graduation



あれから私は、銀八と距離を置くことを決めた。…近くにいたい気持ちはある。あるけど、銀八の思いを無駄には出来ない。…私のことを、思ってくれたんだから。嫌われたって誤解されるんじゃないかと思ったけど、銀八ならきっとわかってくれると思い直した。高杉先生に話したら、お前らは揃いも揃ってばかだな、と笑われた。


私は今、銀八に向けた手紙を書いていた。内容はそれほど難しいことじゃない。ただ、どうしても伝えたいことがあるだけ。返事なんて期待していない。


だからなのか、何から伝えていいかわからなくて、さっぱり筆は進まなかった。似たような文章を書いては消し、書いては消して、また思い悩む。…素直に自分の思ったことを、伝えればいいだけなのに。


センターも一般受験も終わって、いよいよ卒業間近というこの季節。みんな勉強なんてしてないし、授業もあっても午前中だけ。家庭学習期間なんてものまである。普通の学校がどんなもんかは知らないけど、うちの学校は生徒も先生もいい加減なやつしかいなくて、この期間は本当に勉強なんてしやしない。ほとんどの授業が自習。授業によっては映画をみたり、グラウンドで遊んだり…本当に自由だ。


うちのクラスも例に漏れず。しかも担任、銀八の授業なんて、真面目に行われるわけもなく。


私の隣の席で神楽ちゃんと新八くんが喧嘩という名の漫才を繰り広げるのをみながら、私はふと、あのときのことを思い出していた。







せっかくの午前授業だというのに、制服でこんなやつとこんなところで二人きりという事実に、思わずため息がでそうになった。


昼下がりの喫茶店。目の前にいるのは、元ストーカー…もとい、元彼。


さっさと家に帰ろうとしていた私に、いきなり声をかけてきて、今から遊びにいこうとか言い出した。行くわけないだろ、と言い返した私に、もうすぐ卒業だから記念に、とおかしなことを言い出したので、何が記念だバーカと言ってやったら、ならお茶だけでも、とやけに真剣な声で言われて、断りきれず…結局、こんなところまで来てしまったわけだ。


といっても特別話すこともなく、気まずい沈黙だけが降りて来ていた。


「えっと…久しぶりだな、こうやって話すの」


そんな当たり前なことを言い出すので、そうだね、とだけ返した。私は別に、こいつと話すことなんて何もない。


「なんか…ずいぶん元気そうじゃん。特に…3Zになってから」
「はぁ…そう?」
「そうだよ。昔はもっと大人しそうにしてたからな」
「余計なお世話ですけど」
「別に悪く言ったわけじゃないんだけどな。いい意味で…変わったよな、


いい意味で、変わった?言ってる意味がわからなくて、何も返事が返せなかった。そもそもこんなところまで連れて来て、そんな話をしに来たのか?こいつの意図が読めなくて、少し苛立った。


「で、何の用?」
「冷たいな。少しくらい雑談してもいいだろ」
「私になんのメリットがあるわけ?今更話すことなんてないから」
「はっきり言うなぁ。…本当、変わったよ」


どこかさみしそうにいうせいか、ちくりと胸が痛んだ。…確かに昔の私なら、こんなこと思っても言わなかった。…それだけ私が猫をかぶっていた証拠でもあるし、あのクラスで着実に変わっていった証拠でもある。…なんだか妙に照れ臭くなった。


「なんでもいいから、用件だけいってよ」


照れ隠しでつっけんどんな言い方になったけど、それに気分を害した風もなく、私の目をまっすぐ射抜いてきた。…妙に、どきりとしてしまう。


「じゃあ聞くけど…、銀八と付き合ってんの?」


その質問に、心臓が飛び跳ねた。…直接聞かれるのは、二度目だ。一瞬妙ちゃんの顔が浮かんだ。あれはきっと、噂のことを心配してくれていたんだろう。


「付き合ってないよ」


ありのまま、淀みなく返す。付き合ってないし、やましいこともしてない。…ただ、私があの人を好きって言うだけだから。


「そっか…なんか変な噂流れてるからさ」
「知ってるけど、嘘っぱちだよ。確かに仲はいいけど…クラスのみんなで遊んだり、進路のことで相談のってもらったりするだけで、それ以上のことは何もないから」
「ま、そうだよな。先生と生徒だもんな」
「そーそー」


銀八がやるいい加減な返事を思い出しながら返した。変な風に勘ぐられたら面倒だから。この話題には、極力触れられたくない。


「なら、さ…」


まだ、なにか?そう思った私の顔を、やけに真面目な目が捉えた。


「俺たち…やり直さねぇ?」
「…は?」


一瞬意味がわからなくて、思わず変な声が漏れた。


「なに、突然…」
「突然ってか…ずっと思ってたんだ。特に、が3Zにいってから」
「…なんで?」
「前は…前付き合ってたときは、なにいっても俺のいいなりって感じで、すげーつまんなかった。けど、3Zにいってからのは…あのときと違うっつか、自分の意見はっきり持ってる感じして…なんか、前より好きになってた」


