あれからしばらくして車がやって来たから、私たちは荷物を預けて、青子と黒羽と別れた。その後はどこに行くでもなくふらふらと散歩していたけど、映画館の前で白馬が立ち止まって、結局そのまま中に入ることになった。みた映画は、サスペンスホラー。サスペンス、って所にひかれたんだけど、ホラーだけあってさすがに少し怖かった。白馬は少しも怖くなかったみたいだけど、私は怖いのが得意なほうじゃないから仕方ない。でもだからって、白馬にしがみつくなんてことはしなかった。


夏休みに入ってからも、私たちは以外と、定期的にあっていた。こっちから誘うことは一度もないけど、ほとんど毎日、白馬の方から連絡が来る。それも父親がらみのことだ。どうやらパリの知り合いに頼んで色々調べて貰っているらしい。そのことを事細かに説明し、そして必要があればうちに調べに来ることもしょっちゅうだった。なぜか母さんとも仲良くなって、3人で夕飯を食べることもある。挙句、あんな子がと結婚してくれたらいいのに、なんていい出す始末だ。


すっかり、私の生活に白馬が組み込まれてしまった。


で、今。白馬の誘いで伊豆の別荘まで来ている私が、こんなに憂鬱なのは多分…この暑いのにべったりくっつかれているからだと思う。


「…暑苦しい」
「そうですか?じゃあもっと冷房を…」
「そうじゃなくて!べたべたしないでほしいって言ってるの!」
「なぜですか。せっかく二人きりなんですから、別にいいじゃないですか」
「おーい、二人きりじゃねぇぞー」


後ろからそんな声が聞こえて、救いを求めて振り返る。


「ちょっと快斗、邪魔しちゃだめじゃない!」
「ま、それもそうだな」
「ちょっとまて!どうみても嫌がってるだろ!」
「いやだったらいつも通り振り解けばいいだろー?」
「暑くてそんな元気ないんだよ…」
「そんなこと言ってお前…実は離れたくないんだろ?」
「…殺す」
「まぁまぁ、時には素直になるのも大事だぜ?」
「うるせぇ!」
「おっと!逃げるぞ青子!」


だだだ、と階段を駆け上る二人。それを見た白馬はくすくす笑いながら、私の首に絡みついてきた。


「黒羽君の言う通り…素直になればいいのに」
「素直なんですけど…」
「いやじゃないくせに」
「いやだっていってんの。大体暑いから!」
「ほんっと、素直じゃないですねさんは」
「うるさいっ!」


むかついて引き離すと、白馬はにや、といやらしい笑みを浮かべた。


「調子に乗るなっての」
「とかいって…ちゃんと僕が選んだ服を着てくれてるくせに」
「だ、だって…!着ないとわるいかなって…」
「そうやって思ってくれるってことは、僕のことが好きなんですよね?」
「なんでそうなる…!」
「そう言うことにしておいてください」


それはお前の都合だろう?と言おうとした瞬間、白馬は少しだけ…からかうんじゃない、真剣な表情を見せた。そのせいか…私は、何も言い返すことが出来ずについだまりこんでしまった。


白馬はいつもどこかおちゃらけていて、真剣じゃなくて、私のことが好きとかいうのも、正直本当かどうか分からないところがあって…でも、今、ああ、こいつは本当に私を好きでいてくれるんだと、そう思った。


そして、それを嬉しいと思ってしまった…とは、死んでも口に出さないけど。


「白馬…」
「はい?」
「散歩…行こうか」
「え?」
「…何、いやなの?」
「いえ!全然!むしろ行きましょう!」


真剣な表情は消えて、嬉しそうな笑みに変わった。別に、この笑顔が嫌いなわけじゃなかった。むしろ、これを見ていると、いつも通り、平和なんだと実感できて、いい。


いつのまにか、白馬がいることが当たり前になっている。それが不思議で、でもこれからも当たり前に続いていくんだと、漠然とそう思った。