この時期になると、1年生は紅葉狩りに行く。軽い遠足のようなものだ。1時間ほどクラス単位で散策し、広場についた後はその場で別れて、自由に山の中を巡る。もちろん限られた範囲の中だが、時間内にもどればどこまで行ってもいい。毎年なかなか戻って来ない人間がひとりかふたりいて帰る時間は大抵遅れるらしいが、部活の先輩に聞いたところ、なかなか楽しめたと言っていた。


その山には川が一本流れていて、その川がなかなか綺麗だという話だ。是非そこに行ってみたいと思って、今日はそれなりに楽しみにしてきた。


「あー!手塚のご飯おいしそぉ!!」


一緒に昼食を食べていた菊丸とクラスの友人が、俺の方を一斉に振り返って弁当をのぞきこんだ。俺のは弁当というより、即席のうな茶だが。


「うまっそぉ〜!!」
「なんだよ手塚、ちょっと分けろよ!」
「…全員に分けていたら、俺の分がなくなるぞ?」
「その分俺たちのやるからさぁ!ねぇ手塚、お願い!」
「……はぁ、半分は残せよ」


目をきらきらさせていわれては、渡さないわけにもいかないだろう。菊丸達はいっぺんに俺のうな茶に向って箸をのばした。


「あ〜!英二君たちいたいた!」


そう言って俺たちの前に現れたのは、菊丸と仲がいい女子の一団だった。…その中に、もいる。


「ねぇねぇ!次の自由行動一緒にいかない?」
「え?まじで?行く行く!」
「でさぁ、集団じゃなくて、私は英二君と2人がいいの!」
「はぁ…結局それかよ?」
「いいじゃん!俺もと一緒に回りたいしぃ!」


最近急激に仲良くなっているこの二人。付き合っているわけではないらしいが、それも時間の問題だろうと周りは噂している。


「ばっか!お前らがいなくなったら、残った俺たちどうすんだよ!」
「えー?みんな2人ペアで周ればいいじゃん、人数丁度だし!ほら、ちゃんと手塚なんて幼馴染なんだからさぁ!」
「っ……」
「え!うっそ!そうなの?!」
「う…うん…」


そう答えると、は苦笑した。…その微妙な笑いは、幼馴染を知られたことが嫌なんだろうか?


「じゃあ俺美記ちゃんと周る〜!」
「ぜーったいいや!私も手塚くんと周る〜!」
「あ〜!またそうやって幼馴染の団欒を潰そうとする〜!」
「だって手塚くん格好いいんだもん♪」


そんな冗談を飛ばしているが、本当は遠藤(さっき誘っていたやつ)と一緒にいきたいに決まっている。この二人は小学校からずっと一緒で、つまり俺とみたいな関係だ。


「ん〜、なんか面倒だから俺たちもういくにゃ!んじゃねぇ〜☆ミ」


ことの発端二人組が、さっさとこの場から逃げて行く。その後ろ姿を呆れつつ見つめていたら、急に座っている岩から衝撃を感じ、危くうな茶を落としそうになった。


「国光相変わらず好きなんだね、うな茶」
「あ…あぁ」


衝撃は、が俺の座る岩に腰掛けた時に、彼女が足をぶつけたためだった。いつの間にか隣りに来ていたことに…そして、未だに食べ物の好みを覚えてくれていたことに驚いて、きちんと言葉を返せなかった。


それから残ったメンバーはそれぞれ残った弁当を食べ、それぞれに別れていった。俺たちはもうペアだと勝手に決められていたので、その場所には俺とが必然的に残る。


…沈黙が、流れた。


「…国光」
「なんだ…?」
「私たちも、行こうか?」
「あ、あぁ…」
「ねぇ、国光実は楽しみにして来たでしょ?」
「え?あ、あぁ、まぁ」
「やっぱり?昔からアウトドア大好きだったもんね?」


そんなことまで、覚えていたのか。その事にまた驚いて、結局俺は無愛想に頷くことしか出来ない。


「じゃ、いこうよ国光!」


は俺の手を引っ張って歩き出す。…つないだ手が冷たくて、細くて、小さくて。…あのころとは違う、そんな風に思った。