そう言って、照れ臭そうに笑う。…こいつのそんな顔を見たことがなくて、少し戸惑った。


「もしよかったら…付き合ってほしい」


はっきりと、私の目をみてそう告げる。その目はあの頃とは違う…ちゃんと私を見て、ちゃんと私を好きなんだとわかる。真剣なんだとわかる。


茶化したりばかにしたりする言葉は、もう出てこなかった。


「ごめん」
「…」
「私…好きな人、いる」


ありのままの自分を見てくれた、だから、私もありのままの言葉で返した。好きな人が誰かは、言えないけど。


「…そういうと思ったよ」


ゆっくりと、静かに言葉を紡いだ。


を見てればわかってたよ。好きな人がいることも…それが、誰なのかも」
「っ、」
「大丈夫、誰にも言ってない。…これからも、言う気はないしね」
「…ごめん」
「謝んなよ。…ただ、伝えたかっただけなんだ。もうすぐ卒業だから…後悔したくないと思って」


そういうと、伝票を持って立ち上がる。…その表情には、本当に…少しの後悔もうつっていなかった。


「聞いてくれてありがと。…うまくいくといいな」


どこまでわかっているんだろうか。…たぶん、銀八の気持ちまではわからないんだろう。それでも、本当に私を応援してくれている気がする。だから。


「ありがと」


泣くなんて失礼だから、まっすぐ目をみて、言葉を伝えた。そうしたら、泣きそうな顔でにっこり笑って…そのまま、出口へと歩き出して行った。







あのとき、思ったんだ。私も…後悔しないように、今を過ごしたいって。


私はケータイを開いて、受信トレイの一番上のメールを開いた。


差出人は母親。内容は簡潔。


『来年からアメリカに行くけど、着いてくる?』


以前の母親だったら、きっと疑問符なんてついてなかった。ただひとこと、あんたも来なさい、って言われて終わりだっただろう。…でも、そうじゃない。私に選ぶ権利をくれた。以前聞いた銀八の言葉が、頭に浮かんだ。


…多分お前の母ちゃん、お前のこと大事に思ってるよ


本当にそうなのかは、未だにわからない。…けど、そうかもしれないと思える。それだけで、すごいことだ。そして、今私に与えられている選択権は、とても重いんだと実感する。


今の私には夢がある。けど、それを貫くことは、家族と離れるということ。…今までだって一緒にいたわけじゃないけど、すぐ会える距離にいたわけで…夢を選ぶことはつまり、物理的にも精神的にも、離れるということ。


私の中の答えはもう決まっている。ただ、それが正しい選択なのか、自信がなくて…誰かに、背中を押して欲しくて。


結局私は、メアドと電番を書いて、相談したいことがあります、とだけ添えて、手紙を折りたたんだ。…伝えたいことはたくさんあるけど、紙に書いたら、強がりばかりになってしまう気がして。


あとはこれをどうやって渡そうか…そんなことを考えていたら、銀八が大あくびしながらこちらにやってきた。ちなみに今は自習時間で、相変わらず隣では神楽ちゃんと新八くんがよくわからないやりとりをしている。まあ、いつものことなんだけど。


私のすぐ目の前で止まった銀八は、神楽ちゃんと新八くんの頭を定規でぶっ叩いた。…チャンスだ、と思った。


怒り狂う神楽ちゃんたちをなだめるふりをして立ち上がる。…自分の身体でみんなの視界を隠しながら、銀八のポケットに手紙を忍ばせる。左手はポケットに入れたままだったから、急に入ってきた異物に一瞬顔を上げた銀八だけど、それが私からとわかったからか、すぐに神楽ちゃんたちに向き直る。


なんだかいたずらをする子供みたいな気持ちで、神楽ちゃんたちのやりとりを眺めていた。







返事はすぐに返ってきた。あれが一時間目だったから、返ってきたのは二時間目の前だ。知らないアドレスからメールが来たと思ったら、メアドと電番、それに、悪用すんなよ!というメッセージに、銀八、と名前が添えられていた。


そしてすっかり夜もふけた今。
私は家のベットの上でケータイを前に正座をしたまま、あーでもなくうーでもない声を出して悩んでいた。


銀八の連絡先をゲットしたのはいいとして、…どうやって話を切り出そう。そもそも電話とメールどっちにしたらいいの?


くだらない悩みだとはわかっていても、こんなかしこまって連絡をとるのは始めてで…妙に緊張してしまう。そもそも銀八とはいえ、先生と連絡とるなんてはじめてだし…


なんてことをうだうだ悩んでいたら、急にケータイが鳴り出した。あまりに突然で肩が思い切り跳ねる。ディスプレイに表示された名前は、…今日登録したばかりの名前、坂田銀八。しかもメールじゃなくて電話だ。


もたもたした手付きで、通話ボタンを押した。


「はい…」
『でるのおせーんだよ』
「う…ごめんなさい」
『そもそもな、お前が相談があるっつーから待っててやったのに、なんでこっちから連絡しなきゃならねーんだよ』
「…ごもっともです」


呆れたようなため息。…はじめて電話越しに聞く声に無駄にどきどきしてしまう。それを悟られるのが悔しくて、出来るだけ平静を装った。


「色々考えてたんですよっ!電話とメールどっちがいいかとか、何から話そうかとか…!」
『バカかお前?メールで済むような話ならあの手紙で簡潔してるだろうが。それにいつも言ってんだろ?最初っから話せって』
「うっ…確かに…」
『…本当、馬鹿なやつ』


