もうすこし書斎を調べてくるから部屋で待っていてくれと言われて、私は今一人、自分の部屋のベットに座っている。涙はすっかり枯れて、頭痛も治まった。ただ泣いた後の罪悪感だけはいくら経っても消えなかった。


こんこん、と控えめにドアがノックされる。どうぞ、と答えると、静かにドアをあけて白馬が入ってきた。


「…気分は、楽になりましたか?」
「あんたが来たせいで最悪」
「それだけいえればもう大丈夫ですね」
「うるっさい」
「はいはい、わかりました。…で、ちょっといいですか?」


そう言って、ベットの縁に座る。


「これを見てください」


差し出されたのは、一枚の紙。そこにはワープロの文字で、たった2行、こう打たれている。


水の鍵が時を動かし
竜が天より舞い降りる





「…なにこれ」
「この家に、動かない時計とかありますか?」
「ある…けど…?一応」
「多分…「水の鍵」というものがその時計を動かし、竜…つまり辰、7時から9時の間に針をあわせれば、何かが起こるということなのでしょうが…この「水の鍵」、というのがなんだかわからなくて…」
「水の…鍵?」


瞬間的に、私は思い出した。父親がいなくなってすぐに、母さんから渡されたあの鍵。


とても大切なものだから、絶対なくしてはいけないと念を押された。今でも机の中にしまってあるが、何の鍵かはわからない。


…だが。私は、すぐに首を振った。


「心当たりが…あるんですか?」
「ううん」


まさか、当時5歳の私にそんな大切なものを預けるわけがない。白馬はあからさまに残念そうな顔をした。


「そうですか…」
「だって、私はその当時5歳なのよ?」
「だからこそ、ということもありますよ?」
「……は?」
「5歳の子どもに、これはとても大切だから、無くしてはいけないから、といっておけば、それをなくしたりしないでしょう。親の言葉は絶対ですから」
「…」


確かにそうかもしれない、と思った。だが、それにしたって私に預ける必要なんてないじゃないか。母さんが自分で持っていればいい話だ。それが、元々持っていた物にしろ、父親から預かった物にしろ。大体、あの時計を動かして、それで何が起こるというのか。


「…別に、私はあの時計が動こうが動かなかろうが、いいよ」
「なぜです?」
「だって…あの人のことなんて、知りたくもないし」
「貴方のお父様はひょっとしたら、何者かに脅されていたかもしれない…といっても、ですか?」
「え…?」


狙われていた?どうしてそうなるのか、私にはさっぱりわからなかった。


「貴方はお父様の顔を知らないんですよね」
「うん…そうだけど」
「おかしいと思いませんか?貴方が5歳になるまで一緒に住んでいたなら、写真の一枚くらい残っていてもいいはずでしょう。それが残っていないということは、誰かに処分されたか、もしくは…貴方とお母様に迷惑が掛からないように、自分で処分したかのどちらかです。それに…お父様の机の中から、これが見つかりました」
「っ、これ、…銃弾!?」
「ええ。…もしかしたら、何か厄介なことに巻き込まれて自分からこの家を出ていかれたのかもしれません。はっきりしたことは何もいえませんが…」
「……」


白馬の手の中の銃弾を見つめて、私は思わず息を飲んだ。こんな危険なものを、うちの中に隠し持っていたのか、と思うと、体が震えてくる。


「…さん?」
「ど、して?」
「…さん、」
「どうして危険なものだって…私たちに迷惑をかけるものだってわかってて、持ち込んだのかな?」
「…わかりませんが…それを持つことで、貴方達を守っていたのかもしれません」
「でも結局!これのせいで出ていくことになったんじゃないの!?もしあの人が私たちのことを…愛してくれていたんなら、どうしてっ」


自分でも、何を言っているのかわからなくなった。


私は、どうしたいんだろう。白馬に何を言ってほしいんだろう。こんなことこいつに言ったって、解決出来るわけでもないし、過去を変えられるわけじゃない。あの人が戻ってくるわけじゃない。母さんが悲しまないわけじゃない。 …私のこれまで積み上げてきたものが、変わるわけじゃないのに。


「……ごめん」
「あやまらないでください」
「…でも」
「いいんです。ちゃんと、わかってますから」


一体何をわかっていると言うのか。そう思う反面、何もいわない白馬はすべてわかっている、そんな風に思った。慰めるでもなく、怒るでもなく、ただじっと私を見つめて、頭を撫でてくれる、白馬は。


「何でそんなに…優しいのよ」
さんが好きだからですよ」
「…… ばか」


くすくす、と笑われた。私が顔をあげると、緩く微笑んだ顔と目が合う。


気がつくと、唇に温もりが触れていた。


「っ!」
「ごちそうさまです」
「ばか!」


どか、と胸を殴ってやると、くく、と笑われたから更に肩を殴ってやった。


触れた唇が心地よかったなんて…


絶対、死んでもいってやらない。