はいじゃーしゅーりょーな。そんなやる気のない一言でみんなが立ち上がり、神楽ちゃんの号令で一斉に礼、その瞬間ものすごい勢いで帰っていくみんな。…やっぱりクリスマスだからかな。
そう、今日は12月25日クリスマス。そして終業式でもある。今日から私たちは冬休みに入るのだ。
私はというと特に何も予定がないのでゆっくりと帰り支度をしている…と。
「ちゃん、今日これからヒマ?」
そう声をかけてきたのは妙ちゃんだった。ヒマだよ、と返すと嬉しそうにそれじゃあね、と続ける。
「これから私たちとクリスマスパーティしましょう、銀八先生の家で!」
「…え、銀八の家で?」
「そう!夏休みのときのメンバーで集まるの、どう?」
「どうって…いいけど」
「じゃあ決まりね!」
決まりね、って…簡単に言うけど、家を提供する銀八的にはOKなの?それにみんなはほかに予定とか…ないんだよね、計画されてるってことは。
「どうせ部屋の掃除なんてしてないだろうから、早めに行ってきれいにして、ご飯はみんなで作りましょう!私、玉子焼き作るわ!」
「え、あ…うーん…そうだね」
そうは答えたものの、絶対阻止。前に一度だけ妙ちゃんの玉子焼きを食べたことがあるけれど、一瞬地獄が見えたもの。アレは食べ物じゃないと思った。そう、例えるなら暗黒物質。新八くんもアレのせいで目が悪くなったとか言ってたし…ああ、考えただけでも恐ろしい。
「じゃあ、一度帰って銀八の家に集合ね。材料とかは後でみんなで買いに行きましょう!」
じゃあ後でね、と続けて帰っていく妙ちゃん。…残された私は、どうしたらいいのか…どうしようもない気持ちで、ぼーっとその場に立ち竦んでいた。
…まァ、とりあえず帰ればいいんだよね。
なんだけど、あまりにも突然すぎて状況が飲み込めないって言うか、飲み込んでるんだけど理解できないって言うか…。よくわからないけど、なんとなく身体が動かない。私ってこんなに理解力乏しかったっけ。なんて思うけど、本当は、理解力のせいなんかじゃない。
銀八と一緒のクリスマス。
例えみんなが一緒でも、銀八と一緒に今日を過ごすことが出来る。…そのことが、こんなバカみたいに動揺してしまうほど嬉しい。…それに、伝えなきゃいけないこともある。
「あ…プレゼント何にしようかな…」
頭で考えていたことが、思わず声に出た。…うわッ、恥ずかしい…!カバンを引っつかんでそそくさとその場を逃げ出した。
そして私は、さっきの続きを考えながら家への道を急いだ。
家に急いで帰って、すぐに着替えて家を飛び出した。銀八へのプレゼントは特にいいものが思いつかなかったので、手作りのおやつでも作ってあげることにする。…もちろん、みんなとは別で。みんなにもプレゼントあげなきゃな、と思ったけど、それはみんながくれるかくれないかを見てからにしよう、と思い直した。
そして銀八の家の前に着くと、そこには銀八と、新八くんと妙ちゃんがいた。…神楽ちゃんの姿が見当たらない。
「お待たせー。って、神楽ちゃんは?」
「まだ来てないのよ。でもそろそろ来るんじゃないかしら」
「どうですかね。神楽ちゃんいっつも遅れてきますし」
「でも飯かかってるときはぜってー遅れねェだろ」
「…たしかにそうですけど」
神楽ちゃんの食べ物に対する執念は恐ろしい。食べ物のためなら多分殺し以外何でも出来ると思う。
なんてことを考えていると、どこからかごごごごごと低い音が聞こえてきた。何の音か…しばらく考えてみるがわからない。わかるのは、その音が結構遠くから聞こえてくるということと、どんどんこちらに近づいてくるということ。…そして、それが何か異常な音だと言うことだ。
みんなも、何か面倒事だということはうすうす感づいていた。でも、なんとなく口に出すのが憚られて、音が近づいてくるのを黙って聞いていた。
やがて、低い音と砂煙が私たちの横を駆け抜けていった。
「「「「……」」」」
全員が黙ったまま、何かが駆け抜けていった方をぼんやり見つめた。
…絶対、見たことある人だったよね。
口に出さずにそう思ったとき、今度は聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「お妙すわぁぁぁぁん!!!」