そういう声があまりにも楽しそうで、言葉が出てこなくなる。…愛しさばかりがこみ上げて来て、また悔しくなった。


『…ところでよ』
「へっ!」


急に銀八が声をかけるので、思わず変な声が漏れた。


「な、なに?」
『あー、お前さ、なんか欲しいもん、ある?』
「へえぇっ!?」


なんで、急に?意味がわからなくてさらに変な声がでる。


「な、なんで?」
『やー、その…な。…もうすぐ卒業だろ』
「う…うん、そりゃあね」
『卒業祝いになんかやるかなーっと思ったんだが…いいもん思い浮かばなくてよ』
「…そ、そうなんだ」


銀八がそんなこと考えるなんて。あまりに意外すぎて変な反応になっていたら、ちょっと恥ずかしそうに、なんかないか、と繰り返した。…この人、案外ロマンチストなのかな。O型っぽいしな。


「うーん…急に言われても…」
『ま、そーだよな。…わりィ』
「いや、謝る意味がわかんないんだけど…」


むしろこっちがごめんなんだけど。せっかくの善意なのに、わかんない、しか返せないんだから。


『ま、考えとけよ。欲しいもんあったらメールする。おーけー?』
「お、おーけー」


妙な勢いに押されて、そんな風に答えてしまう。でも正直、欲しいものって改めて言われても、すぐには思いつかない。自分で買えないようなものは欲しがらないしな…。


なんて考えてたら、銀八が、それで?と聞いてきた。そこで慌てて本来の用件を思い出す。危うく忘れるところだった。


そうやっていざ話してみると、電話の前にあんなに悩んでたのが嘘みたいに、私の口は淀みなく動き、最初からあったこと思ったことをありのまま話していた。母親からのメールのこと、自分の気持ち、…これからどうしたいのか、すべて。


話し終わった私に、銀八はただ短く、そーか、とだけ言った。


「そーかって…そ、それだけ?」
『それだけだけど』
「え…でも、なんかないの?賛成とか反対とか…」
『お前馬鹿だなー』


呆れたような困ったような、そんなよくわからない声で銀八が言った。


『そこまでお前の中で結論出てんならさ…俺から言えることなんてなんもねーだろ』
「そう…かな」
『そうだろ。ここで俺が親と一緒にアメリカ行けっつったって、どーせ聞かねーだろ』
「…うん、確かに」
『やりたいことがあるってちゃんと親に説明出来りゃ、親も納得してくれんだろ』
「…そうかな」
『そうじゃなけりゃ、着いてくる?なんて聞かねーだろ』


やけに自信満々で言うので、ちょっと否定したくなってくる。…でも、きっと銀八の言うとおりなんだろう。


だったらなおさら、選択権の重さがプレッシャーみたいにのしかかってくる。自分の人生は自分で決める、そうは言っても、それが正しい選択なのか…間違っていないのか、わからない。


『でもまぁ』


ぼんやりと考え込んでいた私に、銀八のやけにはっきりとした声が響いた。


『不安なんだろ』
「…」
『誰かに聞いて欲しかったんだろ、話』
「…わかんないの。私の選択が、正しいのかどうか。…今まで大人と同じように生きてるつもりだったけど、自分がどれだけ子供だか、痛感するよ」
『…正しいのかなんてこと、オレだってわかんねーよ』


つっけんどんな言い方に、少しどきりとした。


『なにが正しいのか、なにが間違いなのか…んなことはやってみねーとわかんねぇよ。むしろやったってわかんねーときもある。大人も子供もかわんねーよ。やってみて、色々もがいて生きていくもんだ。…ただな、大事なのは後悔しねーことだ。何があっても、自分が後悔しない道を選ぶ。基準なんてそれくらいしかねぇよ』
「…後悔しない、道」
…お前はこっちに残って、後悔しねーか?』


後悔。


その言葉を反芻しながら、考えてみる。


ここに残って…親と離れて、私は後悔しない?


「……うん」


自信をもって言える。


絶対に、後悔しない。


教師になりたいと思ったこと、大学に行きたいと思ったこと、日本に…ここに、残ること。


「私、後悔しないよ。…何があっても」
『そうか。…なら、大丈夫だろ』
「うん」
『それにまぁ…俺も、ついてるしな』
「ぷっ…!」


最後はちょっと照れ臭そうに言うもんだから、思わず笑ってしまう。笑うなって怒られたけど、その反応がなんだか可愛く思えて…また、笑ってしまう。


『だから笑うなっての』
「ごめんごめん。なんかかわいかったからさ」
『かわいくねぇよ!』
「はいはい。…でも、ありがと」
『あァ?』
「俺がついててくれるんでしょ?」
『…いらねーかよ』
「ううん。…すっごく嬉しい」


今こうして、そばにいられること。


これからも、そばにいさせてくれること。


仮面を被って過ごしていた退屈な私を、変えてくれたこと。


これまで過ごした、たくさんの思い出。


…きっと私は、なにがあっても…銀八を求め続けるんだろう。


「ねぇ、先生」
『あー?』
「私、がんばるね」
『おー。がんばれ』
「がんばってがんばって…失敗しちゃっても、いいんだよね」
『失敗なんて誰でもすんだろ』
「そーだよね。先生の人生間違いだらけだもんねー」
『お前なぁ…』
「うそうそ!じょーだんだよ!」
『こんにゃろー…』
「ははっ!ごめんごめん!」


こんなふうにじゃれあって、からかいあって…こんな関係になれるなんて、夢にも思わなかった。あたりまえに同じ教室にいられて、あたりまえに話せて、あたりまえに同じときを過ごせる。あたりまえに、私を視界に入れてくれること、それだけでも…ひとつひとつが、奇跡。


