今、俺と大石と菊丸は、図書室に来ている。俺は大石の付き添いで、菊丸は雑誌目当てだ。一番ここにきたがった大石は、どうやら新しいフォーメーションの研究がしたいらしい。


俺は、昨日買ったばかりの本を開いた。独特の、新しいにおいが鼻をかすめる。こうして新しい本を開けるときには、いつもこのにおいが、俺を少しだけ"わくわく"させる。あまりないことだけに、その瞬間が少し楽しみでもあった。


窓の外からやわらかく流れる風。まだ少し冷たいが、陽射しは春の終わりを告げている。


―――…それから何分経ったのだろうか。気づけば頭上で予鈴が響いている。そろそろ図書室も閉めるらしいので、早く出ようと思い、本からのびている"ひも"へ手を伸ばした。…が、ついているはずのその栞が、そこにはついていなかった。…そう言う本は、時々ある。そう言うときはいつも自前の栞を使うのだが、今日はまさか、持ってきていない。この本を袋から出したのは、今日だからだ。


「…これ、あげる」


左後ろあたりで、そんな声が聞こえた。振り返るとそこには、女子がいる。…何度かここで見かけている子だ。


「あの…?」
「栞、ないんでしょ?私二つ持ってるから、一つあげる」


そう言って、彼女は俺の開いている本の間にそれを置いて、駆けて行った。…桜の花びらの押し花が、白い紙の上にのった、和風の綺麗な栞だ。


「手塚!ごめんごめん!」


俺を現実に引き戻したのは、大石の声だった。すぐ後ろには、菊丸もいる。


「ねぇねぇ手塚!今何話してたの?」
「え…?」
「今のって、大石のクラスのちゃんでしょ?可愛いよにゃー!」


菊丸がうっとりした笑顔でそう言った。…確かに、可愛かったかもしれない。


「彼女はいい人だよな。それにしても手塚、本当に何話してたんだ?お前が女子と話すなんて珍しいな」
「…栞を、借りた」
「え、うっそぉ!いいなぁ~!」


菊丸がやいやい言う声は、もうほとんど聞こえていなかった。頭の中が、彼女のことでいっぱいだったから。


3年2組、


―――桜のような人だと思った。