振り返ると、鼻の下が伸びきった顔で走ってくる近藤君。…キモい。ってかもういっそ、怖い。
にっこりと笑顔だった妙ちゃんがぐっとこぶしを握ったかと思うと、飛び掛ってきたのを、走ってきた勢いそのままに地面に投げつける。ものすごい音と煙をたてて、近藤くんは道路にめり込んだ。
「…で?オメーらは何しに来たわけ?」
銀八の家のソファに向かい合う、銀八、新八君、妙ちゃん、神楽ちゃんと、十四郎、近藤君、総悟、ザキの4人。そして私はその様子を、ソファの横に立って見ている。…変な絵面。
「何しにきたって、お妙さんとクリスマスが出来るって言うから!」
「お前なんか呼んでねェんだよゴリラ」
「っつーかゴリラはともかく、何でマヨオタとドSまで来てやがんだ」
「あァ?俺だって来たくて来てんじゃねんだよ」
「俺は面白そうだからきたんでさァ」
「…あの、僕もいるんですけど」
「「うっせージミーは黙ってろ!」」
…うるさい。ホントこいつらうるさい。
一体なぜこんなことになったのかというと。
まず、風紀委員4人が話をしながら歩いていたら、こっちに来る途中の神楽ちゃんと偶然鉢合わせて、総悟といつもの喧嘩が始まり、二人が走り出していってしまったので他の三人が仕方なく追いかけると、いつの間にかここまできてしまったらしい。で、二人は何で走り出したのかというと、どっちが早く銀八の家に着けるか勝負していた…という理由。で、あのとき私たちの横を通り抜けていったのは、いつの間にかどっちが長く走れるかみたいな勝負になってしまったから…ということだ。
…まァ、大体予想通りだな。期待を裏切らなくてお母さんはうれしいわ。私はやかましいみんなの声を聞きながら、すぅ、と深く息を吸った。そして…
「うるっさい!!!」
『ッ!』
私の言葉にみんながいっせいにしゃべるのをやめる。…そしてしゅん、という音が聞こえそうなほどに小さく縮こまったので、軽く息を吐いて言葉を続けた。
「いい加減にしてよ。せっかくのクリスマスなんだからみんなで仲良くやろう?」
「おいおいチョット待てよ!何で俺がこいつらなんかと」
「あァ?何か文句あんのか?」
「…いえ、ありません」
抵抗しようとした銀八を一睨みで黙らせる。十四郎も何か言いた気だったけど、同じようににらむとぐっと押し黙った。そうそう、人間素直が一番だよ。
そんなわけで、高校生活最後のクリスマス、この9人で過ごすことになったのでした。
銀八の部屋は相変わらず汚かったので、買い物班と片付け班に仕事を分けることにした。ちなみに班分けは、買い物班が新八くん、妙ちゃん、近藤君、十四郎の4人。片付け班が神楽ちゃん、総悟、ザキ、私、それに家主の銀八の5人だ。
なかなか無難な感じに分けられたと思う。強いて言うなら神楽ちゃんと総悟が一緒なのが気になるけど、二人は離しても単体でとんでもないことをしでかすから、買い物に行かせるよりは私たちで見張ったほうがいいよね、と言うようなことを、新八君、十四郎、ザキ、私の4人で話し合った。…他の5人は、ホラ、ね。火種だから。うん。
買い物に行く4人を見送ったあと、適当に片づけを始める私たち。…適当にって、私は適当じゃないよ、ちゃんと片付けてますよ。でもね、神楽ちゃんと総悟がまた変な言い争いを始めちゃってね。…もう。
「あの二人はほっとこ。それよりザキ、どっから手つけよっか?」
「うーん…どうしましょうか?」
「銀八、どこ片付けてほしい?」
「全部」
「全部って…どんだけ時間かかると思ってんの」
「とりあえず洗濯物はまた頼むわ」
「マジでか。じゃあそっちはザキにお願いしよっかな。私はキッチン周り片付けちゃうわ」
「りょうかーい」
そんな簡単な調子で役割分担をすると、ザキは洗面所の方へ向かっていく。私は台所に入って、たまりにたまった食器達と格闘するために腕をまくる。…そしてリビングでは、神楽ちゃんと総悟がまだなんやかんや言っている。…もう。
「…もしもーし、そこのお二人さん?」
「なんですかィさん」
「何ネ!」
「あのさ、お願いだから、せめて静かにしてくれない?」
「「だってコイツが!」」
「……わかった。じゃあ勝負しててもいいからさ」
言いながら和室に向かい、ふすまを開け放つ。…そこには当然、ミラクル☆ごみワールドが広がっていて、私は思わずため息をついた。銀八は罰が悪そうに私を見ている。
