「いやぁ!国光君も大きくなったねぇ!」


そう言って目の前のソファで酒を飲んでいるのは、父さんと、の父親。


「あなた、ちょっと飲みすぎよ?」
「奥さんそんなのきにしないで!ほらどんどん飲んで!」


さっきからどんちゃん騒ぎを繰り広げているこの二人。母さんとの母親は、もうすっかり呆れかえっていた。一方は俺の隣で、ストロベリー味のチューハイをちびちびと飲んでいる。


「こんなんで帰れるのかしら…」
「あら、明日は休みなんだから、止まっていけばいいじゃない!」
「そんな…なんか悪いじゃない?」
「そんなの今更よ?昔は良くとまっていたじゃない、ねぇ、ちゃん?」
「あ…はい」


ぼーっとした表情で母さんの問いかけに答えたは、ことん、とテーブルの上にコップをおいた。それから少しだるそうにして、ソファの背もたれにもたれかかる。


「…酔っ払ってないか?」
「ん?酔っ払ってはいないよー」
「そうか?ならいいが」
「それより国光ー、明日のれんしゅーってなんじー?」


はきはきしたいつものからは考えられない口調。呂律がまわっていない。


「…朝8時だ。お前はもう寝ろ」
「んー?なんでぇー」
「酔ってるだろう」
「よってないってばー」
「…明日起きれないぞ」
「起きれるよ、起きれるって!」


ふふふ、と笑って、は再びチューハイのコップに手を伸ばす。俺はそれを慌てて取り上げて、一気に全部飲み干した。…甘いストロベリーの味が、口の中に広がる。


「あー!くにみつのんじゃったー!」
…あんた本当に、国光君の言うとおりねなさい?国光君の部屋に布団敷いてもらって」
「え…俺の部屋に、ですか?」
「今荷物が多くて客間が一つしかあいてないから。ちゃんはわるいけど、国光の部屋に寝てもらうことにしたの。勝手に決めて悪いとは思ったけど、昔はいつも一緒に寝てたし、大丈夫よね?」
「…はぁ」


ため息をつくしかない。いや、別に自分がの寝ている間に手を出すとかそんなことを考えているんじゃなくて。…と二人きりになって、一体どんなことを話せばいいのだろうか。


「国光、悪いけど布団敷いてきてあげて?」
「…はい」


俺は立ち上がって、客間に向かった。すると、その後ろをぱたぱたともついてくる。私も手伝う、と言うが、とても布団を持って歩けるような状態には見えない。


客間の扉を開けて、敷布団と掛け布団、それからシーツとタオルケットをまとめてひっぱりだして、奥の方にあったまくらをに手渡した。


「これだけ持っていけ」
「ん、はーい」


とたとた、と俺の部屋に向かっていく。その足取りが頼りなくて、少し心配になる。…が部屋を出ていくと、俺は一式をもって客間を出、同様に自分の部屋に向かう。


部屋に入って一番に、俺の目はベッドに向かった。


が、俺の布団に潜り込んで眠っている。すぅすぅと、寝息を立てて。


「…おい」


肩を揺すってみるが、起きない。……昔から、は一度寝るとなかなか起きなかった。



「……」
「おい、
「ん…」


薄っすらと目をあけて、俺を見た。ぎゅっと抱いたままの枕に顔をうずめて、それからむくっと起き上がり、枕を少し乱暴にベッドにおくと、俺の服を掴んでぐいっと引っ張った。


「どぉして、苗字なの…!」
「え…?」
「なんでって、よんでくれないの!」


…突然の問いかけだった。今までずっと俺自身でもわからなかったことに、今答えを出せと言うのか?


「…」
「ねぇ、ってよんでよ。…なんか、寂しいじゃん」


そのまま俺のベットに沈み込むと、はふぅ、と息をついた。そして、俺をじっと見つめる。


「やっぱり…嫌いになった?」
「っ……!!」


今までのとろけた声から一転、急に真剣な声になって、は尋ねた。だが、その答えは以前にもだしただろう…?


