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第一話

+真っ赤な飛沫と銀色の髪+

場面 一


目が覚めたらここにいた。


…これは、何?


自分の今の状況が飲み込めなくて、目を瞬かせた。だって私が今いる場所は、明らかにおかしかった。


空は暗く雲が垂れ込め、草は色を失い、風の音がうるさい。遠くで動くものは人ではない形をした生き物と、それに刀を向けている人間。


戦争。


そんな言葉が、一瞬頭に浮かんだ。


そう、ここはまるで戦場だった。戦国時代の合戦のような…唯一つ違うのは、争っているのが人間とバケモノだということ。…一体どうなっているのか、わからなかった。


とにかくこのままじゃいられない。そう思って歩き出してみる。と同時に何かに蹴躓いて、危うく体制を崩しそうになった。それを何とか両手で支えて踏みとどまる。


そのとき、遠くにいたバケモノと目が合ってしまった。…背中をひやりとした感覚が走る。逃げなければ、そう思ったけど、転んだ衝撃と恐怖で足が動かなかった。


バケモノは周りにいた人間を斬りつけてこちらへ走ってくる。そのスピードは異様に早く、声を上げるヒマもない。


 斬られる。


そう思って咄嗟に目を瞑る。だけど、痛みの変わりに私を襲ったのは、強い衝撃音と耳に残る飛沫の音だった。


恐怖を押さえ込んで、ゆっくりと目を開ける。


そこには、人が一人立っていた。白い羽織に白いハチマキのようなものを巻いていて、曇り空の下でもわかる銀色の髪の毛。


…その姿は、あの人に似ていた。


「なにやってんだ、逃げろ!」


その人はそう叫んで、次々襲ってくるバケモノを斬り倒す。…その声までもが、似ている。


「…あ…足が…動かな…」


震える声でそう伝えると、その人は小さく舌打ちをした。すばやい動きで振り返り後ろのバケモノをなぎ倒すと、荷物のように私を脇に抱えて軽々と走り出す。急に持ち上げられたことに驚いて、履いていた靴が地面に擦れた。


「足上げとけ!」


走りながらそう叫び、向かってくるバケモノにためらいなくつっこむ。鋭い刃先が敵を斬ると、真っ赤な飛沫が私の顔にまで飛んだ。


走って走って、やがて少し木に隠れた場所へ来ると、ゆっくりと地面に下ろされた。私は今まで見られなかったその人の顔を見ようと、すばやく顔を上げる。


「オメーはバカか!何であんなとこにいた!」


坂田銀時。


ひどく怒った様子で私に叫んだのは、思ったとおり銀ちゃんだった。…頭が混乱して、何も言葉を返せない。…すると、離れたところから銀ちゃんを呼ぶ声が聞こえた。


「おい、銀時!」
「ッ」
「おー、ヅラ」
「ヅラじゃない桂だ!貴様何をやっている!」
「いや…それが、コイツがよォ…」


そういって銀ちゃんが私を見るので、彼ら…ヅラ、高杉、辰馬の視線も、こちらに集まった。そしてそこでようやく理解する。


…ここは銀魂の世界で、しかも攘夷戦争時代だ、と。


「なんだこの女は」
「しらねーよ。いきなり戦場のど真ん中に飛び出してきやがって。天人に斬られそうになってたから助けてやったんだよ」


全員がいぶかしげな顔でこちらを見ている。…私は何も答えることが出来ず、黙って4人を見上げていた。すると、妙な物音が向こうの茂みから聞こえる。その瞬間、4人は私から意識をそらし、私を囲むような形で後ろを振り返った。


「…見つけたぞ…人間の女だァ」


気が付くと、そこにはさっきのバケモノと似たようなものがたくさん私たちを囲んでいた。…これは天人、銀ちゃんたちの敵だ。


「あァ?人間の女がどうした」
「地球産はなかなか顔がいいのが多いからな。連れて帰ってかわいがってやらァ」
「貴様らのような下賤なやつらには扱いきれまい。去れ」
「んだとコラァ!もういっぺんいってみやがれ!」
「何度でもいってやらァ」