「…どっちがきれいに片付けられるか、勝負ね。買った方にさん特製クリスマスケーキプレゼント」
「マジでか!キャッホゥゥゥゥ!クリスマスケーキィィィィ!」
「オイチャイナ、血迷ってんじゃねーぜ。ケーキは俺のモンでィ」
「んだとコラァァァ!テメーなんかにゃ負けねーアル!」
そうやって言い争いながらも片づけをはじめる二人。…よし、こっちはこのままほっとく。私は襖をしめて、ふぅ、と短く息を吐いた。これで少しは静かに洗い物が出来る。
というわけで改めて台所に立つ。…そこには、お皿タワーが出来上がっている。いったいどうしたらこんだけ溜め込めるんだか…。
「…あのー、ちゃん?」
あきれている私に、銀八が遠慮気味に声をかけてきた。振り返ると、にらまれたと思ったのか、少し縮こまった銀八があのね、と話し出す。
「俺、何手伝ったらいい?」
「……頼んだって何もしないでしょ」
「まァそうなんだけど」
「じゃあ黙ってみててください」
「でも暇なんだもん」
「じゃあテレビでも見てたら?それかザキの手伝いしてください」
「洗濯なんて一人でも出来るじゃん」
「洗い物も一人でできますから」
「えー」
「えー、じゃないですよ。…なら、洗い終わったの拭いて棚に戻してってください」
「お、りょーかい!」
なぜだか楽しそうにそういった銀八。…なんでだろう、そんなに作業したかったのかな。まァいいけど。
蛇口をひねってスポンジをぬらすと、そこに洗剤をたらす。軽くくしゅくしゅして泡立てると、とりあえず油の少ないコップから手にとっていく。…下の方に埋もれてるから、とるの大変だけど。
…なんてことを考えながらも、実は私はかなり緊張していた。
というのも、銀八にどうしても言いたいこと、それをどうやって切り出したらいいかわからないのだ。別に普通に、なんでもないようにさらっと言ってしまえばいいのだけど、あれだけ迷惑かけたし…なんとなく恥ずかしさがあって。
銀八のほうから聞き出してくれたらどんなにいいかと思うけど、そういうわけにはいかないし…
「…なァ」
そういって私の思考をさえぎる銀八に、何、と答える。…すると、私の体を包むような形で銀八がシンクに寄りかかる。…気付けばまるで抱きしめられてるような格好になっていた。
「ちょ、ちょっと銀八、何ッ…」
「べっつにー。ちゃんの作業見てるだけだしー」
「み、見てるだけって…」
「ホラホラー。手動かさないと終わらないよー?」
ふざけた調子でそういって、私の肩にあごを乗せる。くすぐったくて肩をすくめると、くっくっと堪えたような笑い声が漏れる。…それが気に食わなくて、肘で銀八を軽く小突いた。
「もう、ふざけないでください。手伝ってくれるんじゃなかったの?」
「だってまだ仕事ないんだもーん」
「もーんじゃねーよ…」
「いいだろ、今くらい。…クリスマスなんだしよ」
「え……?」
「…先生からちゃんに、クリスマスプレゼント」
「ッ」
ちゅ、と頬に唇が触れる。…これが、クリスマスプレゼント?手を止めて振り返ると、ふわふわの髪が頬に触れそうなほど近くて、…ドキドキする。
「…ば、バカ!」
「おいおい、そりゃねーだろ。せっかくのプレゼントをよォ」
「どっちかっていうと私から銀八へのプレゼントでしょ!」
「あー、それはそうかも」
「納得しないでよ、もう!大体こんなところ誰かに見られたら…」
「!!!」
どうするの、と言いかけたところに、神楽ちゃんの大きな声が飛び込んできた。反射的に身体を離して振り返る。…心臓止まるかと思った……。
「、片付け終わったヨ!」
「あ、ごごごごご、ごくろうさま…」
「あれ…なんかふたり、焦ってやせん?」
「ああああああ焦ってなんかねーよ、なァちゃん?」
「そそそそそそそうですよね先生!」
「いや焦ってるよね、絶対焦ってるよね」
「焦ってるネ」
「おおおおおお沖田君、変な言いがかりはよしたまえ」
「かかかかかか神楽ちゃん、私たちのどこが焦ってるって?」
「「だってどもってるし」」
「「どどどどどどどどもってねーよ!」」
「「…………」」
黙り込む神楽ちゃんと総悟。…なんか、変な雰囲気になっちゃったじゃん。全部銀八のせいだ!と銀八をにらみつけると、引きつった笑みを浮かべる。自業自得だっつーの!