大好きだよ。今はまだ言えない言葉を、心の中でありったけ叫ぶ。


…伝わらなくてもいい、わかってなくても…きっと、同じ気持ちでいるって、思えるだけで。


それは、なんて素敵なことなんだろう。


そんなことを考えて、ちょっと恥ずかしくなって、思わず笑ってしまった。


その後は眠くなるまでなんとなく雑談して、また明日、で電話をきった。きる前に、卒業祝い考えとけよ、なんて言われてちょっと困ったけど。


贅沢な悩みだよなぁ、なんて思いながら、あれこれ欲しいものを考えていた。







あのあと、次の日にはすぐ親に連絡して…私の気持ちを、ありのまま話した。反対されるかと思ったけど、返ってきた言葉は意外にも、頑張りなさいよ、それだけだった。


そしていよいよ、今日と言う日がやってきた。


卒業式。


今日私は、この学校を卒業して、"生徒"じゃなくなって、…この校舎を出て行く。高校生の自分は、今日でさよならだ。…銀八の生徒である自分とも。


昨日の夜、銀八からメールが来た。


『明日、卒業式が終わったら話がある。時間空けとけよ。15時国語準備室行っとけ。鍵は開けとくから』


…ああ、いよいよなんだなぁ。


そんな風に思ったら、胸がどきりと高鳴った。


長く続くような気がしていた高校生活も、振り返ってみればあっという間だった。なんかババくさい考えだけど、本気でそう思う。


式自体はあっというまに終わった。校長の話は相変わらず退屈だったけど、在校生が歌ってくれた『旅立ちの日に』の合唱で、ぶわっと嘘みたいに涙が出て、普段は絶対に泣きそうもない十四郎まで涙目で、それが余計に涙を誘って…妙ちゃんや神楽ちゃん達と寄り添って泣いた。式が終わって教室に戻ってもまだ涙がおさまらなくて、銀八のいつもと変わらないゆるゆるなHRにも泣けてしまって…。泣いて泣いて、意味がわからないくらい泣いて…そんな私たちを、銀八は黙って待っていてくれた。そんな銀八から最後にもらった言葉はあまりに普段通りすぎて。


「おめーらの顔二度とみなくて済むと思ったら清々すらぁ。…でもま、時々は顔見せに来いよ」


さして感動する言葉でもないのに、やっぱり泣いた。こんな憎まれ口も今日で最後だと思ったらさみしくて仕方なくて、涙が枯れることはなかった。湿っぽいのが嫌いな人が多いクラスでも、こんな風に泣いて別れることが出来るなんて幸せだなぁと、クラス中を見回して思った。


そして、HRもいよいよ終わりというところ。銀八が締めの言葉を発するのを遮って、珍しく…おりょうちゃんが手を上げた。


「先生ー!今日みんなでカラオケ行きませんかー?」


その言葉に、みんな一瞬だけ黙り込む…けど、すぐにわっと湧きはじめて、次々と賛同し始めた。


「まぁ、いいわね!行きたいわ!」
「でしょー!みんなも行くよね?」
「カラオケキャフウゥゥゥゥゥ!!!!行きたいアル!」
「お妙さんが行くならどこまでも着いていきますよ!」
「よし!俺たちのラップを見せてやるときだな!なぁエリザベス!」
『見せつけてやるYO!』
「…ま、最後くれぇ付き合ってやるか」
「ベタじゃなーい?最後だけいいやつぶってベジータ気取りでさァ」
「とかいって沖田さんも行く気満々ですよね」
「新八くんもだよね、お通ちゃんのCD持ってるし」


いや、おめーもやる気満々でマイク持ってんじゃねーよザキ。心の中だけでつっこんだけど…正直、私は焦っていた。だって、今日この後は…


「あー、おめーらうるせーぞー」


ざわついた教室に、銀八のめんどくさそうな声が響いた。


「先生は三時から職員会議なので行けません。おめーらだけでいってこい」


え…?職員会議?三時に国語準備室じゃないの?


「終わったら行けばいいじゃないですか!」
「終わったらって、こっちにも都合ってもんがあんだよ。それになぁ、他にも用事があるやつだっているかも知れねーだろ」
「でも、今日が3Z最後の日なのに…」


そんなやりとりを横目に、私はメールの文面を思い出す。


…確かに15時、って書いてあったはずなのに。でもよく考えたら、メールには行っとけ、って書いてあった。それに鍵は開けとく、とも。…なるほど、鍵は開けとくから先に入って待ってろって意味だったんだ。


そう一人で納得していたら、急に頭の上で大きな声がした。びっくりして顔をあげると、両手を腰に添えて怒った顔をしている神楽ちゃん。


「え…な、なに?」
は今日行きたいアルな!」
「えっ…」


話の流れからして、カラオケのことなんだろう。神楽ちゃんだけじゃない、クラス全員の視線が私に集中している。一瞬だけ銀八をみたら、少し引きつった顔をしていた。ま、そりゃそうだろうね…。


もちろんカラオケは行きたい。けど、今日は…


「…ごめん、今日はちょっと…」
「ダメアルか?」
「う、うーんと…親と大事な話があって…」


神楽ちゃんのうるうるな目から逃れたくて、思わずそんな嘘をついた。クラス全員が私を疑いの目でみてる気がするけど、今日ばかりは譲れない。ほんの一瞬、銀八との約束をあとにのばす、なんてことも考えたけど…ムリだ。これまで、二ヶ月近くも我慢してきたんだから。…お預けなんて、ムリだ。


