autumn



あれから夏休みがあけるまで、私たちは一度も会わなかった。何度かスーパーで姿を探したりもしたけど、それらしい人は見掛けなかった。…生活スタイルが違うからかもしれない。そんなわけで夏休み明け久々にあった銀八は、教壇に立って第一声、夏休み中の家におじゃましちゃって、と言った。それから一緒にご飯を食べて、そのご飯がいかに美味しかったかを切々と語った。みんなは私が一人暮らしだとは知らないけど、知られてたら結構ヤバかったんじゃないだろうか。


…で、しばらく私の料理上手がクラスの話題になり、それが落ち着いてきた頃。落ち葉がヒラヒラと舞う穏やかな午後に、銀八は唐突に口を開いた。


「あー、来週から三者面談すっから」


……………は?


「先生ー!なんでそう言う話になったんですかー!普通三者面談ってもっと早くにやるもんだと思いまーす!」


最もだよ土方くん。なんで今さら三者面談?なんでいきなり三者面談?意味がわからない。


「それがよォ、ハタ…バカ校長がよォ…っあー、やっぱ説明めんどくせーから。回想いれるわ。知りたい人は適当に読んじゃって」




*




「坂田先生!」
「なんですかー」
「なんですかー、じゃないわァァァァ!何じゃこのボロボロの進路希望はァァァァ!」
「何って、生徒達の有りのままの希望を提出しただけっスよ」
「有りのままっておかしいだろうがァァァ!進学か就職か以前の問題じゃァァァ!」
「そんなに問題あります?」
「大アリじゃァァァ!何じゃこのお嫁さんって!小学生の卒業文集じゃないんじゃぞ!」
「カワイイ夢じゃないっスか」
「まァこれはまだよいが…コイツらは何じゃ!エイリアンハンター、愛の狩人、道場の復興、ドS道を極める、男になる、エトセトラ……」
「みんな明確な夢があっていいじゃないですか」
「バカかー!コレもう実現出来るもの一つもねェじゃねーかァァァ!」
「夢ってのは叶うか叶わないかじゃない、追いかけることに意義があるんですよ」
「お前の価値観なんぞ聞きたくもないわァァァ!こうなったら保護者を呼んで面談じゃ!とにかくなんでもいいから就職か進学かに決めさせろ!」




*




「………ってわけなんだよ」

煙草に火を付けながら気怠そうに言う銀八。…正直、私のお嫁さんもとんでもないと思ってたけど、みんなそれ以上にとんでもないことを書いてたんだなァ…しかも誰が何を書いたかハッキリわかるって言う…。


「先生ー!私の夢は叶わなくないです!いつか必ず実現して見せますー!」
「そうかー。だったらまずはNASAに行ってロケットにでものせてもらえー」
「先生ー!俺の夢はもう叶ってます!俺はいつでも愛を追う、愛のハンター」
「だったら進路希望に書くな。ついでに警察に行ってこい」
「先生ー!ゴリラがいなければ道場は復興出来ますー」
「だったら一緒に警察に行ってこい。ついでに賠償金でもふんだくってこい」
「先生ー。ドS道を極めるのは不可能じゃないと思います。これでも日夜研究を重ねてるんです」
「そうかー。じゃあそれを発揮しないようにマヨ方がしっかり見張っとけー」
「なんで俺なんだよ!」
「先生…。今は性転換手術と言うものがあります。僕の夢も不可能じゃありません」
「うん、でもそれはやめよう。キミ女の子だから。手術しても何してもそれは変わらないから」
「……あのー、先生ー!」


長い長い会話を遮ったのは、いつもの通り新八くんだった。そうそう、いつもみんなを軌道修正するのは新八くんなんだよ。…と思ったのに、新八くんの口から出たのは全然予想もしない言葉だった。


「お嫁さんになりたい人は誰なんですか?」


その問い掛けに、先生はピタリと固まった。答えていいのかどうか考えているんだろう。…実際、本人の私からすれば触れて欲しくなかったことだ。


「あー…そう言うプライバシーの侵害になるようなことは先生には言えません」
「お、めずらしくまともなこと言いますね」
「オーイ新八くん?俺はいつもまともだろうがよ」
「どこがですか。アンタがまともならチンパンジーだってまともですよ」
「なーに言っちゃってんだ。先生の80%はまともさで出来てんだよ」
「だとしたらずいぶん引っ込み思案な80%ですね」
「俺ァ謙虚だからなァー」
「謙虚にならんでいいわ!」
「ばっかお前、こんなまともからかけ離れたクラスだから気ィ使ってまともじゃなくしてやってんだよ。お前みたいにまとも顔してツッコミまくってるやつを空気読めない略してKYとか言うんだよ」
「なっ、なんで僕が悪いみたいな流れになってる?」