「ちょっとー、うるさいですよみんな」
凍りついたその場に飛び込んできたのは、洗濯をしていたはずのザキだった。ナイスザキ!
「あ、ザキー!終わったの?」
「あ、はい、終わりました。で、先生。後はどこやればいいですか?」
「え?ああ、えーと…じゃあトイレ掃除とか頼んじゃおっかなー」
「えー!!いやですよー!」
「まあまあそういわず、宜しくザキ!」
「……さんに言われちゃ、しょうがないですね」
そういってトイレのほうに戻っていくザキ。銀八は口笛を吹きながらそれについていって、私は総悟と神楽ちゃんの疑いの視線から逃れるように残っていたあらいものに手をつける。しばらくは私をじっと見ていたけど、やがて諦めてくれたのか、ケーキよろしく、といってふたり仲良く去っていった。
ホント、心臓に悪い。
卒業まで待つんじゃなかったのかよ。教師と生徒が付き合ってるなんてばれたらまずいでしょうに。…まァ、付き合ってないけど。でも…両思い、だもん。ばれたらまずいよね、やっぱり。…でも。
キスされた頬が、やけに熱く感じた。
『メリークリスマース!』
みんな一斉にそういって、グラスを傾ける。…神楽ちゃんだけ、グラスじゃなくて肉だったけど…。
あの後、新八君たちが帰ってきてすぐに料理を作った。新八とザキはハンバーグとかフライドポテトとか。十四郎は土方スペシャル(クリスマススペシャルバージョンだとか)。妙ちゃんはかわいそうな卵(ダークマター)。神楽ちゃんはたまごかけご飯(醤油2倍の贅沢バージョン)。そして私は近藤くんと総悟と銀八に手伝ってもらって、特大ケーキを作った。…銀八へのプレゼントになればな、なんて思いながら。
で、それぞれ作ったものをテーブルに並べて、買ってきたジュースを注げばもう立派なパーティの完成。部屋もぴかぴかだし、楽しい時間が過ごせそう…と、思ったのに。
「…おい、おいマヨ方オイ、オメー何かけてんだ」
「あ?マヨネーズに決まってんだろ」
十四郎が、自分の取り皿(の上のスパゲティミートソース)に、チューブ半分ほどのマヨネーズをかけている。…うげ、気持ち悪ッ。
「食事中に気持ちわりーもんみせてんじゃねェよ」
「あァ?黙っとけやマヨネーズのすばらしさもわからん凡人が」
「あァ?てめふざけんじゃねーぞ。家主様がやめろっつってんだからやめろや」
「家主だァ?どうせ家賃滞納しまくってんだろーが」
「余計なお世話なんだよ!このクソボケがあああ!」
「ちょっとやめてよふたりとも!」
今にも殴りかかりそうな二人の頭を引っぱたいて引き剥がす。まったく、せっかくのおいしいご飯が台無しだ。
「銀さん、好きなように食べてもらえばいいじゃん!みんなの分にかけてるわけじゃないんだからさ」
「けどなァ」
「うだうだいわないの!それと十四郎!みんなで食べてるんだからちょっとはみんなに合わせるべきだと思う」
「けど」
「ぐだぐだいわないの!とにかく文句言わないで、楽しく食べようよ。せっかくのクリスマスだよ?」
「っつーかそもそもこんなやつと一緒にクリスマスってのがありえねーんだよ」
「こっちのセリフだコラァ」
「いい加減にしろよオメーら今すぐ天まで飛ばすぞ」
「「ハイ、ゴメンナサイ」」
ようやくふたりが黙ったので、皿を持ち直す。…近藤くんと新八君が、それぞれ十四郎と銀さんの肩をぽん、とたたいた。……なんか、ムカつくんだけど。
「ねー、ケーキ食べていい?」
4人をにらみつけていると、私の服をくいくい引っ張って神楽ちゃんが言った。だから笑顔で向き直って、もちろん、とひとこと。するとその瞬間、神楽ちゃんの手がものすごい速さでケーキに伸びて、ガシッと丸ごと掴みあげた。
「あ、オイ神楽!テメー何すんだ!」
「チャイナ!お前勝負に負けただろーが!そのケーキは俺のでィ!」
「なに寝ぼけたこといってんだヨ!買ったのは私アル!」
「寝ぼけてんのはオメーだ!俺のケーキ返せ!」
「先生はそもそも勝負してねーでしょうが!」
「勝負だァ?んなもんしるか!そのケーキは出来上がる前から俺のもんって決まってたんだよ!」
「意味わかんねーんだヨ!とにかくこのケーキは私がいただきますぅー!」
神楽ちゃんの口が大きく開いて、ケーキの半分くらいを一気にほおばった。…それに、一同、唖然。っていうか、一口でかくね?