高杉の冷たい声が、凛と響いた。


「…死ね」


その言葉を合図にして、4人が一斉に天人の軍勢に斬りかかった。私はただ地面に腰を下ろしたまま、その様子を茫然と見ている。…動いたら、死ぬ。そんな気がしたからだ。


天人が次々となぎ倒されていく。その様子は、漫画で読んでいたときのような、カッコいいなんてものじゃなかった。


…怖い。


ここは紛れもない戦場で、今繰り広げられているのは紛れもない戦争。地面を蹴る音、刀が対峙する音、血が吹き出る音、生臭い風のにおい。


「後ろじゃ!」


辰馬が私を見て叫んだのが聞こえて、跳ね上がり後ろを振り返る。天人の手が私を抱えあげたと思ったら、横から銀ちゃんが天人の胴体にけりを喰らわせた。天人と一緒に地面に叩きつけられると、銀ちゃんが私の手を引っ張って起こし、庇うように抱え込んで持ち上げられる。


「ぼさっとすんな!」


頭の上からの怒声にはいと答える暇もなく、銀ちゃんはばたばたと天人をなぎ倒していく。顔に生温かい液体が飛び散って吐き気がこみ上げた。これは現実なんだと、私の五感すべてが告げていた。


銀ちゃんの顔を見上げる。…その顔は、私が知っているどの顔とも違う。これが、"白夜叉"の顔なんだ、と思った。

場面 二


どれだけ走っても天人は追ってきた。そしてそのすべてを、銀ちゃんたちは残らずなぎ倒していった。…私は、最後まで見ていることしかできなかった。


しばらくすると、銀ちゃんたちが住まわせてもらってるという下宿に到着した。どうやら銀ちゃんたちの他にも攘夷志士がたくさん住んでいるらしい。私は銀ちゃんの部屋に通された。


まず聞かれたのは、私は何者なのかということと、何処から来たのかということだった。…ホントのことをいおうか迷ったけれど、やめにした。この時代で「別の世界から来ました」なんていったら、私も天人だと思われて切られてしまう。…この時代にしては珍しい洋服をごまかすために、天人にさらわれて、命からがら逃げてきた、といううそをついた。うそなんてつきたくないけど、仕方ない。


その後、私は銀ちゃんにここにおいてくださいと頼んだ。掃除でも洗濯でも、私に出来ることなら何でもやりますと。…今の私には、ほかにいくあてなんて無いからだ。


そうしたら銀ちゃんはとても困った顔をして、家はねえのか、とか聞かれて、ないですと答えたら、今度はひどく戸惑ったようにほかの3人に視線をめぐらせた。…でも、3人とも何もいわない。だからなのか、銀ちゃんはちょっといってくるといってその場からいなくなってしまった。


それからしばらくは、銀ちゃん以外の3人に囲まれて座っていた。その間にこの時代の状況を聞いたりなんだりして、銀ちゃんが戻ってくると…なんだか改まった様子で、私の正面に胡坐をかいて座った。…ちなみに、高杉はつまらなそうに襖にもたれている。


「ま、とりあえずアンタの部屋はここだから」


そう口火をきった銀ちゃん。私はなんと答えていいかわからず、はァ、と曖昧な返事を返した。


「男と一緒は嫌だとか文句言うなよ?他に空きなんかねーんだから」
「は、はい…」
「それと、敬語も禁止な!」
「え…?」
「見たところアンタ、俺らより年上だろ」
「…わかんない」
「とにかく俺にもコイツらにも、敬語はなしな!」
「はい」
「ホーラ!そこはいじゃねェだろ」
「……うん」
「よろしい」
「…、え、と、てか…住まわせて…もらえるの?」
「だからこういう話してんだろーが」
「…そっか、へへ」


なぜかふん反り返って偉そうな銀ちゃん。私はほっとして、思わず笑ってしまった。すると、ヅラも辰馬も、かすかにだけど笑ってくれる。


…ただ、やっぱり高杉だけはつまらなそうな顔をしていて、それがいやに気にかかる。さっきまではなんともなかった気がするんだけど…。チラと視線をやると、それに気付いた銀ちゃんが高杉を見ながら、あーあいつはね、と言った。