なんだか話題が違う方向へそれていって、お嫁さんのことはどこか彼方へ飛んでいってくれたようだ。今回ばかりは銀八のハチャメチャぶりに感謝感謝だ。


「あー、まァ新八は置いといてー」
「置いとかれたんですけど!」
「とりあえず三者面談すっから。コレ家に持って帰って希望の時間書いてもらって。じゃーこの話はしゅーりょー」


なんて簡単な言葉で話を完結させて、銀八は山積みになっていたプリントを配り始めた。三者面談の時間希望と、後はマラソン大会の資料だ。配られた端からみんなめんどくさそうな顔を作る。実際マラソン大会なんてだるいだけだ。


私はプリントが配られ終わってからも、ずっと考えていた。…三者面談ってことは、親を呼ばなきゃいけないってことだ。でもうちの親が私の面談なんかに時間を割いてくれるとは思えない。それにあの人達に進路についてとやかく言われるなんて絶対堪えられない。…でも。


携帯のアドレス帳一番最後、グループその他に入っている、滅多に使わないアドレスと電話番号。…それを押す勇気が持てたのは、それから数時間たったあとだった。







起こらなくていい奇跡が起こり、母親が面談に来ることになった。…たぶん、私の進路がいい加減決まらないことに腹をたててるんだろう。


普段は楽しいはずの3Zの教室。その前に並んだ椅子で、無言のまま親と腰掛けていた。…会話なんてあるはずがない。どうせならこのまま黙っていてほしい。どうせ喋ったって文句しか出て来ないんだから。


そう思っていたときドアがバシンと開いて、中から神楽ちゃんと…たぶんお父さんが、言い争いながら出て来た。騒がしい二人にアンニュイな瞳を向けながら、煙草を吹かし続ける銀八。凄まじいバトル親子が凄まじいまま階段を下っていくのを見つめると、私たちを振り向いてどーぞ、と言った。


…その表情が、微かに強張っている気がした。


先を行く親に従って中に入る。そのときドアの横に立っていた銀八を肘でつついて、目線だけで煙草はやめた方がいいと伝えた。この母親は自分は吸うくせに人が吸うのを一切受け付けないから。銀八は私のいいたいことをわかってくれたのか、ポケットから携帯灰皿を取り出して吸い殻を入れた。…まだ吸い掛けだったのが少し申し訳ない。


用意された席につくと、さすがに怖くなって来た。さっきの煙草の件で微妙に怒っているのがわかるし、どんなことを言われるのかもわからない。


「えー、ご足労いただきどうもありがとうございます」


銀八にしては少しかしこまった様子で言うので、変な感じがした。でもそれは、今までの私の話を聞いての最大限の配慮なんだと思う。


「私、コレでも忙しい身なので…出来ればお早めに済ませていだだきたいわね」
「はいー、じゃあ早速ですが…さんの進路のことなんですけどね」


進路と言う言葉に、自分でもわかるくらい身体が強張った。銀八がそれに気付いたのか、ちらと視線を寄越す。


「まだ進路の方がですね…決まってないようなんで、相談させていただこうとお呼びしたんですがー」
「それでしたら心配ありません」


銀八の言葉をぴしゃりと遮ったのは母親だった。…下を向いたまま、思わず肩が震えた。


「この子の進路はこちらで決めます。ですから先生に心配していただく必要はありません」
「ッ、何言ってんの!」
「お話はこれで終わりですね。では私は帰らせていただきます」
「まァまァ、もうちょっと待ってくださいよ」


今にも叫びだしそうな私の変わりに、銀八が立ち上がった母親を止めた。


「一応さんの進路なんでね、さんにも選択権ってもんが…」
「そんなもの必要ありません。…私たちが決めてやればそれが一番正しいんです」
「いや、正しいとか正しくないとかじゃなくてですねー、やりたいこととか夢とかそういう…」
「ですから一年も猶予を与えてあげたのに、何も言い出さないこの子が悪いんです。…この子は大学に進ませます」
「…ちょっと待ってよッ!」


