Scene 04



明日浅葱さん仕事だから、飲み明かすなんてこと出来ない…はずなんだけど。


私の前で横になる二人。当然浅葱さんと萩間になるわけなんだけど。


浅葱さんはいいんだよ、ここ浅葱さんの家だから。でも萩間…あんたどうやって帰るの?大体私たち明日学校…普通にあるんですけど?ちゃんと行けるの…?


でも、一人で不安になってても仕方ないんだよね。


とりあえず、寝室から勝手に布団を借りて横たわっている二人に一枚ずつ掛けておいた。


萩間の寝顔は相変らず幸せそうだ。


よく机に突っ伏して寝ているけど、今が一番幸せですみたいな安らかな顔をしている。


一方の浅葱さんは…


「っ、か、かわいいっ……!」


そりゃあもうとびっきり!思わず撫で撫でしたくなるほどかわいいですよもう!


なんて言うと失礼な上に変態っぽいかもしれないけど、本当にかわいい。


普段険しい顔してるから、穏やかな浅葱さんってすごく新鮮。


殆ど無意識に凝視していると、小さく寝返りをうって手がこちらに転がって来た。…布団からばっちりはみ出した白い腕は、寒そうに見える…んだけど、元に戻してあげるのも、ちょっと気が引ける。


でも別にやましいこと考えてるわけじゃないし…


「ちょっと…失礼しまーす…」


何となく断ってから、私は浅葱さんの腕をそっと持ち上げて布団にいれた。


もしかしたら起きるかも、と思ったけど、眠りは深かったらしい。小さな寝息が耳に届いて、なんだか妙に安心してしまった。


さて、いよいよすることがなくなってしまった。


私は部屋の中を見回した。


勝手に帰るのはまずい。だって鍵、かけられないし…それに、この二人、心配だもん。


でもここで一人ですることなんて、特にない…。


…台所、借りようかなぁ。


お腹空いたし…それに、私二人と違ってお酒飲んでないから、寒いし…。


私は心で謝りながら、勝手に冷蔵庫を開けた。


「うわ…何もない…」


なんて生活感のない冷蔵庫だろう。ってかこの人普段どうやって生活してるの…。


中に入っているものと言えば、醤油やポン酢、その他調味料、それからビールと牛乳くらい…


………牛乳…


「ホットミルク…」


くらいしか作れませんけど。もはや料理じゃないよね。うん。


でもほかに材料ないし…。調味料だけでお腹いっぱいになるほど、私のお腹はおめでたく出来てません。


シンクの上の棚から小さめの鍋を取り出して、腹癒せに牛乳を全部注いでやった。


明日の朝牛乳がなくて凹む浅葱さんを笑い飛ばしてやるっ!


うん、些細な抵抗。


火にかけて、勝手に借りたへらで掻き回しながら、ゆらゆらする牛乳をぼんやり眺めた。


…こんなに楽しいのは久しぶりだった。


私だって飲みに行ったりは当然するわけで、その度にもちろん楽しいんだけど、それは正直酒が手伝ってのこと。


お酒が入らないでこんなに楽しいのは、本当に久しぶり。


砂糖を適当に入れて、またへらで掻き回す。段々いい匂いがしてきて、何となく嬉しくなった。


…家族、みたいだな。


「…………ん~~~」


急に低い唸りが聞こえてきて、肩が跳ねた。振り返ると、寝ていたはずの浅葱さんが上半身を起こして伸びをしている。


「…あ、浅葱さん。起きました?」
「うん…」


まだ眠くてぼんやりしているらしい。答える声も覇気がなく、呂律もあやしい。


「……毛布ありがと」
「大丈夫ですよー。それより、台所勝手に借りちゃってます」


うん、と頷く声に、私は意識を鍋に戻した。


牛乳は煮立ったら美味しくないんだから、ちゃんと見てなくちゃ。


「何作ってるの…?」


いつのまにか背後にいた浅葱さんが、眼鏡もかけずにぼんやりと鍋をのぞいた。


「ホットミルクですよ」
「…もしかしてうちの牛乳使った?」
「当たり前です♪」


と言ったら、なぜか黙ってしまった。あ、やっぱり凹んでる?だとしたらしてやったり!


「…僕も」
「はい?」
「僕も飲む」
「あ、でも甘いですよ?」
「別に甘いものが嫌いなわけじゃないよ」


と言いながら隣りのシンクで顔を洗う浅葱さん。…せっかく向こうに洗面台あるんだから、あっち使えばいいのに。


…目覚ますためだからそこで事足りるんだけども。


コンロの火を止めながら、タオルで顔を拭く浅葱さんを見るのはなんだか不思議な気分…。


「出来ましたよ。カップくださいカップ」
「そこの食器棚」


ビシ、と指が指した方向には、シンプルな食器棚。


…自分で出せってことね。


私はマグカップを二つ取り出して、それぞれにミルクを注いだ。


…少し残るけど、二人なら飲み切れるよね。


鍋をコンロに戻すと、急に浅葱さんの手が伸びてきた。カップを二つ持って、萩間が寝ているソファの前のテーブルに置いた。


「早くおいでよ」
「あ…はい」


正直面食らった。


だって、さっきは手伝ってくれなかったくせに。…優しいんだか冷たいんだか、よくわかんない。今だって、先に飲んでればいいのに私が行くまで待っててくれてる。


なんだか、すごく…動揺する。


「? 何してるの」
「あっ、ごめんなさい…!」


少し怒ったみたいな声になったから、慌てて台所を出て浅葱さんの隣に座った。浅葱さんは小さくため息をつくと、湯気のたつカップを持ち上げた。


「じゃ、いただきます」
「あ、はい…」


なんか、妙な状況だな。そう思うんだけど、それを嬉しいと思ってる。

今日はじめて会った人と二人きりで、楽しいなんて、おかしいかも知れない。


「おいしいですか?」
「うん」
「よかった」


熱そうにミルクを啜る浅葱さんは、何だかかわいく見える。失礼かもしれないけど。


不思議だな。


こんな風に、一緒にいるなんて。