高校に上がって始めての秋。
相変らずテニス部で、毎日トレーニングを続けている。最近はすこし肌寒いが、動き出せばすぐに暑くなってくる。
今年も、中等部の方では全国優勝を決めたそうだ。一方俺たち高等部では、関東大会ベスト8。
俺たちの代では必ず、全国大会へいってみせる。そしてまた、全国優勝してみせる。再び大石達と、そう約束した。
中学卒業後は、俺たちは全員が高校へ持ち上がった。だが、板前の修行をすると言う河村だけは、テニス部には入らなかった。それでも、時々差し入れをもって、テニス部にやってきて、軽く打っていくときもある。
今日は少しとおくまで、ランニングにやってきていた。…紅葉と銀杏の木が交互に植えてある、並木道だ。
ここにくると、いつも彼女を思い出す。 この場所で別れを告げた、彼女を。
小学校6年生のときだ。俺は、すぐ近くの家に住んでいた女の子…のことが、ずっと好きだった。いわゆる"幼馴染"という関係で、親同士も仲が良く、一緒に遊んだり、テニスをしたり、互いの家に泊まったりもした。そんなが…突然、引っ越していってしまった。俺は結局何も伝えられないままだった。…ありがとうも、好きですも。
別れ際、が言った言葉を思い出す。
「きっとまたすぐにあえるって、信じてるから」
だが、その言葉とは裏腹に、俺たちはあれから一度も会ってはいない。連絡だって、最近ではさっぱりだった。
今日ここに来たのは、そのから半年ぶりに手紙が来たからだった。まだ、封は開けていない。…差出人の名前を見て…いや、宛名の文字を見た瞬間から、俺は緊張した。…何が書いてあるのかとか、どうしているだろうかとか、色々と思考を巡らせて、結局落ち着かない心をどうにかおさめるために、ランニングにやって来た。
風が、穏やかに吹き抜けていく。あの日もこんな風だったなと思い出すと、自然とざわついた心が落ち着きを取り戻していくのがわかった。
「――――――…国光」
突如聞こえたその声に、俺は…思わず目を見開いた。その、風に運ばれてくるような、澄み切った声。すこし低めのアルトが、心地良く響く。
振り返るとそこには、人がいた。茶のスカートに、黒い七分袖のブラウス。髪は肩くらいまでで…薄く微笑んで、優しい目で俺を見つめている。
「――――――…?」
「久しぶり、国光」
幻かと思った。夢でも見ているのかと。だが、そうではないと、5感が告げる。
「本物、なのか?」
「やだ、当たり前でしょ?私、こっちにくるよって、手紙出しといたのに…読んでくれなかったの?」
「今日届いたんだ。帰ってから読むつもりだった」
「そっか、なら仕方ないね」
ふわり、と笑った。
目の前にいるのは、本当に本人か…俺は、思わず疑った。俺の記憶の中のは、まだ子どもで…ここにいるは、すっかり"女"になっている。3年、という時間が、俺を、彼女を、大人へと成長させた。だが、俺なんかよりずっと、神々しく見えるのは何故だろう。
「元気に、してた?」
「あぁ」
「相変らず、テニスしてるんだ?」
「…あぁ」
「私はね、剣道やってたの。…手紙に書いたの、覚えてる?」
「覚えている。…今年は、団体戦の3将だったんだろう?」
「うん。でね、今年は全国ベスト8まで残ったの」
「そうか…」
「…国光は、関東大会ベスト8、だって?」
「あぁ…」
「国光達の代では、きっと優勝よね?…中3の時みたいに」
「そのつもりだ」
「そっか、よかった」
は俺の目の前までやってきて、目を細めて笑った。その表情は、あのころと変わらない、明るい笑顔だ。…だが、何かが違う。自分でも驚くほど、目の前の彼女に戸惑っている。
俺がただ茫然と立っていると、は小首を傾げた。その瞬間強く風がふきぬけ、彼女の肩に銀杏の葉っぱが乗っかる。それを払い落とそうと手を伸ばしたが、緊張して、動かなくて、二の腕くらいまでで止まってしまった。そんな俺を見てが、あぁ、ありがとう、といって、自分からその銀杏を払い落とす。
「…ねぇ、国光」
「……なんだ」
「私ね、これからはこっちにいるの。…また、同じ場所。あの家に住むことになったから」
「え…?」
「でね、私も青学に通うことになったの。…よろしくね?」
は、俺の方を上目遣いで見つめてそう言った。…その行動に自分でも驚くほどに動揺しているのがわかる。
「っ、か、帰るぞっ!」
「え?ちょ、国光…ランニングしてたんじゃないの?」
「もういい」
すこし、怒ったいい方になってしまった。だが、彼女はそれも気にせずに、ただ俺の後ろを黙ってついてくる。再び俺たちに風がふきつけてきて、は少し寒そうに身震いした。…俺は、来ていたジャージを脱いで、に掛けた。
「国光、いいよ私、大丈夫だから」
「俺は今走っていたから、すこしくらい寒くても平気だ」
「逆でしょう?汗かいてるんだから、風邪引いちゃうじゃない!」
「いいんだ」
の顔を、上手く見れない。絶対今、顔が赤くなっているから。
こんなにも、再会が嬉しいだなんて。
|