視線を感じて振り返った。
私は"見えないはずのもの"が見える体質だから、今の視線もそうなんだろうと思ったが、それは間違いだったらしい。
振り返った先にいたのは子犬だった。
野良犬だろうか、首輪はしていない。ぎょろりとした目を持つ柴犬だ。
この寒空の中、子犬は小さく震えていた。
じっと視線が送られる。
まるで何かを伝えようとしているようだ。…彼が時々する目によく似ている。
なんとなく手を差し伸べた。動物が買う趣味がない私にしては珍しい行動だったと思う。
子犬はややためらって、私の方へと寄ってきて、止まった。…自分からすり寄ってくるわけではない。しかし私が確実に触れられる位置までやってくると、またじっと視線を送った。
不思議な気持ちだった。こんな子犬に、まるで私の行動を操られているような…しかしそれが決して嫌ではない。
その感情は、まるで彼と共にいるときのようだ。
そっと子犬の頭に触れた。すっと目を細めて感触を確かめている。それでもやはり、うっすら見える黒目が見つめているのは私だ。
手はそのままで、辺りを見回した。…飼い主らしき人間はいない。それどころか人一人見当たらない。
………ひらりと、雪が舞い始めた。
行き場ないの?
そう尋ねると、どうしてか…そうですと答えたような気がした。
私は子犬を持ち上げて、自分の胸に抱いた。野良犬のはずなのにふわふわした毛が、手袋をしていない手にくすぐったい。
まるで彼の髪を撫でているようだ。
一緒に来る?
そう、再び心の中だけで問う。何も喋っていないのに、はいと答えた気がした。
…その時突然私の携帯が鳴り出した。
子犬を片手で抱えたままで、コートのポケットに入っている携帯を取り出す。ディスプレイに表示された名前は予想通りの人物だった。
「もしもし」
『………、今どこですか』
「近くまで来てるよ。…もうすぐ帰るから待ってて」
『……早く帰って来てください寂しいです』
「はいはい、わかってるよ?」
思わず笑いが漏れると、不服だったらしい、電話の向こうから抗議の声が聞こえた。
『なぜ笑っているんですか…』
「別にー?」
『…なにかありましたね』
「別になにも?」
『白状したほうが身のためです』
「…まぁ、そっちついたら教えてあげる」
あなたにそっくりな子犬を拾ったの、と。
『…………今すぐ教えてください』
「焦らない焦らない」
『…』
姿は見えなくても彼が拗ねているのが手にとるようにわかる。腕の中の子犬は笑っている私に怪訝そうな視線を送った。
「…あなたを連れて帰るから」
『え…』
「じゃ、ばいばい」
彼の返事を待たずに電話を切った。わけがわからないままモニターに向う彼の姿が目に浮かぶ。
「帰ろっか…L?」
子犬は、小さく頷いた。
雪はちらちらとアスファルトを白く染めていく。
腕の中には温かい、まるであなたのような温もりがある。
2006.11.23 thursday From aki mikami.
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