another story



「ここに呼び出された理由、わかってんだろうね?」


ババアのしわがれた声が、理事長室に響いた。


「あァ?また家賃のことか?」
「ま、是非払ってもらいたいもんだけどね。…わかってるから、来たんだろう」


煙草の煙を吐き出しながら、じろりと俺をみる。俺は何も答えずに、胸ポケットから自分の煙草を取り出して、火をつけた。


「あんた…と付き合ってんのかい?」


率直な質問だった。それだけで、今日の話の流れはわかる。


「付き合ってねーよ」
「…まあ、そうだろうねぇ」


お登勢が灰を落としながら答える。俺はそのやけにゆっくりした仕草をみたまま、黙っていた。


「…最近噂になってる。あんたとが付き合ってるってね」
「知ってるよ」
「だったらあんたが取るべき行動、わかるだろ?」


俺が取るべき行動。そんなものはわかってる。…距離を置くべきだ。俺の為…の為に。


「わーってるよ」


だが、それをしてどうする?今こうして気持ちを抑えてそばにいるだけでもめんどくせえのに、これ以上めんどくせえことをしてなんになる?がその程度の噂を気にするとも思えない。何より付き合ってねぇんだから、噂は事実無根だ。


…俺が距離を置いたときの、の悲しい顔を見る方が、辛い。


「…あんたの考えてることは大体わかるさ。に泣かれるのが嫌なんだろ?」
「…わかってんなら口出すなよ」
「悪いけど口出させてもらうよ。…あんた、このままじゃを潰しちまうよ」
「意味がわかんねぇ」
「バカの耳に入ったらどうするんだい」
「だからなんだよ。付き合ってねぇんだから問題ねぇだろ」
「お互い気がある時点で問題ありだろうさ。…バカはあれこれあんたの粗探してるからね」
「俺のことはどうでもいいだろ」
「バカの性格考えな。…、進学するんだろ?」
「…」


バカのひと声で、の進学がダメになる?んなばかな。そんなことできるわけがない。


「元々あの一件で、バカのへの印象はよくないんだよ。あのバカは大学のお偉いさんに無駄に顔がきくからね、やろうと思えば色々やれるだろうさ。…それに、生徒たちの間でも、それ以上の噂が流れ始めてる」
「それ以上?」
があんたをたぶらかして内心をあげてるとか、あんたに無理やり頼んで3Zに入ったとか…もっと悪い噂も色々あるさ」
「はっ…くだらねぇ」
「そりゃああんたやのこと知ってるやつらはそう思うだろうさ。ただ、…あの子はそう思えるかい?」


その言葉に、の顔が浮かぶ。…くだらねぇと笑い飛ばす姿と、苦しみを押し殺して笑う姿、両方思い浮かんで、消えた。


「学校としても、そう思われるって時点でアウトだからね。…他の生徒たちに示しがつかないだろ」
「…」
「この学校にいる以上、学校のルールに従ってもらわなきゃならない。…あんたが先生で、が生徒である以上はね」
「…ルールねぇ」
「正直あたしゃどっちでもいいんだがね。人の恋路に口出すなんて野暮な真似、本当はごめんなんだよ」


煙を肺に吸い込んで、細く吐き出す。…吐き出しながら、考える。残り約2ヶ月。


は、理解してくれるだろうか。


「…卒業すりゃ」
「あァ?」
「式が終わっちまえば、関係ねーだろ」
「そりゃそーさ。式が終わればは生徒じゃなくなる。学校のルールなんて関係ないよ」
「…ま、たりめーだよな」


言いながら、煙草を灰皿に押し付ける。めんどくせえが、…この学校で、最後までを守ってやるためなら、仕方ない。


それしか方法がねーんなら。


「あいつが生徒でいる間は手ださねぇよ。…っつーか、もとより手だす気はねーけどな」
「…男の甲斐性てやつさね。辛いだろうけどがんばんな」
「別に辛かねーよ」


の辛さを思えば、なんてことねぇ。


口に出さずに、お登勢に背を向けた。呼び止められたが、返事すんのも面倒で、無視して理事長室をあとにする。


部屋を出る直前、ちゃんと事情話してやんなよ、と言われたが、そんな必要はない。


きっとなら、自分で気づくはずだ。時間がかかっても、きっと。







とメールをしたのが昨日。で、今日はせっかくの休みで家で寝ていたい気持ちもあったが、どうしても早めに見ておきたいものがあった。昨日話した卒業祝いだ。


欲しいものがあったらメールしろとはいったが、たぶん親との連絡でいっぱいいっぱいで、俺の話なんて冗談程度にしか思ってないだろう。あいつの欲しがりそうなものを考えなければいけない。


