3時間目


3時間目は体育の時間。今年は選択競技で、男子も女子も、野球(女子はソフト)、サッカー、テニスの中から好きなものを選べる。ちなみに男子は野球に、女子はテニスに希望が集中しやすいので、部活の人間は強制的に他競技を選ぶことになっている。つまり阿部くんは、サッカーかテニスにしなくちゃいけないのだった。


かく言う私も制限を受けるうちの一人。テニス部に所属しているから、当然ソフトかサッカーにしなきゃいけない。


けど、私の友達はみんなテニスをやりたがってて、私は一人になりそう。本当は一人なんて嫌だけど、その代わりにソフトかサッカーか選ばせてあげると言われたから、私は迷わずソフトを選んだ。


サッカーは好きだけど、阿部くんがやっている野球はもっと好きだから。


別に阿部くんと同じ競技じゃなくてもいい。むしろ同じだと見られてしまう可能性が高いから、同じじゃない方がいい。阿部くんがテニスであればいいなと思う(女子のソフトはグラウンドでやるんだけど、この位置からテニスコートは見えない)。


すんなりとソフトに決まった私は、テニスに抽選漏れした友達2人と2対1でキャッチボールをすることにした。私は一応運動部だから1、残り二人は文化部だから2。やっていて思ったけど、やっぱり左手にグローブをはめなきゃいけないのは大変だ。左手でボールをとる、普段あまりしないことだから、始めのうちは本当に戸惑う。でも、慣れてきたら段々楽しくなってきて、だから調子に乗って下から投げてみたりした。


しばらくキャッチボールをしていると、先生の集合がかかって、試合をすることになった。


そのルールがものすごく簡略化されてて、なんとベースは二つ、キャッチャーは全て先生がやる、と言うおいしいルールだ。


全員で12人しかいないから、6人ずつのチームに分ける。で、まずはチームごとにポジションと打順を決めることにした。


その結果、私の打順は4、そしてポジションは、ピッチャーになってしまった。


友だち曰く、投げるのが一番上手かったから、ということだが、実際はただ面倒くさい役を押し付けられただけのような…


でも、ピッチャーと言えば三橋くんの場所!そして視線の先にいる捕手は阿部くんのポジション!


別に本人達がいるわけじゃないのになんだか気合いが入ってしまって、先生が投球練習といってミットを差し出した瞬間、思いっきり投げてしまった。勿論先生がとれないわけはないけど、思い切りとか、ちょっとやりすぎた…。そして最初に気合いをいれすぎると、後が怖い。


「………あ、ははは」


ほぅらきた。みんなからの期待の目。こいつがいれば大丈夫的な目。そして、敵側からの非難の目。


私はじろじろ見られていることを気にせずに、次の球は普通に投げることにした。ストライクゾーンに3回入ると、すぐに試合開始が告げられる。


こっちの守り。みんな慣れてないんだろう、バットの振りが遅い。私だって人のことは言えないんだけど。


一人目、ファール2、ストライク3。二人目、ヒット1、アウト。三人目、三振。チェンジ。


ちなみに時間の関係で5回までしか出来ないらしいんだけど、こんな調子じゃかなり早く終わっちゃうよ。


私たちの攻撃、1回裏。さて私までまわって来るのか。


とか失礼なことを考えたけど、意外な展開になった。


1人目フォアボールで1塁へ。二人目、三振。三人目、バント(?)、しかしファーストのミスでワンナウト満塁。


そしていよいよ私の番。ここでヒット出来れば確実に点数が入る!…プレッシャーは感じるけど、深呼吸してピッチャーをにらんだ。


ボールが放られる。打ちごろ!握ったバットを思い切り振ると、キンッ、と小気味いい音がした。


やっちゃった。そう思った時には既に遅く。


「ホームラン!!」


先生の声が響いて、サッカーゴールに向かって私の打ったボールが飛んで行く。みんなの叫び声が聞こえる。塁に出ていた二人と私でベースを回って取り敢えず3点。そして先生が「打ったやつが責任持って取りに行け!」と言うので、私はサッカーゴールまでボールを取りに行くはめに…。その間も試合は続行中。


駆け足でゴールに近づいていく。ボールがどこに行ったのか良くわからないけど、サッカーの邪魔にならないように早く見つけなきゃ。そう思ってゴール付近に目を凝らしたら、そこに立っている人物に思わず足が竦みかけた。