「あ、明日じゃダメかな?明日なら私フリーだし!」
「ホーラみろ、おめーらみてぇな暇人ばっかりじゃねーんだよ。っつーわけでカラオケは明日な。おい神楽、文句あっか?」
「むー…」


かなり不満気な顔の神楽ちゃん。そんな顔をされると、心が痛む。…でも、ここは心を鬼にしなきゃいけない。今日という日を待ち続けたんだから。


自分勝手なのはわかってるけど…ごめんね、みんな。


祈るような思いでみんなの反応を待っている私。銀八も冷や汗をかいてみんなの様子を伺っている。変な沈黙が、3Zを包む。


…お願い、誰かなんとかいって。


「…ま、しょーがねーだろ」


思い沈黙を破ったのは、十四郎だった。


「ムリなもんはムリなんだろ。諦めろチャイナ娘」
「……うーっ」
「そうよね。それに銀八先生はともかく、ちゃんがいないカラオケなんてつまらないわ」
「おい志村。俺はともかくってどーゆーこった」
「ね、神楽ちゃん。明日にしましょ?…みんなも、それでいいわよね?」


妙ちゃんのひと声で、まわりの空気が変わった。不満そうながらも妙ちゃんの言葉に頷いて、そうだね、とか、仕方ないね、とか、次々妙ちゃんに賛同する。…ああ、妙ちゃん、そして口火をきってくれた十四郎、ありがとう…!!


「あー、まぁそんなワケで、3Z最後のカラオケは明日に決定な。場所と時間は言い出しっぺのおりょうに任せるわ」
「なにその投げやり!」
「決まったら全員に連絡網まわしとけ。じゃ、HRしゅーりょー」
「早ッ!」
「先生これから職員会議があるから。けっこー忙しいんだよ」
「これからって、今まだ二時ですけど?」
「あのなー。俺の一服タイムなくす気かよ」
「知るか!ってかそんなことかよ…!」


そんなクラス全員のツッコミを受けた銀八は、ちょっとちっちゃくなって、恩知らずのガキどもめ、なんてつぶやいた。神楽ちゃんの鉄拳が飛んだのは言うまでもない…。


その後は結局、明日の十一時に学校前で待ち合わせ、場所はおりょうちゃんが予約してくれるってことで話がまとまり、HRはばたばたの状態で終了した。


最後まで、3ZらしいHRだった。







「ってわけですよ、先生!」


そんなわけで。事の一部始終を話し終わった私に、高杉先生は盛大なため息をついた。


「…だからなんだ」
「冷たいなぁ、もう。いいじゃん聞いてくれたって」
「知るか。俺には関係ねぇ」
「もー。最後まで優しくないなぁ」
「俺が急に優しくなって嬉しいか」
「え?嬉しいよ?」
「…」


ものすごーく呆れた顔で睨んでくる高杉先生。


ちなみに今は、三時に国語準備室に行って、色々あって一度家に帰って、高杉先生に会いにきたところだ。


国語準備室に、銀八はやっぱりいなかった。変わりに大きな紙袋が机の上に乗っていて、紙袋の上には銀八の字で、『これ着て16時半裏の公園』と書かれたメモが置かれていた。…そう、袋の中身はなぜか服。しかも結構可愛い服で、ローファーのまま着るのが躊躇われたので、急いでブーツとタイツを取りに返って、…で、最後にどうしても高杉先生と話したくなって、急いで学校に戻ってきて…今に至る。ちなみに職員会議は三年の担任だけなので高杉先生は関係ないんだとか。


椅子にもたれたままの高杉先生を見やる。その目は相も変わらず涼しくて、…こんな風に時間を共有することももうないのかと思ったら、ちょっとさみしくなった。寄りかかった机がぎしりと音をたてる。


「…今日で卒業なんだよねぇ」
「なに当たり前のこと言ってやがる」
「うん、まあ当たり前なんだけどさ…先生とこうやってしゃべるのも、最後なのかなぁって思ったら、さみしくなっちゃって」
「俺は清々すらァ」
「あ、銀八と同じ反応」
「…」
「ちょ、その反応怖いから!無言やめて!」
「おめーがあのバカの名前を出すからだろうが」
「ごめんなさいってば!じょーだんだよっ!」
「ったく。さっさと帰れ」
「ひどっ!いじわるっ!」


ふいっとそっぽを向いて、背中を机にもたれる。部屋の隅に入った時計が目に入って、そろそろかな、なんて考える。


いつもと同じ調子、同じ空気。…きっと卒業しても、この関係は変わらないんだろうな。


「ねぇ先生」
「あァ?」
「メールしていい?」
「…好きにしろ」
「お、珍しー!」
「あァ?」
「やけに素直じゃん」
「返事を返すとは言ってない」
「…やっぱ先生は意地悪の天才ですわ」
「フン」


背中で先生が立ち上がる音がする。私の横をすり抜けて、面倒くさそうな顔で歩いていって、きていた白衣を脱ぐ。帰るのかな?そう思ったら、鞄とコートを持ってこっちに戻ってくる。…また時計が視界に入った。4時15分。


着替えもあるし、そろそろ行こうかな?そんなことをぼんやり考えていたら、ふと視界が黒くかげった。何かと思って顔をあげると、そこには…高杉先生のドアップ。


「っ…先生っ…?」


声をかけても、先生はなにも言わずにこっちを睨む。距離をとろうにも、いつの間にか先生の腕で机の間に挟まれて、身動きがとれない。…意味がわからない。なんでこんな状態になってるの?


