二人の距離は、3cm。

Scene 3


数日後の放課後。


部室で着替えていると、不二と菊丸が入ってきて、二人がの話を始めた。その内容は、最近先生から呼び出される回数が増えたらしいこと。先生となんの話をしているのかは、不二にも菊丸にも詳しく話していないらしい。


「最近ちょっとカリカリしてるみたいだし、なーんか心配だよにゃー」
「そうだね。…手塚も、のこと心配みたいだね?」


突然自分の名を呼ばれ、思わず振り返ると、笑みを浮かべた不二が俺の方を向いていた。その顔を見て、もしかして俺に聞かせるためにわざと話していたのだろうかと思ったが、それは口に出さないことにする。


不二の隣で着替えていた菊丸が、短パンを腰まであげながらニヤニヤ顔で俺を振り返った。


「にゃににゃに~?手塚、が気になるんだァ~♪」


からかうような物言いだが、その指摘に間違いはない。そうだ、と返事をすると、ますますニヤついた菊丸がこれでもかと顔を近づけてきた。


「それってぇ~、のことが好き!ってこと~?」


面白いおもちゃを見つけたような反応だが、恥ずかしがって否定する必要も嘘をつく必要も感じない。俺が素直に「そうだ」と答えると、菊丸は面白くなさそうに口をすぼめて離れていった。


「ちぇー、手塚をからかうネタができたと思ったのに~」
「まあ、手塚だからね。…それより、その感じだと手塚もから特に事情を聞かされてないみたいだね」


不二が拗ねている菊丸に触れる様子もなく話し出すので、俺も構わずに話をすすめる。


「先週の生徒会会議の日に遅れてきて、理由が家庭の事情だと言われたが、それ以上のことは何も聞いていない」
「そうなんだ。…僕たちも似たようなことしか聞いてないな」
「にゃーんかんち、家庭事情が複雑みたいだよー。突然親が学校来たとかで、放課後んなってソッコー呼び出されてたにゃー」
「進路も決まってないみたいだし、色々あるのかもね」
「そうか…」


時々悲しい顔をしていたのは、家庭の複雑な事情があるのかもしれない。…に嫌われている以上、俺にできることなどあるはずもない。


「ま、のことだから、手塚にはそーゆー話しないかもにゃ~、ぜーったい心配かけたくないだろうし!」


菊丸の言葉に違和感を覚えて、俺は思わず菊丸を凝視した。それではまるで、彼女が俺のことを気遣っているように聞こえる。だが、俺は彼女に嫌いだと宣言されてしまっている。いくらでも、嫌いな相手をそこまで気遣うことなどあるだろうか?


その視線の意味を感じ取ったのか、菊丸はふんっ、と笑って、何故かふんぞり返った。


はねぇ、手塚のこと大好きだから、心配掛けたくないの!ねー、不二!」
「ふふっ、そうだね」
「…ありえない」


が、俺を好き?まさか。


「まー、はいっつもあんな態度だから、勘違いしちゃうのもわかるけど~、生徒会の仕事だって、手塚の助けになりたくて頑張ってるわけだし~」
「テニス部のほうが大変だから、早く部活に行ってほしいっていつも言ってるしね」
「そそ!手塚は気づいてないだろうけど、テニス部の大会も欠かさず応援来てるしにゃ~」


その後もあれこれと、が俺を好きだと思うエピソードを楽しそうに語る二人。そのどれもが、俺に直接向けられるの言葉や態度と相違がありすぎて…頭が混乱していく。


「…その間言われたんだ、嫌いだと」
は素直じゃないからね、ついそう言ってしまったんじゃないかな?」


不二も菊丸も面白がっている感じは若干あるものの、嘘をついているようには思えない。ということは、俺が見ていないときの彼女は確かに「そういう風に」見えているんだろう。


彼女から直接言われたわけでもないのに、…やはり、嬉しく感じてしまうのは、彼女に失礼だろうか。


「ま、頑張ってね、手塚」
「ファイトぉ~!」


そんな風に言いながら、二人はラケットを持って部室を出ていった。俺は着替え終わっているというのに、すぐにその場から動き出すことができなかった。