだけどー…」
「何、まだあるの?」
「洗面所の方を…」
「洗濯物ですかもしかして」
「うん」
「ちょっとアンタァァァ!女の子に男の洗濯物させるつもりですかァァァ!」


そういってフォローしてくれる新八君。…でも、別にいいんだけどね。使用済みパンツだろうが汗臭いシャツだろうが。洗濯好きだし。


「いや、ちょっと恥ずかしいには恥ずかしいんだけどよォ、こっちにはホラ…」


なんていいかけてから、銀八は新八くんに耳打ちで何かを告げた。…すると、新八くんの顔がみるみる赤くなって…


「…アンタはァァァ!」


新八くんの蹴りが見事に炸裂!ぶっ飛ばされた銀八は向こうの壁にぶつかってだらしなく伸びきった。…うん、なんかね、わかっちゃったよ。多分ね、大人のお楽しみがあるから入れたくないんだと思うよ。


「ちなみに私はテレビ見てるから」
「私もー!」


妙ちゃんと神楽ちゃんは仲良くソファに座って、振り返りながらそういった。実ははじめから期待してないんだ。君達に任せると家が壊れるからね。


「…じゃあ私洗濯するから、そっちはよろしく……」
「うん…お互い頑張ろうね」


そんなことを言って、私は倒れている銀八を尻目に洗面所へ向かった。


人の家に来てまで洗濯することになるとは思わなかったな。まァなんとなく期待してたんだけど。


洗面所の扉を開けると、洗濯物が山のように積み上がっていた。…この山を築くのに一体どれくらい放置したんだろうか…。


「…まったく…片付け出来ないにも程があるでしょうに」


とにかく乾きづらそうなジーンズやらパーカーやらから蓋が開きっ放しの洗濯機に放り込んでいく。Tシャツや下着類は横にまとめて置いて、山から掘り出した液体洗剤をぶち込んだ。柔軟剤とかは…置いてすらないよね。


ー」


仕分けに必死になっている私の後ろから、気の抜け切った声が聞こえた。…大きく溜め息をついて振り返ると、そこには壁にだらしなく寄り掛かった銀八の姿。部屋はだらしなすぎるんだから、せめて本人だけはシャキッとして欲しい。


「なんですか」
「んー、なんかごめんなー」
「そう思うんならちゃんと片付けてくださいよ」
「ハーイ」


隣りに並んで妙な笑顔を浮かべる銀八。なんか怪しいんだけど…何これ。っていうかなんでさっきから私のこと名前で呼んでんの…?


「なァなァ」


私の周りをチョロチョロしながら言った銀八。じろりと視線を向けてやると、ニッコリと意味不明なほどさわやかな笑顔。


「なァ、俺カッコいい?」
「………はァ?」
「さっきちょっとときめいただろ?」
「はァァァァ!?何バカなこと言ってんのォォォ!?」
「そんな反応してもダーメ。俺ちゃんの心読めちゃうから」
「………」


そりゃあ…カッコいいけどさァ。白いシャツにジーンズって、私のツボ知ってるんじゃないの?ってくらいのドツボだけどさァ。しかも銀八って何気にスタイルよくて、バッチリ着こなせてるけどさァ。


でも自分でそういうこといったら台無しだけど……だけど…


カッコいい…けどさ。


「そんなこと言って…先生の方が私のかわいさにときめいてるんじゃないの?」


認めるのが悔しくて、そんなことを言って誤魔化した。…ら、銀八は何故か一時停止してしまって…


「…………え、先生?」


と声をかけると、何故かそっぽを向いた先生が洗濯機に手を付きながら言った。


「……んなわけねーだろ」


………え?コレってもしかして照れてる?うそ。嘘だよね?え?でもこの反応…絶対照れてるよ。え?じゃあなんだ、図星か、図星なのか?え?えェェェェェェ!?


何も言えなくなって二人で俯いたまま黙り込む。気まずい空気が私を嘲笑うかのように流れて…って言うか、気まずすぎだから!


とにかくこの状態をどうにかしたくて顔をあげると、銀八も何故か私の方を見ていて…なんだか微妙な空気が流れる。…何この少女漫画的な状況。にあわないってば!っつーか先生と生徒にあるまじき状況だろこれ!


「…え…えっと…とりあえずさ、そこにいるなら手伝ってよ…」


誤魔化すようにそういうとゆるく頷いて山を探る銀八。…二人とも何も言わずに、黙々とその作業を続けた。


いつもと違う場所、いつもと違う服装、いつもと違う雰囲気。…だから、こんなにドキドキするの…?


