二人の距離は、3cm。

Scene 6


あれから数日後。リーディングの授業を聞きながら、自分のノートと一緒に広げてある紙を見て、のことを思い出していた。


からの「お礼」には、この先数回分の授業で出てくる単語や文法がまとめられていた。真面目で几帳面な彼女らしい丁寧な字で、要点が簡潔でわかりやすくなっているので、それを見れば自分で予習する必要がないくらいだった。


これをまとめるのに、俺のために時間を作ってくれたのだと思うと、申し訳なさもあるものの、それ以上に嬉しいと感じる。あの日からとは生徒会の時にしか会っていないし、あまり会話もしていないが、前のような刺々しい雰囲気ではなくなったような気がしている。


そんなことを考えていると、窓の外からわあっと歓声のような声が聞こえて、思わず窓の方を振り返ってしまった。見ると、グラウンドで菊丸がボール二つを使ってリフティングしていて、それを他の男子生徒が囲んで見ている。その中には不二も混ざっていた。


つまり、今は二人のクラスが体育の授業中ということだ。…であれば、もどこかにいるはず。そう思うより前に、俺は彼女を探して目を泳がせていた。


グラウンドには男子の姿しか見えない。俺のクラスの体育も、今は男子がサッカー、女子がテニスをやっているから、きっとはテニスコートにいるだろう。そう思ってテニスコートに目を走らせると、はすぐに見つかった。


それは、特別が目立つ格好をしていたからとか、そういうことではない。初心者ばかりの女子たちの中で、がダントツに「上手い」からだ。一緒にラリーをしているのは生徒ではなく先生。その先生相手にさえ、は本気を出していないように見える。あれは明らかに、経験者の動きだった。


先生は他の生徒たちを見ながらなので、それほど長くラリーは続かなかった。先生に変わって相手になった女子は初心者らしく、が打った球を空振りしたり、なんとか打ち返すことができてもネットを超えなかったり、とにかくラリーにならない。だが、そんなやりとりを見ているだけでもわかる。とにかく相手の返しやすい、フォアハンドでかえせる球をうっている。


がテニスをやるという話は、聞いたことがなかった。前に聞いた時には部活動には所属していないと言っていたし、当然女子テニス部でも見たことはない。であれば、学校以外のところでテニスをやっているか、今はやっていなくても昔やっていたか。


それからどれくらいみていたのだろうか。気がつくとのクラスは授業は終り、や周りの生徒たちが先生のもとに集まっていく。もうそんな時間かと慌てて教室の時計をみると、終了五分前。黒板にはびっちりと板書されていて、とても書ききれる量ではなかった。


ここは、に責任をとってもらおう。そう思って、もう一度窓の外をみる。楽しそうにクラスの女子と会話をしながら、校舎の方に歩いていくのが見える。その姿を見ながら、彼女とテニスをしてみたい、と思った。