Scene 03



見たことない番号がサブディスプレイに表示されたのは、午後8時をまわった頃だった。


「…はい」


気だるい気持ちを抑えて電話に出ると、返ってきた声は予想した物と違っていた。


「…どうも、浅葱だけど」
「っ…!」
「今大丈夫?」


何でこの人がかけてくるんだ?私に何の用があるって言うの。まさか今日のこと謝ろうって言うの?そんなわけ…


「あのさ」
「っ、は、はい!」
「答えてくれないと話せないんだけど」
「あ、ご、ごめんなさっ、」
「今日は、ごめん」


耳元で、落とすように言われた言葉に、私は目を見開いた。


…謝ってる?


「不快な思いさせたから、一応謝っておく」
「一応…」
「それより、窓の外」
「え…?」


突然何を言い出したのか、よくわからなくて聞き返した。すると、一つ小さなため息が聞こえて、数拍置いてから同じ言葉が繰り返される。


「窓の外」
「まどのそと?」
「見て」


私の言葉を汲み取ってそのまま続けられた言葉に素直に従って、私は部屋のカーテンを開けた。前の道は人通りも少なくて、誰かがいる気配は…


「………え…?」


家の前に誰か、いる。


「も、もも、もしかして…!」
「…うん」


うんって!うんってちょっと!


私は上着も羽織らずに家を飛び出した。


古いアパートの階段を音を立てて掛け下りて、さっき上から見た人影に駆け寄る。


「あ、浅葱さん…!」
「…こんばんわ」
「ど、どうしてここに…」


頭は混乱するばっかりだった。


どうして浅葱さんが私に会いに来るのか、どうして家を知ってるのか、家を知っていたところでどうやってここまできたのか。


だって私のこと怒らせたとか言っても、私たち初対面だったんだから放っておけばよかっただろうし、家の場所は萩間にも教えてなかったし、浅葱さんの後ろに車が止まっているわけでもない。


どうして?


「…君は知らなかったかもしれないけど」
「え…?」
「僕の家、すぐそこなの」
「え…えっ…!!」
「会社行くときによく見てたから覚えてたんだけど…まさか萩間の友達だとは思わなくて」
「…え、と…?」
「正直に言うと…気まずかったの。こっちははじめましてじゃないのにはじめましてっていわれて」
「…」


言葉を置いていくようにしゃべるのは、この人の癖なんだろうか。…だから、こんなに現実味が無いんだろうか。


なんだか、今起こっていることが嘘みたいに思えてくる。


だって、浅葱さんが私のこと知ってて、うちの近くに住んでて、謝りに来てくれて、言い訳してて…


「~~~~ッ!」


嬉しい。 かなり嬉しい。


そうだったんだ。べつに、きらわれていたわけじゃなかったんだ。


「よかった」
「え?」
「浅葱さんにきらわれてなくて、よかった」
「…初対面で好きも嫌いもないでしょ」


ふいっとそっぽを向いてしまった浅葱さん。…何だかその仕草が可愛く見える。


無愛想な人なのかと思ったけど、そんなことなかったんだ。


「気づかなくてごめんなさい、浅葱さん」
「別に…どうせ僕は車の中から見てたから、気づいてるはずないし」
「そうですけど、一応」
「一応…」


昼間の仕返し、と言ったら、浅葱さんは小さく笑った。


―――…こんな顔もできるんだ。


外見だけで判断してたんだなと思うと、少しだけ申しわけなくなった。


そのとき。


 ―――プルルル。


着信音。私のじゃないから、多分浅葱さんのだ。案の定、浅葱さんは自分のポケットを探っている。


うーん、着メロじゃないあたりが浅葱さんっぽい…


「…何」


かなり機嫌悪そうに電話に出た浅葱さんは相手の声が五月蝿かったらしく、少しだけ耳から話しながら顔を顰めた。


「そんなに叫ばなくても聞こえてるけど」

「え?やだよ」

「…自分でいけ」

「っ、わかったよ!」


ものすごい剣幕で会話を終了させると、浅葱さんはちっ、と一つ舌打ちをした。うん、若干怖いかも。


「あ…浅葱さん…?どうしたんですか?」
「…萩間が帰りにビール買って来いって」
「萩間?」
「今僕の家に居座って酒飲んでるから」
「はっ?!」
「…あれから色々、問い詰められたんだよ」


けだるそうにため息をつくと、携帯ごと手をポケットに突っ込んで、もう一つ息をついた。


「…ここに来ることも言ってきたんだ。そしたら…これだよ」
「え??」
「…まぁいいや。それより、君も来る?」
「っ、えっ?!」
「あいつと2人って、五月蝿いから嫌」


どこまで本気なんだろう。でも、誘ってくれてるのは事実だから、行ってもいいのかな。…返答に迷っていると、じ、と目を見据えられた。


「…い、きます」
「そう。じゃあ行こうか」
「あ、はい…じゃあちょっと用意してきます」


出来るだけ自然に言ったつもりだったけど、何だか逃げるようになってしまった。


…だって、凄くどきどきしてる。


きっと、昼間と今のギャップのせいだよ!それ以上のことなんて…


あるはず…ない。