「…せんせ?」
「…」
「あ、あの…先生、どうしたの?」
「…、お前」


ようやくしゃべってくれたと思ったら、言葉はそんなところで途切れて…先生の顔が、こつん、と、私の肩にもたれてくる。こんなに近づくのははじめてで、動揺してしまう。


もらうぜ


瞬間的に、あのときの先生の言葉が頭をよぎったけど、すぐにあり得ないと打ち消した。


「せ、先生…?」
「…行くな」
「えっ…?」


状況が飲み込めなくて、頭がぐるぐるする。行くなって、どこに?


…銀八の、ところ?


「あ…の…」


なんと言っていいかわからなくて、さっきから意味のない声ばかりがもれる。そうしたら、先生の顔が持ち上がって…鋭い目が、私を捉えた。その目力の強さに、身体が硬直して動かなくなる。先生から、目がそらせなくなる。


…どれくらいの時間がたっただろうか。しばらく見つめあって、…やがてゆっくりと、先生が離れていった。


「…あ、あの」
「…」


顔をそらして、黙りこくる先生。…そんな、なにかいってくれないと、困る。


私は、どんな反応をすればいいの?


「…せ、先生…、その、…」
「…」
「あ、あの、えっと…ねぇ、聞いてる?」
「……くくっ」
「え?」


今、笑った?そう思って先生を見ると、先生の肩が小刻みに震えはじめた。…思ったとおり、笑ってる。そう認識した瞬間に、私は理解する。ああ、からかわれたんだ、と。


身体から力が抜けて、ゆるゆるとその場にへたり込む。


「本気で動揺しやがって…バカだねぇ」
「だ、だって、あんな鋭い目でみられたら…誰だって動揺するよっ!」
「くくっ…」
「もうっ!笑わないでよ!ひどいなぁもう!」
「ひでぇのはお前だろ」
「はぁ?なんで?」
「なんでもいいんだよ。それより…時間いいのか?」
「えっ…!」


先生に言われて時計を見ると、4時20分を少し回っていた。…もう5分以上もああしてたなんて…。それより、このままじゃ着替える時間がない。


「やばっ…遅れる!」
「裏の公園ならすぐだろ」
「だって着替えないと!一回コンビニのトイレでも行こうと思ってたのに…寄ってたら間に合わないっ!」
「ここで着替えてきゃいいだろ」
「え…でも…」


私服で学校って、まずいよね?いくら卒業したとはいえ…それに他の先生達に見つかったら気まずいし。


「窓から出てきゃいいだろ。靴は持ってくりゃいいし…幾ら破壊的な運動神経でも、一階の窓からなら出れるだろ」
「当たり前でしょ!悪かったですね破壊的な運動神経で!」
「自覚があるだけよかったな」
「もー!先生ってホンット意地悪!」


そんないつものやりとりをしながら、保健室のドアに向かう。まずは玄関に置きっぱのローファーを回収しなきゃ。保健室からなら目の前は裏門だし、公園はすぐだから、着替えも含めて5分もかからないはず。


「靴とりに行ってきます」
「さっさといけ。二度と帰ってくんな」
「はいはい。…ねぇ、先生」
「あァ?」
「…ありがとう」


心からいった私に、先生はふん、と鼻をならしてそっぽをむいた。…たぶん、照れ隠しだ。お礼をいうと、先生はいつもそんな顔をする。


いつも、私を支えてくれた、励ましてくれた、話を聞いてくれた、…そばに、いてくれた。意地悪もたくさん言われたけど、本当は優しいって知ってる。照れ隠しだって知ってる。


先生には本当に、どれだけ感謝したって足りないくらいだ。


保健室のドアを閉めながら、先生と過ごした日々を思った。…憎たらしくて大好きな、保健室の先生。これまでもこれからも、ずっと。







着替えが終わって保健室を出ようとした私に、先生は、なるほどあいつのシュミだな、といった。なんだか恥ずかしくなって、知らないよ、といって保健室を後にした。


私はいま、銀八のくれた服に身を包んでブランコを揺らして銀八を待っていた。


春っぽい白のワンピースに、パステルカラーのカーディガン。


これを銀八が選んでくれたのかと思うと、やっぱり恥ずかしくて…でも嬉しくて、持ってきた手鏡で何度もおかしなところがないか確認してしまう。ちなみに家に帰ったときにばっちりメイク済みで、髪の毛もちゃんとセットしてきたし、鞄も普段持ちと取り替えてきた。制服は持ってきた紙袋にいれて準備万端…なんだけど、時間が経つにつれて不安になっていく。


似合ってるかな?化粧変じゃないかな?時間あってるかな?銀八は…ちゃんと来てくれるかな。


時間は四時半を5分ほどまわったところだ。…職員会議が、長引いているんだろう。たぶんバカ校長が長々と話してるんじゃないかな。あいつの話は異様に長いくせにつまらないから最悪だ。


そんなことを考えながら鞄に手鏡をしまうのと、砂を踏む音が聞こえたのは同時だった。反射的に顔をあげると、公園の入り口から…珍しく走ってくる銀八の姿。


私の姿を捉えると、そのまままっすぐ走ってきて、わりィ遅れた、といいながら目の前で立ち止まった。…少し、息がきれている。本当に急いできてくれたんだ、そう思ったら、ちょっと嬉しくなった。


