九州についてから、何度もにメールをした。だが、返事は返って来ない。それに、俺の腕も、…もう動くはずなのに、未だに上がらない。何故なのか尋ねても、医者はわからないというだけだ。


全国大会に、間に合うのか。そんな焦りが俺をかきたて、への思いが、…声を聞きたい、話をしたい、触れたい。そんな思いが、ますます俺を焦らせた。


さっき、大石にメールをした。大石なら、の電話番号を知っているかもしれないと思ったからだ。俺は、彼女からメールアドレスは聞いたが、電話番号は聞いていない。だが、だからこそ、電話なら出て貰えるだろうと思った。


携帯が光る。反射的にそれを手にとって開くと、差出人は待ちに待った大石だ。今から電話すると、ただそれだけが書いてある。読み終えたのとほぼ同時に、携帯の画面が着信に切り替わる。


「はい」
『手塚?元気でやってるか?』
「あぁ」
『どうだ、腕の調子』


そう明るく尋ねる大石。このときに、すぐに順調だと答えられたら、どんなにいいだろうか。何も言わない俺に、大石が恐る恐る尋ねた。


『あまり芳しくないのか…』
「……もう、動くはずなのだが…上がらないんだ」
『間に合いそう、なのか?』
「わからない。ただ、毎日トレーニングは欠かしたことがない。復帰したあと、足手まといになることはないようにしている」
『手塚が足手まといなんてとんでもない!むしろ、お前はいてくれるだけでいいんだよ!…俺たちにとっても、にとっても、さ』


大石が、最後のひとことを言った瞬間、俺の心臓は大きく跳ねた。桜のように綺麗なあの笑顔を思い出す。


に、直前まで言わなかったんだってな」
『何故知ってる?』
「この間すこし話したときに、言ってたんだよ。は、一番に自分に言って欲しかったみたいだな。まぁ…と付き合ってるんだろ?それならそう思うのも当然って気がするんだけど…どうして手塚は直前まで言わなかったんだ?』
「…俺の腕のことで、を泣かせてしまった。そう言う顔は、彼女には似合わないのに」
『……なるほど、もう二度と見たくないって、思ったわけか。…それで、勝手だとは思ったんだけど…一応、俺の方から手塚が連絡を取りたがってるって、言ってみたんだ。そしたら、なんて言ったか、わかるか?』


今の俺に、の考えなんてわかるはずはない。自分のことで精一杯な上に、こんなに離れていて、ずっと連絡を取っていないんだから。


、な。 話したらまたひどいこと言いそうだから、話したくないって。メールに返事も出来ないのは、もう帰ってくるなとか、言ってしまいそうだからってさ。自分の言葉で、手塚に負担掛けたくないってことだよな』


電話の向こうの大石が、微笑んでいるのがわかる。


ってもっと冷静で、大人なんだと思ってたけど、お前が絡むとすっかり子どもみたいになるんだな』
「…」
『でもそれって、お前にとってはすごく幸せなことだよな』
「…あぁ」


俺を傷つけないようにとしてくれたその気持ち。逆に、こんな俺に怒ってしまいそうになる気持ち。そのどちらもが俺を思ってくれているからこそ、だ。


と、話がしたい。罵られてもいい、何でも、挨拶だけでもいいから。


『俺のほうから一応手塚の連絡先は教えておいたんだけど…そっちの場所とか、住所とか、あと、そっちの電話番号とかさ。ただ、携帯の番号だけは教えなかったよ。…電話、するか?』
「あぁ」
『わかった。じゃあ、の番号は…』


大石が紡ぐ言葉を、走り書きする。ペンを持った手が、すこし震えているのがわかる。


『…うまくやれよ、手塚』
「うまくやれるかはわからない。…ただ、俺なりにちゃんと話してみるつもりだ」
『うん。お前たちなら絶対、うまくいく。…頑張れ!』
「あぁ」
『それじゃ、な』
「ありがとう」
『礼なんていいよ!それより…はやく帰ってこいよ!』
「わかっている。…それでは」
『…じゃあな』


そう言って、通話は終了した。俺は一度携帯を置いて、今メモしたばかりの番号を眺める。それから、ベット脇の机の上にのっていた、あのノートを引っ張ってきて、開いた。


こっちに来てから、時間があると読み返している。そのときに気づいたのだが…少年の相手、この少女は、どこかに似ている。最初に呼んだときにはそうも思わなかったが、今、笑ったや、喜んだ、涙を流す、怒った。…色んなを知って、改めて、そう思えるようになった。


この少女の、最後の台詞…成長した少年が、アメリカに旅立つ時の台詞が、好きだった。


『どこにいても、ちゃんと待ってるから』


その瞬間、ノートを閉じて、携帯を拾った。メモに書いてある番号を、夢中でダイヤルする。


3回のコール音の後、つながった。


『…はい』
、か?」
『、手塚…!!』
「きらないで! …聞いてくれ」


瞬間的に、きられてしまうかもしれないと思ったら、そう言っていた。そんな言葉で、電話の奥の彼女はどうやら思いとどまってくれたらしい。沈黙する彼女の向うで、ざわざわと騒音があるのがわかった。


「…謝らせてくれ」
『……』
「あんなにギリギリにしか言うことが出来なくて、すまない。お前の傷付いた顔を見るのが、怖かったんだ」
『…』
「でも、そんなのはいい訳だと、わかっている。…だから、許して欲しいとは言わない。…ただ、これだけはわかってほしい。 …愛してる」
『っ…!』
「だから」
『、手塚、私っ…今から用事あるからっ…!!』


そう、早口にまくし立てたは、さっさと電話をきってしまった。無機質な音が、耳の奥で響いている。…伝えることは、伝えた。


顔の前で、手を組んで、考える。早く、彼女に会いたい。そのためには早く、この上がらない肩を直さなければいけない。…間に合うのか?俺は。


近頃は、毎日そんなことを考えていた。
そんなとき、俺は外に出ずにはいられない。体を動かさなければ、余計なことを考えてしまいそうだから。


テニスバックを背負って、部屋を出る。このもやもやした気持ちを、忘れるために。