親の言葉に被せるように出た言葉は、自分でも驚くくらい強い口調だった。銀八も母親も私を振り向いて、目を見開いている。立ち上がった拍子に倒れた椅子が、バタンとスゴイ音をたてた。


「何で私の進路を勝手に決められなきゃならないの!猶予って、相談すらさせてくれなかったくせによく言うよ!ホントは私がいい大学に行って、周りから良く出来た娘さんねって言われたいだけでしょ!?」
「オイ
「いっつもそう、私のことなんかどうでもよくて、自分たちのことばっかり!一番大事なのはお金だもんね?こんな使えない娘でも少しでも金に換えてやろうってんでしょ?」
、落ち着け」
「私は言いなりになんてならない!お父さんの力も、お母さんの力も借りないで、一人で生きていくから!」
「一人で生きていくなんてできるわけないでしょ!?アンタみたいな何も出来ない子が!」
「何も出来なくなんてない!今だって一人で暮らしてるし、バイトだってしてる!勉強だって出来る!誰の手も借りなくたって一人で生きていけるもん!」
「いい加減にしなさい!」
「あー、ちょっ、ストップストップ!!」


私たちの間に銀八が割って入って、少し困ったような顔をしていた。小さく「何でうちの三者面談はこんなバイオレンスなんだよ」と呟いたけど、私たちはそれに何も返さなかった。


「とにかく落ち着いて、座ってくださいよ。頭に血がのぼってちゃ何も話できねーでしょう」


なっ!と銀八が私の両肩を叩いてぐっと力を込めた。その力で無理やり椅子に座らされた私を見て、母親もため息をつきながら椅子に座りなおす。


「…とにかく、私は従う気はありませんから」
「進学でも就職でも、お金を出すのは誰だと思ってるの?いい加減なこといわないでちょうだい」
「私がこの3年間何もしないで毎日過ごしてたと思ってるの?バイトしながらこつこつお金貯めて、大学にいけるくらいの貯金はあるの」
「あー、ちょっといーですかー」


銀八の間延びした声が割り込んだ。私が視線を向けると、銀八は母親の方をまっすぐに見ていた。


「お母さん、とりあえずですね、もうちょっと待ってやってくれませんか」
「…どうして先生にそんなことを言われなくてはいけないんです?」
「いや、ホラ…教師としてはですね、やっぱり本人が一番望んでいることをさせてやりたいわけなんですよ。今はそれも定まってなくても、定まってないなりの答えをコイツの中で見つけなきゃいけないと思うんですよ」


定まってないなりの答え。


その言葉が、私の心にずしんと重くのしかかった。…今までの私は、そんな答えを出そうとしてた?…決断から、逃げてたんじゃないの?


「色々手続きもありますから…2ヶ月。あと2ヶ月待ってやってくれませんか。…、お前も…それまでに結論を出すってことで、いいか?」


銀八のときどきする"きらめいた目"が、じっと私を射抜いた。…その目をされると、私は「はい」以外の言葉が言えなくなる。


「―――はい」
「…っつーことです、お母さん。どうですかね?あと2ヶ月…待ってやってくれませんかね」
「………」


銀八から軽く目を逸らして、何かを考えるように黙り込む。…そして一つため息をつくと、静かにその場で立ち上がり、銀八を見下ろした。


「…2ヶ月を過ぎたら、こちらで決めさせてもらいますから」


そういって、ドアの方へと歩いていく。私はそれに、ただ呆気にとられていた。


…あの人が、あんな簡単に折れるなんて。


ボーっとしている私に、銀八がオイ、と声をかける。


「あッ…なに?」
「なに、じゃねーよ。まだ面談あるからよ、とりあえずお前も帰れ。…家に帰って、ゆっくり考えろ」
「…はい」


そう答えて立ち上がり、ドアへと向かった。…微かに煙草の匂いがしたから振りかえると、丁度銀八がポケットから新しい煙草を出したところだ。…さっきの吸いかけのことを思い出して、ちくりと胸が痛む。


「…失礼しました」


ドアを閉めて、一つ息を吐く。…あの時ははい、と答えたけど、どうしたらいいのかわからない。…だって私には、夢も何もないんだから。


階段に向かって歩き出す。そのとき、総悟とキレイな女の人が視界に映ったので、軽く会釈をしてその場を走り去った。







…帰れといわれたのに、私の足は家の方へは向かなかった。とにかく落ち着こうと図書室に行って、机に顔を俯けていたら、時間はいつの間にか6時半。…そしていま、私は静まり返った国語準備室の前に立っていた。