…違う。このドキドキはそう言うんじゃなくて…期待してるから。銀八が私のことを好きなんじゃないかって。あんな反応されて、思わないわけがない。


…銀八。


何か言ってよ。そう思いながら待っていても、銀八はずっと黙ったままだった。…私も結局何も言えなくて、無言のまま時が過ぎていった。







ベランダに全ての洗濯物を干し終わって中に戻ると、銀八と神楽ちゃんが何やら言い争いをしていた。原因はどうやらみんなが囲んでいるあの大きなアイスの箱らしい。


「あ、ちゃん、お疲れ様」
「ありがと妙ちゃん。…で、どうしたのコレ」
「神楽ちゃんがね、ちゃんの分のアイスも食べちゃったのよ」
「ヘェ、そうなんだ。…で、なんで銀八が怒るの?」
「自分でも食べるつもりだったみたいよ」
「…なるほど」


銀八がまさか私のために怒るわけないか。と思いつつちょっと残念だったりして。


「困ったわ。私たちもう帰らなきゃいけないのに」
「え、そうなの?」
「ええ。夕方からお客さんが来る予定があって…でもこの状態じゃ言い出せないし…」
「あの…どうにかしてもらえませんか?」


新八くんにそう言われてしまっては、引き下がるというわけにはいかない。…私は仕方なく、事態の鎮静化を図ることにした。


「…もしもしお二人さん?」
「「あァ?」」
「(怖ッ)…あの…もう食べちゃったんだから仕方ないんじゃない?」
「そうヨ!過ぎたことをうだうだ言うなんて男じゃないアル!」
「いや…そこまで言ってないけど…」
!お前に俺の気持ちがわかるかァァァ!なけなしの金をはたいて買ってやったアイスを全部食われた気持ちがァァァ!」
「うん、あんまわかんない」
!言ってやるヨロシ!アイスなんかでいちいちうるせーんだよって!」
「んーそれは間違ないけどね…でも神楽ちゃんも悪いと思うよ、食べちゃったんでしょ?」
「つい」
「ついじゃねーよ!」
「じゃあさ!新八くんと妙ちゃんもう帰らなきゃいけないらしいからみんなで一緒に出てって、銀八はコンビニでアイス買えばいいじゃん!ね!」
「ね!じゃねーよ!俺また自腹か?」
「…じゃあ神楽ちゃんに奢ってもらえば?」
「私お金持ってないアルヨ」
「だって。残念でしたー」
「クッソー!!」
「はいはいわかったから。うるさいから。とにかくみんな仲良くアイスを買いに行きましょー!ホラ立って!」


無理矢理銀八と神楽ちゃんを立たせて、玄関の方へと促す。一緒に新八くんと妙ちゃんも立ち上がり、みんなで一緒に玄関へ向かう。


「さすがさん…」


と新八くんが呟いたのがわかったけど、何も突っ込まなかった。







コンビニは家とは逆方向だったけど、みんなでと言った手前帰るわけにもいかず、仕方なくみんなについていった。銀八はアイスを買って、志村姉弟はお茶菓子を買って、神楽ちゃんは銀八にお金を借りて酢昆布を買った。ちなみに私は何も買わず、みんなの買い物をぼんやりと眺めるだけだった。買い物を終えて店を出ると、みんなが確認するように顔を見合わせる。


「じゃあ、とりあえずここで解散ですね」
「うん」
「ちゃんと宿題やれよオメーら」
「言われなくてもやってるわよ」
「しまったァァァ!すっかり忘れてたァァァ!」
「…ま、予想はしてたけどね」
「か、神楽ちゃん、まだ時間あるから。今からやれば大丈夫だよ!」
「って言うかもうやんなくてよくね?めんどくさくね?」
「オイ神楽、お前標準語になってんぞ」
「はッ……!」
「はッ……!じゃねェェェ!」
「っつーか僕らもう帰りますから。行きましょう」


と言って家の方へと歩いていく新八くん。妙ちゃんもそれに続いて歩きだし、神楽ちゃんも追いかけていく…かと思ったら、私を振り返って笑顔を作った。


、早く帰るネ!」
「あ、いや!私は…」
はそっちじゃねーよ」


私が言うより早く、銀八が言いたいことを言ってくれた。


「…なんで銀ちゃんがの家知ってるアルか」
「担任だからだよ。…っつーか早く行け、置いてかれるぞ」
「…に変なことすんなよ」


そう言って銀八を睨みあげると、私の手を握ってバイバイと瞳を潤ませた大袈裟なお別れをして去って行く神楽ちゃん。…心配してくれるのは嬉しいけど、変なことって…。


残された私と銀八はみんなの後ろ姿をぼんやりと見送ったあと、ハッと我に返って顔を見合わせた。


「…あの」


さっきのことを思い出すと、うまく言葉が出なかった。神楽ちゃんのアホォォォ!


