Examination period



あの後、次の日には3人を誘って銀八の家に行き、ケーキを作って改めてみんなで食べた。で、銀八が早めに進路を決めようって言ってくれて、次の日に学校で受験する大学を決めた。自分で言うのもなんだけど頭はいいので、どこを受験するとか悩む必要は特別なかった。…とりあえずこれからは、願書を書いたり受験用の勉強をしたりで大変らしいけど、お正月の間はゆっくり身体を休めろと言ってくれた。


そして冬休みがあけて、みんなが受験でピリピリし出すこの時期。先生が急用だかで自習になった数学の時間に、私は無難に受験勉強をしていた。そうしたら、妙ちゃんがポッキーをもってこちらにやってきて、前の席にいたザキに睨みを聞かせて席を譲らせると、にっこり笑って私の机にポッキーを置いた。…いや、怖いんですけど。てか、授業中にポッキーは、ありなの?なんてことを考えていると、妙ちゃんはなぜかかなり神妙な面持ちになって、…それから、かなり困ったように、慎重に言葉を選ぶように訪ねてきた。


ちゃん…もしかして、銀八先生と…つきあってたりする?」
「えっ…」


突然のことに驚いてしまって、それ以上返事が出来なかった。…そして私の頭は、答えよりも先にこの質問の意図をめまぐるしく探り出す。まさか妙ちゃん…と思いかけたけど、すぐにありえないと思い直した。


「つ、付き合ってないよ、全然…」


でも、当たらずとも遠からずだから、怖い。それに、すべて見透かされているような気がして、妙ちゃんの目が見られない。ずっと妙ちゃんの口元だけを見ていた。心臓がばくばくといやな音を立てる。


「そう…そうよね…」
「そ、そうだよ…まさか先生と生徒が付き合うなんてあるわけないし」
「うん…そうね。ごめんなさい、変なこと聞いて」


そう言ってにっこり笑うと、またポッキーに手を伸ばす妙ちゃん。いや、なんか自己完結してるみたいなんだけど、私は全然すっきりしないんですけど…。だって理由を聞いてない。どうしてそんな質問をしたのかの、理由を。


私が口を開こうとしたけど、その時タイミング悪く銀八が入ってきた。おーいオメーらうるせーぞー、的なことを言っている気がする。その声で一斉に静まった教室。妙ちゃんはポッキーをもって自分の席に戻っていった。あ、くれるわけじゃないんだ。


「オメーらがあんまりうるせーから周りの教室から苦情でてんだよ。っつーわけでこれからお前らには国語のワークやってもらう」
『えーーーーーーー!!!!!!』


教室中から物凄いブーイングの嵐。でも銀八はそれにまったく動じずに、じゃ、43ページ開けー、なんていっている。


「先生ー!数学の時間に国語のワークはないと思いますー!」
「俺ァ国語の先生だから国語しか教えられないんだよ」
「先生-!数学の時間に国語なんてやりたくありませんー!」
「だからー、俺は国語の先生なんだよ」
「先生ー!受験生もたくさんいるので、受験勉強するのがいいと思いますー!」
「たくさんって、この中の何人が進学すんだ?あ?」
「先生ー!俺は進学します!だから勉強がしたいです!」
「だったらここからいなくなっていいから。っつーか早く卒業しろ」
「んだとコラァ」
「いやもうあんたらうるさいですから!」


いつものやり取りをいつものごとく新八君がとめて、みんなのブーイングの中銀八はかまわず国語のワークを開く。43ページは漢字の書き取りで、取り合えずなんでもいいから黙らせようという魂胆が見え見えだ。


みんなに指示を出した後、銀八は教壇の上にパイプ椅子を引っ張ってきてどっかりと座った。タバコをふかし、何かの紙とにらめっこしている。その表情はなぜだか真剣で、受験に向けて何か面倒ごとでもあったのかと少しだけ心配になった。だって、あんな表情の銀八なんてぜんぜん見られないもの。


私は空欄と銀八を交互に見ながら、あとで聞いてみようかな、なんて思った。多分聞いたって私が力になれることはないだろうけど、気持ちを楽にすることくらいはできるかもしれない。銀八との学校生活ももう短いんだから、少しでも笑っていてほしい。