…いなかったら帰ろう。そう言い聞かせる。これは甘えだから。…銀八に、迷惑をかけるだけだから。


一度大きく深呼吸して、ドアをノックした。思ったより音が大きく響いて、心臓がわずかに跳ねる。


少し待っても、中からの応答はなかった。


いないんだ。きっと職員室かどっかで仕事をしてるか、まだ教室にいるかだ。いないんなら仕方ない、…帰ろう。


そう思うのに、私はそこから離れられなかった。


だって、会いたいから。この混乱した頭を冷静にしてくれるのは、きっと銀八だけだから。でも、待ちぶせしてつかまえてまで聞かせなきゃいけない話じゃない。それに銀八に甘えてばっかりじゃいけない。…これは私の問題だから。


落ち着かない頭でそんなことを考えていると、擦るような足音が聞こえてきた。…その音に反応しながらも、素直に振り返れない。迷惑をかけたくないから。でも。


「あれ、?」


廊下の向こうから聞こえて来たのは、待ち望んだ声だった。


「……銀八」
「なにやってんだお前、帰ったんじゃねーの?っつかなんか用あったか?」
「……いえ」
「用もないのに会いに来たってか?愛されてんなー俺」
「そんなんじゃ…」
「まぁいいじゃねーの。とりあえず入れよ」


そう言って、ポケットから鍵を取り出した銀八。その鍵が鍵穴に差し込まれ、鍵を開けて、ドアが開かれるのを、私はぼんやりと見つめていた。そして、自分のタイミングのよさと銀八の優しさに、密かに感謝していた。…そして同時に心の中で謝った。…泣き言を言ってしまうことを。







中に入ると、まずはソファをすすめられた。前に私が片付けてあげたときの面影は少しも残っておらず、そこかしこにジャンプやら書類やらが無造作に置かれている。…でも今は、そんな汚さが妙に落ち着いた。


「で、なんの話?」


開口一番そう聞いてきた銀八は、ポケットから煙草を取り出した。


「…別に、何も無いんだけどね」
「嘘付け。何もないやつがそんな顔するかよ」
「そんな顔ってどんな顔よ」
「鏡見てみろよ、今にもぶっ倒れそうな顔がうつってっから」
「……」


そんな自分の顔なんて、見たいと思えない。それに言われなくてもなんとなく想像がついているんだ。…ストレスを抱えきれなくなったときの、自分の醜い顔。


「…もしかして、俺の注文…無茶だったか?」
「そんなことないけど…」
「なら愚痴か?愚痴ならいくらでも聞いてやるからよ。…話してみ?」
「……すっごく、長くなるよ」
「いいぞ。もう仕事は終わったしな」
「嫌な気持ちになるかもしれないよ」
「ならねーよ。たとえなったとしても、それでお前がすっきりするんならその方がいいだろ」
「……そんなことないでしょ」
「いいから話してみろよ」


火をつけた煙草を口の端にくわえながら、ゆっくりとこちらに視線を向けた銀八。…私は、本心を見透かすようなその目がいやで、逃げるように眼を逸らした。


「あの後なんか言われたか?」
「…言われてない」
「そうか…なんか俺、こじらせちまったな。…ワリィ」
「違うよ。…前からこじれてたんだもん」


銀八のせいなんかじゃない。銀八はただ、私のためを思ってくれただけ。…銀八が何を言っても言わなくても、元から私たちの中はこじれていたし、分かり合うことなんて不可能だってわかってたから。…むしろ、こんな風に譲歩してくれただけでも奇跡に近い。


「……お前、親のこと色々言ってるけどよ」


銀八が、ゆっくりと口を開いた。


「…多分お前の母ちゃん、お前のこと大事に思ってるよ」
「……うそ」
「うそじゃねーよ」
「そんなわけないよ…だって、今までずっと…」


あの人が私を大事になんて、…思うはずがない。今までも、これからも。


「前に言ったでしょ。…私は家を継げないから嫌われてたって」
「ああ」
「嫌われてたなんてもんじゃない…同じ家に住んでても、目も合わさないし口もきかなかった。私の存在なんてまるでないかのように…空気みたいに扱われてた。…いっそ虐待されてた方が良かったんじゃないかって思えるほどにね」
「…」
「そうやって家を追い出されて、高校入ってからずっと、あの人たちから解放されることだけ考えてた。…あの人たちが私を大事に思うなんて、絶対ありえない。それに…今さら大事になんてされたって、困るよ…」