「…とりあえず…コレ」


俯く私に銀八が差し出したのは、さっき買ったアイスだった。


「…え?」
「一個やる」
「でも…お金…」
「後で神楽に出させるからいいんだよ」


そう言って袋を押し付ける銀八。私はちょっとどぎまぎしながらもそれを受け取った。味はいちごミルクという、銀八らしいチョイスだ。


「…いちご」
「あ、まさか嫌いじゃないよな?」
「じゃないよ。…いちご大好き」
「そっか。ならよかった」


と言って袋からカップを一つ取り上げる銀八。汗をかいた表面から冷たい水が垂れ落ちた。


「食いながら帰ろうぜ」
「…歩き食いはだめなんじゃない?」
「堅いこと言うなよ。お前だってアチィだろ?」
「まーね」


私も銀八に習ってアイスを取り出した。ついでに中に入っていたスプーンの一つを銀八に渡して、自分の分の袋を破る。黙ってビニールを差し出すと、銀八はそこにカップのフタとスプーンの袋をまとめて入れた。…何も言わなくても伝わったみたいだ。私も同じようにフタと袋をビニールに入れる。


「…お前さ」


アイスを頬張りながら、銀八が言った。


「何?」
「…マジで一人暮らしなんだな」
「は…なに急に」
「いや…さっき洗濯してるのみて思った。…慣れてるなー、みたいなさ」
「そりゃあ…2年も一人暮らししてたら慣れもするよね」
「そうなんだけどさァ。…なんつーかなァ…」


銀八の言葉は歯切れ悪くそこで終わった。…でも、言いたいことはなんとなくわかる。


「…大丈夫だよ。私器用なほうだから。一人でもうまくやっていけるし…それに親も完全にノータッチってわけじゃないんだよ。今住んでる家だって親のマンションだし」
「え、親マンション持ってんの?」
「うん。一応金持ちって部類だからねー」
「……」


よっぽど驚いたんだろうか、銀八は黙り込んでしまった。アイスがカップの中で少しずつ溶けていく。スプーンでそれをすくい上げると、そのまま口に運んだ。…甘くて冷たい味が、口の中に広がる。


「…来る?」
「あ?」
「前に言ってたじゃん。家庭訪問するからって。…今から来る?」
「え…と…」
「いきなりこられても私は平気だよ。銀八と違ってきれいにしてるから」
「おまッ、それを言うなよ…」
「ほんとのことでしょー。…ねェ、来るよね?」


ここからならすぐだし。そう付け足して銀八と目を合わせた。…来て欲しい、素直にそう言えたらいいのに、私にはそんな言葉は言えなかった。だからその変わりに、視線にいっぱい気持ちを込める。…銀八なら、それをわかってくれる気がした。


「…じゃあ、行こっかな」
「そう来なくっちゃ」
「ついでに晩飯一緒に食おうぜ。つーか作って」
「それ作るのめんどくさくて私にたかってるだけでしょ」
「あ、ばれた?」
「バレバレだっつーの」


言いながら小さく笑うと、銀八が私の頭を軽く小突いた。それがなんだか優しくて、顔がニヤけそうになるのを堪える。


そのまま私たちは、二人並んでスーパーへの道を歩いた。







部屋に入ってすぐに紅茶を入れた。人を家に招くなんてはじめてなので、なんとなくドキドキする。


「こんなキレイな家に一人かよ。世も末だなー」
「別に住みたくて住んでるんじゃないよ。強制的に住わされてるの」
「だとしてもだよ。お前一人にこんな部屋与えるなんて普通ありえないだろ。どんだけ金持ちなんだよお前の親は」
「……金しか持ってないんだよ」


思わずそう言ってから、言わなきゃよかったと後悔した。こんな話聞かされたって、銀八だって困るに決まってる。なんかあったら言えよとは言ってくれたけど、愚痴を聞いてやるとは言われてない。それに、こんなの他人に聞かせる話じゃない。