「…あ、あの…神楽ちゃん…?」
せっかくのケーキを食べられたショックでへろへろになりながら、声を振り絞って神楽ちゃんの肩をたたく。
「あ、あのね、今度…また作ってあげるからさ…。今日は、その半分、みんなで…食べよう?」
せめて残った半分だけでも…。せめて一口でも、銀八に食べてほしいし…。えー、と不満そうな顔をする神楽ちゃんの肩を力いっぱい掴んだ。…お願いだから、お願いだからそれだけは…!
そうしたら、涙目になった神楽ちゃんが半分のケーキを元に戻した。
「うう、わ、わかったヨ…わかったから離してヨ」
「ありがとう神楽ちゃん!」
「うぎゃああああ!!殺されるゥゥゥ!」
嬉しさのあまり抱きつくと、そう口走って泣き喚く神楽ちゃん。…殺される?え、なんで?
目が合った銀八の口が、右側だけ軽くつりあがっていた。
ご飯を食べて色々話をしていたら、あっという間に10時をすぎていた。さすがにこれ以上は親も心配するので、楽しかったパーティもお開きになった。
玄関を出たら、そこで解散して二手に分かれた。妙ちゃんと新八君と神楽ちゃんは別の道へ。私と風紀委員の4人と、送ってくれるらしい銀八は、他の三人とは逆の道へ。今日はじめて聞いた話だけど、風紀委員の4人は同じ住まいらしい。普段から仲がいいのはそういうこともあるのかもしれない。
授業とか進路とか、他愛のない話をしながら歩く。その間、銀八は始終だるそうな顔をしていたけど、時々話を振ったらちゃんと返事をしてくれた。
そして大きな交差点の手前で立ち止まった。
「俺たちこっちだわ」
「あ、私こっちだ」
「そうか。…じゃあここで」
「うん」
「おー、さっさと帰れ!てめーの顔なんざ二度と見たくねェ」
「そりゃこっちの台詞だコラ」
「あァ?何だコラやんのか!」
「あァ?上等だコラァ!」
「ちょっとやめてよ!」
いがみ合う銀八と十四郎の間に割り込んでとめる。…まったく、この人たちは何かあればすぐに喧嘩するんだから。いまだ戦闘態勢の二人にあきれていると、そんな状況をまったく無視して総悟がいった。
「ときにさん、一人で帰って大丈夫ですかィ?」
「え、 …あー…」
銀八に送ってもらうから大丈夫…なんだけど、そう簡単にいってしまっていいものか。そう思っていると、銀八が私の肩にひじを乗せて、だいじょーぶ!といった。
「何のために俺がきたと思ってんだよ。は俺が送ってく」
「へェ、先生がねェ」
「オイ沖田くん、なんだねその言い方は」
「先生なら送るってのはうそで、実はにゃんにゃん…」
「しねーよ!俺を何だと思ってんだオメーは!」
「日ごろの行いが悪ィからそう思われんだろうが」
「あァ?なんか言ったかこのマヨネーズオタク!」
「あァ?ありのままを述べただけだろーがこの糖分中毒!」
「あーもうアンタらいい加減にしてください!」
そういってザキが止めに入ったけど、なぜか二人にぼこぼこにされてしまう。…かわいそう。あれが自分じゃなくてよかったと思いつつも、私は近藤くんと目を合わせてこくんとうなづいた。そして、私は銀八を、近藤くんは十四郎を後ろから押さえつけて引き剥がす。
「はいはーい、喧嘩は終わりねー」
「トシ、今日はクリスマスだぞ。今日くらい喧嘩はやめとけ」
「「……チッ」」
二人でそっくりな反応を示す。…ホンット、似てるんだから。
「とにかく、もう帰りやしょう。俺ァ早く帰ってドラマの続き見てェんでさァ」
「あ!そうですよ!録り溜してたビデオ見ないと!」
「うォッし!帰るぞテメーら!」
そんな近藤くんの一言で元気よく走り去っていく4人。途中ザキだけが振り返ってひらひらと手を振ってくれたので小さく振りかえした。後ろ向いて走ってて転ばないのかな、なんて思っていたら案の定躓いて、十四郎と一緒にドミノ倒しになって思いっきり殴られていた。