最後の方は、声が掠れていた。…涙が出そうなのを堪えるのに必死で、顔を俯ける。…ずっと、誰にもいえなかった過去。なのに、こんなにすらすらと口をついて出てしまった。…銀八の顔を、怖くて見れない。…もしかしたら、うざがられるかもしれない。…そう思ったのに。


「よく頑張ったな」
「……え?」
「言いたくないこと言わせちまって悪かったな。…でも、これでちょっとはすっきりしたろ。…な?」


頭に軽く手を当てて、じっと私を見つめてくる。…私は、軽く頷いて答えた。


「……うん」
「おし、よかったよかった!」


ふざけた調子でわしゃわしゃと頭を撫でられる。それがくすぐったくて思わず銀八の手を掴もうとしたら、その前に手が離れていって、薄くにやりと笑う。


「なァ、…お前も色々暴露した変わりに、俺も一つ教えてやるよ」
「…え?」
「俺の好きなヤツ」
「えッ…」
「お前もよーく知ってるヤツ」
「…………え、と…」


心臓が、うるさいくらい高鳴っていた。…だって、そんな話をいきなり聞かされるなんて。


私はうわずった変な声で、銀八に尋ねた。


「さ…3Zの人…?」
「おー」
「…だ、誰?」
「あててみ」
「…………た、妙ちゃん?」
「違う」
「じゃあ…神楽ちゃん」
「違うな」
「さっちゃん?」
「ブー」
「九ちゃん、おりょうちゃん、花子ちゃん、公子ちゃん、また子ちゃん」
「全部はずれー」
「えと、あとは…」
「お前さ、一番に言わなきゃいけないやつ忘れてるだろ」
「え…」
「いるだろ、一人だけ。俺と仲良くて、3Zで、名前言ってないやつ」
「………それって…」


脳みそが沸騰するかと思った。…まさかあるわけないって思っているのに、頭から消えない答え。


「…もしかして………わ
「ハーイストップー」


銀八の意地悪な声が、私の言葉を遮った。その目は僅かに煌めいて、じっと私を射抜いている。


「続きはまだお預けな。…来年の3月まで」


そう言って笑う銀八。その笑顔があまりに余裕で…何となく悔しくて、私はふいとそっぽを向く。


「…お預けって…私が聞きたがるかどうかはわからないじゃないですか」
「え、いらないの?てっきりいるもんだと思ってたんだけど」
「いりません、全ッ然。ゴミ箱に捨ててくださって結構です」
「え、じゃあ何?実は片道通行だったわけ?え、マジで?え、じゃあ何、俺どうすればいいの?」
「知りませんよ。その辺の家政婦さんと結婚したらどうですか」
「ちょっ、ちゃぁーん!そんなこと言わないでよー!」
「………ぷッ」


銀八があまりに必死なので、思わず噴出してしまった。すると銀八は更に変な顔をして笑わせてくる。私はさっきまでの嫌な気持ちが嘘のように、思い切り笑う。


ひとしきり笑うと、銀八は楽しそうに私の肩に手を回した。そしてそのままソファに座らされる。…ちょっとドキッとしたけど、銀八の表情が突然真剣に変わった。


「……お前の親さ、心配してなかったらあんなこといわねーって」
「…まだ言う」
「そのうちわかるときが来るって、お前もさ。…でもま、今はまだわかんなくてもいいからよ」


言い聞かせるような口調に、私はちょっと反抗したい気持ちになった。…でも、さっきみたいにとげとげしい気持ちじゃない。もっとずっと、穏やかな気持ち。銀八が言うんならそうかもしれないと、ほんの少しでも思う。


「……うん」
「ま、とりあえずお前はこの先の進路のことだけ考えとけ。あ、勉強もちゃんとしろよ?目標が出来たときに受験勉強で慌てねーようにな」
「大丈夫、私頭いいから」
「自分で言うな!」


こつんと軽く頭を叩かれる。振り返って軽く舌を出すと、少しだけ肩をすくめて穏やかに笑う銀八。


家に帰ったら、ちゃんと考えるから。だから、今はまだ。


「……ありがとう、先生」


もうちょっとだけ、この幸せな気持ちに浸らせてください。









2009.01.07 wednesday From aki mikami.