ーーー!もうやだどうにかして!」


と言って私に抱きついてくるのは青子。


「ちょっと青子!指切ったらどうするの!」
「ごめん!でもみてあれ!快斗のやつ!!」


青子が指差した方向には、今日の朝刊を広げて怪盗キッドの記事をニヤニヤしながら読んでいる黒羽快斗。


「…おいこら黒羽…お前…」
「え、あ、あぁ……」
「お前何もしないで何やってんだ!」
「ひぃぃいぃ!ごめんなさい様っ!」


新聞で頭を隠しながらそう言って立ち上がり、そそくさと作業に取り掛かる。


「まったく。言われないとやらないんだから」
「でもさすがにかかれば快斗なんて全然怖くないもんねー!べーっだ!」


べろんと舌を出して黒羽に向ける青子。そんな青子になんだと?と食って掛かる黒羽だが、私がひと睨みするとすぐに青い顔をして作業を再開した。


「青子、ほら。あんたも作業してよ」
「あ、うん。でも…何すればいいの?」
「んー…じゃあこれの皮剥いてくれる?」
「うん!」


私が差し出したジャガイモと皮向き器を受け取って、青子が頷いた。


私たちは今炊事遠足に来ている。


炊事遠足と言えば当然自炊がメインで、私たちの班は何のひねりもなくカレーを作ることになった。で、どいつもこいつも料理の出来ない奴ばかりだと言うことがわかって、結局私がリーダーにされてしまった。


「…出来たっ!」


そう言って青子が誇らしげに私にジャガイモを差し出した。…けど。


「皮厚っ!!」
「え?そうかなぁ…?」
「(だってそれ5ミリくらいいありそうだよ…)ま、まぁいいんじゃないかな。きっちゃえばわかんないし」
「ほんと?」
「うん」
「ならよかった!」


って可愛く笑う青子だけど…もうちょっと皮剥き上手くなろうよ。とはもちろん声に出さない。けど皮むき器でこれだけ厚く皮をむけるのも凄いと思う。


「おーい!米といできたぞ!」
「じゃー炊いといて!」
「おぅ!」


米研ぎっていう面倒くさい作業は男子に任せている。ちなみに今黒羽と白馬はルー用の焚火をくべているところだ。


この距離だから当然何を話しているのかも筒抜けなんだけど…どうやら私の話をしているらしい。


『黒羽くん…随分情けない姿だね』
『うっせぇ!は怖ぇんだよ!』
『確かに怒った彼女には言い知れぬ気迫があるが…』
『ってかあいつ怒らせたらマジで包丁とんできそー…』
「黒羽!聞こえてるんですけど?」
「っ、わぁっ、ごめんごめん!」


大慌てで頭を下げる黒羽。私の隣で青子がくすくす笑っている。うん、確かに黒羽がへこへこしてると面白い。ついでに白馬もそうなってくれると嬉しいんだけど。


『くすっ』
『おい、笑うなよ白馬』
『いやしかし…こんなに面白い光景は滅多に見られないからね』
『くっそー!』
『あぁ…ところで黒羽くん』
『なんだよ』
さんは、料理が得意なんだね』


懲りずに私の話しかよ、とつっこんでやりたいけど、どうやら悪口に発展するわけじゃないみたいなのでそのまま聞いていることにした。もちろん手元はにんじんを切りながら。


『あぁ、なんかって、母さんがすっげぇ忙しくてあんまり帰ってこられないらしいぞ』
『…確かさんのお父さんは亡くなっているって言ってたな』
『そうそう。それで、あいつの母さんが、その父さんの代わりに働いてるってわけだ』
『なるほど…』
「なーにこそこそひとの噂話してるわけ?」


耐えられなくなって割って入ってしまった。白馬が新聞紙をちぎって火の中に放り込む。


「黒羽の言う通り。うちの父親は私が5歳のときに出て行って、それからずっと母子家庭。おかげで母さんは働き詰めで滅多に帰って来ないから、自分のことは自分でやるようになってたってわけ」
「貴方のお母さんは、なんのお仕事を?」
「作曲家。野崎咲子っていうの、知らない?結構有名なんだけど」
「はいはーい!私知ってる!」
「青子は前に話して聞かせたでしょ」
「聞いたことはあります」
「俺もー」
「売れっ子だから、滅多におうちに帰って来ないわけなのよ。だからおうちのことは全部私がやってるの」
「…あの」
「何?」
さんは…ご兄弟は?」
「? 一人っ子だけど」
「…そう、ですか」
「なに…私が寂しいなんて思うと思ってんの?」
「いえ、そう言うわけではありません。女性の一人暮らしなんて危ないと思って…」
「……ご心配どうも」


白馬の言い方に意味深な何かを感じて、ぶっきらぼうにそう答えた。


私は、寂しいなんて思ったことはない。だって、そんなことを思う暇さえなかったんだから。小さいころから、私は自分のことは何でも自分でやって来た。同じ年の子たちと遊ぶ暇なんてなかった。ましてやおしゃれや服に使うお金や暇なんて、あるわけがない。


私は、鍋が乗せられた焚火の火をじっと見つめていた。