できるだけ早く終わらせよう。そう思って、気合をいれて問題に取り掛かる。別に早く書けたからって早く話せるわけじゃないんだけど、そこはなんとなく…気持ちの問題というか、なんというか。まあとにかく、早く解いてしまいたかった。いつもより早く手を動かしていたら、まるで銀八の字みたいに汚くなってしまって、あわてすぎだと思い直して速度を少し緩める。あとから隣の人と答えあわせだから、あんまり汚いと恥ずかしいし。


そんなことを考えながら思わず笑ってしまって、恥ずかしくなってあたりをきょろきょろ見回すと、銀八と目があった。少し動揺してしまったけれど、何とかにこりと微笑みを見せると、銀八はなぜか、少しも笑みを見せることなく、興味がなさそうに目をそらした。そしてまた、手元のプリントに集中する。そのしぐさに、違和感を覚えてしまう。


まるで、私と顔をあわせたくないとでも言うようなその所作。変な焦燥感みたいなものがこみ上げてくる。


さっきまで張り切って動いていた手が、鈍くて動かせなくなった。







あのあと、あの難しそうな表情のことを聞きにいってみたけど、なんでもねえよ、とすごく適当にあしらわれて、何も教えてもらえなかった。それどころかオメーには関係ねーから、なんていわれてしまって、そんな反応をされたのは始めてで、なきそうになってしまったのを必死にこらえて一日を過ごした。昨日あったときはなんともなかったのに、どうして今日になって?何か銀八が怒るようなことしただろうか。そう考えてみても、自分では何も思いつかなくて、たまたま銀八の機嫌が悪かっただけかもしれない、なんて考えてみたけど、…次の日また話しかけてみてら、やっぱり少し冷たい態度だった。


原因をたくさん考えた。何か怒らせることをしたんじゃないかと。些細なことでも、たとえば話を無視したとか糖分食べちゃったとかジャンプ捨てちゃったとか、とにかくいろんな原因を考えたけど、特に思い当たらなかった。考えてる途中で、妙ちゃんがあの日言った言葉を思い出したけど、…まさかそんなはずはないと首をふって打ち消した。だけど当然、まるっきり全部なんて消えてくれるわけもなくて、怖くてなきそうで、どうしたらいいのかわからなくなった。


「ねえ…どうしたらいいと思う…?」


という私の言葉に、高杉先生は盛大なため息を付いた。


「俺に聞くな」
「だって、先生しか相談できる人いないんだもん」
「んなこと知るか。大体どうしようもないだろうが」
「…だって今のままじゃいやだし…なんでああなってるのかわからないしさ…」
「直接聞いてみりゃいいだろうが」
「それが出来ないから相談してるんでしょッ」
「俺に聞けってか?聞くわけねーだろ」
「……そりゃあきいてもらっても困っちゃうんだけどさ」


でも、ホントに相談できる人って高杉先生しかいないんだよね。神楽ちゃんとか妙ちゃんとかは恋愛相談って感じじゃないし、銀八との関係が知られると困るし…関係って程の関係もないけどね。…あと十四郎とかは、バレてはいるけど一応まだ隠してるつもりだし…総悟は軽くあしらわれるか大笑いされるかどっちかだし…近藤くんは相談しても参考にならなそうだし…


「…先生ー、どうにかしてよォー…」


ほかに頼れる人いないんだからー!


「知るか」
「えー!?幼馴染なんでしょー?だったら何か怒ってるとか、顔見たらわかんないの?」
「あいつの考えてることはわからん」
「そうなの?仲良しなのに」
「仲良しじゃねェ」
「嘘だよね、嘘。ホント先生は素直じゃないんだから」
「……オメーらそろって俺に喧嘩売ってんのか」
「先生に喧嘩売るなんて恐れ多い!」
「…はァ」


あからさまなため息をついた先生は、パソコンから顔を上げて私を睨んだ(ようにみえるけど目つきが悪いだけ)。


「…いいか
「う、うん」
「俺はお前にもあいつにも協力する気はまったくねェ。…だが、アイツが今何を考えてそういう行動に至っているのかは大体予想が付く」
「…はい」
「本当にどうにかしてーんなら、お前自身でその理由に気付くしかねェ。…俺から言えるのはそれだけだ」
「……」


本当にどうにかしたいなら。…したいに決まってる。だって私は…銀八のこと、大好きなんだから。でも…どうにかするたって、私には銀八の考えなんか読めないし…。


「理由に気付くって言われても…」
「オメーは自分のことしか考えてねーんだよ。あいつの立場になって考えてみろ」
「銀八の、立場…」
「まあ、そうは言っても…お前には厳しいだろうな」
「…」
「とりあえず、お前はお前の気持ちを貫けばいい」
「私の、気持ちを…」


貫く。


…それはつまり、何があっても銀八を好きでいろってこと?