「大丈夫だよ。そんな待ってないし」
「ったくよ…あのバカが話なげぇから…」
「バカ?」
「バカ校長だッ」
「あ、やっぱり…」


どうやら私の予想通りだったらしい。今度あの触覚引き抜いてやる、なんていいながら頭をかく銀八。前に高杉先生も同じ反応してたなぁ、なんて思ったら、ちょっと面白くなった。


やっぱり、この感じだなぁ。そんな風に思う。こうやって銀八の顔を見て、銀八の声を聞いて、笑って…この感じが、一番しっくりくるんだなぁと、改めて思うのだ。愛しさがぐんとこみ上げてくる。


散々バカ校長に悪態をついたあとで、銀八が私を振り向いた。その目が私をじっと眺め回して、…さっきまでの緊張が、戻ってくる。


「あ、あの…あんま、見ないで…」
「なんでだよ」
「だって、変じゃない?化粧とか髪とか…」
「変じゃねぇよ。まぁそんな気合いれてきてくれるとは思わなかったけどな」
「ご、ごめん…!」
「なんで謝んだよ。かわいいに決まってんだろ、俺が選んだ服が最高なんだからな」


そういって、なぜか自信満々に笑う銀八。かわいい、なんて面と向かって言われるのに慣れてない私は、すっかり耳まで熱くなってしまって…恥ずかしさをごまかすように、思いついたまま言葉を発した。


「この服…ありがと」
「おー。気に入ったか?」
「うん。銀八にしてはセンスいいと思った」
「俺にしてはってなんだ俺にしてはって!」
「まあまあ。…でも、なんで?」
「卒業祝い」
「え?」
「…と、見せかけて、俺のシュミ」
「はっ…?」
「制服のままじゃ、生徒になっちまうだろ」


そういいながら、銀八がきていた白衣を脱ぐ。その下はいつものスーツじゃなくて、カジュアルジャケットにVネックにジーンズ。


"先生"じゃない銀八が、そこに立っていた。


「これで俺も、先生じゃなくなったぞ」
「…そんなこと気にしてたなんて、ばかみたい」
「うるせーなァ。お登勢のばばあにの先生であるうちはぜってー手出さねーって言っちまったんだから…しゃーねーだろ」


そういって、照れ臭そうな顔をする銀八。…毎日見ていた顔のはずなのに、知らない人を見てるみたいで…なんだか、胸がどきどきする。バカの話が長いせいで学校で着替えるハメになっちまって、なんて悪態をついている。…きっと、他の先生方に不信がられないように、白衣と眼鏡だけ身につけてきたんだろう。


「無駄に律儀なんだから」
「おめーもな。メアド教えたらもっとメールしてくるかと思ったが…本当にあのときしかしてこないでやんの」


いいながら、眼鏡をとる銀八。…これで本当に、私の知ってる先生の面影は少しもなくなった。


「だって、卑怯だと思ったから」
「卑怯?」
「卒業までは我慢するって決めたのに…甘えちゃいそうだったから」
「クソ真面目」
「いいじゃん」
「まあな」


眼鏡をポケットにしまってにっ、と笑う。その目は私の好きな、きらめいた目だ。…だから私は、その目に弱いんだってば。さっきから心臓がうるさくてしょうがない。


「…で?卒業祝いは考えたのかよ」


ふらりと視線を泳がせながら、銀八がいった。


「え?だって服…」
「それはシュミだっていったろ」
「え…でも…あの…考えてなかった…」


あの電話のあとは親にメールして、大学進学の手続きについて話し合って、3Zのみんなと遊びまくって…、卒業祝いのことは頭から消えていた。それに正直、冗談だと思ってたところもあるし。


「だと思ったぜ」


ふぅ、と小さくため息をついた銀八。なんだか申し訳ない気持ちになっていると、銀八がジャケットのポケットを探って、そこから小さな箱を取り出して、…それを、ほらよ、といいながら私に投げてよこした。慌ててキャッチして、まじまじと眺める。


パールホワイトの箱に、ピンク色のリボン。白い花の飾りがついている。


「これ…」
「大したもんじゃねーけど…卒業祝い、ってことで、許して」
「…あけても、いい?」
「おー」


ふいっと顔をそらしながら、つぶやくように答える。…私は、どきどきする胸を抑えながらリボンをほどいた。…中身は、なんとなく想像がつく。つくけど、手が震えて仕方ない。軽く貼られた透明なテープをなんとか剥がして、…震えたままの手で、蓋を開ける。


中には、シルバーの指輪がおさめられていた。


「これ…私に…?」


こんなことが、あっていいんだろうか。こんな幸せなことが。…今あることは全部夢で、起きたら全部なくなってるんじゃないの?そう思うくらい、嬉しくて…思いが溢れてきて、とまらない。


「…いらない?」
「いる!」


いるに決まってる。そう答えた声は、感情の波に流されて弱々しくなってしまった。銀八は、ふっと笑って、…私を、抱きしめる。力強い腕が、温かい。


「好きだ」
「…っ」
「お前は?」
「…私もっ…好き…!」


ああ、やっと言える、好きだって。愛しすぎてどうしようもなくて、涙が溢れてくる。


「よく出来ました」


優しい声でいいながら、頭を撫でてくれる。それが心地よくて、銀八の服にしがみついた。


「もう、生徒扱いしないでよね、先生のばーか」
「うるせー。くせが抜けないんだよ。…お前こそ、先生って呼ぶなよな」
「うん。…銀八」
「なんだ?」
「…さみしかった」
「甘えん坊が」


