家について一番に、ずっとそのままにしてある父親の書斎へ案内した。


「ずっと使ってない割にはきれいですね」
「…あんたが期待しているようなことはなにもないよ。私はこの部屋に一切関与してない。掃除してるのは私じゃなくて、母さんよ」
「そうですか、残念です」


どうやら白馬は私に父親思いであってほしいらしい。けど残念、後ろ姿しか覚えていない父親なんて、思えるわけがない。


「こっち。このへんに父親が書いた絵が並んでるの」


額縁なんてついていない。書きかけのものもある。白馬は(多分捜査用の)手袋をはめると、それらをゆっくりと棚から引き抜いて眺めた。


「…せっかくの絵なのに、額にいれないんですか?」
「そんなことしたら、母さんがいつでも思い出せちゃうでしょ。それに、私に絵のよさなんてわからないし」
「なるほど」
「ああ…でも」


手を止めて、白馬が振り返る。


「あの絵…『Blue in the water』は、綺麗な絵だとは思うかな」
「……そう、ですか」


くすくす、と笑う。なんだかむかついて睨んでやると、白馬は肩をすくめて再び作業に取り掛かる。今度は絵と一緒にしてあるスケッチブックを広げて、一ページずつ丁寧にめくって調べていた。


そこには自然の風景や、どこにでもありそうな信号や、動物が、思い思いに描かれている。画家だけあって当然絵は上手い。多分、心に残ったものをどんどん書きとめていった結果なんだろう。


5冊目のスケッチブックを見終ったところで、白馬は最後の一冊、今までのとはちょっと違う、ずいぶん新しいスケッチブックに手をかけた。表紙は白、そこに…多分父親の字で、人、と書かれている。


白馬の手によって、ページがめくられる。一ページ目に現れた「顔」には、見覚えがあった。


「…おばあちゃん」
「え?」
「それ…私のおばあちゃん」


アルバムに残っている、父方のおばあちゃんの顔。もうずいぶん前になくなってしまったけど、すごく優しかったのを覚えている。かなり若い顔をしているから、私が生まれるより前に書かれたものだろう。


そこから先、ページをめくっていく度に現れたのは、私の家族の写真だった。おじいちゃん、おじさん、おじさんの奥さん、またおばあちゃん、昔おばあちゃんの家にいた犬、家族みんな、…何気ない生活の中で、それぞれが見せる何気ない笑顔。それを、そのまま閉じ込めたような、……どこか優しい絵。


ぱらりとまたページがめくられる。すると、今度は母さんの顔が現れた。そこからぱらりぱらりとめくるたび、現れるのはすべて、母さん。


怒った顔、笑った顔、泣いた顔、 嬉しそうな笑顔。


一番最後のページは、赤ん坊を抱いた母さんと、赤ん坊の幸せそうな寝顔で締めくくられていた。


「っ」


言葉が出なかった。どうしていいのかわからなかった。だって、これはどうとればいいの?


私は今まで、父親は最低な、家族なんてどうでもいい、そう思っている男だと思ってた。けど、この絵は…


「…貴方のお父様は、とても家族を大切にする方だったんですね」
「っ…そんな、わけ、」
「もしかしたら、出ていったのも何か理由があったのかもしれませんよ」
「理由なんてっ」
さん、泣かないで」
「泣いてない!」


嘘だ。


本当は、涙がとまらない。どうしてか、全然止まってくれない。必死で目を擦る。泣いてるところなんて、白馬に見られたくない。なのに。


「素直に、泣いてください。僕は見てませんから」


そう言って、白馬は私の肩を抱いた。白馬の胸に顔をうずめて、…私は、更に泣いた。


涙なんて、もうずっと流してなかったのに。


ずきんずきんと頭の奥が痛んだけど、それはとても、心地のいい痺れだった。