「…うん」


私には銀八が何を考えてるかなんてわからない。…だけど、銀八を好きな気持ちは誰にも負けない。何があったってなくならない。気持ちを貫くなんて、簡単だよ。


「…私、何があっても銀八が大好きだよ」
「そういうことは本人に言え」
「いや、いえないでしょ。無理でしょ。恥ずかしいでしょ!」
「いったら案外すんなりと解決するかもしれねーぜ」
「え、そーなの?」
「しらねーよ。予想だ予想」
「…そうだとしても、やっぱいえないよ」
「だろうな」


先生はそういって、バカにしたようにくくっと笑った。それが気にくわなくてじろりと睨むと、楽しそうな目のままマウスから手を離して立ち上がる。


「…ま、ふられたら慰めてやるよ」
「ちょ、縁起でもないこといわないでよ…」
「冗談だ」
「先生がいうと冗談に聞こえないの!」
「そーかよ」


いいながら私の隣に座り、ポケットから携帯を取り出す先生。…てか、携帯なんて持ってたんだ。これだけ一緒に居ても携帯を使ってるところなんてほとんど見かけない。…人と連絡取らないだろうしなぁ。


「先生、携帯なんて持ってたんだね」
「持ってるに決まってんだろ」
「でも使ってるところ始めてみたよ。…めったに使わないでしょ」
「ほとんど学校との連絡用だな」
「やっぱり。…ねえ先生、アドレス教えてよ」
「なんでオメーに教えなきゃならねぇ」
「いーじゃん別に、仲良しでしょっ」
「どうせめんどくせぇ相談とかするんだろ」


なんていいながらも、先生は私に携帯を差し出した。赤外線通信で、先生のアドレスゲット!よし、これでいつでも愚痴れるぜ!なんて思ってたら、なぜだかちっと舌打ちされた。心読まれたのかな。


「お前、アドレスなげーんだよ」
「いーじゃんべつに。直接入力するわけじゃないんだから」
「覚えんのめんどくせーだろ」
「え、先生私のアドレス覚えるの?」
「いや」
「じゃーいいじゃん」
「そうだな。…それより
「ん?」
「膝貸せ」
「えっ!」


私の返事も待たずに私の膝に頭を預けた先生。や、べつにいやじゃないんだけれども、なんでいきなり膝枕!?眠いんなら家帰って寝ろよ!


「先生…どうしたの?」
「疲れてんだよ。あとオメーの膝は太いから寝やすそうだ」
「…落としますよ先生」
「冗談だ」
「うそ、本気で思ってるでしょ!」
「さあな」
「なにそれっ、もー…」


そんなやりとりをしていると、保健室のドアがノックされた。え、こんな格好のところ見つかっていいの?私があわてていると、先生はそんなこと知らぬ存ぜぬで寝転がったまま携帯をいじっている。しかもわざわざ入れ、なんていっちゃって、いやいやいやいや、入ってこられたら困るでしょ!私が先生をよけようとしていたら、その前にドアが開けられた。


「おう高杉何の用… っ」


入ってきたのは、銀八だった。私たちをみて目を見開いている。


「…来たか」


先生は寝そべったままで銀八を見やり、うっすらと笑った。つやつやの髪が膝の上で揺れる。


「…高杉、どーいうこった」


銀八は、何についてなのかは言わない。…でも、言わなくても予想はできる。…多分、私たちのこの状況について、だ。


「べつに、なんでもねぇよ。…なあ
「え…あの…」
「俺は疲れたから膝を借りた、こいつは俺に言われたから膝をかした。…そうだろ」
「え、う、うん…」


確かにそう、なんだけど、さっき銀八が入ってきたときの言葉から考えると、高杉先生はわざわざこの場に銀八を呼んだことになる。…いったい、なぜ?