そんな後姿を見えなくなるまで見送ると、私は横目で銀八を伺い見た。
その顔は、最後までうるせーな、だろうか。心底だるそうな顔をしていたけれど、どうやら私の視線を感じたようで、振り返ったと同時に目が少しだけきらめいた。
「…おし、帰っか」
「うん」
そんな一言で歩き出す。…私は、内心ドキドキしていた。それは別に変なことを期待してるからとか、そういうことじゃなくて。どうやって話し出そうかとか、そういうこと。…別にドキドキすることもないけれど。
すると、ポケットの携帯が振動して肩が跳ねた。それが恥ずかしくて銀八をちらりと伺いながら携帯を取り出すと、新着メール一件。…差出人は、ついさっきわかれたばかりの十四郎だった。
忘れ物かな?そう思いながらメールを開くと。
『よかったな。がんばれよ』
……なんで、バレてる?私、十四郎に銀八のこと好きって教えたっけ?いや教えてないよね、じゃあなんで…
もしかして、私ってバレバレ!?
混乱と恥ずかしさで携帯を強く握り締めると、銀八がどうした?と顔を覗き込んできた。なんでもないと答えて、携帯を閉じてポケットに突っ込む。十四郎め…あとで絶対仕返ししてやる…ッ!
「メール?」
「うん」
「誰?」
「え、…なんで?」
「いや、何か変だったから」
「そ、そんなことないけど…」
「そっかー?まァいいけど」
何で今、聞かれたんだろう。一瞬ヤキモチという言葉が頭をよぎったけど、すぐにありえないと思って打ち消した。…銀八はそういうタイプじゃないって。絶対。
そんな私の心境など知らない銀八は、同じ調子で言葉を続けた。
「…それよりさ、お前、俺になんか話しあんだろ」
「…え?」
どうしてわかるの?そう言おうとしたら、お前はわかりやすいからなー、とあきれたように言う銀八。…やっぱそうなの?わかりやすいの私って?こっそり落ち込んでいると、そんな顔すんなよ、といって頭をなでられる。…ぜんぜんこっそり出来てないんだけど。
「…わかりやすくないもん」
「いや、わかりやすいだろ。今とかすっげーすねた顔してるし」
「そんな顔してない」
「してるしてる。…それよりなんだよ、話。終わる前に家ついちまうぞ?」
「……うん、」
色々言いたいことはあったけど、のどの奥に飲み込んだ。…今はそれどころじゃなく、伝えなきゃいけない、大切なことがあるから。
「…あのね」
「おう」
「……進路、なんだけど」
「お、決まったのか?」
「決まったっていうか…」
いってもあきれられないかどうか、少し心配だった。…でも、銀八なら、それでいいって言ってくれる気がして。…私は静かに息を吸い込んで、そして言葉を続けた。
「…私、先生になりたい」
「先生?」
「うん」
「え、何それ、もしかして俺みたいになりたいとか?」
「いや、銀八みたいなのはやだ」
「なんだよー。…で、なんでまたそう思ったわけ」
「…えっと。今まで…銀八に会うまではね、私、先生なんてみんないっしょで…誰でもいいしどうでもいいって思ってた。…でも、今は思うんだ。先生って、私たちにとって身近でしょ?…結構大切なんじゃないかって。…で、私みたいに、銀八みたいないい先生に会える子もいれば、会えない子もいて… えっと、うまくいえないんだけど…」
ちらと視線を送ると、やさしい笑みを浮かべる銀八。…文句も何も言わずに、ただ黙って話を聞いてくれる。
「…つまり、…そういうこって、やっぱり私みたいに悩みを抱えてる子もいて…で、 …そういう子を少しでも減らせたらいいなって」
言葉尻がかすれてうまく声に乗らなかった。それでも言い直すのがいやでそのまま黙り込むと、銀八は一度小さく頷いて、そっか、とつぶやいた。