「きらいになど、なっていない」
「…嘘っぽい」
「本当だ」
「だって!だったらなんで…そんなによそよそしくするのっ…?最初に再会した日も、部活の時も…私の方見て溜め息ついたりして…!」
「っ…!」
「もしかして、私が気付いてないとでも思った?そんなわけないでしょ!…国光のことしか、みてないのに」
「え…?」
「…ずっと…小さい時から、ずっとずっと、国光のこと好きなのに…」


最後の方はほとんど消え入りそうだった。…が、俺を好き?そんなこと…少しもわからなかった。


「…
「国光…私のこと嫌いなら、私もう…」
「っ、誰も嫌いなんて言ってない…!」
「でも、だったらなんで…!」
「分からなかったんだ、どう接したらいいのか!…お前は、あの頃からずっと、…ずっと強くなった!なのに、俺は…」
「…国光?」
「おれはちっとも変われていない…そう思ったら…お前に話かけることすら、出来なかった」
「国光…」
「でも俺だって…本当は…!」


自分でそこまで言って、ハッとした。…そうだ、俺はやっぱりずっと、が好きだったんだ。だからこそ、そのにふさわしくない自分と彼女のあいだに、勝手に壁を作っていた。…情けない、話だ。


「…国光」


が、ゆっくりと体を起こした。それから中腰でベットの上に立ち、そろそろと、…俺の頬に手をのばす。


「国光…」
「……」
「今の、ちゃんと言って?」
「っ…」
「照れないで、私だって恥ずかしいんだから…ねぇ、お願い」


は俺の顔をのぞいて、口付けられそうなほど近付いた。


…口付けられそう、なんて、どうかしている。…これはまさか、さっきのんだ酒のせいなのか。だが、もしそうだとしたら、今この瞬間、直感に、素直にしたがってもいいと思ってしまった。


「…


そう呼び掛けると、はなに、と首を傾げた。俺は自が心が告げるままに、を自分のベットに押し倒し、口付けた。


最初は軽く、だが、次第に深く。俺が舌をさしいれると、がそれに、不器用ながらも必死に答えてくれる。…時も忘れて、ただただ目の前のを貪るように、キスをした。やがてがどんどんと俺の胸をたたいたので開放すると、つぅ、と二人の舌を渡す銀の糸。


「っ、はっ…国光…」
…」
「……すきぃ」


ぎゅっと、俺にしがみつく。その右手がわずかに震えている。


「国光のせいでっ…私、3年も彼氏…作れなかったんだからぁ」
「俺もだ」
「うそだぁ…」
「本当だ」
「だって国光、絶対いっぱい告白されてそうだし…」
「断った、すべてな。それより俺にはお前の言葉のほうが信じられんな」
「ひどい!ほんとなんだからね!いっぱいラブレターもらったし、告白だってされたし…でも、全部全部、好きな人がいるからって断ったの!」
「そう…か…」
「そうだよ!…ずっとずっと、思ってたんだから…!」


そろそろ涙目になって来たの唇を再びふさいで、親指で閉じた目のラインをなぞった。
ざらっとした睫毛の感覚に混じって、冷たい涙。


俺はいつも、を泣かせてばかりだ。


「許してくれ、…」
「…許さない」
「っ!」
「冗談。…許してあげる」


そう言って、は俺の頬に口付けをくれた。そのまま行為に走るでもなく、離れるでもなく、ベットの中で二人寄り添って目を閉じる。の温もりが、心地いい。


出会ってから、16年。別れてから、3年。…ようやく、俺達の心は通じ合った。


ずっと、このまま離さない、隣にいたいと思う。


「俺はお前のようにかわれてないぞ」
「何いってるの…?国光は、もう3年前に、変わらなくてもいいぐらい強い子だったの。だから、私はそんな国光につりあう女になろうって思ったの」
「…俺は、強くないぞ」
「だって国光?あの時もう既に私のこと好きだったでしょ?」
「っ!」
「ばればれ。だって、国光…いつも、優しかったから。でもね、私が国光の気持ちを知っていて何もいえなかったのは、私なんかに国光はもったいないってずっと思ってたから」
「…」
「国光も、そう言う気持ちだったんでしょ?」
「…あぁ」
「私にとっては、今の国光ですら私にはもったいないのにな。私は結局、何も変われてない」
「…そんなことはない」
「え?」
「…綺麗になった」
「っ…!」
「最初に見たときは、別人かと思った」
「それは…こっちの台詞だよぉ…」


腕の中のが、俺にしがみついて、恥ずかしそうに笑う。嬉しい、と呟いて、また笑った。


少し開けた窓から、緩やかに入ってくる冷たいの風。あの並木道を歩いているような、そんな錯覚に襲われた。


目を閉じてみると、そこに広がる落ち葉や銀杏。赤や黄色に彩られ、その道をと二人で歩く。


「…、愛してる」


口元にあるの額に口付けた。ふわりとかおる髪のにおいが、温かかった。









オマケ