少し身体を離して、持っていた箱から指輪を取り上げる。銀八の左手が私の左手をとって、…薬指に、指輪がはめられる。


「うっし!サイズぴったり!」
「…サイズわかんないのによく指輪なんて買えたね」
「ま、毎日観察してたからな。それにサイズ交換は無料だっていうしよ…」
「なるほど。…ありがと」


観察されてたってのがちょっと複雑だけど。でもそれ以上に嬉しくて、また銀八に抱きついた。まだ少し冷たい春風が、どこからか花の匂いを運んでくる。もうすぐ桜の季節だなぁ。そんな風に思いながら、薬指に輝くシルバーを見つめる。


ずっと、上手に生きているつもりだった。つっぱって、いい子を演じて、みんなに好かれようとして…。銀八は、そんな私を変えてくれた。そして、…愛してくれたんだ。


「銀八」
「ん?」
「愛してる」
「…俺もだよ」


ありのままの私をみて、そんな言葉を返してくれる人がいるなんて知らなかった。銀八は私に、色んなことを教えてくれた。


…そしてこれからも、色んなことを教えてくれるんだろう。


誰よりも大好きな、私の先生。



「ん?」
「あのさ…キスしていい?」
「えっ!!何でいきなり…!」
「いきなりって…散々我慢してきたんですけど?」
「うっ…」
「なぁ、ダメ?」
「うぅ…ダメじゃ、ないけど…」
「じゃ、顔あげて」


恥ずかしいよ。そういうより早く、銀八の手が私の頬を包む。ゆるゆると顔をあげると、…銀八の、きらめいた目とぶつかった。


この人は、魔法でも使えるんだろうか?そう思えるくらい…驚くほど自然に、キスしたい、そう思った。


銀八の顔が近づいてくる。それに答える言葉のかわりに、ゆっくりと目を閉じた。


そのとき。


「ぜっっったい許さないわよォォォォ!!」


そんな声が聞こえて、私たちは同時に声の方を振り返った。聞き覚えのある、この声は…


「私の先生と、キ、キ、キスなんて…絶対許さないわよォォォォ!!!」
「ちょっ、さっちゃんさん!やめてくださいよ!」
「そうネ!せっかくいいとこだったのに!」
「まったくだわ。それに猿飛さん?銀八先生はもうあなたのものじゃなくて、ちゃんの…」
「認めるかァァァァァァ!!!」
「ったく、うるせェやつらだな。…だから着いてくんなっつったんだよ」
「土方ひとりにこんな面白えもん独占させるわきゃねーだろィ」
「キキキキキ、キスなんて、ふしだらなぁぁぁぁ!お父さん認めません、認めませんよォォォォ!!」
「委員長、お父さんじゃありませんよ」


「「…」」


勢ぞろいじゃねェかァァァァァァ!!!!


どっから見てやがった?
まさか最初からかっ!
っつーかなんでここに居るって知ってんの?


色々頭を巡らせたけど…ムリ。恥ずかしさキャパオーバー。


私の頭が、ぷつん、と音をたてた。


「…み・ん・な~?」


私の声に、3Zのみんながこちらを振り返る。全員が全員、引きつった顔をしている。


「覚悟は…出来てるよねぇ?」


ああ、激しい怒りは度を越すと、楽しさに変換されるんだなぁ。そんなことを実感しながら、指の骨をぱきりとならした。


世界中に届きそうな3Zの断末魔が、夕暮れの空に響いて溶けていった。









アトガキ。


…またこのオチかい!と思われた方もいるかも…。でも実は、オチは必ずこのオチで行こうと決めておりました。というのもskyblue AND whiteのオチがみんなでわいわい、だったので、それに近い感じで締めようと思ったわけです。


さて…7話にわたって連載してきましたが…どうだったでしょうか?
正直学園パロって、設定には胸キュンですが、書くのが難しくて…私が高校生から遠く離れてしまったせいもありますが、なかなか困ることが多かったです。
ですが逆に、自分の青春時代を思い出すことが出来て楽しくもありました!


あ、ちなみに銀八がくれた服についてですが…デザインはみなさんにお任せします!←
カーディガンの色もあえて限定せず、パステルカラーとだけ書かせていただきました。人によって似合う色はちがうでしょうし。ワンピースは何色にでもあう春っぽい色、ということで白にしました。


そしてもうひとつ。
途中高杉がヒロインにせまる?シーンですが…あの行動には意図がありまして。
ああやって時間ギリギリにして保健室で着替えるように仕向けることで、銀八の"選んだ服を一番に見る"権利をさりげなく奪ったんですね。高杉は銀八が自分の趣味全開で服を選んだだろうと予想していたんです。つまり、高杉の小さな日頃の憂さ晴らしだったわけです(笑)本当は本編に書きたかったんですが、入れる隙がなく…自分の文才のなさが恨めしいです。


ひとまずハッピーエンドにできてよかった…本当はもっと違う結末を予定していたんですが、4話あたりから思わぬ方向に進み始めてしまって…(笑)
まぁ元々細かいことは何も決めずに進めた連載だったんですけどね…。完結できて、本当によかったです!


付き合ってくださったみなさま、本当にありがとうございました!また懲りずに連載をしようと思ってますので、よろしければお付き合いくださいませっ!









2013.09.09 monday from aki mikami.