「…ゴメン、なんでもない」


他の言葉が見当たらなくて、とりあえず謝った。でも、よく考えたら謝られても困る。…どうしたらいいのか、頭を必死に働かせていると、銀八が小さくため息をつく。…嫌われたかと思って、心臓がドキリとなった。


「お前さ…なんでそんなに気ィ使ってるわけ?」
「え?」
「俺が聞きたくないっていうかと思ったか?なんかあったら言えって言ったろーが。愚痴も可だ」
「…銀八」
「言いたいことがあるなら好きなだけ言え。俺がドーンと受け止めてやるよ」
「………うん」


頷くと銀八は子供のように歯を出して笑った。まるで私の反応が嬉しいとでも言うように。…その笑顔に、私はどうしようもなく安心する。


頭の中に浮かんだ言葉を、なんの整理もせず思い付いたままに話した。


「…うちの親ね、金の亡者なんだ。お金と会社の経営のことしか考えてなくて…私女でしょ?家を継げないからって…すごく嫌われてた」
「…」
「で、家も追い出されたんだよね。顔も見たくないからって。…でも義務があるからお金だけ援助して、あとは勝手にやれって感じ」
「うん…」
「だから進路もね、早くあの人達から自立することしか考えてないの。…進学とか就職とか、そう言う問題じゃないんだ」
「………なるほど」


ポケットから煙草を取り出して火をつける銀八。…そうしながら何かを考えているのがわかって、ただ黙ってその動作を見ていた。


「……お前の気持ち全部わかるなんてことは言わねー。けどまァ…俺も似たようなこと考えたことあるんだ」
「え…そうなの?」
「おー。…で、まァ俺は男だからがむしゃらにやりゃあ何とかなったがよォ、お前女だもんなァ…就職するにしても厳しかったりするよな」
「うん…」
「進学するには金がかかるしなァ」
「……うん」
「うーん、やっぱお嫁さんかァ?」
「…もらってくれる人がいればね」
「そうだよなー、顔はともかくその性格じゃあなー」
「…んだとコラァ」
「ジョーダンだよジョーダン。…まァ、そんな心配すんなよ」


そういって、ポケットから今度は携帯灰皿を取り出した銀八。ご丁寧にもそんなものを持ち歩いてるなんてちょっと意外だ。


「心配…するに決まってるじゃん…。だってもうすぐなんだよ」
「すぐってお前、大学に願書提出すんの1月入ってからだぞ?就職だってギリギリまで決まらねーやつもいるし。焦ったって仕方ねーだろ」
「…でも」
「やりたくないことやったって、どうせすぐやめたくなるんだよ。だったらよく考えて、自分がやりたいと思えることを見つけたほうがいいだろ?」
「……うん」
「お前なら大丈夫だろ。…俺もサポートするしよ」
「ありがと…なんか優しいね」
「優しいんじゃねェ、仕事なんだよ」


確かにそうだけど…普通、こんなに親身になってくれるものだろうか。自分のクラスに頭のいい生徒がいれば、国公立に行かせたがったりするのが教師というものじゃないの?うちの高校はそれじゃなくてもバカ校長がやれ進学率だやれ国公立だってうるさいのに。


銀八がふっと笑顔を作った。煙草を持ったままの手が、やけに優しく頭に触れる。…普段は不快なはずのにおいも、なぜか心地よく感じた。









アトガキ。


なんか半端なところで…。この後は二人でご飯を作って食べて、夜がふけるまえに分かれましたとさ。

えっと、↑の国公立に行かせたがる云々ってところは、実は私の実体験でございます。頭がいいことを自慢しているとかそういうんじゃなくて…うちも経済的な理由で普通の大学にいけなくて、でも進学したくてどうしようか困っていたときに、お前ならここにいけるんじゃないかって公立大学を進められました。で、そのときはなんとも思わなかったんですが…後からですね、仲がいい先生に「○○先生は国公立に行かせたかったんだ」的なこといわれて、カチンと来たんですよ。自分が受け持ってた生徒が国公立に行くのはそれは名誉なことかもしれないけど、自分の名誉のために生徒を利用するなよって思ったんです。で、銀八はそういうことしてほしくないなァ、と思って、↑みたいなことになりました。


ああ…なんか長々とすいません…今回はコレくらいで…失礼します!









2008.10.10 friday From aki mikami.