もしかして先生は、私たちをどうにかしようと思ってこんなことをしているのかもしれない。そんな淡い期待が心をよぎる。


「…それより、お前昨日うちにネクタイ忘れてっただろ。机の上にあるからもってけ」
「…そんなことのためにわざわざ呼んだのかよ」
「他に思い当たることでもあんのか」
「……」


その言葉に、銀八はものすごい顔をして机の上のネクタイをふんだくった。先生はくっくと笑うけど、視線は相変わらず携帯から外れない。


「…ずいぶんと親切になったもんだな」
「俺ァいつだって親切だろ」
「冗談」
「…ま、オメーが俺をどう思おうが知ったこっちゃねーが」


私の膝からゆっくりと起き上がり、携帯を閉じる先生。…今度はまっすぐに銀八を見つめて、低く響く声で、言った。


「…気ィ抜いてたら、もらうぜ」
「っ!」
「えっ」


思わず声が出てしまった。…だって、先生が、もらうって…


私を?


冗談でしょ…そう、きっと銀八と私をどうにかしようと思ったんだ。まさか先生が、私みたいなガキ相手にするわけ…


「…何の話だ。俺ァ忙しいんだ。こんなくだらねー用ならテメーから来い」


銀八はそういうと、重たい空気を残したまま保健室を後にした。


「…せ、先生……」


どうしたらいいのかわからなくて、ただ高杉先生を見つめる。先生は立ち上がると窓に向かい、胸ポケットからタバコを取り出した。


「お前、馬鹿だな」
「えっ」


タバコに火をつけながら窓を開ける。私のほうなんて少しも見てなくて、どうしたらいいのかわからずにただじっと先生の言葉を待つ。


「…俺がお前みてーなガキ、本気で相手にするわけねーだろ」
「あ…そっか、そうだよね…」
「お前には銀八のほうがお似合いだろ。…ガキはガキ同士、仲良くやってろよ」
「じゃ、じゃあ先生…さっきのは銀八にかまかけたってこと?」
「ほかに何か意図があるか」
「…」


先生が睨むように私を射抜く。…その目が少し怖くて、私はしゃべらずにただ首を振った。そう、先生が私のことを好きなんてありえない。…でも、先生はわざわざこんなことしてくれるほど優しい人だった…?


でも、先生が違うっていうんだから、それ以上追求する意味なんてない。


「うん。ありがとう、先生」
「礼はいらんからもう二度と俺のところに相談しに来るな」
「え、だって、ほかに相談できる人いないんだよ?」
「クラスのやつにでも相談すればいいだろ」
「いやいや。今のクラスに色恋沙汰の話が通じる人いないから」
「そう思ってるのはお前だけかもしれんぞ」


そういってにやりと笑う先生は、いつもどおりだ。…だから私も、いつもどおりに笑う。


あんなことまでしてくれた先生に、感謝とわずかな違和感を感じながら。







その後私はすぐに教室に戻った。特に意味はなかったけれど、なんとなく家に帰る気にはなれなかったからだ。しばらく自分の席で座ってぼーっとして、だいぶ日が傾いて教室の半分以上が闇に覆われた頃、私はようやく教室を出た。


外はとても寒くて、口から白い湯気が立ち上る。そのふゆりふゆりとした動きを見ていたら、なんだかわけもなく悲しくなってきてしまった。


あのときは高杉先生の一言にあまりに驚いてしまって、あんまり気に留めなかったけれど…よくよく考えたら、高杉先生があんなことを言ってくれたのに、銀八は特につっかかることなく去っていってしまったんだ。…銀八にとって私は、その程度の人間だったということなんだろうか。私のことを、嫌いになってしまったんだろうか。もしそうなら、原因はなんだろう。…そんな取り止めのないことを考える。


校門間近で、足を止めてみた。周りに人影は一切ない。遠くで野球部かサッカー部の叫び声が聞こえてくるけど、それ以外はほぼ無音状態。


「…バカ」


小さくつぶやいてみたけど、ますますむなしくなるだけでぜんぜん心は晴れなかった。銀八は今、何をしているんだろう、いったい何を思っているんだろう。…どこに、いるんだろうか。


「バカはおめーだよ」


私の思考をさえぎった声に、驚いて振り返る。…振り向かなくてもわかる、聞きなれた低い声は。


「…銀八」
「こんな時間までなにしてんだ?子供はさっさと帰んなさい」


バイクを押しながら歩いてくる銀八は、さっきの不機嫌そうな顔から変わって、いつもどおりのけだるげで力の抜けた表情だった。ああ、いつもどおりだ。そう思ったのに、隣に立っている人のせいでそう思えない。