「…お前がそうしたいんなら、それがいいだろ」
「うん…」
「いい夢出来たじゃねーか」
「……うん…!」
頷きながら、涙が出そうになった。…私の話をただ聞いてくれる、認めてくれる、それがうれしくて。
こんな風に私も、なりたいと思った。
「…よっし…じゃ、そのためにどの大学いくんだ?」
「あー…それなんだけど、よくわかんないんだよね」
「え、何で」
「だって進学しない気でいたから。全然調べてないんだよね」
「お前…どうすんだよ」
「いっしょに考えて?」
「オイオイ、何だよその他人まかせ?」
「だって、何かあったらいえっていったじゃん」
「いやいったけどよォ。…ったく、しゃーねーな」
「わーい。じゃ、お願いしまーす」
「お願いしますって…お前も考えるんだぞ」
「うん、わかってるよ」
笑って頷くと、銀八の右手が伸びてくる。その手がふわりと頭に触れて、髪を梳くようになでられる。…もう何度、こうされてきただろうか。時にはやさしく、時にはふざけて。いつでも私がしてほしいときに、図ったかのようにふってくるその手。…この手に支えられてきたんだと、強く思う。
「ありがとう」
「……なんだよ急に」
「別にー、なんか言いたくなった」
「ふーん。…ま、どういたしまして」
「何か薄い返事ー」
「そうかァ?っつーかさ、俺からも話あんだよね」
「…え?」
「……これ」
いいながら、握った拳を差し出す銀八。私はその拳に添えるように右手を差し出す。…すると、手のひらに乗せられる重み。ひやりとした温度のそれは…
「…ネックレス?」
「オゥ。…お前に似合うんじゃねーかなー、と」
「……クリスマスプレゼント、だよね?」
「まァ…そうだな」
「……ありがと」
「……ああ」
ぶっきらぼうにひとこと言って、そっぽを向く銀八。…いっぱい悩んで、買ってきてくれたのかな。そう思うとどうしようもなく嬉しくて、口元が緩む。
金具をはずして首の後ろで付け直す。手を離すと、首に感じる冷たさが心地よく思えた。
「…ねえ、どう?」
「あー、似合うんじゃね?」
「えー!反応薄い!」
「似合うよ似合う!俺が選んだんだからあたりめーだろ」
「ナルシストー」
「なんだよー、どう反応しろっつんだよー」
「素直にかわいいねって言えばいいじゃん」
「ばっ、 …俺は思ってねーことはいえねーんだよ!」
そういってさっさと歩いていく銀八。…その後姿を見ながら、私はまた笑わずにはいられなかった。優しくて、でも素直じゃなくて、…あまのじゃくな銀八。
好きだなァ と、思った。
「ねー銀八」
「あー?」
「私、プレゼントないんだよね」
「何ッ!?」
「誘われたの今日だったから用意出来なくてさ。ホントはあのケーキ、銀八のためにと思ったんだけど、神楽ちゃんに食べられちゃったし…」
「マジか!神楽のやろォォォォ!」
「だから、明日もう一回作りにいってあげる」
「! マジで!?」
「うん!でも神楽ちゃんと新八君と妙ちゃんも一緒にね」
「え、なんでだよ!」
「ひとりで遊びにいったら色々まずいでしょ。それに神楽ちゃんにもつくってあげる約束しちゃったし」
「マジかよ…」
「いいじゃん。…明日も会えるんだから」
銀八が驚いたように振り返る。…私はその目をまっすぐ見据えて、ね、といって笑う。
そりゃあ、ふたりきりで会えたらいいと思わないわけじゃない。…だけど、これ以上を望んじゃいけないような気がして。だって、こうしてそばにいられること、それだけで、幸せなんだから。
あのときあの場所に銀八が入ってこなかったら、あの言葉を言わなかったら、今このときはなかったんだから。
「…そうだな」
頷いてくれた銀八と、声を合わせて笑った。
2009.02.19 thursday From aki mikami.