結局言いそびれて、それからもう何日も、九州のことをいえなかった。両親には了解を貰って、日付も決まっている。…明日、だ。


こんなにギリギリになるまでいえなかったのは、…が、とても綺麗な顔をして笑っていたから。俺が思いを伝える前よりも、ずっとずっと、いい顔をしているから。…そんながまた悲しそうな顔をするのが、耐えられなかった。…だが、言わなければいけない。言わないままいくなんて、絶対にいやだ。

俺は、3-1にを呼び出した。俺が部活を終えるまで、待っていて貰ったのだ。


「遅れてすまない」


入っていくと、は窓際の俺の席で頬杖をついていた。


「お疲れさま。今日は随分大石と歩きまわってたみたいだけど?」
「あぁ…越前達をその気にさせるのに、つき合わされたんだ。…あいつも変わったな」
「ん?」
「性格が…変わったというか、マインドコントロールがうまくなったというか」
「何それ?ふふ、聞かせてよ?」
「あぁ…だが、その前に…」


何より先に、話しておかなければならない。大石の話は、電話でも出来るし、手紙にも書けるし、メールでもいい。…だが、この話は、今日するしかない。あっちに行ってからではもう遅い。


「…手塚?」
「俺は…明日、九州に行く」
「―――…え?」


の表情が、固まった。黒い瞳が、まっすぐに見据えてくる。


「肩の治療のためだ。…全国大会に間に合わせるためには、それしかない」
「…か、た、…治るの?」
「あぁ」
「……そ、か」


そう言って、は笑った。…可笑しいな、と思った。違和感を感じた。ならきっと泣き出してしまうんじゃないかと思ったから。


「肩、治るんだ…?そっか、よかった。うん。よかったね、手塚」
「あ…あぁ…その、
「早く直して、全国大会に行かないとね。部長だもんね?」

「どれくらいかかるの?三日?一週間?一ヶ月?」
「…しばらくかかる」
「しばらくって、ねぇ、どれくらい?」
「……わからない」


「―――どうして、明日なの」


突然、の声色が変わった。暗く、喉の奥から出すような声。



「部員の皆は、知ってるの?」
「あぁ…今日、話してきた」
「そっか?じゃあ、私だけがこんな遅くまで知らなくて、…ずっと手塚を待って、明日も一緒に帰れたらいいなんて思ってたんだね?」
「、っ」
「頑張って、肩なおしてきてね」


そう言って…は、自分の鞄を掴んで、俺の横をすり抜けた。俺と、目をあわせようともしない。…覚めた瞳だ。


悲しい顔じゃない。俺のことが、嫌いになったのかもしれない。