「…あら、ちゃん。まだ残ってたの?」


…妙、ちゃん。


どうして、妙ちゃんが銀八と一緒にいるの?視界が、右に左に、歪んで揺れる。


「……あ、うん…」


かろうじて出たのは、そんな返事だった。


「だめじゃない、女の子がこんな時間まで学校にいちゃ!何してたの?」
「え、えっと…教室で、勉強を…」
「そっか…ちゃん受験生だものね」
「うん…妙ちゃんは、どうしたの?こんな時間まで…」
「あ、うん… ちょっと、先生とお話をしていて…」
「…話?」


推薦受験で、あとは卒業を待つだけの妙ちゃんが、話?


「何の…話…?」


私の言葉に、妙ちゃんは言いにくそうに目を泳がせた。…私に聞かれたくない話題?何、なんなの。心の中にどす黒い感情が満ち溢れる。…でも、こんなときまで普通の態度で話せてしまう自分が、少し怖い。


「…それは…その…し、進路の話よ」
「妙ちゃん、もう受験終わってるよね」
「それはそうなんだけど…ほ、ほら、お金のこととか」
「…授業料?」
「え、ええ。うちはあまりお金がないから…」
「…オイ志村」


銀八のその声が、私たちの会話をさえぎった。…私ではなく、妙ちゃんを呼ぶ声が。


「…オメーらの立ち話に付き合ってる暇はねェんだよ。…けーるぞ」
「え…で、でも、先生は逆」
「いいんだよ。…いくぞ」


…そういって、銀八は歩き出してしまう。そして、いつもとは逆の道へと進んでいく。…銀八の家は、そっちじゃないはずなのに。妙ちゃんがあとからあわてて追いかけていって、一度私を振り返り、じゃあね、と手を振った。私はそれに振り返して笑顔を作った。二人が見えなくなっても、ずっと。


どうして銀八はあっちから帰るの?私と同じ道じゃないの?私のこと避けたの?なんで?なんでよりにもよって妙ちゃんなの?妙ちゃんは銀八が好きなの?銀八は、妙ちゃんが…


「っ…!」


身体の奥から、熱いものがこみ上げた。体中から力が抜けて、その場に座り込んでこらえる。


『…オイ志村』


どうして。


『けーるぞ』


その視線の先にいるのは、私じゃ、ないの?


『志村』


どうして、妙ちゃんなの?


「ッ、…ぎん、ぱち!」


なにがどうしてこんなことになっているのか、さっぱりわからなかった。わからなすぎて、身体がどんどん熱くなっていく。今何を考えているのか、どこにいるのかなにをしているのか、わからなくなるくらい。こんなところで泣いちゃいけない。わかっているのに、こらえきれなくなりそうで、ぐっと唇を噛んだ。…こんなとき、いつもなら銀八が傍に居てくれるのに。銀八が、大丈夫だっていってくれるのに。それだけで、私は救われてきたのに。なのに、どうして。


銀八、銀八。助けてよ、ねえ。銀八。


「どうして…!」


こんなぐちゃぐちゃの頭で考えたって、わかるはずないのに。ただ一つはっきりとわかっていることは、銀八は私を避けているっていう事実だけ。でも、それだけでも私にとってはこの上ないほどの絶望に感じる。…去年までは、顔を見れるだけでも幸せになれたのに。私はいつのまに、こんなに欲張りになったんだろう。


「…、ちゃん?」


ぐるぐる考えていると、遠慮がちに私を呼ぶ声が聞こえて、重たい頭をわずかにあげた。ぐちゃぐちゃな顔を去年までの仮面の顔に戻そうとしたけど、長いことしてなかったせいかなかなかうまくいかなかった。


「やっぱり…さんだァ。なにしてんですかィこんなとこで」
「…総悟」
「腹でもいてぇのか?」
「…十四郎」


そこにいたのは、風紀委員のいつものメンバーだった。私の顔を見ると、少し困ったような表情に変わる。あの総悟でさえそうなんだから、今の私は相当ひどい顔をしているんだろう。


「オイ…なにがあった」


十四郎が、低い声で聞いた。…でも、答えられない、答えたくない。言葉に出すと、すべて認めてしまうようで怖かったから。答えることなく目をそらすと、寄り添うようにザキが隣に座った。私の背中に優しい手が添えられる。慰めようとしていることがわかっていても、今はどうでもいい気がしてしまって、申し訳なさにまた泣きたくなった。