「ああいう奴なんだよ。怒ってるとかそういうんじゃねーから」
「…そうなの?」
「そうなの。だから気にしなくていいぞ」


と銀ちゃんが言うと、僅かに顔をあげてこちらをにらんでくる高杉。そのことに思わず固まると、今のは俺にな、と言って頭をクシャクシャと撫でられる。…さっきから、子供扱いな気がする。私の方が年上って言ってたばっかなのに。


「とりあえず、…置いといてやっから、もう二度と戦場に飛び込むとかやけくそすんじゃねェぞ」
「いや…やけくそっていうか……」
「なんでもいいからよ。…とにかく約束しろ、危険なことはすんな」
「……はい」
「よっし」


そしてまた、えらそうに笑う銀ちゃん。今日であったばかりの私にそんな笑顔を向けてくれるなんて。…やっぱり昔の銀ちゃんも、全然変わりなく優しいままなんだと、安心してしまった。…私の大好きな坂田銀時だ。


でも、それと同時に気にかかる。戦っている間の、あの表情。あの空気。


私が気にしたって、仕方の無いことだけど。


私は何か言い合いを始めた銀ちゃんと辰馬(というか銀ちゃんが一方的に怒鳴っている)に噴出しながら、釈然としない気持ちを抱えていた。

場面 三


そのあとは、4人(高杉はしゃべらないけど…)と話をして、私はどんなことをすればいいかとか、いろんなことを考えていた。ここには女の人がほとんどいないんだそうだ。たとえいたとしてもお偉いさんの娘さんとかで、とても私が話しかけていい立場の人じゃなくて、とにかく私はすれ違った人たちには必ず頭を下げることと念を押された。…大丈夫、言われなくてもそうするつもりだった。居候の身なんだからそれくらい当然。ましてこの時代だ、もっとそういうのにうるさいはず。


あと困ったのは生活様式で、こっちと向こうじゃ全然違う。この時代に生きてるんだから知らないはず無いだろという疑問は当然あったけど、そこらへんはずっと天人に閉じ込められていて、何もさせてもらえなかったからと、かなり微妙な言い訳でごまかした。3人はどうやら納得してくれたようだけど、…やっぱり高杉だけは、疑うような目を私に向けていた。


話が終わったあとは、二人でいるには部屋が汚すぎるっていって片付けたり、布団を運んできたり、銀ちゃんが持ってきた洗濯物をきれいにたたんだり、大人数の夕飯の手伝いをしたりで、あまり話している時間は無かった。それでも銀ちゃんたちは、私が不安がっているのがわかるのだろうか、ずっと私についていてくれた。


色々終わってご飯を食べて、もうすぐ寝るという時間。私は銀ちゃんに場所を教えてもらってトイレに行った。…その帰りに、縁側に座ってキセルをふかす姿。…高杉だ。


その雰囲気があまりにも静かで、怪しくて…声をかけるのが憚られた。そのまま通り抜けようと静かに足を速める。…けど。


「おい」


予想外にも、高杉は私を呼び止めた。


「…な、なに?」
「お前…本当に人間か?」
「え…っ!」
「あいつらはオメーの話を信じたようだが…どうだろうな。何も解らないくらい長い間捕まっていたわりには、ずいぶん簡単に逃げ出せたじゃねーか」
「か、簡単じゃ、ないよ…」
「…まあ、別に良いがな。お前が何者だろうが俺のしったこっちゃねー。…ただ」


高杉はゆっくりと立ち上がって、細く長く煙を吐き出した。


「…俺の邪魔をするようなら、殺すぜ」
「っ!」
「俺はあいつらみてェに甘っちょろくねェ」


私を射抜くその目には、殺意が込められていた。…今まで生きてきた中で一度も感じたことが無かった私でも、はっきりとわかる殺意。…それほどに、高杉のその目は恐ろしかった。


私の返事を何も待たずに、高杉はその場を去っていった。後にはキセルの匂いだけが残る。


…俺の邪魔、といったけれど、それがどんなことなのかわからない。…確か漫画では、世界を壊すっていってたけど、この世界の高杉も同じことを考えているかなんてわからない。だから、私には邪魔のしようがない。


