晴れた日に降る粉雪は 天使の羽根を思わせる 優しい光でした


「…L?」


某ホテルの一室。

モニタールームへの扉を開けるが、そこにいるはずの彼の姿は見えない。


私が彼――Lの助手になって数日。モニターの前に座っている姿しか見たことがなかったから、蒸発してしまったみたいな気持ちになる…けれど、冷静に考えれば彼も人間、移動くらいする。


「L?」


ホテルにしては広い部屋(スイートルーム)だが、所詮は限られた空間。探すことくらいわけない(Lが本気でかくれんぼに取り組んでいたらどうなるかはわからないが)。

…しかし。

先程から呼び掛けているのに返事がない。聞こえていない可能性もあるが、地獄耳の彼が私の声を聞き逃すだろうか。

一瞬不安が頭を過ぎった。しかしそれもすぐに聞き慣れた声にかき消される。


「どうしました…」
「あっ…L…」
「…なにかありましたか?」
「ううん…別に…」
「そうですか…?」
「? うん」


と答える私の顔を下からのぞき込んで来るL。ぎょろりとした大きな目に見つめられるとそれ以上喋れなくなってしまった。

そんな私を知ってか知らずか、人差し指をくわえたまま私から離れたLは、逆の手で私の腕を掴んだ。


「…L?」
「寂しそうな声に聞こえましたが…どうやら気のせいではないようですね。すみません。お詫びに……」


お世辞にも紳士的とは言えない強引なエスコートで、Lは歩き出す。掴まれていた腕からするりと手のひらに移動して、自然と繋がれる。


温かさに顔が綻んだ。


Lが向う先は、どうやら外のようだった。…こんなに移動するLを久し振りに見た気がする。


「どこまでいくの?」
「上です」
「上?」


と言われても。


何しろここはこのホテルの最上階。これ以上上がる階なんてないはず。あとは屋上があるけれど、プールがあるわけでもないし、私たちが入っていいはずがない。


「え…L……」
は気にしないで、ただついて来てください」
「え…?うん……」


と一応は答えたが、多分聞いていなかっただろう。Lは振り向かず、そして何も言わずに、上へと続く階段を登る。空気が冷たくなっていくのがわかる。


「さぁ、出ましょう。…少し寒いですが」
「…うん」


薄く扉を開けると風がふわりと入り込んでくる。…ドアの隙間から、白いものがひらりと舞い込んで来た。


それは、さしてくる光の中でまるで宝石のような光を放っていた。


「…雪」
「はい」
「で、でも…今晴れてるよ…!!」
「はい。だから…天気雪、でしょうか」
「天気雪…」


天気雨ならわかるが、天気雪なんて言葉は聞いたことがない。それはとても不思議な響きだった。


「造語ですが…ほかに表現のしようがありません」
「そう…ね…」
「…綺麗でしょう?」
「うん」


灯火のようだと思った。


太陽できらりと光るのだ。それは夜の街灯に照らされたそれより何倍も綺麗で、何倍も幻想的で、優しくて。

私は、ゆっくりと目を閉じた。

「…L」
「はい」
「さっきもこれ見てたの?」
「はい」
「…綺麗だね」
「はい。…羽根のようです」

そういって、Lは笑った。普段あまり見ることの出来ない笑顔も、雪のように優しく見える。

きっと、彼と並んでいるからそう見えるんだろうとわかっていても。

まるで天使の祝福のようなこの雪は、特別だと思った。私たちだけに降り注ぐものだと信じた。


このまま時がとまれば良いのに。ね、L。


呼び掛けに応じるかのように、優しい唇が降ってくる。


その雪は 天使のように美しく あなたのように 優しい光









2006.12.06 wednesday From aki mikami.