阿部くん…


阿部くんは、じっとこちらを見ていた。その右手にはボールが握られている。


阿部くんの右手が上がる。ボールを投げてくれるのかと思ったら、どうやら取りにこいってことらしい。駆け寄ると、はい、とボールを手渡された。


「…阿部くん…その…」
「あの球でよく打てたな」
「あ、うん、だってほら、球速はまぁまぁだし…」
「確かにな。でもの方がはやかったし、コントロールもよかったよ」
「あ…ありがと…」


面と向って阿部くんに褒められると、緊張してしまう。私があたふたしていると、向うから阿部!と男子の声が聞こえた。振り返ると、どうやら相手チームが責めてきてるらしい。私は慌ててゴールの後ろに入った。


相手のフォワードがシュートする。それを、阿部くんがキャッチで止める。そして、そのままボールを軽く落としてロングパス。向うにいるうちのクラスのフォワードまでピンポイントで届く。


「す、すごーい…」
「ってか、お前戻らなくていいの?」
「あ、うん、も、戻るけど…」
「もうそろそろチェンジじゃねぇの?投手いなきゃ困るだろ」
「うん、じゃ、戻る…ね」


そう言うと、阿部くんは首だけこちらに振り返って、少し笑った。その笑顔にドキッとしてしまったけど、それがばれるのが恥ずかしくて、素っ気なくバイバイ、と言って走り出す。


丁度チェンジになったみたいで、走る速度を速めた。今までは意識してなかったけど、阿部くんがこっちを見てるんだと思うと、余計な力が入ってしまいそうだ。


ボールを先生の方に投げて、自分はピッチに入る。ちらっと阿部くんの方を見ると、向こうもこっちを見ているような気がした。









◇ ◆









試合は、私たちが勝った。ちなみに勝ったチームは片付けなしで、先に着がえられるってルールだから、私たちのチームはみんな先に更衣室に向っていた。


で、その途中。なぜか保健室から出てくる田島くんと阿部くんに出会った。さっきのことがなんだか気まずくて、阿部くんとは顔を合わせづらい。


「ど、どうしたの…二人とも。怪我?」
「お、さんだぁ!ちょっとコケちゃってさぁ〜」
「ったく。怪我には気をつけろって言ってんのに…」
「だってよ!本気でやんねぇと楽しくねぇじゃん!」
「はぁ…本気で…何を?」
「こいつ、自習時間に教室で鬼ごっこしてたらしいぞ」
「…はっ?!」


教 室 で 、 鬼 ご っ こ ?


「…す、すごいね…」


きっとクラスのみんなは迷惑だったんだろうなぁ。思っても、口には出さない。でも田島くんを見ていると、本当に鬼ごっこをしている姿が目に浮かぶから、すごい。


「すごいか?ばかなだけだろ…」
「楽しいんだぞ?教室で鬼ごっこは!ホラ、障害物が多いからな!逃げるほうも大変なわけだ!」
「周りに迷惑だろうが!」
「そうか?みんな結構楽しんでたぞ?」


なるほど、そう言うクラスなのか。思わずそう思った。きっと阿部くんも似たようなことを思ってると思う。


さんは体育?そっか、阿部と同じクラスだもんな」
「うん、そうだよ。今終って着替えに行くとこ。…ねぇ、阿部くんはもしかして…怪我…」
「オレはしてねぇ。着がえに来たらこいつ見かけたから、様子見ただけ」
「そっか…よかった」
「……ふぅーん?へぇー?ほぉー?」
「…田島」


私たち二人を見て変な表情を浮かべている田島くんに、阿部くんが嫌そうにつっこんだ。どうしたんだろう。よくわからないけど、馬鹿にされてるのかな?でも田島くんって、そう言うことしなさそうだけど。


そう考えていたら、突然ふっと思い出した。本当に何の関連性もないことなんだけど、気になってたこと。


「ね、ねぇ…田島くん…」
「ん?なに、さん?」
「田島くんって…どうして私の名前知ってるの?」
「え?あぁ、それかぁ!そりゃ知ってるよ!阿部のアイドルだからね!」
「へ?」
「ばっ!田島お前!」


ばしん、とかなりいい音を立てて(多分本気で)阿部くんは田島くんの背中を殴った。いってぇ〜〜〜!と大きな声を上げながらその場にしゃがみこんだ田島くん。けど阿部くんは少しも謝る素振りは見せないで、田島くんの首根っこを掴んでずるずる引きずりながら行くぞ、と言って歩き出す。引きずられる田島くんは、なんだか痛々しい…。


私は何がなんだかわからないまま、茫然と二人の背中を見送っていた。









2007.06.23 saturday From aki mikami.