そうは思っても、やっぱり怖かった。憎まれることが、殺されることが。思わず強く手を握る。


そんなことを考えながら銀ちゃんの部屋の前に戻ってくると、中から大きな声が聞こえてきた。


『拾っただァ!?こんな状態で女なんか養えるか!』


男の人の声。襖が閉まっていてもはっきり聞こえる。誰のことかなんて決まってる。…私のことだ。


『大体素性も知れねぇ奴を内部にいれるなんざ出来るか!今すぐ追い出してこい!』


当然の言葉だった。戦争時代に、どこから来たかもハッキリしない輩を引き取るなんてどうかしてる。私ならきっと同じことを言っているはずだ。


でも、それを言われた相手は、その言葉に間の抜けた調子で反論した。


「まあまあ、この時代家のないやつなんて五万といるじゃないっすか。それに俺たちの敵は人間じゃなくて天人でしょ」


返したのは勿論銀ちゃん。さもめんどくさそうに、それこそ鼻をほじる姿が浮かびそうな声で言う。


「幕府の密偵だったらどうする!」
「大丈夫ですよ。もしそうならあんなところでのびてたりしないだろうし」
「…しかし」
「面倒も俺がみるし、雑用やらせれば荷物にもならねーでしょ。本人にもその気はあるみたいだし。……それに」


急に、銀ちゃんの声色が変わった。気のせいかもしれないけど、場の空気が一瞬張り詰める。


「もしアイツが幕府の密偵なら…そういう素振りをみせたら、俺が即刻処分します」


その言葉が静かな空間にやけに大きく響いていて、足がだらしなく震えて、うまく呼吸が出来なかった。『処分』、そのひとことが、私をこの上なく恐怖させた。


「…その言葉、破ったときはどうなるか、わかっているだろうな」
「解ってます。…もういいでしょ、そろそろあいつ戻ってくるんで」


その言葉に、私はあわてて縁側の下に隠れた。何も言わずに部屋から出てきた男の人は、少し怒ったように大きな足音を立てて、足早にその場を後にする。…恐る恐る顔を上げると、開きっぱなしの襖の間から銀ちゃんが顔を出していた。


「お、やっぱいたのか。…入れよ、風邪引くぞ」


そういってちょいちょいと手招きをするので、縁側をよじ登って四つんばいのまま部屋に戻る。…だらしないことに、足が震えて立ち上がれなかった。


「…聞かれちまったなぁ」


なんだか気まずそうに、銀ちゃんが言った。…私は、ただ黙っていることしか出来ない。なんといって良いのかわからないからだ。


「…あー…、なんだ。あんなこといったがよ… 俺はアンタが幕府の密偵だとか、悪いやつだとは思ってねーから。…そういうこと出来なそうな顔してるもんな」
「…」
「だから、あんま怯えんなよ。…仕方なかったんだよ、あのおっさんああいわないと納得しねーからな」
「…それは、わかるけど」
「心配すんなって。…アンタのことは、俺が守ってやっからよ」
「え…」
「拾ったのは俺だしなぁ」


そういって、うっすらと笑う銀ちゃん。…正座で縮こまる私の肩を、ぽん、と優しくたたいてくれる。…この人の言葉は、どうしてこんなにも心に響くんだろうか。


「…ありがとう」


私が答えると、銀ちゃんはまた笑ってくれた。それがうれしくて、どうしようもなく安心できて、涙が出そうになるのを必死にこらえていた。

場面 四


夜がすっかり更けてみんなが寝静まった頃、私はぼんやりと月を眺めていた。因みに銀ちゃんは、寝る前には「襲うなよ」とか冗談を言っていたけれど、疲れたのか、灯りを消したとたんにものすごい大いびきで、少しも起きる気配はない。…私は、今日一日を思い返していた。


こんなところに来て、天人に襲われて…でも、銀ちゃんが拾ってくれて。銀ちゃんがいなかったら、私は今頃どうなっていたんだろう。


そして私は、本当にここで暮らしていけるのだろうか。私は、相変わらず後ろでいびきをかいている銀ちゃんを見た。


銀ちゃんは守るといってくれたけど、多分私の行動次第で、本当に処分されることになるだろう。
…なにかあれば、銀ちゃんの”あの”目が、私に向けられる。


…怖い。


この世界で、私に出来ることはなんだろうか。どうしたら生きていけるだろうか。私はずっと、そればかりを考えていた。


2010.04.08 thursday From aki mikami.