放課後、部活に顔を出した俺をまず出迎えたのは、乾と海堂だった。


「…なんだ、何か用か?」
「手塚、お前今日、に何かしたか?」
「は…?」
「いや、先輩が、なんかおかしいんすよ」
「おかしいって…さっきのこと、まだ怒ってるのか?」
「いや、怒ってるんじゃない。むしろ、へらへらしてるっていうか…」


へらへら?おかしな言葉だな、と思った。確かには良く笑うし、いつも明るいが…なんだかへらへらというと、やらしい感じがする。もう少し丁寧な言葉で言うなら、そう、不誠実な感じだ。


不誠実、と言う言葉は、からかけ離れた言葉だ。は物事をいいかげんにするのを嫌う。なんにでも白黒はっきりつけたがる。そして、ある目標を定めたらそれを達成するまでどんな努力も惜しまない。成績が学年で10位なら部活を続けてもいいと言う、両親との約束を守り続けているのが、その証だ。


それはともかく。


そんながへらへらしてるって、どういうことだ?


「…いや、ほら、先輩って言えば、手塚先輩だと思って…」
「……なぜ俺が出てくる」
「なぜって、いつも二人一緒にいるじゃないっすか」
「お前だって幼馴染なんだろう?」
「まぁそうッスけど」
「つまり海堂が何を言いたいかというと…お前達は付き合い始めたんじゃないのかと、そう聞きたいんだ」
「…は」


思わず乾いた息が漏れた。


「一体何を根拠に」
が嬉しそうだからだろう?」
「だからどうした。どうしてそれで俺と付き合うことになった、という結論に至る?」
「どうしてって…あぁ、そうか。そうだった…手塚だもんな」


そう言うと、乾はふぅ、とため息をついた。


「俺だから、と言うのはどういうことだ」
「はっきり言おう、鈍い、ってことだ」
「鈍い?…わけがわからんな」
「まぁ、まってればそのうちわかるよ。…というより、わからなかったら君は"鈍い"ではなく"ばか"だ」
「、ばか?」
「あ、や、けなしたわけではなくて…まぁつまり、必ずわかるから心配するなよ」
「…」


一体なにがわかるのかもわからないのに、心配するなといわれても困る。


「ちょっと薫ー!あんたどこいってんのよー、みんな困ってるわよー!」


唐突に聞こえた大声に振り返ると、コートの入り口からこちら側に半分顔を出した。乾と手塚も!と手招きをする仕草が、確かにいつもより、機嫌がよさそうに見える。


「…俺達も行こうか、椿姫の機嫌を損ねるといけない」
「あぁ…」


乾の後ろについて、俺はコートに戻った。…その間、考えていた。の上機嫌の理由を。


それが俺のせいだとするなら、理由は多分、さっきの仲直りだ。それ以外に、俺とに変わったことはなかったから。


俺の言葉のお蔭で、が傷付いたり、喜んだりしている。そうだ、人間は誰もみんな、誰かの言葉に傷付き、誰かの言葉に喜ぶ。そう言うものだ。でも、が俺に対してそうであってくれることが、どうしてこんなに特別に思えるんだろうか。が俺に対して、もしそうでなかったとしたら、俺はどう思うだろうか。


…もしかしたら、は、俺を―――


いや、そんなことは。が俺を?ばかな。だっては、跡部と街を歩いたのだろう。二人で歩いたんだろう。…デート、したんだろう。だったら、とデートをしたどころか学校以外であったこともない俺が、跡部より上だなんてそんなこと、ありえるはずがない。…絶対にあるわけがない。


…でも、もしあったら?


不意に、そんな考えが頭を巡った。だが、すぐに振り切った。もし、何て考えるのは、もうやめにしよう。"もし"は"もし"。仮定であって、現実ではない。


俺は、楽しそうに海堂と桃城のラリーを眺めるの背中を見ていた。