散歩、って言ったって遠くまで出るつもりはなくて、ただ敷地をうろうろ出来ればそれでいいくらいの気持ちでいたのに、この別荘の庭の広いこと広いこと。


白馬は嬉しそうに手を握ってくるし…まったく、この男はよくもまあこの暑いのに元気だな、とか思っていたら、あそこに座りましょう、と言われたので顔をあげた。


細かい装飾のベンチが2列。庭の雰囲気によくあっている。私は促されるままに彼の隣りに腰を降ろした。


時間がゆっくり流れていく気がする。つないだ手の温もりが心地良い。こんなに暑くても、人肌は安心するんだと思って、なんとなく嬉しくなった。


…ふわり、と、風が降りてくる。


「…さん?」


そう言った白馬の声は、すごく遠く聞こえた。すぐ近くにあるはずの声が、だんだん離れて聞き取れなくなっていく。


そうだ、眠いんだ。そう思った瞬間、私の肩をふわりと包む温もりに気がついて、ぼんやり閉じかけた目を無理矢理開いた。


「…白馬…?」
「寝ていいですよ。ちゃんと起こしてあげますから」
「うん…」
「おやすみなさい、


低い声に、体が沈んでいく。視界に何も映らなくなって、かわりに映った暗闇が目元から全身に広がっていく。


右肩の温かさにおやすみ、と告げて、水の底のような穏やかさに身を委ねた。




沈んでいく、ずっと深く。何も聞こえない。




なのに、ふと懐かしい気持ちがして、あたりを見回した。


さっきまでの一面の闇が消えて、青く透き通った水中にいる。そして、向こうに誰か、立っているのが見える。


眼鏡をかけていて、どこか疲れたような表情で、でも口元は弧を描いている。すこしだらしない格好をしていて、スケッチブックを片手に抱える、あの人は…


「おと…さん……」