あれから2時間ほど、生徒会室には行かなかった。少しだけ部活に顔を出し、それからまたすぐに校内に戻り、自分のクラスに行って荷物を片付けたあと、…重い足を引きずりながら、再び生徒会室の前に戻った。 そこに、まだはいた。 すこし空いた隙間から見える彼女の目は、真剣に書類に向けられている。…だが、一瞬だけ目が逸れて、彼女の手は、目の前に置いてある彼女の携帯電話に向いた。サブディスプレイを一瞥しただけで、溜息をついて、また書類に集中する。…その仕草でハッとして、急いで教室に戻り、鞄の中の携帯電話を取り出した。 サブディスプレイに表示されている、「Eメール一件」の文字。 反射的に携帯を開いて、そのメールを開く。差出人は…。 『ごめんね、手塚』 メールの内容は、そのたったひとことだった。俺は走り出して、生徒会室に戻る。すこし乱暴に扉を開けて中に入り、驚いた彼女の目の前で、すこし乱れた息を無理矢理に殺して、言う。 「…どうして!」 「手塚…どうしたの?」 「どうしてお前は、俺を許す!」 「え…?」 「お前が謝るところではないだろう!何故お前が…!おれが、俺が悪いのに…!」 「手塚、ちょっと」 「……お前がそんなだから、…俺がこんなに苦しいんだっ」 そんな事、にして見れば知った事ではないだろう。勝手に苦しがって、何を言っているんだと言われても仕方ない。 だが、は俺の事を許しすぎだ。もっと怒っていいと思う。…否、怒って欲しい。俺が悪いことは、俺が怒られるべきことは、もっと怒って欲しい。 …彼女が罪を感じるなんて、可笑しい。 「手塚…その…」 彼女は、戸惑っているようだった。あたりまえだ、いきなり走ってきて、大声で叫ばれて。…困るだろう。 俺は、彼女の何が気に食わないんだろう。こんなに優しくて、俺の事を許してくれる大らかさを持っていて、仕事も出来て、しゃべりやすくて。なのに、どうして彼女を振ってしまったんだろう。…そう考えて、ふと気づいた。 …俺は彼女が気に食わないんじゃない。彼女を拒否してしまった自分を受け入れる事が、いやなんだ。 彼女を傷つけたかもしれないこと。それでもそれを見せまいと振舞ってくれた彼女に気づけなかったこと。気づかないままずっと長い間来て、またこんな風に傷つけた事。 「…」 恐る恐る俺の方を見る。 「…手…塚…、その、ごめ 「あやまるな」 「っ、でも、」 「お前は何も悪くない。俺が勝手に考えすぎたんだ」 「…あたしがしつこくしたから…」 「違う!…違うんだ」 「手塚?」 「今日の事も、その前の事も、…ずっとずっと、お前を避けていたことも。お前のせいなんかじゃない。すべて俺が悪いんだ」 「なに…どういう事?」 戸惑う様子を見せる。俺はそんなの肩を軽く押して椅子に座らせると、屈んで、頭を下げる。 「…すまない」 「や、ちょっと手塚止めてよ!訳わかんないからっ!」 「…俺は、怖かったんだ、自分を認めるのが」 「……え?」 「お前は気づいているか? …自分がどれほど魅力的かを」 「は…?」 「そんなお前を…俺は、振ってしまった。お前の事を良く知りもしないで、振ってしまった…そんな自分が恥ずかしい」 「っ、ばか!!」 突然、が立ち上がった。そして、その声に顔をあげた俺の胸の腕を、ばんっと叩く。 「あんた…そんなこと考えてたの?それで、あんな風になってたの?」 「そうだ。だから、俺はそんな自分が恥ずかしいと」 「どうしてそんな風に考えるの?!そんなの手塚が申しわけなく思ったって仕方ないでしょう!あたしは勝手に手塚の事好きになって、勝手に告白して…!あんたは…悪くないのに、どうして…!」 ―――…気づけば、は泣いていた。あの笑顔が似合うが…泣いていた。 「あたしは、今もあんたが好きよ。…でも、そ、れが…重荷、なの…?」 「違う!」 「違わないでしょ!」 「違うんだ!俺は、お前がっ…!」 そこまで言って、俺は思わず口を抑えた。…今、何て言おうとした?俺は、を…? 今までずっとかくして来た。一度振ってしまった相手に抱く感情としては、あまりに失礼だと思い続けてきた。…だが、もうダメだ。無意識に言葉が出てきてしまうほど、俺の中にこの気持ちが溢れている。 「――――…俺は、…が、好きだ」 俺の言葉に、は目を見開いた。少しも動かず、瞬きすらもせず、俺の方を見ている。 「…失礼、かもしれない。一度お前を振ってしまったのに、今更言われても困るかもしれない。…だが、俺は、お前が 「ばか、困るわけ…ないじゃない」 「っ、」 「好き、手塚」 そう言って、は俺の胸に抱きついた。きつく、離れまいとするように。薄い制服のワイシャツに、すこし温かいの涙が染みる。彼女の肩が小さく、震える。 「…好き、手塚」 「、…!」 「ばか、女の子にばっかり言わせてないで、あんたも言えって!」 ばっと顔を上げて、いつもの彼女の、綺麗な笑みを浮かべた。 「…好きだ、……」 自分でも驚くほど自然に、名前で呼んでいた。呼ばれたほうの彼女は、呆けた顔をしている。だが、すぐに笑顔に戻って、顔を赤く染めて、私も、といった。そんな彼女を素直に愛しいと思える。…気づけば俺も彼女を抱きしめていた。 「……」 「ん?」 「……キス、してもいいか?」 「っ、なぁっ…!」 「いやか?」 「いやじゃ、ないけど…!」 「なら…目を瞑れ」 顔を真っ赤にして、がゆっくりと目を瞑る。出来るだけ軽く口付けた彼女が、とても、愛しい。 もう迷わない。まっすぐに、君を愛することを誓おう。 2006.09.02 saturday From aki mikami. |