「俺たちには、いえないこと?」


ゆっくりと頷く。ザキがそっか、と呟いて、あやすように背中を撫でた。十四郎が小さくため息をついたのがわかったけど、それ以上聞き出したりすることはない。他の二人も何も言わないでいてくれる。


「…とりあえず、ここにいたらまた誰かにつっこまれますぜィ」
「そうだな。せめて場所を移動しよう。立てるか?」


そういって、近藤さんが手を差し出した。…私はその手をとって、重たい身体をぐっと持ち上げる。そのまま近藤さんとザキに支えられて、家のほうへと歩き出す。…もしかして、送ってくれるんだろうか。気を使わせてしまっているのに、お礼の一つもいえない自分を殴りたくなった。ずっと唇を噛締めていたら、十四郎にその顔やめろと怒られた。…見ていないようで、ちゃんと見ているらしい。あのときもあんなメールよこしてきたし、結構鋭いんだろうか。


歩きながら、総悟が一度だけ後ろを振り返った。…けど、すぐにまた前を見て歩き出す。誰か、いたんだろうか。そう思ってから、その"誰か"があの人だったら、そんな妄想にとらわれて、自分のバカさ加減に心底呆れた。…ホント、どんだけ欲張りになったんだろう、私は。


沈みかけの夕日が、まぶしすぎる位に輝いていた。







そのあと、結局4人は家まで付いてきてくれて、そのまま帰すのも失礼だと思って、上がってもらうことにした。銀八以外の人を家に招くのは初めてだったけど、緊張なんかを感じている余裕は少しもなかった。ただ誰かに一緒にいてほしくて、…1人になるのが怖くて、わがままを言って4人を引き止めた。4人はいやな顔一つせずに招かれてくれた。


他愛ない話をして、5人で夜ご飯を食べた。パーティみたいですごく楽しくて、鬱な気持ちが少しだけ薄らいだ。私にさっきのことを考えさせないようにと、途切れなく話しかけてくれる4人。一度だけありがとうといったら、何が?ととぼけた顔で返ってきて、またありがたさがこみ上げた。


10時を過ぎたころ、家に帰る4人を見送りに玄関を出る。夜の冷たい風が頬に心地よくて、私がいかに頭に血が上っているか思い知らされた。


「いやァ、今日は久々に楽しかったなァ!」


ザキが本当に楽しそうに言うので、私も笑顔でそうだねと返した。


「何でィ山崎。普段の生活も楽しく生きろィ。そんなんだからオメーは地味何でィ」
「いや、関係ないですから!っつーかそういう意味じゃないし!」
「いやぁでもたのしかったなァ。クリスマスのとき以来だなァ!」
「うん、そうだね」
「ま、こーいうのもたまにはいいかもな」
「うわ、なんかかっこつけてね?キモくね?」
「…いっぺん死んでこいやコラァ!」
「あー、もう!うるさいから!近所迷惑だから!もういいから早く帰んなさい!」


そういって十四郎の背中を押し出す。それにぶつかったザキが少しよろめいてからこちらを振り向いて…少しだけ、困ったように笑った。


ああ、帰り際まで心配してくれるなんて。何でこの人たちはこんなに優しいんだろうか。こんなにやさしくて、損ばかりして。…銀八もそうだ。そっけないフリをして、本当は誰よりもみんなのことを考えていて、自分が一番泥をかぶってしまう。私みたいな馬鹿は、それを知りながらも黙ってみているしかない。…最低なヤツ。


また変な顔をしていたらしい。総悟が私の頭を思い切りぶっ叩いて、前向きなせェ、とつぶやいた。私って相当わかりやすいんだと思ったら、少し恥ずかしくなって、ついでに前にもこんな気持ちになったのを思い出してしまって、泣きそうになった。


これ以上余計な心配をかけたくなくて、できる限りの笑顔を振り絞る。


「今日はありがと。…また明日ね」
「ああ、また明日な!」
「おやすみ」
「おやすみなせェ」
「…あー、俺ちょっと忘れ物したわ」


もう帰ろうという流れなのに、十四郎がそんなことを言い出した。…って言うか、完全うそでしょ。ばればれなんだけど…。


「はァ?何言ってんですかィ土方さん」
「何って…忘れモンっつってんだろーが」
「さては…忘れ物にかこつけてさんにいやらし…」
「するかボケ!…いーからテメーらは先帰ってろ」