…つっても、実はもう物は決まってる。あとはデザインとサイズと俺の懐具合の問題だ。


アクセサリーショップの場所を思い出しながらバイクを走らせる。信号が赤に変わって停止したので、他にもいい店はないかと辺りを見回した。


そのときふと、ショーウインドウに並ぶ一体のマネキンが目に入った。


白い春物のワンピースだ。茶色いカバンが肩から下がっている。アクセサリーの類はついていない。足元の靴が片方だけ脱げていて、おそらく入れ替えの途中だろうことが伺える。


があの服を着ている姿が浮かんだが、すぐにらしくないと打ち消した。そんなふうにぼーっとしていたら、後ろからクラクションが聞こえて、慌てて前に向き直り、再びバイクを走らせる。


また、の顔が浮かんだ。あの服を着て、俺の好きな笑顔を浮かべるが。


「…あー、くそっ!今月ピンチなんですけど!」


こりゃまた家賃滞納だな。そう思いながら逆車線にでた。らしくねぇって自覚はある。恥ずかしい気持ちもある。それでも、頭の中のはあの服を着て、楽しそうに笑う。俺は変態かッ。


これで喜ばなかったらどうするか…なんてうすら寒いことを考えながら店に近づく。まだマネキンの靴は脱げたままだ。あの状態だけみたら、新しく入ったのか撤去されるところなのかはわからない。


店の脇にバイクを止めた。…近くで改めてみると、ますますに似合う気がしてくる。…だが、服なんて買ってどうする?嫌がりはしないだろうが、買っていく意味がわからない。


だが、が喜ぶならそれでもいい気がする。今はなかなかみれないの笑顔が、服一着でみれるなら、それでも。


それに、いくら式が終わったらと言っても、制服をきて校舎にいる以上生徒には違いない。


「あの…プレゼントですか?」


マネキンを見ながら思考していた俺に、女が店から半分だけ顔を出して聞いて来た。


「あー…まぁなんつーか、そのー」
「彼女さんへの贈り物ですか?」
「えっ?あー、か、彼女…ってわけじゃ、ねーけど…」


突然声をかけられて、動揺して、いらんことまで口走る。そこは別に彼女でいいだろ、ややこしいから!


「あら。なら好きな女性に?」
「あ、あー…ま、そんなもんで」


否定するのが面倒くさくてそういうと、店員の女はなぜか目を輝かせた。女はコイバナが好きだというが、見ず知らずの男の恋路にまでときめくもんなのか?


「素敵ですね!どんな方なんですか?」
「はっ?どんなって…」
「お仕事先の方ですか?」
「…まぁ」
「実はこの服、デザイナーのハンドメイドで…世界に一着しかない試作品なんですよ!今日完成したばかりなんです!」
「へー、そうっすか」


聞いてもいないことをつらつらと、楽しげに話す店員。だが女のファッションに興味がない俺には、それがどれくらいすごいことなのかわからないし、なぜこれが試作品なのかもわからない。


「春のデート服、ってテーマなんです。…シーズン毎にデザインを変えて売り出す予定で…これはその試作品第一号なんです!評判がよければ発注かけれるんですけど、まだ企画段階なんですよね」


さも楽しげに語る店員だが…俺には理解しがたい言葉のオンパレードで、軽く頭が痛くなる。語るなら別のところでやってくれ。そう思うが、店員はよければどうぞ、なんていいながら俺を店の中へ促す。普段なら面倒くさくて帰るところだが、服、すぐにお取りしますね、なんて言われたら帰るわけにもいかず…仕方なく店内に入る。中には当然女性客しかおらず、かなり視線がいたい。


店員はマネキンから服を脱がせると、ハンガーにかけながら俺の方に戻ってきた。


「こちらです」


こちらです、と言われても。仕方なく服を受け取るが、どうしたらいいかわからない。だが店員は構わず、また話し始める。


「お値段もお安いんですよ!リーズナブルで誰でも買えるようにっていうデザイナーのこだわりです!」


そう言われて、服についたタグをみた。確かに、散々偉そうな説明をしたわりには4990円と高くはない。…っつーか、いつも思うがなぜレディースはこんなに安いんだ。俺のジャケットなんて一万くらいしたぞ。


