帰ってきてから、白馬はますます私の所に来るようになった。それこそ他の女の子に目移りなんて少しもしないで。流石に最初は驚いたけど、私が女たらしが嫌いだってことに気付いて改善しているらしい。まぁ、元々そんなつもり、自分では少しもなかったらしいけど、どう見ても垂らしだろ、と言ったら苦笑いされた。


で、私の所に来るようになったひとつの要因としては、イギリスに絵に詳しい友人がいて、その人に私の父について調べて貰っているかららしい。毎日メールでやり取りをしていて、そのたびに今まで全然知らなかった父の素性を持ってくる。全くどこから調べてくるのか。類は友を呼ぶ、と言うから、きっとその友人も相当変わった人なのだろう。


白馬が私の父の絵を見たのはパリだった。その記憶はどうやら正しかったらしく、パリで父の目撃証言が多数あった。更に調べていくうちに、父の友人も見つかって、今はその人に詳しい話を聞いていると、メールには書いてあった。


「…でも、一番肝心なことはわからないね」
「なにその、一番肝心なことって」
「あの絵…『Blue in the water』に描かれた子どもが誰なのか、だよ。僕は…であってほしいと思う」
「なんで白馬がそんなこと思うのよ」
「愛するの父親は、素敵な人でいてほしいからね」
「個人的希望?」
「そうだね…でも、君もそう思うだろう?」


そう聞かれて、私は答えにつまった。


確かに、あの絵の子供は私だと信じたい。あれが私じゃなかったら、私のほかに、別に子供がいたかも知れないなんてことになるから。せめてあの人が浮気をしていないことが、私や母さんの心の支えかもしれないのに。


でも、あれが私だったらあの人は、一体何を伝えたかったんだろう。


Blue in the water


水の底に浮かぶ、父親の顔


私の夢に出てきたあの光景は、一体何を意味するんだろう。


「…?」
「え…あ、ごめん」
「どうかしたのかい?」
「なんでもない…ただ、ちょっと考えごとしてただけ」
「……お父様のこと?」
「まぁ…」


あの人はどうして、私たちを捨てて家を出て行ったのだろうか。部屋に残された銃弾は、あれはなんなんだろうか。そして、あの暗号…。


水の鍵


あれは、何を意味するんだろうか。もし私が持っている鍵がそれだとして、あれはどうして水の鍵なんだろうか。それが、わからない。


「…白馬」
「なに?」
「父親って…水、なのかな」
「え?」
「Blue in the water、水の鍵、夢で見た水の底の景色。…父親のことを思い出すと、必ず水が出てくる」
「…つつんでくれる、というイメージなのかもしれない」
「包んで…くれる?」
「父親の愛情は、母親ほど直接的なものじゃないかもしれないけど、確実にを包んでくれている」
「…そう言うもの、なのかな」
「さぁ…僕には確かなことはいえないけど…ただ、僕の感覚的には、そうかな」
「…愛されてるんだね、白馬って」


そう言ったら、白馬は少し照れくさそうに笑った。その顔が少しかわいくて、私も思わず笑う。


でも正直言って、白馬の言うような感覚はなかった。夢の中で、私は水の中にいたけど、愛情に包まれているのとは違う。


まるで、体の一部みたいに。


けど、私はそれを口には出さなかった。白馬に悪い、と思ったから。せっかくフォローしてくれたのに、口答えしたら最低だと思ったから。


私は目の前におかれたティーカップをぼんやりと眺めた。そこに、外の明かりがオレンジに反射している。窓の外を見やると、今まさに沈もうとしている夕陽。


「…綺麗だね」
「そうだね」
「一緒にみてるのがあんたってのが気に食わないけど」
「またそんなことをいって。本当は嬉しいくせに」
「調子に乗るなって」


そのあとは、結局二人で笑い出した。


こんなにロマンチックなのに、あまりにいつも通りなことがおかしくて。そう言う風にいられることが、もしかしたらいさせてくれてるかもしれないことが、嬉しくて。