その場の空気が一瞬だけ止まった。…多分みんな、その一瞬で十四郎の言葉の意味を察したんだろう。総悟が小さくため息をついた。


さん。土方に襲われたら遠慮なくぶち殺してやんなせェ。俺が許可しまさァ」
「ま、副委員長に限ってはないでしょうけど…でもホラ、むっつりが一番怖いって言いますし」
「ムッツリだよなァトシ。イヤン、勲怖い!」
「うるっせェオメーラ!もう帰れ!」


ヘイヘイ、と総悟が答えたのを合図に、3人同じ方向へと歩き出す。途中振り返って3人仲良く手をふってきたので、私たちも2人でふりかえした。…まァ、十四郎はふり返さなかったから、私が無理やり手をつかんで振らせたんだけど。そうやって3人を見送ってから、ふゥ、と一つ息をついた。


…失礼かもしれないけど、これから聞かれるだろうことが怖くて仕方ない。でもこれだけ迷惑をかけたんだから、十四郎には知る権利がある。それに十四郎には、私が銀八を好きなことがばれているから、少しは気楽に話せるかもしれない。


「やっといなくなったか」


ため息混じりにそういうと、すぐ後ろの植え込みのあたりの壁によりかかる。わずかに伏せられた目が銀八みたいにきらめいている気がして直視できなかった。私が怖がっているのに気がついたのか、べつにとって食ったりしねぇよ、とふざけた調子で言う。…別に食われるなんて思ってないけど、やっぱりこわい。うんと頷いた声が弱々しくなってしまって、十四郎があきれたように息を吐いた。


「ごめんね…」
「謝んなよ。むなしくなんだろーが」
「ご、ごめ…あ」
「もういいっつーの。…それより、そろそろ話せ」


その言葉に、心臓が脈打った。


「…あいつらよりは話しやすいだろうが」
「…うん」


でも、何から話していいのかわからない。というか、十四郎はどこまで知っているんだろうか。十四郎は何も言わないで、ただ私の言葉を待っている。…最初から話していいんだろうか。こんなとき銀八なら、最初から話せって促してくれる気がする。…十四郎と銀八は似ているけど、やっぱり違うんだ。


「…えっと…何のこと…かは、わかってる…よね」
「銀八のことだろ」
「う、うん」
「あの野郎、お前のことつけてやがったからな。いやでもわかるだろ」
「えっ…、つ、つけてたって、いつ?」
「今日だよ」


ふと、帰り道の総悟を思い出した。…あのとき振り返ったのはもしかして、銀八が後ろにいたから?


「で、でも…妙ちゃんと一緒に帰っていったはずなのに…」


ついてきてたなんて。そう思っていると、十四郎が懐からタバコを取り出した。…いや、あなた制服なんですけど。ここ屋外なんですけど!っていうか、高校生なんですけど!


「…なるほどな」
「え…?」
「それで、泣いてたのか」
「…」
「最近、お前に対する態度おかしかっただろ、あいつ」
「…そうかな」
「そうだろ。…あいつわかりやすいしな」


そういって、タバコをちゅーちゅーなめている十四郎。…どうやらタバコだと思ったものは、ただのココアシガレットだったらしい。変なところで気ィつかうんだから。


「っていうか、私泣いてはいない気がするんだけど?」
「涙流れてねェだけだろ」
「……そ、そうだけど」
「強がってんじゃねーよ」


そういって、私にもココアシガレットを差し出した。…甘い懐かしい味が、口の中に広がっていく。


「…最近、オメーと銀八のうわさが流れてる」
「…え?」


うわさ。そんな漠然とした言葉に、私の心はひどくざわついた。


「付き合ってるってよ」
「っ!」
「一緒に手ェつないで帰ってたとか、夜に銀八がお前の家に上がりこんだとか…あと、お前が国語準備室に入り浸ってるってのもあったか」
「…」
「まあ、俺はお前の気持ち知ってるからなんとも思わねーが…実際どうなんだよ」