これくらいならギリギリだな…そう思ったところに、いつ渡されるんですか?なんて質問をしてきた。まったく、よくしゃべる店員だ。


「あー、三月一日だな」
「なるほど、もうすぐですね。…ならワンピースだけじゃ寒いと思うので、こちらのカーディガンなんていかがですか?」


そういいながら、店員の後ろにあった棚から淡い色合いのカーディガンを出してきて、俺が持っていた服にカーディガンを羽織らせた。…確かに、組み合わせは悪くない。だが予算オーバーだ。カーディガンがあった棚の上には5490円とデカデカと書かれている。っつかなんでワンピースよりカーディガンの方が高いんだよ。


「あー…」


だがこういうときに限って、高い、という言葉が出てこない。始めて美容室に入ったときのあのアウェー感と似ている。


俺が答えあぐねていると、店員は相変わらずの調子でまた話し始めた。


「このカーディガン、触り心地もいいし色もたくさん種類があるのでオススメですよ!それにあんまり飾りがついてないから、お仕事するにも羽織れますし。…あ、ちなみにお客様はお仕事なにされてるんですか?」


そんなこと聞いてなんになる。そう思いながらもひとこと、教師です、と返した。この店員は、人を自分のペースに巻き込むのが好きらしい。


「なら、贈る方は別の先生ですか?」
「あー…っと…」


何か答えようとして、ふと思い出した。店の中にはいる前に、贈る相手は仕事先の人かと聞かれて、はいと答えていたのだ。先生に肯定しないとなると、残りは必然的に…


「えっ…もしかして、生徒さんに…?」


口元を両手で覆い、目を丸くする店員。…まあ、当然の反応だろう。思わぬところに話が及んで、思わず顔が引きつった。


だが店員は、そんな俺になんの反応も示さず、俺が持っていた服を受け取ってレジへと歩いていく。俺、まだ買うなんていってねぇんだけど。思いながらも仕方なく店員の後ろをついて、カーディガンはいらないと言おうとしたら…店員は、なぜかカーディガンの値札だけを読み取って、金ももらってないのに精算し始めた。


「あのー…」
「…素敵なお話を聞かせていただいたので、カーディガンはサービスしちゃいます」
「…は?」
「ワンピースのお支払いだけで結構ですよ」
「はぁ…そりゃありがたいっすけど…いいんですかね?店長の許可もとらずに」
「大丈夫です。私が店長ですから」


俺はその言葉に耳を疑った。誰が、店長だって?


「私、このお店の店長兼デザイナーの、綾瀬と申します」


そう言って、ぺこり、と頭をさげる。…ちょっとまて。デザイナーっつーことは…


「…この服も、あんたが?」
「はい。新しいコンセプトでやってみたくて、私が作りました。…まあ、うちは素材のよさを売りにしていてその変わりお値段がはるので、本社と意見が合わなかったんですけどね」
「あぁ、それで試作品って?」
「はい!二週間だけ売ってみて、その状況次第では採用してやるって言ってもらえたんです!」


これでようやく、あんなにたのしそうにしていた理由がわかった。自分が作った服に興味を持ってもらえて、嬉しかったんだ。


「私の始めての挑戦の、始めてのお客様ですから!これくらいサービスさせてください!…あ、ただし、他のお客様には内緒ですよ」


そう言って口の前で指を立てる。いたずらっ子のようなその目に、一瞬と同じような空気を感じた気がした。俺は同じ仕草でりょーかい、と返した。


そのあとは、カーディガンの色だけ選ばせてもらって、精算して店を出た。店の外まで見送りにきて、俺がバイクを走らても、ずっとその場に立っていた。


サイドミラーに写ったその顔は、晴々としていた。







走り去っていくバイクを見ながら、私はあの人を思い出していた。


ぶっきらぼうな態度、時折見せる笑顔、低い声、少し冷たい手。


「うまくいきますように」


そして、私の服が少しでもお役にたてたら、それほど幸せなことはない。


「…明日、会いに行ってみようかな」


結局私の思いは、いうことができなかったけれど…今なら、言える気がするから。


あの二人、きっとうまくいくよね?


ね、高杉先生。









アトガキ。


まさかのオチ?でした。
この設定は、本編のオチを考えついたときに何となく思いつきました。あと、銀八が服を買ってきた動機がなんか曖昧な気がしたので、その辺もしっかりさせたくて書いたんですが…書いたら余計曖昧になりましたねww


私はアパレルで働いたことがないので詳しいことはわかりませんが…新しいことを始めるのはなかなか大変ですよね。


そういう意味でこの店員さんはがんばりやなんですが、読んでお分かりのとおりからまわりしやすいところもあります。…まあ、どうでもいい設定でした。


こんなどうでもいい話を読んでくださりありがとうございました!これからも雪見酒をよろしくお願いします!









2013.09.11 wednesday from aki mikami.