翌日。
生徒会で会議があったので、放課後を知らせるチャイムの後すぐ、生徒会メンバー全員がここに集まった。…を除いては。
昨日のことがあって、気まずくなったのだろうか。そう思いもしたが、の性格上、そんな理由で自分の役割を投げ出すとは思えない。つっけんどんな性格に見えて、実は誰よりも真面目なところ。そんなところも、俺が彼女を好きになった理由だ。
きっと待っていればくるだろう。そういった考えで、会議が終わった後も俺は生徒会室に残っていた。丁度やらなければいけない仕事もあったので、ただ無意味に時間を過ごしているわけでもない。
途中、自分の仕事を終え帰宅する後輩に、「テニス部は行かなくていいんですか?」と聞かれたので、「俺がいなくてもあいつらはよくやっている」と答えたら、なぜか満面の笑みを浮かべて生徒会室を出ていった。
彼女がテニス部の誰かと付き合っていたなと思い出したのは、つい先程のことだ。
そんなことを考えていたら、ノックもなしに生徒会室のドアが開いた。振り返った先には、少し息を乱したが、不機嫌そうな顔で立っている。心なしか頬が赤い気がしたが、走ってでも来たんだろうか。
「っ…手塚…くん」
「……無理して"くん"をつけなくてもいいぞ」
「…どうして手塚ひとりしかいないの!」
早速嫌悪感たっぷりの呼び捨てを披露したに、俺は努めて冷静に答えた。
「会議の時間からもう一時間半経っている。みんな仕事を終えて帰った」
「あ、そうよねっ、真面目な生徒会長さん以外はね!」
「…やけにつっかかるな。そんなに俺が嫌いか」
「嫌いよ、大っ嫌い!だから、二人になりたくないの、もう帰る!」
「帰る前に、一応遅れた理由を聞いておこう。それから議事録と、の分の仕事はボックスに…」
「うっさい、ばか!」
そんな言葉を残して、彼女は勢いよく生徒会室を去っていった。入り口前に積んであった、歴代生徒会誌の冊子を床にぶちまけて。
…さすがに衝撃だった。「大嫌い」「うるさい」「ばか」好きな人から言われるのは、かなり応える言葉ばかりだ。よほど機嫌でも悪かったのか、態度もいつもより刺々しく、顔もこの上ないほど顰められていた。
床に散らばった冊子を見たまま、俺はそこにたちつくしていた。ショックな気持ちが大きくて、すぐに動き出せなかった。俺は自覚がないとはいえ、それほど彼女にひどいことをしてしまったのだと、自責の念を覚える。…昨日何度も考えた心当たりを、また無意識に探してしまう。
そのとき、なぜか再びドアが…今度は静かに開いた。一体誰が?と思ったが、そろそろと入ってきたのは、先程より幾分か冷静な顔をしただった。
予想外のことに俺が声をかけられずにいると、はゆっくりとしゃがみこんで、散らばった冊子を拾いあげた。汚れを軽く叩いたあと、もともと積んであった場所に一冊ずつ戻していく。そんなを見て、俺も一緒に冊子を拾い始める。バレないようにこっそり伺い見たその表情は、怒りというよりは、悲しみに近い気がした。
冊子をすべて戻した後、は自分のボックスを開けた。先程入れておいたの分の仕事を確認し、自分のカバンからいつも生徒会用に使っているクリアファイルを取り出して、丁寧に中に収める。その間、俺もも一切喋らなかったが…やがてが、振り返らずに、動きを止めて言った。
「…さっきは言い過ぎた、ごめん」
「!」
「ちょっと色々あって、苛ついてたから…八つ当たりしちゃった。遅くなった理由は、家庭の事情ってことで、詳しくは聞かないで」
「…ああ、わかった」
「あ、でも、嫌いって言ったのは訂正しないから!」
「、ああ」
「ただちょっと、言い方悪かったって、思っただけだから!」
それじゃ、と言って、机の上の議事録を持って、彼女は生徒会室を出ていった。
…こういうところも、俺が彼女を好きだと思うところだ。自分の非をちゃんと認めて、反省するところ。素直に謝ることができるところ。
叶わない思いだというのに、好きなところばかりが目についてしまうなんて、俺はどうかしているんだろうか。