…どれも、当たらずしも遠からずだ。正面きって否定できることは一つもなかった。…そのうわさが、銀八の耳に入っていたとしたら。


オメーは自分のことしか考えてねーんだよ


高杉先生の言葉が、うるさいくらい耳に響いた。


「その顔だと…まるっきり嘘ってわけでもなさそうだな」
「…もちろん嘘はある。手つないでたとか…でも、当たってるところもある」
「…そうか」


十四郎がココアシガレットを噛み砕く。その小気味いい音が、静かな夜にやけに大きく響いた。


「…こっからは、明らかに嘘だとわかるうわさだ」
「え…」


まだ、あるの?これ以上に。
正直そう思ったが、十四郎はためらう様子もなく、表情も変えずに話し始めた。


「お前が…銀八をたぶらかして、内心をあげてる…とか、銀八に無理やり頼んで3Zに入った、とか…な」
「っ!そんなことあるわけ!」
「ないだろうな。…安心しろ。どこの馬鹿が流してるか知らねェが、うちのクラスのヤツは誰一人として信じちゃいねェよ」
「……うん」
「ただ…このことが銀八の耳に入っている可能性は高い。それを聞いてあいつが何を思うかは…まあ大体の想像はつくだろ」
「…じゃあ、銀八が急に冷たくなったのは…」
「…お前のことを思って、だろ」
「…!」


自分のことしか考えてねーんだよ


…もっともすぎる言葉だった。私は、銀八が裏切ったとばかり考えて、ずっとその理由を探してた。でも、見つかる分けない。銀八は私を裏切ってなんかないんだから。…私のことを思ってくれた、それ故の行為だったんだから。自分かわいさでいつまでもめそめそしている私みたいな馬鹿に、そんな理由見つけられるわけなかったんだ。…たとえ、うわさのことを知っていたとしても。


自習時間のあの時、何を聞いても教えてくれなかったのは、余計な事を話しているのを誰かに見られないためだ。
高杉先生がカマをかけたあのとき、何も言い返さなかったのは、これからの生活を心配してのこと。
…あの時私じゃなく妙ちゃんと一緒に帰っていったのは、前に一緒に帰ったことを誰かに知られてしまっているから。


これ以上うわさが大きくならないように、うわさがうわさのままであるようにするためだ。全部全部、私のためにしてくれたことだ。銀八ならきっと、そう。だって、自分のためには動かない人だから。…たとえば私と付き合っていて、それで教師をやめなければいけなくなっても、きっと銀八はその関係を隠したりはしないだろう。自分の利益のためには動かない、銀八が動くときは、いつも人のため。…大切な、人のためだ。


私のことが、大切だから。


「っ…、銀八っ…!」


ごめんなさい。疑って。…高杉先生に、どんなことがあっても貫けっていわれたのに、私は全然、守れてなかったのかもしれない。


涙が出た。…自分の、情けなさに。


十四郎は何も言わないで、ずっとそばにいてくれた。私はそのまま涙が収まるまで泣き続けていた。


銀八は、いったいどんな気持ちでいるんだろうか。でもきっと…これだけはいえる。銀八は、まだ私を好きでいてくれてる。


銀八なりの方法で、私を守ろうとしているんだ。









アトガキ。


ちょっとしつこいのでこの辺できりました。ってかここまで結論出ていてあとはどうするんですかー、って感じですよね…。まだあんまり決めてないんです。もともとあんまり結末を決めないではじめた連載なんで…行き当たりばったりって言うか、そのときの気分って言うか…なんかとんでもないものが出来上がったらどうしましょうね。最終話で主人公がいきなりモビルスーツのパイロットになるとかwww


さて…このサイトを見ていただいてる方って何人くらいいらっしゃるんでしょうね。定期的に見ていただいてる方がもしいらっしゃったらわかると思うのですが、最近頻繁に更新しています。休み中なので割りとがんばります。就職活動?なあにそれおいしいの?←


実はどうしてもやりたい連載ができてしまって、そのためにはまず終わりかけてるCherishとone more kissを終わらせなければいけないな…と思って、結構ハイスピードで書いてます。…私にしては、はい、スピード。ごめんなさい走るの苦手なんです。


最近バイトの方も忙しい時期なので必ずこの日に更新しますとはお答えできないと思いますが、できるだけ定期的に更新していきたいと思っています。よろしくお願いします。あと時間があるときに月夜の天気雨の修正もやらなければ…銀魂目当てできている方には関係ないお話でした。失礼しました。


え、えと!とりあえずこの辺で失礼します!
あと一話の予定ですので、どうかお付き合いください!









2010.08.16 monday From aki mikami.