『手塚、知ってる?クリスマスの夜には―――天使が出るって』 生まれてから一度も口にしたことがないかもしれない、天使と言う言葉。それをいとも簡単に紡ぐ彼女の隣りで、俺は日誌を書いていた。 「天使…?」 「うん!」 と言って、何か返答を求める期待を込めた目で見つめる。…だが天使と言われて想像しても、大した返答は出来そうになかった。 「…女の子が好きそうな話だな」 「好きよー私は。だって天使が現れた日には…」 「現れた日には…なんだ?」 尋ねた俺に、待ってましたの視線を向けた。だが丁度そこに越前が駆け込んで来て、話が中断された。 「先輩…!」 「越前、廊下は走るな」 「そんなことどうでもいいっスよ!それより先輩…あの跡部と付き合ってるって本当!?」 …いきなり駆け込んで来て何を言っているのか。わけがわからない俺の目の前で、が取り乱した様子で立ち上がる。 「なっ……!」 そんな噂たてたの誰よ!!と張り裂けんばかりの大声で叫べば、越前でなくともその場に縮こまるだろう。 叩かれるのではないかと頭を抱えた越前が上目でを見やった。 「か、海堂先輩だよ…!」 「か…か・い・ど・う〜?」 「そう!まじで俺じゃないよ!」 あのばか薫!と叫んで3―1を出て行った。きっとテニス部に向ったのだろう。越前もの後ろを着いて行った。 俺は、誰もいなくなった教室でペンの動きを止めていた。 と跡部が?まさか。あの跡部が…いや、逆だ。…あのが跡部を選ぶはずがない。彼女の性格を考えても、恐らく一番嫌いなタイプだろう。 …だが。 俺は窓からテニス部を見下ろした。丁度が海堂につかみ掛かったところで、回りの部員がざわざわと騒ぎ始める。 『あんた…ふざけた噂たてやがって〜!!』 『ま、待ってください先輩!』 『問答無用!』 『お、俺はただ、先輩と跡部さんが一緒に歩いてるの見たって言っただけっすよ!』 …一緒に歩いて…いた? ここまで聞こえる大声で紡ぎ出されたのは、何とも間抜けな返答だった。 …つまりはそれを聞いた越前が飛躍させすぎた、と…そういうわけだ。 越前が言い訳している様子が、2階からみていてもはっきり分かる。 怒りのことは、越前に右ストレートを食らわせた。…あれだけは食らいたくないと思う…心底。 やがては全員を怒りの目で眺め回し、変な噂流すんじゃないわよ!と皆を一喝した後、こちらを振り向いた。 『手塚〜!今そっち戻るから!待ってて〜!』 「…戻って来なくてもいいぞ?」 『やだ、照れないでよ!』 何ていつもの冗談を交わす。…とはいつもこんな調子だ。 だからと話すのは楽しいが、少し疲れる。 だがそれ以上に、彼女とは話もあうし、何より俺の性格を把握していてくれる。 こう言うのを友達、と言うのだろう。 ◆◆◆◆◆◆◆ |