「浅葱、見てみて!」


じゃじゃーん、といいながら姿を現したは、鮮やかな朝顔が描かれた紺の浴衣に身を包んでいた。


「………浴衣だね」
「むっ…浴衣だねって…!他になんかないわけ?」
「別に?」
「ちょっと!あんた男としておかしいわよ!浴衣に萌えないなんてっ…!」


とかいいながら、は思い切り頬を膨らませた。…その姿が子供みたいに見えて余計に"萌え"られない。


「黙っててくれたらちょっとは萌えられるかもね」
「なによそれ~!ひどいじゃない!」
「ほらほらその態度。子供にしか見えないからね。ただでさえ童顔なのに」
「む…」


拗ねた様子で僕をにらみ付ける。…だから、それがダメだってのに。


はうむむ、とかいいながら、自分を鏡に写してくるりと一回転した。ドレスじゃないんだから、と突っ込んだら、いいじゃん、と返された。まぁ別にいいけど。


「…もぅ、浅葱喜ぶかなーって思ったのに。どーしよっかなぁ。あ、髪の毛かなぁ?一つにしばってー…」


ぶつぶつ言いながら化粧ポーチを引っ張ってきて、ガサガサ中を漁ったかと思うと、探すのが煩わしくなったのか、ガシャンとひっくり返して中身をぶちまけた。ようやく見つけた髪ゴムで長めの髪を結い上げると、どう?と振り返る。


「………」


普段は隠れてる白いうなじ。一瞬ドキッとした。もしかしてこれが"萌え"ってやつか。


「………まぁ、いんじゃない」
「えー?反応薄いんですけどー!」
「そう?」
「そうだよ!」
「…………………あのさ」


ポン、との肩を叩いて、背中を向かせた。なによぅ、と文句を言うのは無視して、まとまった髪をくるりと丸めておだんごにして、ポーチの中のピンでとめてやった。


「浅葱ー?」
「いいから黙ってて」


僕の言葉にははぁい、と返事をした。


僕は一度から離れて、棚を漁った。確かこのへんにいれてたはずだ。奥の方から案の定、やたらキラキラがぶら下がったかんざしが現われる。それをおだんごにさしてやると、またさっきみたいな感覚が襲ってきた。


「……
「え?なに?」
「……ばか」


むくむくわいて来る気持ちを押さえようとしても、うまく行かなかった。


白いうなじに触れる。うひゃ、と小さく悲鳴が上がる。首が弱いことを知ってて、しつこくしつこく攻め立てる。唇で啄むように触れると、艶っぽい声が漏れた。


「やっ…あさぎっ…」
「黙って…」


わざと息をふきかけるように喋ると、我慢しているのか、んん、とくぐもった声が聞こえる。その声が、更に僕の理性をなくしていく。


…僕は今、間違なく、欲情してる。


このままじゃダメだ。瞬間的に冷静を取り戻し、なんとかから離れた。背中が小さく震えている。


「………怖かっ…た…?」


僕たちは長い付き合いって言っても友達関係20年、実際に付き合い始めたのは5年前で、体の関係だって最初の2年は全くなかった。お互いに友達の延長感覚で付き合っていたから、襲うとか襲われるとか、そう言うことには無縁で、免疫もない。


は無言で僕から離れていった。多分怒っているんだろう。そうなると、彼女は手がつけられない。


…ごめん」


こく、と、の首が動いた。…普段ならこういうとき、絶対に首を振らないのに。


「…


おかしいな。直感でそう思って、彼女の肩を引き寄せた。見せないように必死に首を傾けているが、その横顔は…


「………なに…笑ってんのさ」


口を右手で押さえている。堪えきれない笑いが微かにくっくっと漏れている。


「だっ…て、」


笑い混じりに声を紡ぐ。そんなに笑われると、理由がなんであろうとイラついてくる。


「浅葱も、男っ、だったんだっ…てっ…!」


そりゃあ、僕だって男だ。確かに他の男ほど女に興味はもたないと思うけど、それなりに性欲くらい持ってるし、出したりもする。


は僕のこと、なんだと思ってるわけ?」
「え?似非男?」
「…」
「って思ってたけど撤回。実はムッツリね」
「…………」
「あ、怒っちゃやーよー」


ニヤニヤしながら僕の顔をのぞいて来る。正直怒る気も失せた僕は、こんなバカは放っておいてテレビでも見ることにした。


「えっ…浅葱……」


途端、の声色が変わる。


「なに」
「テレビ…見るの?」
「うん」
「…え……でも…」


ちら、との顔をのぞき見た。頬が少し赤い。こういうとき、がなにを言いたいのかは表情を見ればわかるけど、…それを言わせないのは勿体ない。


「なに?」
「な…にって…」
「テレビ見ちゃダメなの」
「…ダメ」
「なんで?」
「………」


むっ、とむくれた顔で僕をにらんだ。そんな表情しても無駄だよ。これはさっきの仕返しなんだ。


「…ほら、早く言いなよ」


テレビを消して、わざとの目の前に立ち、余計な視界を遮断する。そうすると、はすぐひるむ。そして、いつも僕に小さい小さい言うけど、いかに僕たちの慎重が離れているかよく分かる。


「つ…づ、き…」
「…へぇ、続き、してほしいんだ?」
「………」
「ねぇ、欲しいの?」


わざと耳元でささやくと見る見る間に顔が真っ赤になっていく。泣きそうに歪んだ顔でうつむいて、こく、と小さく頷いた。


あぁ、やっぱり。


浴衣より、うなじより、この顔の方がよっぽどかわいい。だから余計なことしないで、おとなしく僕にいじめられてればよかったんだ。


そっちの方がずっと、僕を喜ばせる。


僕は真っ赤な顔をこちらに向けて、強引に口付けた。小さく漏れる声が、体の温度をあげていく。


ソファになだれ込んだ瞬間、はだけた浴衣を直そうとする姿に、また可逆心をそそられた。


(要するに、何もしなくていいってこと)









2007.07.23 monday From aki mikami.